月別アーカイブ: May 2018

五百十八話 因果な稼業

梅雨前。 いまひとつなにを着て出歩いたら良いのか?よくわからない。 そう悩んでいるひとは多いだろう。 暑かったり肌寒かったりと、まったくもって定まらない。 服屋も、なにを創ってなにを売ったら良いのか?と右往左往するばかり。 自然には勝てないと諦めてしまえば、飯は食えない。 まぁ、いまとなっては他人事だけど、困った問題ではある。 The Crooked Tailor の中村冴希君とそんな話になった。 暑ければ脱ぐし、肌寒ければ着る。 このあたりまえの動作にうまく付合ってくれる服が欲しい。 難点は、着ている時より脱いだ時にある。 湿気の多いなか、手に持っても、鞄に突っ込んでも、皺は免れない。 だったら端から皺くちゃの服を仕立てりゃ良いんじゃないの? まず、麻の生機で服を仕立てる。 その服を、手で揉みながら染める。 あとは、天日で乾かせばお終い。 手間のかかる厄介な工程を、いとも簡単に言えばこうなる。 そうやって、出来上がった服がこれ。 一九五〇年代、欧州の画家達が好んで着ていたというAtelier Coat 。 ゆったりとした膨らみのある仕上がりで、適度に枯れた色合いも良い。 この時期に羽織る服としては申し分ない気がする。 実際に好評でよく売れているらしい。 まずは、良かった。 良かったんだけれど、来季もこれという訳にはいかないのがこの稼業の辛いところで。 さて、どうしたものか? 仕立上がった秋冬のコレクションを眺めながら、一 年先の初夏を悩む。 つくづく因果な稼業だわ!  

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五百十七話 偉業

改めて観たけど、なんど観ても言葉が出ない。 本作が、高畑勲監督最後の作品となった。 “ かぐや姫の物語 “ 躍動する背景。 動く絵画。 これが、ANIMATION の原点であり終点なのだと思う。 日本の美とはなにか? 日本人にとっての徳とはなにか? 高畑勲監督は、その問いかけを一筆一筆に込められたように想う。 一九八一年劇場公開された作品では、大阪市西成区西萩町が舞台となった。 “ じゃりん子チエ ” 浪速の下町に漂う独特の空気感を見事に描かれた。 常識から逸脱した社会性や道徳性を真正面から受け止め、これはこれで良いと肯定される。 あの赤塚不二夫先生にしても高畑勲監督にしても。 ほんとうのインテリとは、こうした方々のことをいうのだと今でも敬愛している。 数々の名作を遺して逝かれた。 構想されていた ” 平家物語 ” は、幻となってしまったけれど。 これはもう偉業と称えるほかない。 ありがとうございました。 心よりご冥福をお祈り申し上げます。    

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五百十六話 洛北の越中

街場の飯屋を巡っていると妙な亭主に出逢うことがある。 飯屋も商いに違いない、半端なことではすぐに潰れてしまう。 だから、真面目におかしい。 通ってくる常連も変わっていて、熱心にそのおかしな亭主の商いを支えている。 細々とした構えではあっても、そうした飯屋は街場の大切な財産だ。 大事にしなければならない。 洛北で、日本酒目当てに暖簾をくぐった蕎麦屋。 蕎麦屋の不毛地帯と言われた京都だが、近頃ではそうじゃないという噂を耳にした。 京都の蕎麦屋で初ミシュラン掲載となった “ じん六 ” をはじめ、洛北は特に蕎麦屋激戦区らしい。 京都府立植物園北側、上賀茂のこの辺りは高級住宅街で小洒落た店屋が並ぶ。 そのまったくの住宅街奥、およそ店屋などありそうにもない一画にポツリと在る。 “ 大坪屋彦七 ” カウンター席と奥に小上がりがふたつで、十四か十五人も入れば満席だろう。 亭主ひとりで切盛りしている。 街場にある普通の蕎麦屋で、特段の風情があるわけではない。 亭主の愛想も悪くはないが良くもなく、寡黙そうな親父だ。 小上がりでもいいか?と訊くので、そうする。 日本酒目当てなので、いきなり蕎麦ともいかず品書きを開く。 鴨抜き?天抜き?なんだぁ?ちいさく注釈が書かれているのに目を通す。 鴨抜きは鴨南蛮の蕎麦抜きで、天抜きは天麩羅蕎麦の蕎麦抜きらしい。 謎すぎる! さらに、“ 手隙の際に注文していただく品々 ” とある。 ほぉ〜、どんな手の込んだ料理を供するつもりなんだろう? 玉子焼、鴨焼、山葵芋、蕎麦がき善哉などが、その品々の正体らしい。 いやいや、それって一般的には待合いに出されるやつだろ! 良いぞぉ!この亭主は、なかなかの掘り出し者かもしれない。 とりあえず、蕎麦屋定番の焼味噌と甘海老の塩辛を。 ん?白海老?富山湾近郊ではよく知られてはいるけれど、他所で出合ったことはない。 白海老は、あっという間に鮮度が落ちてしまい、ちょっとでも痛むと食えたものではない。 地元では刺身もあるが此処は京都、さすがにそれはないので素揚げとかき揚げで注文する。 さらに、手隙そうだから玉子焼も。 … 続きを読む

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五百十五話 おひとつどうどすぅ?

いや、祇園や上七軒の京花街での話ではありません。 北山の山裾、京都盆地北の縁辺に建つ京都国際会館。 四月最終の週末、京都最大級の日本酒イベント” SAKE Spring 2018 ” がここで開催されると聞く。 酒好きでも、日本酒党でもないけれど、ちょっと面白そうなので覗いてみることにする。 とは言え日本酒についてはさっぱりだ。 大関、白雪、白鹿という名酒蔵の息子連中を友人にもってはいるものの、知らないものは知らない。 なので、頼りになりそうなおとこに連れ立ってもらった。 歳は 親子ほどに離れてはいるが、毎月自宅で Sake Spring を開催しているというほどの日本酒通だ。 にしても、なんちゅう盛況ぶり! 会場は立錐の余地もないほどで、こんな洛北の果てにこれほどのひとが集るとは。 酒飲みの執着というのは恐ろしい。 全国から三五の蔵元が自慢の銘柄を、そして、二〇ほどの料理屋が絶品限定おつまみを提供する。 初心者としては、その三割ほどを知っていて、後の七割は聞いたような聞かないような蔵元が並ぶ。 どこをどう呑み歩けば 良いのかは、連れの指南に従った方が無難だろう。 まずは、丸石醸造(愛知)の二兎。 銘柄の由来は「二兎追うものしか二兎を得ず」って、なんのこっちゃ? 味と香、甘と辛、酸と旨など、二律背反を欲深く追求したらこうなるらしい。 次は、八戸酒造(青森)の陸奥八仙。 酒米、酵母、仕込水と地元産にこだわっている老舗蔵。 新鮮な果実酒みたいな味いで、昭和な舌には、これが日本酒?的な今時感がある。 続いて、酔鯨酒造(高知)の酔鯨。 あっ!これ知ってる! いつも何喋ってるか半ば不明な吉田類が、” 酒場放浪記 ” で故郷の酒とか言って飲んでるやつ。 魚介類にあう究極の食中酒とか謳っているけど、それは違うな。 甘味の勝った土佐醤油にこの酒のキレが似合うんじゃないかな。 たっぷり鰹節をのせた冷奴に土佐醤油を掛けての酔鯨が良いんじゃないの? よくわかんないけど。 … 続きを読む

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