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カテゴリー別アーカイブ: 旅
四百三十五話 天神橋へ
嫁が言う。 「ねぇ、あんたってさぁ、大阪生まれの大阪育ちよねぇ」 「ってことは」 「何気に神戸っ子のふりしてるけど、がっつり浪速っ子なんだぁ」 「へっ、へっ、気の毒に」 「そんな生粋の浪速っ子の割には、大阪のことなんにも知らないよねぇ」 「なんでそんな残念なことになってんの?」 まぁ、浪速っ子が残念か否かは別の筋合いとして、確かに大阪で生まれたし育った。 卒業してからの勤先も堂島だったし、その後継いだ会社も店も梅田に在る。 学生時代の一〇年間を神戸に通っていたというだけだ。 しかし、大阪への馴染みが薄いという点では嫁の言う通りなのかもしれない。 何故か? 多分、大阪という土地は僕にとって、働く場所であって遊び場ではなかったのだろう。 北新地の BAR や CLUB を徘徊してはいても。 それは仕事の延長であって気のおけない遊びではなかった。 もうそんな昭和の仕事文化も失われ、今ではなんの説得力もありはしないが実際にはそうだった。 単なる職場としての大阪しか知らない。 そう想うとちょっと寂しい気もする。 これを機会に、大阪の街場で、飲んだり、食ったり、買ったりしてみるのも一興かもしれない。 さて、どこから始めるか? ちょうど梅の季節で、梅と言えば天満宮で、天満宮と言えば天神橋筋だろう。 そういう訳で、天神橋へ。
Category : 旅
三百八十話 画家の正体
休日の月曜日。 点検修理で一◯日間ほど阪神高速道路の一部区間が通行止めになると聞いた。 地道を通って海辺の家に行くのも面倒なので、何処か他所へ出掛けることにする。 久しぶりに画家の女房の顔でも拝みにいこうか。 吉田カツ。 今でも、大抵の日本人が一日一度はその作品を目にして暮らしている。 商業美術を離れ画家となり、東京から此処丹波篠山へと移り棲んだ。 生涯を絵描きとして過ごし、画業は最期のその時まで絶えることはなかった。 カツさんほど、絵を描くこと以外なにもしなかった人を僕は他に知らない。 微塵の妥協も許さない画業が産んだ作品群は、現代美術界に於いて陽の当たる場所を棲家とした。 没後、主要作品は四散することなく “ 何必館 ” 京都現代美術館に所蔵されている。 なんだかんだ言っても、才にも運にも恵まれた良い画家人生だったろうと思う。 業界では心底怖いひとだと評判だった。 一緒に仕事をすることになったと言ったら、皆に大丈夫か?と訊かれたくらいに。 だけどひとの相性とは異なもので、怒られても不思議と怖いと思ったことは一度としてない。 僕が企業を退職して独立する時、これを企画事務所の ID に使えと一枚の絵を渡された。 「え〜、こんなの名刺に刷ったら相手に恥ずかしくて渡せませんよ」 「なんで?」 「なんでもなにも、これってオチンチンでしょ?」 「馬鹿!こんなんで恥ずかしがってたら、この先やっていけるかぁ!いいから黙って使え!」 「いまいち説得力ないけど、カツさんがそう言うんなら、まぁ、どうもありがとうございます」 オチンチンの御利益かどうかは不明だが、この名刺を差出した最初の相手からでかい仕事が舞込む。 とにもかくにも、仕事につけ遊びにつけこの画家夫婦にはよくして貰った。 が、四年前の暮れに画家は逝ってしまう。 なので、この山里に足を向けるのは命日にあたる年の瀬で、初夏の丹波篠山は初めてである。 いつもの色に乏しい山合いの風情ではなく、一面緑の濃淡に染められた田圃をゆくことになる。 こういう土地での暮らしも悪くはない。 晩年、絵筆が持てなくなった画家は、それでも色鉛筆を握って絵と向き合う。 画家の視点は、この地の風景や産まれ育った古屋での暮らしに向けられていて。 誰に見せるための絵でもない。 自身の欲求を満たすためと、残して逝くであろう女房のためにだけ描かれた絵である。 その一連の素描は、今でも画家の女房の手に残されている。 描かれた日付毎に整理されていて、その一番新しい日付の作品には直筆の文が添えられてあった。 “もはやぼくにとって、絵は自身の性癖によるものでしかない” … 続きを読む
