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月別アーカイブ: April 2015
三百七十三話 元禄バブル
海辺の家には藤の老木が生えていて、四月も末になるとこうして咲く。 色っぽくて、艶やかな立姿でしょ? 一九三七年、昭和の名役者六代目尾上菊五郎は “ 藤娘 ” を演じた。 かつて五変化舞踊のひとつだった “ 藤娘 ” を独立させ、演出を一新させる。 新解釈では “ 藤娘 ” は藤の精として表現され、日本中に広まった。 以降、現在でもそのように承知されている。 だが、本来の藤娘はどうだったのかいうと。 妖精ではありません。 遊女です。 噺は、忠臣蔵で知られる赤穂事件が起きた元禄時代まで遡る。 空前の好景気を背景に、京の金持ちの嫁や娘が大枚をはたいて物見遊山に繰り出す。 おそらくは、大衆レジャーというものが初めてこの国に芽生えたのはこの頃だと思う。 皆がこぞって派手な装束に身を包み、とにかく他人より目立つことがカッコ良いとされた。 その様子を眺めていた遊女達。 素人衆に負けじと、より派手により目立つ格好へと凝り始める。 さらにその様子を眺めていたのが、近江国大津の又平という絵師。 片肌脱いで色っぽく藤の枝を掲げた遊女を写した戯れ絵を描く。 人気となり大津名物として国中に広まったという。 時は元禄、世はバブル。 今も昔も浮世の有り様は変わらないのだと思う。 一九八六年からの平成バブル景気もそんな感じだった。 男も女も着飾って、いい酒を飲み、旨い飯を喰い、物見遊山は海外へ。 ひとが思わぬ銭を手にしてやることといえばそんなところだ。 平成バブル景気の結末はご存知のとおりだが、元禄バブル景気はどうだったんだろう? 元禄が終わり時代は享保へ。 倹約政策で暮らしぶりは地味になり、それまで続いてきた人口の増加は止まった。 商業出版が生まれ、情報革命が起きる。 この辺りも現代と似ているかもしれない。 デフレに、少子化、インターネットといった具合だ。 では、流行という視点からはどうだろう? … 続きを読む
Category : 衣
三百七十二話 脳天気な藁服
blog なんかで、ブランドの次回作を店屋がいちいち語るのもどうなのかと思うけど。 たまには、語りたくなることもある。 そもそも、このコレクションは三月二五日に目にするはずだった。 東京に行き、予約した宿に泊り、さて見に行こうかという矢先、いつもの不吉な LINE の着信音が。 “ インフルエンザに罹りました ” ほぉ〜、毎度毎度の出来ない言訳にしては、インフルエンザとは大技にでたもんだ。 “ 嘘つけ!” 実際のところは、ほんとにインフルエンザに罹ったらしい。 一年を通して最も大切な日にである。 こんなに見事な不幸を念入りに演出できるおとことは? ANSNAM の中野靖です。 このおとこの撒き散らす災厄に感染しては堪らない。 “ 行かねえよ!一生寝てろよ!” と返信したものの、他の要件もあり充分な間を置いた先日改めて出向いた。 昼飯をぶら下げてアトリエを訪ねると。 「あれぇ、わざわざですか? どういう風の吹き回しですか?」 どうやら、この おとこの辞書には、“ 反省 ” の二文字は未だ載せられていないみたいだ。 「せっかくだから、ちょっとご覧になりますぅ?」 二◯一五年 ANSNAM 秋冬。 “ 洗練された野趣 ” と言うべきか? “ 逸脱した普通 ” と言うべきか? とりたてて変わった服ではないのだが、言葉では表し難い奇妙な雰囲気を漂わせている。 … 続きを読む
Category : 衣
三百七十一話 THE CLIMAX COAT をどうするか?
Musee du Dragon として創る最後の服をどうするか? そのスケッチを描いてみた。 アイテムは、ずいぶん以前からコートと決めている。 丈の短いアイテムは、創り甲斐がないのでやらない。 コートはコートなのだが。 Trench Coat ? Mods Coat ? Pea Coat ? ……………………? そういや、ゆるいデザイナーが流行らせている Tielocken Coat なんてのもある。 だが、どれも軍装から転じたもので、たいした仕立技術を要するものではない。 そうすると、やはり Chesterfield Coat か? それも細身の小洒落た感じじゃなくて、ちょっとあか抜けない外套らしい外套でありたい。 気取らずに、さらっとラフに Chesterfield Coat を羽織る。 これこそが、紳士服の醍醐味だろう。 最高の生地、完璧な仕立技術を整えなければならない。 そして、肝心のモデリストは誰に託すのか? この際、俺が身を引くのをこの世で一番喜びそうな奴が良いかもしれない。 これで、いちいち煩いことを言われずに、伸び伸びと暮らせるとその時を心待ちにしてきた奴。 そんなおとこは、ひとりしかいない。 ANSNAM の中野靖だ。 … 続きを読む
Category : 衣
三百七十話 零れ桜
