月別アーカイブ: January 2021

五百六十四話 禁断のピザ釜

穏な潮が流れる坂越湾に、生島樹林に囲まれた千種川から清流が流れこむ。 湾では、良質の植物性プランクトンが育ち、最高の牡蠣が産まれる。 ぷっくりと大きな身に独特の磯の香りが漂う坂越の牡蠣は、唯一無二の逸品。 生で食べても文句なく旨いのだけれど、さらに高みをめざす術を最近知った。 坂越牡蠣を ピザ用の薪窯で焼く。 これはもう、 悪魔の所業並みに旨い。 火を通すことで凝縮され、ただでさえ濃厚な旨味がさらに増す。 ガス火でも、炭火でもなく、ここはやはりピザ釜の薪火でなければいけない。 唐突に閃く。 そうだ、海辺の家にピザ釜が欲しい! これがあれば、コロナ禍での家飯のテンションは爆上がり間違いなし。 なのだが、ある先輩の忠告を思い出した。 先輩によると、還暦を過ぎたおっさんには、買ってはならないものがあるのだそうだ。 珈琲の焙煎機、蕎麦の捏鉢、燻製機、そしてピザ釜。 「このうちのひとつでも手にしたら、偏屈な老人の道まっしぐらで、そのまま終わるぞ」 「おんなにドン引きされて、悪くすりゃあ別れることにもなるわなぁ」 「えっ!嘘でしょ? 俺、全部欲しいんですけど」 「 オメェ、ヤベェなぁ、完全にクズじゃん」 そう言った先輩は、蕎麦の捏鉢以外の三つを持っている。 そして、離婚経験ありの筋金入りのクズだ。 さらに、クズのまま人生を終えようとしている。 オリーブオイルをかけ檸檬を搾ったピザ釜で焼かれた坂越牡蠣。 食いながら思案した。 それでも買うべきか? それとも買わざるべきか?

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五百六十三話 撤収! 

  感染急増により緊急事態宣言を発出。 予定していた二〇二一年の新年会は、中止。 二〇二〇年の忘年会もゼロ、二〇二一年の新年会もゼロ。 な〜んも、なし! ふたりっきりの海辺の家で、嫁が。 「あぁ、やめやめ!気取った料理なんて作ってもしょうがないわ!」 「今日は、鯖サンドに 、ジンのソーダ割り山椒葉添えで良いよね」 「俺もそっちの方が旨そうな気するな」 もはや、飯というよりやけ酒だな。 よって、とっておきの七福神の盃も、揃って撤収 !    

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五百六十二話 日本最古の天然岩海苔

数年前にも投稿したような気もするけど、雑煮の話です。 一八歳の頃、義母にこれが我家の雑煮だと言われ、初めて口にした。 黒塗碗の蓋を開けて驚く。 「なんすっか?これ?」 「真っ黒なんだけど、これって食えるんですか?」 「出雲の雑煮よ」 「まじっすか!正月からやばそうなもん食うんですね」 「でもね、見かけはこんな感じなんだけど、ほんとはこうじゃないのよ」 出雲の旧家である神門家に継がれた雑煮は、こうして作る。 日本酒に大量の鰹節を入れて出汁をとり、その出汁と同量の醤油と味醂を混ぜて火にかける。 最後に砂糖で味を整え、湯がいた餅に鰹節と岩海苔をのせたものに注ぐ。 出雲で産れ育った義母が、残念そうにこうじゃないと言ったのは岩海苔の事だった。 ほんとうは、出雲でしか採れない岩海苔を用いるべきなのだが手に入らない。 なので。他所の岩海苔を代用しているらしい。 以降ずっと代用海苔で年明けを迎えてきた義母が、八〇歳を超えた頃だった。 たいした孝行もせずにきたので、ここはひとつ本物を食わしてやりたいと岩海苔探索を思い立つ。 義母に尋ねても、海苔の名称は忘れてしまっていた。 その正体が、“ 十六島海苔 ” と呼ばれる希少な海苔であると知るのにもそうとうの手間がかかった。 “ ウップルイノリ ” は、島根半島先端にある十六島の岩場でしか採れない。 天然のはぎ海苔で、極寒期に一度、荒波のなか命綱を装着して行う危険な漁だという。 漁師は、平均年齢八〇歳の女性達で 、今では二〇人ほどしかいない。 この風土記にも登場する日本最古の岩海苔は、採取量は僅かで、入手が難しく、驚くほど値も高い。 訳を知ると、義母の手に入らなかったのも頷ける。 いろいろと探して、出雲市内で日露戦争の頃より煙草や塩や乾物を商ってきた店屋に行きあたる。 “ 松ヶ枝屋 ” 一廉の店主で、義母が亡くなった際には丁重なお悔みの書状に仏前の品を添えて届けてくださった。 以来、餅や鰹節や削機の刃の修理まで毎年お世話になっている。 最初のこの時も、義母の事情を汲んで 希少な海苔を暮れに間に合わせて送っていただいた。 こうして、半世紀の刻を経て、義母はほんものの雑煮を口にした。 「長生きもしてみるもんだわ、まさか逝く前にこれを口にできるなんて」 雑煮を食うと、今でもその滅茶苦茶喜んでくれた顔を想い出す。 そして、義母が亡くなって問題が発生する。 … 続きを読む

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五百六十一話 今年こそ

明けましておめでとうございます。 厳しい状況で、新年を迎えることになってしまいましたが、今年こそは良い年となりますように。 皆さまが、息災であられますよう心から願っております。  

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