Category : 旅
三百七十六話 憧れの宿屋へ
どうしても気になってしようがない宿屋がある。 その宿には横浜中華街南門筋のなかほどで出逢った。 どうやら現役らしい。 僕の嗜好を心から軽蔑している嫁が言う。 「いいよ、泊まっても、っていうか泊まれば?」 「えっ?いいの?」 「但し、おひとりでどうぞ、わたしはヨコハマ・ニュー・グランドにするから」 何年経っても、どんなに説いても、わかろうとしない者にはわからないものなのだ。 過去にも一度試みたことがある。 千曲川のほとりで、こういった類の宿屋にお連れしたところ。 沸点を軽く超えてキレられたのをよく憶えている。 新婚旅行での事だった。 屋号は “ 旅館オリエンタル ” と掲げられていて、裏口には別の名称が記されてある。 “ 東方旅社 ” とは、中華表記なのか? この有様では “ 飯店 ” と名乗るのは憚られるのか? わからない。 結局、泊まることもなく、なかに入ることもなく、望みを叶えぬまま横浜をあとにしたのだが。 それでも気になってしようがないので、帰ってから調べてみた。 世のなかには、やはり嗜好を同じくする同胞がおられるもので、その宿泊体験を語られている。 要約すると。 宿銭は二五◯◯円で、空調設備はない。 創業については確かなことはわからないが。 結構な歳の女将が嫁いできた頃にはすでに在ったので、爺さんの時代からなのだろう。 宿帳には船名を記す欄があることから、横浜港に寄港する船員達を相手に営まれていると思われる。 風呂と便所は部屋についていて、外観から想像するより普通に泊まれる。 雰囲気としては下宿感覚である。 部屋の前には、宿泊客が残していったぬいぐるみや漫画本が積んであって娯楽には困らない。 意外と言っては失礼だが、結構繁盛していてほとんどの部屋が埋まっていたらしい。 … 続きを読む
Category : 旅
三百十二話 ブルーライト・ヨコハマ
街の灯りがとてもきれいね ヨコハマ ブルーライト・ヨコハマ あなたとふたり幸せよ 一九六八 年、稀代の美人歌手いしだあゆみさんが唄われた。 橋本淳先生が作詞され、昭和歌謡史に名を残す大ヒットとなった。 僕が、三〇歳になるかならないかの頃。 巴里からの帰国便がアンカレッジで故障し、空港内のラウンジに長時間閉込められたことがある。 ソビエト連邦崩壊以前の欧州航路は、アンカレッジで給油し北極圏を跨いで行き来していた。 アフリカ・ロケで体調を崩されたあゆみさんも、その故障機におひとりで搭乗しておられた。 たまたまラウンジで隣合せになり、整備を終えるまでの時間をご一緒させてもらう。 長時間のフライトでも、ピシッと背筋を伸ばされ、いささかもその美貌に翳りはない。 当時の欧州便に日本人はそんなに多くなかったが、空港内に居合せた誰もが振返っていた。 図抜けた美人というのは、洋の東西を越えるのだと思う。 育った場所が隣町同士だったこともあって、ローカルな話題で盛上がった。 大女優でもある人気歌手と駆出しのガキ、誰の目にも不釣合いに映っただろうが。 この歳になっても、ちょっとした自慢ネタにしている。 いしだあゆみと言えばブルーライト・ヨコハマ、ブルーライト・ヨコハマと言えばいしだあゆみ。 そんな名曲の舞台となったヨコハマにいる。 結婚式に夫婦で招かれてのことだったが、嫁は大阪から、僕は出張先の東京から、ホテルで落合う。 顔を合わせたのは、夜の一〇時前で、遅い晩飯を喰いに出掛ける。 ところが、意外にヨコハマの夜は早い。 近くの中華街も、店仕舞いの支度を始めていて、今からの注文に付合ってくれそうにもない。 「嘘ぉ〜、ヨコハマって、こんなに早仕舞いなの?」 「みたいだよなぁ、しょうがないから BAR 飯にでもするかぁ」 「 全然 OK だけど、何処か当てでもあるの?」 久しぶりのヨコハマで新規の店屋は知らないけど、地元で愛され続ける老舗なら数軒憶えがある。 戦前から建つ Hotel New Grand の裏通りにヨコハマを代表する一軒の BAR が在るはずだ。 石川町の … 続きを読む
