月別アーカイブ: January 2013

百六十八話 世の中に無いモノ

勘の鋭い人がいる。 この人は、時折電話をかけてこられて出来の悪い僕の調子を測る。 僕も一応大人の端くれだから繕おうとするのだが通じない。 勘の鋭い人とはそうしたもので、声だけで相手の好不調を見抜く。 長い付合いになると繕うのも無駄だとわかってくるので素で応じるようになる。 そして、調子が悪いと察すると何か元気づけるようなモノを届けてくださる。 後藤惠一郎さんという人は、勘も鋭く強面だがそれだけではない。 とても行届いたやさしさを纏った人なのだ。 届くのは、たいていが世の中に無い不思議なモノで、それでいて僕の屈折した嗜好に沿っている。 先日もあるモノが届いた。 タンニン鞣しのヌメ革で創られた野外スケッチ用の画材ケース。 こんなモノは、どこにも売ってはいない。 欲しいとは思っても、無いと承知しているので探した事もなかった。 それが思いもかけない人から届いて、今ここにある。 マジで嬉しい。 オトコの多くは無駄に道具に凝ると言われている。 僕も例外ではない。 無駄かどうかは別にして、仕事でも趣味でも描く道具にはこだわる。 誰も興味はないだろうけど少し披露させていただく。 色鉛筆は、英 Derwent社のものと独 Faber -Castell社のものを硬度と色によって使い分ける。 鉛筆は、三菱精密製図用のもので市販品ではなくレトロな缶にダースごとに収められている。 強い筆圧に見合う鉛筆となるとどうしてもこれしかない。 柔らかい芯が必要な際にはホルダーを使う。 仏の Conté a Paris社製でアルミ材の軸に刻みを施しただけのこのうえなく無骨な代物である。 鉛筆削りは、独 Mobius-Ruppert社の真鍮円筒型を愛用している。 以前は、DUX社の三段階に先端を調整出来るタイプを使っていた。 しかし、好みの細さが一手だと気付き買い替えてから二十年ほど経つ。 紙は、英 Waterford社の特厚リップル紙。 表面の耐性がすこぶる強くグギグギ描いても問題無い。 野外には葉書大に注文裁断したものを束にして携帯する。 ど〜でも良い話だろうが、⎡このこだわりの延長線上に値する容れものは?⎦と想像して貰いたい。 想像して貰いたいが、どうしても想像出来ない種族もいる。 … 続きを読む

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百六十七話 かぶいて候。

かつて “ 傾奇者 ” とか “ 歌舞伎者 ” とかと呼ばれる異形の衆が、街中を騒がせた時代があった。 乱世の終焉から江戸時代の始めにかけて、日本の風俗史でも極めて特異な現象が起こる。 派手な着物を袖を通さず肩がけに羽織り、獣の革を接いだ袴を履き、天鵞絨の襟をあしらう。 逆立った髪に大髭という面構えで、口には大煙管をくわえ、腰には朱鞘の刀を差している。 異形という他ない風体でうろつく。 世間体を憚ることなく、その身に権力や秩序への反骨を纏った姿だとされる。 そう言えば、 ⎡世界に先駆けた “ PUNKS ” の誕生⎦と卒業論文に記して教授に書直しを命ぜられたことがある。 一九七〇年代中頃に始まった ” PUNK ” という言語は当時まだ新しかった。 老齢一歩手前だった恩師の耳には届いていなかったのかもしれない。 僕は、今だにこの表現は正しかったと思っている。 いづれにしても、“ 傾奇者 ” は日本のサブカルチャーの源流として現代まで受継がれてきた。 行動様式は、侠客と呼ばれる無頼の徒によって。 美意識は、歌舞伎と称される芸能の衆によって。 両者ほど顕著ではなく曖昧とはしているが。 その精神的血脈は、知らず知らずのうちに他の世界にも相承されてきた。 ⎡ファッション業界⎦にも。 今、眼の前に一足の靴がある。 この靴、メタリック箔が外から内へと消え去るのと同時に仕様も変化してゆくのだ。 写真ではわかりづらいが、靴の後部が外側のプレーンから内側のメダリオンへと。 さらに、ヴィブラムソールは … 続きを読む

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百六十六話 それ行けダイワニャン!

