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六百四十八話 久留美餅

海辺の庭にある古い藤棚を塗替えることにした。 高さ二メートル超え、広さ7畳敷きの鉄製棚、錆を落とし塗装を施す。 暑い最中、とてもひとりではやってられないので助っ人を頼む。 というか、なんなら助っ人ひとりでやってもらいたい。 陶芸家で庭師の YUMA 君に声をかけた。 実家は海辺の家近くだが、今は対岸の堺で暮らしている。 作業の途中、昼飯を食いながら訊く。 「堺だったら、“ かん袋 ” っていう和菓子屋知ってる?」 「いえ、越して間がないんで近所あんまり知らないですよね、古墳とかも行けてないんですよ」 「古墳?あんなの空から眺めてなんぼで、地上からだとただの藪だから、しょうもないよ」 「それより、堺と言えば “ かん袋 ” でしょ、それしかないから他所は行かなくていいって」 「いやに、その店屋推しますねぇ、そんなに旨いんですか?」 「日本の銘菓で此処と肩を並べられるとすれば、河内の御厨巴屋団子くらいだから」 「 団子?河内?ただの餅好きじゃないですか?それに河内って範囲狭っ!」 早速、ググってみて。 「おっ、結構有名みたいですねぇ、それに家から近いですよ」 「マジかぁ!騙されたと思って行ってみて」 “ かん袋 ” 鎌倉時代末期、 御餅司として創業と伝えられ、七〇〇年近く二七代にわたって継がれてきた味。 大阪城築城時の噺。 当代の店主・和泉屋徳左衛門が、瓦を餅創りで鍛えた腕力で天守まで放り上げて運んだ。 その様子が、かん袋(紙袋)が散るようだったことから、時の太閤が “ かん袋 ” と名付けた。 以降、“ … 続きを読む

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六百四十六話 湾岸の下町に本気の boulangerie を

海辺の家から車で一〇分ほど東に “ 和田岬 ” という湾岸の街がある。 すぐそこなんだけど、便が悪い辺鄙な場所。 噂では、こんな場所に超絶に旨いパン屋があるらしい。 とりあえず、嫁とあるという笠松商店街を目指して行ってみた。 商店街って、いつの噺? ほとんどのシャッターが下りていて、ただの下町の路地にしか見えない。 車を停めて歩いていると、横を若い夫婦が駆けて通り過ぎていく。 その先に、人集りが。 「あそこじゃないの?」 「嘘だろ?なんでこんなとこでパン屋始めたんだろう?」 小さな看板が立ててある。 “ boulangerie maison murata ” たしかに此処みたいだ。 嫁に。 「この店屋、多分そうとうに 旨いよ、俺鼻が利くから」 店先まで、なんともいえない 甘く香ばしい匂いが漂う。 店内の棚には、およそ考えつく限りのいろんな種類のパンが所狭しと積まれている。 本格的な PAIN DE CAMPAGNE から餡パン、果ては メロンパンまでが並ぶ。 「凄ぇなぁ!どれも滅茶苦茶旨そうだわ」 地元の子供が喜びそうなモノまであって、気取り無い品揃えの構えが良い。 添加物を使わず、天然酵母から生まれる夥しい数のパン。 居並ぶ客も多いが、こなす職人の数もちいさな店にしては一五人ほどいる。 その一五人が、ほぼ無言で無駄なく素早く交差していく。 たいした店屋だと想う。 店主は、村田圭吾さん。 お若いが、その職歴は華やかだ。 … 続きを読む

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六百四十二話 小正月

お飾りをはずして、菩提寺のお札を新しいのに取り替える。 一月一五日、小正月。 この日、小豆を粥や善哉にして食べる慣わしがあって、食べると一年を息災に過ごせるらしい。 小豆には、魔除けの力があり、鏡餅には神様の力が宿ると云われる。 そういえば、暮れに友人に貰った丹波篠山の小豆があったよなぁ。 享保十九年(一七三四年)創業の小田垣商店のありがたい丹波大納言小豆。 無病息災を祈願して、餅を炙り善哉にしていただく。 食べ終えた嫁が。 「わたし、風邪ひいたかも、ちょっと熱っぽいみたい」 ええっ!このタイミングでぇぇ!アカンやん!