“ 零れ桜 ” 海辺の家に咲く桜です。 姥の一本桜で、咲いては散り、散っては咲きを半世紀に渡って繰り返してきました。 庭では、齢一◯◯年を超える山桃に次ぐ年寄りなのだが。 その艶姿は、こうして健在である。 喪中であった昨年は、嫁とふたりで寂しく団子を食って眺めただけだった。 それだけに、喪が明けたこの春には花筵を敷いて縁のあるひと達を呼びたい。 そう想っていた。 そう想ってはいたけれど、夫婦で仕事を抱えている身でたいしたもてなしができるわけもなく。 BBQ とチーズ・フォンデューで我慢してもらうことにする。 親戚や友人がやって来てくれた。 遠方からだったり、勤めを昼から切り上げてだったり、無理の利かない年齢だったり。 儘ならない事情をやりくりしなければならないひともいる。 それでも。 二◯歳から八五歳までのひとが集い昼酒を飲み肉を喰ってそれぞれが気儘に楽しんでいる。 肝心の桜を見上げているひとは少なかったけど。 まぁ、花見の宴なんていうものはそんな感じで良いのだろう。 家主が壮健だった頃、この家には大勢のひとが訪れ賑わった。 そんなひと頃に戻ったように、ボロ屋も華やいでいる。 この古屋には、ひとが羨むようなものはなにもない。 そこがまた良いのだと思う。 こんな桜があるじゃないか!と言うひともいるかもしれないが。 この姥桜の世話を一年でも焼けば、大抵の者は根を上げるに違いない。 此処は、気兼ねなく訪れて、気兼ねなく過ごせて、それが当たり前だと思わせる家である。 昔、ひとかどの方が、廊下で呑んだくれていたくらいだから。 ひとも家も出来ればそんな風でありたいと思っている。 この歳になると、他人に同情されるのも、逆に羨まれたりするのも面倒だ。 くだらない見栄も若い頃なら張り甲斐もあるが、歳を喰えば切なくなる。 気さえ合えば、誰とでも構えることなく隔たりなく付き合いたい。 義理の父母もそんな想いで、この古屋を遺してくれたんだろう。 だから継ぐ者は、この家が纏う開け放たれた気風を閉ざしてはならないのだと思っている。 この零れゆく桜も、婆になっても頑張ってくれているのだから。 帰りがけに言ったひとがいる。 「 次は、藤が咲く頃にまた来るわぁ」 マジかぁ? 待ってます。
Category : 庭
三百六十九話 江戸の聖堂と洋菓子
先日、碑文谷での噺。 予定していた仕事が延期になって、三時間ほど暇を潰さなくてはならなくなった。 誘った友人にも忙しいと断られ、これといって行くあてもなく。 三時間という何をするにも中途半端な時間をどう過ごすか? しかも此処は碑文谷で、閑静な住宅街である。 当然、馴染みの店屋もない。 ひとは、こんな時まったくくだらない事を憶いだすものだ。 “そういや碑文谷といえば、昔、聖輝の結婚式とかいって騒いでいたなぁ” “たしかサレジオ教会とか聞いたような” なんで、三◯年も昔のど〜でも良い他人の結婚式なんかを覚えていたのか? “聖輝の結婚式”とは。 一九八五年バブル期の最中、神田正輝さんと松田聖子さんがご結婚され互いの名からこう呼ばれた。 昔も今も、その件にはな〜んの興味もないが、こう暇ではどうしようもない。 取敢えず行ってみよう。 東急東横線「学芸大学」駅西口の商店街を抜け、目黒通りを跨いで行くとサレジオ教会は在った。 案内板を読むと、その名は通称らしい。 正式名はカトリック碑文谷教会といって、一九五四年にサレジオ修道会によって建立されたとある。 高い鐘塔を備えたロマネスク様式の教会は、 欧州の聖堂に比べると少々貧相だが、日本のものとしてはなかなかに立派だ。 なんとなくこじんまりとしていて、可愛らしくもある。 しかし、可愛らしいからといって、いつまでも眺めていられるほど信心深くもない。 そもそも仏教徒だし、喉も渇いた。 通り向かいに、小さいが品の良いどっから見ても高級そうな洋菓子店がぽつんと営まれている。 “ Patisserie JUN UJITA ” 多分、パテシエが店主でその名を冠しているのだろう。 店に入った瞬間ふくよかな甘い香りが漂う、香りを嗅いだだけでただの洋菓子屋ではないとわかる。 それほどの香りだ。 “ Tarte au Cafe Caramel ”と冷たい珈琲をお願いします。こちらでいただけますか? 厨房との扉の脇に小さな卓がひとつ設えられていて、そこで食べろと言われた。 この “ Tarte … 続きを読む
Category : 食
三百六十八話 ISSHOW
ISSHOWとは。 衣装? 一升? 一笑? そうじゃなくて、“ 一生 ”ということなんだそうです。 Numero Uno 小沢宏氏の新たな試みで、新たな商品群の名称です。 “ 一生モノ ” なんて言葉は、店屋の黴臭い殺し文句に過ぎないだろうけど。 服飾の世界に於いて、ほんとうにそんなものが存在するのだろうか? 小沢氏は、あらためてそう問いなおしたらしい。 そして、その答えが、性別・年齢・嗜好などの壁を越えたブランド “ ISSHOW ” なのだという。 小沢氏は、長年スタイリストのトップ・ランナーとして業界で活躍されてきた。 スタイリストとは、時代の流行をいち早く切取り映す稼業だろう。 “ 流行 ” と “ 一生モノ ” は、水と油みたいなもので混ざらないようにも思う。 しかし、そこを敢えて試みたというところが興味深い。 “ ISSHOW ” は、デニム・アイテムを中心に構成されていて。 そのほとんどを Rigid と Aging … 続きを読む
Category : 衣