Musée du Dragon は大阪駅前のビルの地下一階に在る。 このビルが建った時から在るのでもう三十七年ほどになるかもしれない。 ビルも古いが、先代から数えると店も古い。 ビルの名前は “ 大阪マルビル ” といって地上部は宿屋になっている。 立地は良いのだが、これと言って何が優れているという訳でもない。 別に移転しても全然構わないのだが面倒なので此処に居る。 数年前、ビルの所有者が変わった。 新オーナーとして登場したのが御存知⎡ダイワニャン⎦です。 ⎡ダイワニャン⎦はとても偉いのだ。 ⎡ダイワニャン⎦はお金を沢山持っている。 ⎡ダイワニャン⎦は何だってできて、⎡ドラエモン⎦の親戚みたいに頼もしい。 その⎡ダイワニャン⎦が、この海苔の缶みたいなビルを緑で覆うと言いだした。 ⎡さすがだぁ、偉い、偉いぞぉ〜ダイワニャン⎦ なんだかんだ綺麗事並べても所詮銭儲けだけの品性を欠く界隈の開発。 そんななかにあって、一文にもならない巨大壁面緑化計画をぶち上げた。 どっかの借金達磨の建替えとは違って、懐に余裕がある⎡ダイワニャン⎦は考えにもゆとりがある。 都心部の壁面を緑化するという発想は数年前から欧州で具体化されてきた。 一枚目の写真のように巴里でも盛んで、美しい壁面景観は街に馴染み住人を和ましてくれている。 巴里を訪れて通りがかる度に、⎡良いなぁ〜、羨ましいなぁ〜⎦と思っていた。 しか〜し、⎡ダイワニャン⎦のプロジェクトは、そんなチンケな代物ではない。 高さ一二〇メートル、直径三十メートルの世界に例をみない巨大な緑に覆われた樹木なのだ。 発案者は、建築家の安藤忠雄先生だが、事の成否は⎡ダイワニャン⎦に委ねられている。 ⎡ダイワニャン⎦ 成熟した大人の “ Landscape Architecture ” の正しい姿を浪速の民に見せてくれ。 そうすりゃ、この街の景色もちょっとはましなモノになるだろう。 幕が張られトンカン、トンカンと工事現場で仕事しているようなもんだが。 店内では別に影響ないし、な〜んの文句もありませんよ。 そんなことより、良いものを創ってくれ。 … 続きを読む

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百六十五話 初球

こんなご時世にあっても危険を承知で独立して自身のブランドを構えようとする者がいる。 銭金だけを云々するのであれば、他に歩き易い道があるとも思うのだけれど。 その勇気と覚悟には心から敬意を表したいし、同じ稼業の人間として有難い事だとも思う。 新しい才能が産まれて育たないと業界自体が停滞し濁って力を失いやがて消えてしまう。 大袈裟かもしれないが、そう思ってしまうほどに independent brand の話が聴こえてこない。 そんななかで、 MIHARA YASUHIRO からひとりのデザイナーが独立するので見て貰えないかと声がかかった。 デザイナーは井野将之という人らしい。 ブランドの名は “ doublet ” という名称で二〇一三年春にデビュー予定らしい。 その程度の情報で充分だ。 いらぬ先入観をもって接すると判断を誤る。 出来るかぎり客目線でモノ自体を素直に眺めた方が良いのだが、実はこれがなかなかに難しい。 昨年の夏、暑い盛りに指定されたショールームに出向く。 まず全体を見る。 表現にまわりくどさがなくて軽妙でコミカルなコレクションという印象を受けた。 そして個々に見る。 出身ブランドの遺伝子かもしれないが、凝った手法を駆使している。 ただ、どの手法もわかりやすく効果的に響くように配慮されこなされてある。 モードによく見受けられる独善的な難解さは敢えて省いたんだろうと思う。 まぁ、球筋としては直球だね。 そのあまりの直球ぶりに笑ってしまったアイテムがあった。 デニムパンツのパッチが巨大化している。 この手があったか!というデザインだが、画で描けても実際創るとなると面倒極まりない。 このパッチだけでもパーツ数は五つにもなる。 しかもずれないように付合わせて縫上げなければならない。 デザイン画の段階で止めるように言う奴はいなかったのか? それともこういう仕事に快感を求める変態的な縫い手がどっかにいるのか? 馬鹿馬鹿しいが面白い、面白過ぎる。 しかし、このデニムパンツはただ面白いというだけの代物ではない。 絶妙のテーパード・シルェットを誇る。 パターンは、08 … 続きを読む

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百六十四話 なんなんっすか?

