月別アーカイブ: November 2016

四百六十九話 高架下の闇市

海辺の家で、寝転がって報道番組を観ていると知った顔が。 淡水軒の女将さんだ。 神戸元町高架下に古くて薄汚い一軒の台湾料理屋が在って。 そこで鍋を振っているのは張さんで、その張さんの奥さんが映っている。 えっ?どうしたぁ? 一昨日、傾いた戸を抉じ開けて拉麺と水餃子を喰ったばかりなのに。 伝えられている話によると。 元町高架下通商店街の商店主に対し、JR西日本が退去するよう求めているらしい。 期限は、借地契約の期間満了となる来年三月以降なのだそうだ。 一方的な通告に事情を訊こうとJR西日本本社を訪れた商店主達の中に女将さんの姿があった。 と、こういうことみたいだ。 元町高架下通商店街は、終戦後不法占有されていた時代がある。 いわゆる闇市と呼ばれた存在で、確かに闇という名に恥じない妖しい雰囲気も漂っていた。 そんな健全とは言い難い通りだったが、不思議と治安は保たれていて。 港街の他の通りと比べても、格段に安心して歩けていたよう気がする。 そして、僕らは、ここで服や靴を買い飯を喰って学生時代を過ごしてきた。 「なぁ、このコートなんぼ?」 「これ、ケネディ大統領が着とったコートやからなぁ」 「おっさん、冗談は顔だけにしとけよ!」 「誰がそんなこと訊いとんねん!なんぼやねん?言うとるやろがぁ!」 「二万八千円や、三万円でええでぇ』 「阿保かぁ!死ね!二度と来たれへんぞぉ!」 と言いながら、また翌日も来て同じようなやり取りを繰り返す。 そうやって、街場で学んでいくのである。 世の中には、騙す者と騙される者と二種類の人間がいて。 騙される側になっては馬鹿をみる。 一方で、あまり頑なにそればかり気にしていると、欲しいコートはいつまで経っても手に入らない。 そこで。 「おっさん、ええこと教えたるわ」 「米国大統領は、米国製のもんしか身につけへんのや、そういうしきたりになっとんねん」 「そこでおっさんに質問や、このコートのここに日本製て書いたあるんはなんでや?」 「えっ?どこや?おっちゃんこの頃、眼が悪なってもうて、ちっちゃい字読まれへんねん」 「舐めとんのか!ええ加減なこと言うなよ!」 「 まぁ、ええわ、おっさん、もう一回訊くでぇ、このコートなんぼや?」 「ちっ!ほなもう二万円でええわ!」 「客に向かって舌打すんなや!客おらんようなるどぉ!嘘言うたバチや、一万五千円でええやろ」 「にいちゃん頭ええなぁ、ちゃんと勉強したら偉らなれんでぇ」 「 放っといたれ!ほな、また明日来るわ」 … 続きを読む

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四百六十八話 くたびれた服

おとこが着る服は、ちょっとくたびれているくらいがちょうど良い。 この歳になると、今までに増してそう想う。 が、良い具合にくたびれていく服に出逢うことは滅多になくて。 最新の流行りを追いかける方が、よほど手間いらずで楽だ。 原糸から衣服へと仕立上げるには、数多くの工程を経なければならない。 そのひとつひとつの工程を、ゆっくりと丁重にこなしていく。 急いだり僅かでも手や気を抜くと、碌でもない服となってしまう。 碌でもない服は、くたびれるまでに塵と化す。 どうせ塵になるんだから、服なんて一円でも安い方が身の為だ。 そう考えるひとは少なくないんじゃないかと思う。 まんざら間違いでもないけれど、服で飯を喰ってきた者としてはちょっと寂しい気もする。 そこで、ここに一着のくたびれたコートがある。 英国 Burberry 社の Balmacaan Coat で、一九七〇年に仕立てられたものだ。 一般的に Balmacaan Coat は、包み込むように大きいものだが。 一九七〇年代製 Burberry 社のコートは、他の年代に比べて身幅も袖も細目に仕上がっている。 なので、中衣が T-Shirts でも借りもののようなダボついた風情にはならない。 気に入っているのは、それだけじゃなくて。 この皺の感じがとても良い。 細く長い上質の綿糸を高密度に低速で打ち込んだ生地でないと、この面にはならない。 縫いは若干雑だが、塹壕服としての成立ちを考えればそれも味わいのようにも思えてくる。 そして。 中身がくたびれてきた今、この半世紀ほど昔のコートがようやく似合うようになってきた気がする。 もっとも、女のひとには、なんの与太話か意味不明だろうけれど放っておいてもらいたい。 重箱の隅を楊枝でほじくるような感性がおとこにはあることをいくら説いても仕方ないから。 でも、これをご覧になると少し気が変わるかも。 The Tale of … 続きを読む

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