百八十二話 真夜中の図書館

⎡日曜日の夜更けに何処へ行くか?⎦
滅多とないが、日曜日に東京で一泊となると困るときがある。
なんせ馴染みの店屋は、ほとんどが休みで飯を喰うにもちょっと飲むにも行き場を失う。
まぁ、東京中の店屋がみんな休みという訳ではないので、我を通さなければ済む話なんだけど。
そんな、かる〜く難民的状況に陥った時に救われる一軒。
場所は、西麻布。
外苑西通りと六本木通りが交差する辺りには、妖しげな店屋が点々と在る。
“ 夜の西麻布 ”
大人びた灯がともる“ BAR ” で荒井由美的な一夜を過ごす。
一九八〇年代中頃、馬鹿と阿呆が手を繫いで騒いでいたあの時代。
もう一度泡にまみれてみて〜ぇ。
こんなことを人前で言うようになったら、もう立派な昭和のオッサンですが。
西麻布には、今でも他所の盛り場にはないスノッブな時代の残り香が漂う。
“ Library Bar THESE ” はそんな界隈に在る。
二階建ての一軒屋に白壁の隙間をくぐって入ると薄闇の空間が広がる。
目を凝らす。
吹抜けの壁には、一三〇〇〇冊を越える蔵書がビッシリと収められてあるのに驚かされる。
真夜中の図書館で一杯という奇妙な趣向も馴れてくると妙に落着く。
僕は、図書館風というか、書斎風というか、とにかくこの雰囲気が好きだ。
杯を置いて退散する頃には、少し頭が良くなったような気分にもなる。
名門 BAR 特有の張りつめた感もない。
時間を忘れるような、ゆったりとしてくつろいだ場が用意されている。
酒に関しては、適当に好みを伝えれば納得のいく一杯を薦めてくれて。
気取って厄介な注文をしたければ、それはそれで丁重な仕事で応えてくれもする。
店屋としての空気感は緩いが、食にも飲みにも手抜きは微塵もない。
食と言えば、この BAR で供されるカレーはよく知られていて、それ目当ての客もいるらしい。
噂だが、カレー通の店主が自慢の一皿を振舞いたいがためにこの店屋を始めたとも聞く。
“ BAR と CURRY ” 似合うような似合わないような微妙な取合わせだが。
此処は西麻布、らしいと言えばらしくもある。
いつだったか、初老にさしかかった髭面で強面の男が、真夜中の図書館にやって来る。
⎡ Frozen China Blue を⎦
面とは真逆の可愛らしいカクテルを躊躇うことなく注文する。
短いストローが二本差してあっても、傍らにいるはずのオネェチャンの姿はない。
それでもなんとなく洒落た絵になるから不思議だ。
BGM には、“ ユーミン ” のアルバム “ OLIVE ” より⎡ 冷たい雨 ⎦ が流れる。
そういや、この裏手に荒井由美さんが贔屓にされている BAR が在ったよなぁ。

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