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六百三十九話 本年の〆飯

年の瀬に従姉妹の息子が、やって来るという。 手首が、いまひとつ調子良くなかったので助かった。 迎春のしつらえと庭掃除などの作業を手伝ってもらう。 海辺の家の勝手は家人に次いでよく知っているので、あれこれ言わずともこなしていく。 お陰で早目に無事片付いた。 晩飯でも食うかぁ。 知合の猟師カーリマンが獲った猪肉を塩胡椒して焼肉に。 画家の女房が送ってくれた丹波産山芋は薯蕷ご飯に。 酒は、Bordeaux の銘酒 Chateau Lagrage Saint – Julien 。 素朴だが、妙に贅沢な食卓になった。 図らずも、すべて貰いもの。 この酒も、そうだ。 一〇年近く大学に居座り続け晴れて博士になった従姉妹の息子が、初給料で買ってくれた。 本年の〆飯として、言うことなし! ありがとうございました。皆様、良いお年をお迎えください。              

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六百三十八話 背徳の Stollen !

独仏国境の Alsace 地方にもBerawecka という干果物と木の実を使った似たような菓子がある。 Bera (梨)のパンとして古くから伝わるが、風味という点では、 Stollen には敵わない。 しかし、この Stollen も、その昔は、宗教上の供物で、たいして旨いものではなかったらしい。 変わったのは、バターを使うことが法王に赦された一四世紀以降。 今では、どんどん洗練されて、この季節の代表的な菓子として世界中で愛されるようになった。 そういった意味では、バターを使わない Berawecka の方が、原型に近いのかもしれない。 Stollen は、Christmas の四週間ほど前から一切れづつ食べていく。 聖夜へのカウントダウン的発想なのだろう。 だが、僕は、仏教徒なので、そんな悠長な食い方はしない。 毎年いろんな Stollen をかき集めて、好きな時に好きなだけ食べる。 ただ、買い求める場所によってその味が大きく異なる。 一番気になるのは、食感だ。 パン屋のは、パサパサして乾いた食感であることが多い。 元々の成立ちからすると良いのかもしれないが、菓子としての背徳感に乏しい。 そんな際には、これをぶっかけて甘くしっとりさせる。 伊の伝統的混成酒 “ Sambuca ” ラム酒でも良いのだけどアニス特有の香りが Stollen にはより合うように思う。 パン屋とは逆にケーキ屋のは、しっとりと甘く干果物を漬けたラム酒もよく香る。 だが、残念なことに宗教上の供物であった Stollen の禁欲的な感じが全くしない。 これでは、ただのドライフルーツ・ケーキだ。 パン屋とケーキ屋、帯に短し襷に長しで、なかなかいい塩梅だねとはならない。 … 続きを読む

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六百三十三話 東郷梨

夏も過ぎようかというこの時期、決まって届けてくれるのを待っている。 送り主は、鳥取の従姉妹。 出荷元は、鳥取県湯梨浜。 届け物は、東郷二〇世紀梨。 毎度しつこく箱に添えられてくる冊子にはこうある。 二〇世紀梨は町の文化であり、主要産業であり、象徴であって、民の誇りでもある。 どんだけの梨やねん!と、思わぬでもないが確かに美味い。 昨年の今頃、届いた数を食い尽くし、自ら選果場に連絡し送ってもらったほどに美味い。 二〇世紀梨には、収穫時期によって食べ頃が三通りあるという。 八月初旬の鮮やかな緑色の梨は、早熟の酸味がすっきりと口に広がる。 九月上旬のやや黄色味がさした梨は、熟度と甘味の均衡がとれた味わい。 九月下旬の淡黄色となった梨は、熟度と甘味がともに極まる。 好みは、ひとそれぞれだが、僕は、緑色が残っている間が最良の食べ頃だと思う。 シャキッとした歯応え、特有の酸味、この清涼感は他の果実ではなかなか味わえない。 そんな東郷梨は、少し冷やしてそのまま食うのが一番美味しいのだろう。 だが、こんなにあるんだから、数個ひと工夫凝らして食うのも悪くないかも。 梨に合う酒といえば Rum か Gin だが、Cocktail で飲むのは勿体無いし、西洋梨でもまかなえる。 なんかこうもっと東郷梨を活かして食う術はないものか? そこで、これ! “ 梨と葡萄の Rum 酒サラダ ” 梨と葡萄に Coconut Oil と Rum 酒をまわしかけて全体を混ぜるだけ。 だけと言っても、やるの嫁だけど。 そして、庭に生えてる Rosemary と Mint … 続きを読む