以前ある著名デザイナーが Musée du Dragon にやって来た。 パリ・コレクションの常連で。 英国籍のトルコ系キプロス人で。 坊主頭で。 あ〜ぁ、面倒臭い。 Hussein Chalayan です。 ⎡Any garments are strange and little bit expensive.⎦ ⎡はぁ?テメェの服より変ってねぇし、高くもねぇよ⎦ ⎡Am I known?⎦ ⎡一応同業だし、アンタ有名だから⎦ 仮にも世界的スター・プレーヤーなので、身体的特徴には触れなかった。 値段の高い安いをキプロス人に言われたくないし、 奇妙奇天烈で名を馳せるデザイナーに変ってると言われたくもない。 言われたくもないのだが、今回のこれはさすがにどうなんだろう? カーディガンの下にフードパーカーが繋がっている。 上は釦仕様で、下はファスナー仕様。 挙句に上はカット&ソーイングで、下は布帛。 って、これ何のアイテムで、どうやって着るのぉ? 無茶をやってるのは 08 Sircus の森下公則氏で今期のコレクション品です。 坊主頭と同じくパリ・コレクションのランウェイを務めた森下氏の名誉のために言っておきます。 ちゃんとした服にトランスフォームします。 こんな具合に。 … 続きを読む

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百六十三話 七草粥

雑煮に粥にと、とても服屋の blog とも思えない次第ですが辛抱願います。 一月七日 “ 人日の節句 ” に嫁が言う。 ⎡今日の晩御飯は七草粥だからね⎦ ⎡え〜ぇ、それって朝に喰うもんじゃないのぉ?⎦ ⎡晩飯に雑草ってキツくない?⎦ ⎡うるさい!朝からそんなもん作ってる暇がどこにあんのよ!⎦ ⎡だいたい正月から肉ばっか喰って、また無駄にブクブク肥えるんじゃないのぉ?⎦ ⎡…………………………。⎦ まぁ、機嫌が悪そうなんで口には出さないけど。 そんなもんって言うくらいならスルーしても良さそうな行事食だろう。 無病息災って言うけど、栄養不足で逆に具合が悪くなりそうだ。 こんな雑草を、鉢一杯喰ったところで栄養の欠片もない。 七草粥は、春の七草や餅などを具にした塩味の粥で、その年の無病息災を願って食する。 前日の夜に用意される⎡七草⎦は、地方によって顔ぶれが異なる。 我家のラインナップは以下のとおりだ。 セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロである。 最後のふたつスズナ・スズシロ以外は全て庭に生えている。 喰物としては、このうえなく情けない面々である。 この草を包丁の背で叩いて刻む。 七草なずな 唐土の鳥が 日本の国に 渡らぬ先に ストトントン と七草囃子を謳いながら刻むらしい。 意味は諸説あるようだが素直に解釈すると、 大陸から渡り鳥によって運ばれる疫病の蔓延を封じるよう願った歌のように思う。 今風に言えば、鳥インフルエンザ に気をつけましょうみたいなもんだろう。 いづれにしても、気乗りのしない冴えない行事だ。 あ〜、腹減った、もう寝よ。