Category : 旅
二百二十七話 色香漂う江戸の巴里
夏も終わろうかというのに、暮れてもまだ暑い。 そんな晩夏、久しぶりに神楽坂に宿をとる。 やっぱり、いつ訪れても此処は良い。 葡萄蔓のように路地が絡まっていて、その路地裏に料理屋や居酒屋がポツリポツリとひっそり在る。 路地の薄闇に、店屋の灯が妖しく揺らぐ。 その風情がまたなんとも良い。 坂を登って、中程を左に折れ、石畳を少し往くと、細い路地に面した小さな銭湯に出逢う。 “ 熱海湯 ” と浅葱色の下地に白く抜かれた暖簾が揺れている。 懐かしい昭和の浴場が、そのままに住人の営みに寄添って在る。 はす向いでは、古びた一軒屋で牛乳屋が営まれていたりして。 だが、此処は、下町の爺婆が集う界隈ではない。 夏の夕暮れ刻。 浴衣姿で、うなじの汗に手拭をあてながら湯浴みに向かう姐さんや。 鴉羽色の濡れた髪を拭いながら、お座敷支度へと急ぐ襟かえ前の舞妓さんとすれちがう。 夏化粧では、崩れを抑えるようにと硬めの鬢付け油を髪だけでなく顔にも用いる。 その鬢付け油の残り香が微かに香る。 お座敷とは違った風情の色香が路地を抜けていく。 日本にしか香らない、花街にしか香らない、その色香で夏を知る。 粋なもんだよねぇ〜、花代もかかんないし。 この街に惹き付けられて住人となり、棲み就く外国人達がいる。 仏人の、中でも巴里人のこの街への憧れは強く、実際多くの在日仏人が住む。 この街は、巴里のある地域ととてもよく似ている。 セーヌ川右岸十八区 Montmartre だ。 葡萄畑へと続く坂道、毛細血管状に入組んだ路地、修道女が仕込む葡萄酒を供した居酒屋。 それだけではない。 Moulin Rouge や Le Chat Noir といったキャバレーが軒を連ねる色街でもあった。 今では観光名所となり、すっかり健全でくだらない街となった Montmartre だが。 … 続きを読む
Category : 旅
百八十二話 真夜中の図書館
⎡日曜日の夜更けに何処へ行くか?⎦ 滅多とないが、日曜日に東京で一泊となると困るときがある。 なんせ馴染みの店屋は、ほとんどが休みで飯を喰うにもちょっと飲むにも行き場を失う。 まぁ、東京中の店屋がみんな休みという訳ではないので、我を通さなければ済む話なんだけど。 そんな、かる〜く難民的状況に陥った時に救われる一軒。 場所は、西麻布。 外苑西通りと六本木通りが交差する辺りには、妖しげな店屋が点々と在る。 “ 夜の西麻布 ” 大人びた灯がともる“ BAR ” で荒井由美的な一夜を過ごす。 一九八〇年代中頃、馬鹿と阿呆が手を繫いで騒いでいたあの時代。 もう一度泡にまみれてみて〜ぇ。 こんなことを人前で言うようになったら、もう立派な昭和のオッサンですが。 西麻布には、今でも他所の盛り場にはないスノッブな時代の残り香が漂う。 “ Library Bar THESE ” はそんな界隈に在る。 二階建ての一軒屋に白壁の隙間をくぐって入ると薄闇の空間が広がる。 目を凝らす。 吹抜けの壁には、一三〇〇〇冊を越える蔵書がビッシリと収められてあるのに驚かされる。 真夜中の図書館で一杯という奇妙な趣向も馴れてくると妙に落着く。 僕は、図書館風というか、書斎風というか、とにかくこの雰囲気が好きだ。 杯を置いて退散する頃には、少し頭が良くなったような気分にもなる。 名門 BAR 特有の張りつめた感もない。 時間を忘れるような、ゆったりとしてくつろいだ場が用意されている。 酒に関しては、適当に好みを伝えれば納得のいく一杯を薦めてくれて。 気取って厄介な注文をしたければ、それはそれで丁重な仕事で応えてくれもする。 店屋としての空気感は緩いが、食にも飲みにも手抜きは微塵もない。 食と言えば、この BAR で供されるカレーはよく知られていて、それ目当ての客もいるらしい。 … 続きを読む