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六百二十六話 華人街の新たな扉

六月の初日。 神戸市立博物館で “ ジブリパークとジブリ展 ” を観終えて、予約していた中華料理屋へ。 目当ての “ 楽関記 ” は、元町駅から北長狭通りを少し上った処に在る。 二〇一七年開業で中華街では新参の類だが、今や神戸華人の間で知らぬ者はいない評判の店屋だ。 昼飯に立ち寄りその 小籠包と鶏唐揚の旨さに驚き、一度ちゃんと晩飯を喰ってみたいと思っていた。 しかし、都合よく予約が取れる機会に恵まれず今日に至る。 一階はカウンター席のみのちいさな構えで、奥に地下部屋へと続く錆びた鉄階段がある。 降りると、薄暗い空間に五卓ほどの席が設られていて、そのひと席に案内された。 中華街にありがちな怪しい雰囲気だが、こと中華飯に限ってはこういう店屋ほど味は期待できる。 前菜から。 “ 鹵水叉焼 ”  鹵水には、中華香辛料と水を一週間かけて煮出し、調味料を加えたタレを用いる。 料理人の手間と舌が頼りの複雑な料理だ。 “ クラゲと胡瓜の和物 ” “ 蒸し鶏 ” “ 皮蛋 ” “ 帆立貝の刺身 ” “ 酔蝦 ” 香辛料などを加えた紹興酒に海老を漬ける料理で、頭部の味噌が絶品。 “ … 続きを読む

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六百二十五話 竹の花

昔、無類の筍好きだった親父によく連れて来られた料理屋が、京都長岡京にある。 明治期創業の老舗で、長岡天満宮の杜に囲まれるように数寄屋造りの座敷が並ぶ。 此処 “ 錦水亭 ” の名物は、隣接する広大な竹林から掘りだされる朝堀の筍を使った筍料理。 これを目当てに、春になると親父は毎週のように通っていた。 親父はもうとっくにおらんけど、代わりに腰痛の友達を無理矢理誘って久しぶりに足を向けてみる。 八条ヶ池を眺めながら、会席仕立ての皿が供されるという趣向は当時もそうだったように想う。 会席仕立ての都合上、一〇種くらいの料理が続くのだが、正直食べたいのは二皿だけ。 直径一五センチ程の輪切にした筍を出汁で煮た “ じきたけ ” 朝堀の筍を皮付で焼いた “ 焼 竹 ” この二品は、ほんとうに絶品。 あとは、筍飯でおにぎりを握ってもらえればそれで充分なんだが、商い上そうはならないらしい。 それでもそれなりに春の旬を堪能し、天満宮へのお参りも済ませた後、竹細工の工房を覗くことに。 かつて大阪万博の頃、筍懐石料亭 “ 錦水亭 ” は宿屋も営んでいたが、今は廃業している。 そして、跡として残された建屋には、“ 高野竹工 ” が、嵯峨野に在った工房を移して構えた。 竹細工技能集団として良質の竹の産地を求めてのことだったらしい。 斯くして、広大な竹林の整備・伐採は、“ 高野竹工 ” の職人達の手に委ねられる。 丁寧に油抜きし、数年寝かし乾燥させた竹から製作される作品群は見事だ。 野点の道具箱、茶筅、茶筒、茶杓などの茶道具から竹筆までさまざまにある。 さまざまにあるんだけど、親父の道具収集癖の後始末で懲りているので、竹箸を求めるに留めた。 職人の方に、いろいろとご案内いただいて、竹林を眺めながらお茶をいただく。 途中、煙草を吸って戻ってくる際、意外なひとに声をかけられる。 「こんにちわ、もしよろしかったら一本お持ちになりませんか?」 … 続きを読む