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百六十二話 蘇った雑煮

今日から仕事初めという方も多いと思いますが、雑煮の話です。 学生時代、正月に嫁の実家である海辺の家を訪れた。 塗椀が目の前に置かれる。 時節柄当然雑煮だろう。 蓋を開ける。 真っ黒で何も入っていない。 いや正確に言えば、黒塗椀の底に真っ黒な代物が盛上がっていて上に鰹の削り節が散らされている。 汁らしきものは見当たらない。 椀の底にある闇を覗くような感じだ。 彼女の両親の手前もあって、小声で嫁に尋ねた。 ⎡これ何?⎦ ⎡雑煮だよ⎦ ⎡マジでぇ?これがあんたんちの雑煮なのぉ?⎦ ⎡なんかちょっと不気味なんだけど、この雑煮⎦ ⎡食べてみぃ、美味しいから⎦ 世に奇習というものがあるのは承知していたが、これほどに正月にふさわしからぬ喰物もない。 烏賊墨パスタが明るく見えるほどに闇深い。 どんな味も連想させないただ黒いだけの雑煮。 恐る恐る口にする。 海苔の香りと酒の香りが鼻孔に広がる。 恐ろしく簡素な代物だが、磯が香ってくるような絶妙な味わいがある。 同時に闇の正体も明らかになった。 まず茹でた餅を椀の底に敷く、その上を酒で溶いた海苔と少量の出汁で覆う。 ただそれだけ。 闇の正体は海苔だった。 不思議な喰物だが なかなかに奥深く旨い。 この雑煮は、島根県西沿岸部の限られた土地で食されるものらしい。 浜田の旧家で産まれ育った義理の母にとっては、故郷の大切な味ということになる。 その肝心の母が、この雑煮の味は幼い頃慣れ親しんだ味とは異なると言った。 ずっとそう言い続けて三十年近く経った頃、大病を患い入院して手術を受けることになる。 退院した年の暮れ、ふと母が訴える雑煮の味の違いが何なのかを探ってみたくなった。 母が言うにはそもそも海苔が違うらしい。 ⎡岩海苔か?⎦と尋ねると⎡ちょっと違う⎦と言う。 なにやら塵屑みたいな海苔だったということだけしか母の記憶には無い。 方々手を尽くしたが “ 塵屑みたいな ” だけではどうしようもない。 … 続きを読む

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百六十一話 新しい年の始めに “ fiction ” より登場です。

明けましておめでとうございます。 今年も Musée du Dragon を宜しくお願い申上げます。 この馬鹿 blog にも引続きお付合い下さいますようお願いいたします。 ところで、見かけないいきものがお目見えしておりますが。 ちょっと御紹介させていただきたいと存じます。 まず体長は、 通常八十センチ位と小柄ですが頼めば用途に応じて十メートル位に大きくなってくれます。 三度三度餌を与えてもらっていると機嫌が良く問題ありません。 ただ、腹をすかしたり機嫌を著しく損なうと手に負えないくらい巨大化します。 こうなるとかなり危険です。 最悪の場合には、homepage の冒頭に描いた絵のようになります。 こいつは、火を吐いたり背中が光ったりもしません。 背中に翼を備えており昔は翼竜のように大空を自在に飛んでいましたが、 食過ぎで胴体が大きくなり過ぎ、今では翼が退化し陸の暮しにすっかり馴染んでいます。 機嫌が良い時には、はばたいて三十センチほど浮上がりますがそれ以上高くは無理です。 移動はもっぱら歩きで滅多に走りません。 吠えることもあまりありませんが、ブツブツ文句を言う時があります。 その際には内容によく耳を傾けて下さい。 無視すると巨大化します。 基本いうことは一切ききません。 餌を与えてくれる人には自発的に手助けをしますが、命令してはいけません。 命令されると機嫌が悪くなり巨大化します。 知能はさほど高くありませんが、一人前に悩んだ振りをする事があります。 気分の問題なので放置願います。 下手にかまうと巨大化しますのでご注意下さい。 文句がある場合と悩んだ振りをしている場合とは良く似ていますが、対処方法がまるで異なります。 よく見極めてから接するように心がけて下さい。 でないと巨大化を招き危険です。 通常放し飼いで大丈夫ですが、尻尾を上向きに立てた場合には用心しなければなりません。 生殖器官より雄に分別されますが、近くに若い牝がいると姿が見えなくても臭いで嗅ぎつけます。 探し出してどこまでもついていこうとしますので、強度のある鎖で繫ぐ必要があります。 著しく方向感覚が劣っていますので戻ってきません。 また、同種族の牝だけでなく人間の女性も含まれます。 … 続きを読む

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