Category : 旅
百八十話 東京に在る巴里
巴里の大衆食文化を体感できる店屋がある。 この手の商売では草分的存在なので御存知の方も多いと思う。 “ AUX BACCHANALES ” 一九九五年に原宿の一等地で開業したのだが、その店は二〇〇三年に閉じた。 元々の店は無くなったが、その後、銀座や赤坂や品川に店を増やしていった。 今では、四〜五店舗あるんじゃないかなぁ。 それでも、俗に云うチェーン店みたいな統一された感じはなくそれぞれが異なる。 僕は、品川の店によく行く。 宿から近い事もあって、朝飯だったり、誰かと一緒じゃなく晩飯を簡単に済ませたい時など助かる。 店の形態は、Café と Brasserie と Boulangerie が一緒になったような感じだ。 要は、喫茶店と居酒屋とパン屋が一軒にまとまって営まれていると解してもらえばよい。 味・内装・食器・品書き・給仕・BGM等全てが巴里と同じだ。 巴里風ではなく、巴里そのものである。 それも日常のごくありふれた巴里が、“ AUX BACCHANALES ” にはある。 給仕人にも仏人がおり、訪れる客にも在京仏人が多い。 巴里は不思議な街である。 塵々していて、乱雑で、住人も、生活習慣もなにかと難解で、お世辞にもとっつき易い街ではない。 それでも長く付合うと時折だが無性にその街の空気を吸いたくなる。 家の近所にいるパン屋のオヤジも修業時代を巴里で過ごした。 やはり巴里禁断症状が発症することがあるらしい。 そんな時、新幹線に乗って訪れるのが “ AUX BACCHANALES ” なんだそうだ。 それ以上でも、それ以下でもない、普段着の巴里が東京にある。 ひとつ注文があるとしたら、Boulangerie … 続きを読む
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百五十二話 作家は BAR にいる
東海道新幹線が品川駅で停車するようになってから、この界隈はすっかりご無沙汰になっている。 数年ぶりに銀座 に宿を取った。 夜この街を往くと一軒の BAR とひとりの作家を思いだす。 銀座の夜を語る上で外せない “ BAR Lupin ” と直木賞作家の藤本義一先生。 先生は先月大きな功績を残され旅立たれたが、 “ Lupin ” はそのままに在る。 先生とは以前勤めていた会社の上席が知合いだった御縁でお目にかかった。 一九九九年に惜しまれながら幕を閉じた大阪の名門 BAR “ Marco Polo ” だったと記憶している。 稀代の洒落者で、文壇にあっては ⎡ 東の井上ひさし、西の藤本義一 ⎦と謳われ、その名は轟いていた。 時代を築いた作家がカウンターに向合っておられる。 当時、先生は五十歳のなかばを越えられる頃で、僕は三十歳手前だったと思う。 何者でもない馬鹿な若造相手に、品のある大阪弁で静かにいろんな話を語り聞かせて下さった。 その話の中に “ BAR Lupin ” は登場する。 ⎡ BAR … 続きを読む
Category : 旅
百四十四話 半島の先にある宿 其の弐