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六百二十一話 午餐菜單

海辺の家から東へ一駅、同じ区内の徒歩圏内に在る塩屋町。 細い路地が絡み、崖の所々に旧い洋館がへばりつくように建っている。 今尚居留地が残り、そのせいか英国人、獨逸人、華人なども多く暮らすちいさな海辺の街だ。 嫁が仕入れてきた街の噂によると、駅近くの路地裏で商いを始めた二軒の店屋がかなり人気らしい。 一軒が、英国人の旦那と日本人の嫁が始めた Baked Goods Shop 。 もう一軒が、日本人の旦那と台湾人の嫁が始めた臺灣料理屋。 まずは、臺灣料理へ。 食事の予約は月一回で、数分で1ヶ月先の予約が埋まるらしいので とりあえず喫茶利用で。 路地裏からさらに奥まって建つ大正時代築の民家がその店屋。 屋号は、“ RYU Cafe ” 。 劉 晏伶さんが出迎えてくれる、ご主人は調理を担っていて厨房に。 凍頂烏龍茶と臺灣式 Nougat みたいな雪花餅を味わいながら晏伶さんに訊く。 台湾で学んだという日本語は、素晴らしく堪能で疏通になんの支障もない。 「こちらで食事したいんだけど、大変な人気で予約が難しいらしいね」 「店がちっちゃいのもあるけど、ありがたいことです」 「だけど、来週の木曜日午前十一時ならキャンセルがでたので大丈夫ですよ」 「ほんとに!近所だからその日に来させてもらうわ」 で、再び “ RYU Cafe ” に。 「塩屋産海苔粥と花雕雛麺の二種類からお選びいただけますが、どちらになさいます?」 「えっ?海苔粥は分かるけど、もうひとつのファデァウジーメェンってなに?」 鶏を花雕酒、生姜、特製香料で煮込んだ出汁に麺を合わせたものらしい。 「じゃあ 、その花雕雛麺で」 小鉢には皮蛋、南瓜と豚の蒸籠蒸しが添えられている。 … 続きを読む

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六百十八話 初 “ 恵方巻 ”

二〇二三年二月三日。 今日は、節分。 毎年、豆撒きはするが他のことはしない。 のだけれど、今年は初めて恵方巻なるものを食ってみようかと思う。 先日、店屋物を頼んでいる近所の蕎麦屋の亭主が、丼鉢を下げにやってきた。 この亭主、もうずいぶんの歳なのだけれど労を惜しまない働き者で通っている。 麺は手打ちで、丼物も旨い。 そのうえ、釣ってきた鯛やら、茹でた筍を持ってきてくれたりもする。 鯛や筍は、商売ものではないので銭は受け取らない。 僕は、この亭主が商いをやめると言いだすのが怖くてしょうがないのだ。 ほんとうに困ってしまう。 コロナ禍で休業を迫られた時や、値上げを余儀なくされた時も、詫びの品を持ってやって来る。 「ごめんなぁ、ごめんなぁ、堪忍やでぇ」 商人の鏡のような亭主で、心底立派だと想ってもいる。 そんな亭主が言う。 「あんなぁ、今度節分の日になぁ、上巻つくろう思てんねんけど、いる?」 「恵方巻食うって、やったことないけど、せっかくだから注文させてもらうわ」 恵方巻かぁ。 節分の日、どこぞの旦那が、大阪新町で芸妓衆相手に披露した座興だろ。 船場の馬鹿旦那が考えそうなくだらない座興に付合う気もおこらなかったのだが。 この亭主に言われたら、曲げてやってみるかとなる。 日が暮れて。 玄関、勝手口、東側出入口と順に、“ 福は内、鬼は外 ” とやり終えて、いよいよ人生初の試み。 七福神にあやかって七種類の具が巻かれた “ 恵方巻 ” を南南東を向いて黙って食べる。 普通に旨いけど、なんかこういまいち冴えない儀式だ。 とりあえず、今年一年災いなく無事過ごせますように。  

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