百四十三話からの続きです。 ⎡あった、あった、あったよぉ、すご〜い⎦ 崖から身を乗出して下を見ていた嫁が勢いづいている。 ⎡何が?何処に?⎦ ⎡宿が、ほら崖の下に⎦ 恐る恐る覗いて視ると確かに在る、切立った崖の遥か下に数棟の館が弓状に連なって在る。 ⎡悪いんだけど俺帰るわ⎦ 僕は昔っからこのての高い所が苦手でとても耐えれそうにない。 ⎡もしもし、あのぉ〜、これどうやって降りるんですかぁ?⎦ ⎡荷物あるんですけど迎えにとかお願い出来ちゃたりなんかしますぅ?⎦ ⎡聞けよぉ俺の話、怖いって言ってんだけど⎦ 完無視で宿と携帯電話でご機嫌にやりとりしている。 スイッチバックで上がってきた車に乗って同じ段取りで下っていく。 おぞましい所だ、数センチでもアクセルとブレーキの加減を間違えたらもう魚の餌になるしかない。 三方に切立つ崖を背負い正眼に日本海を見据える。 ⎡ランプの宿⎦は、そうやって伝馬船の時代から立っている。 ここで唐突にではありますが一曲披露させて戴きます。 あなた変わりはないですか 日ごと寒さがつのります 着てはもらえぬセーターを 寒さこらえて編んでます 女ごころの 未練でしょう あなた恋しい北の宿 昭和歌謡界の巨人、作詞家阿久悠先生は名曲 ⎡ 北の宿から ⎦ の詞をこの宿で綴った。 多くの日本人が顧みなかった日本の原風景は北国にこうして残っている。 ⎡ ランプの宿 ⎦ の魅力はその一点に尽きると言っても良いと思う。 とは言え他が宿として劣っている訳ではない過不足なくちゃんとしている。 食でも技と手間を尽くし地物を端正に活かして供される。 能登の食に関わる底力は他所に比べ図抜けて強い。 十一月に限っても、 沖では “のどくろ” “かわはぎ” “鰤” 関西ではハマチと呼ぶ “がんど” 等が獲れる。 … 続きを読む
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百四十三話 半島の先にある宿 其の壱
横浜に住む友人が御両親を伴って行くというので案内がてら少し書かして貰う。 だいぶと前になるが嫁が誕生日に何処かへ行きたいと言いだした。 だから十一月の話だ。 嫁の言う “何処か” は文字どおり “何処か” であってここへ行きたいというのはない。 場所を決めて御膳立てをするのは僕の役割である。 北陸本線の金沢駅を降りて駅前で車を借り北へと向かう。 市街地からの坂道を登り切ると眩しさで一瞬目の前が白くなる。 すぐそこに突然日本海が広がるという嗜好で道が通されている。 石川県道路公社もやるもんだと感心しながら内灘ICから能登有料道路に入る。 途中今浜ICで降りて千里浜に寄ることにした。 千里浜渚道路は日本で唯一一般車両が砂浜の波打ち際を八キロにわたって走れる道である。 嫁はそこでわざと車をスピンさせたり、 打上げられたクラゲを踏んずけたりと散々はしゃいだ後に腹が減ったと言いだす。 すぐ傍の宝達という村落に手打ち蕎麦を供する店屋があると訊いていたのでそこに向った。 “蕎麦処 上杉” 外観は漁村の古屋だが中に入ると輪島塗の大黒柱を持つという民家で打立ての蕎麦を喰った。 天麩羅蕎麦を注文したが、半端な田舎蕎麦的な代物ではない完全な玄人の洗練された蕎麦で旨い。 ただ払いも田舎のという訳にはいかない、相場的には東京白金辺りと変わりはないかもという値だ。 また有料道路に戻って終点穴水ICまで走り能越自動車道に乗換えると能登空港に着く。 ⎡快適よねぇ⎦ ⎡だろう、今どき田舎だ秘境だって言っても日本では大したことないんだから ⎦ ⎡もうちょっと行ったら案外イオンモールとかもあるんじゃないの⎦ しかし、その時はまだ現代文明の恩恵が奥能登のそのまた奥までは届いていない事を知らなかった。 なので能登牛の牛乳は美味しいだの道の駅でなんか買おうだのと脳天気に振る舞っていた。 持参のCDから “ Over the Rainbow ” が流れると共に能登半島から海に虹が架かる。 ⎡なんか良い感じだよねぇ⎦ 珠州の漁村辺りまではまだこんな調子だった。 小さな漁村から漁村へと半島の東側を海沿いに縫うように走る。 … 続きを読む
Category : 旅


