月別アーカイブ: May 2014

二百八十七話 港街人情

時が経つのは早い。 義理の母が逝って、ちょうど半年が過ぎた。 母は、この “ 海辺の家 ”を住まいとして、半世紀以上を暮した。 なので、長年出入していた馴染みの地元業者がいる。 植木屋、電気屋、酒屋、寿司屋、饂飩屋などといった人達である。 屋根瓦の修理、大型塵の始末、水道のパッキン交換、ドアノブの取替、…………………。 暮していると、色々と些細な不具合に見舞われたりもする。 本業以外なのだが、その場に居合せたというだけで、手に負えることは自分達でやってくれる。 手に負えなければ、仲間の業者を連れてきてやってくれる。 この人達がいなければ、母の晩年の暮らしは、立ち行かなかったように思う。 中には、嫁が、哺乳瓶を抱かえていた頃から出入していて、七〇歳も半ばを越える者もいる。 そんな爺さんに、亡くなったと知らせた時は大変だった。 元々、口数の少ない頑固な庭師で、夫婦でお悔やみにやって来たまではよかったのだが。 家にひとり入ってきた庭師の奥さんに、嫁が訊く。 「あれ? 親方は?」 「それが、ちょっと、お嬢ちゃんゴメンねぇ、表には居るんだけどぉ」 「マジでぇ!表でなにしてんの?」 「それがねぇ、入れないって」 「訳わかんない!わたし行って呼んでくるから」 行ったけど、門の前で、宙を睨んで、黙ったまま動こうとしない。 結局、庭師が、仏前に座ることはなかった。 代わって庭師の奥さんが、昔こんな事があったと話だす。 亡き父母が、まだ修行中だったこの庭師に、家の石積みを命じる。 技が未熟だったのか、他に理由があったのか、数ヶ月後に石積みは崩れた。 家の要である石積みが崩れても、父母は庭師を責めなかったという。 改めて今度は、修行中の弟子を退けて親方がとなるところを、それは許さなかったらしい。 「もう一度、君が積め」 無事積み終えた庭師は、後に組合の長として神戸の造園業を仕切るまでになる。 「ああいう性分ですから、お礼のひとつも口にはしていないと存じますけど、そりゃぁ……………。」 その石垣は、阪神淡路大震災で地面に亀裂が入っても崩れず、家人を守った。 そして、家を抱いて今もある。 僕が知らないだけで、他にもこんなやり取りや、付合いがあったのかもしれない。 先日は先日で、家財の片付けをして、庭の世話を終えると、晩飯時となった。 「面倒だから、今晩は、店屋物で済まそうよ」 偽りのない手打ち饂飩とその丼の味を母は好んでいて、身体が辛い時などはよく出前を頼んでいた。 手打ちだからといって、特別に値が高いわけでもなく、どちらかというと安い。 … 続きを読む

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二百八十六話 OVER THE STRIPES の夏支度

今年の夏は、OVER THE STRIPES で、暑気を払うつもりでいて。 そのために、Musée du Dragon 用として、幾つかのアイテム製作を特別にお願いもしている。 そして、こんなのもある。 “ 扇子 ” 意外なアイテムだが、創りもちゃんとしていて、ちゃっちい感じがしない。 今では、噺家や神主でもないかぎり、風を送る用途以外で使うことのない夏限定グッズだが。 その昔、扇子は、儀礼にも用いられるほど日本人にとって大切な道具でもあった。 なので、あまりに安っぽいものも如何なものかと思う。 この扇子、白竹堂謹製らしい。 大抵の京都人なら知っている老舗の扇子屋である。 創業は享保三年というから、三百年ほどになるのだろう。 元々は、西本願寺前に在って、お寺の扇子を商っていたらしい。 そんな由緒正しき扇子にも、目を凝らせばこんな怪しげな蜂が飛んでいる。 西本願寺だろうが、浄土真宗だろうが、関係ねぇべぇ。 僕じゃないですよ、大嶺保君がですよ。 僕は、これでも門徒の末席に居ますから。 「門徒物知らず」なんて言われないように、ちょっと扇子にまつわる小ネタを披露しておこう。 扇子には、「京扇子」や「江戸扇子 」といった地名を冠した呼名がある。 “京” と “江戸” で、何がどう違うんだろう? 基本的には、“江戸” の方が、“京” より骨の数が少ないのである。 噺家の知合いに訊いた話では、骨の数を減らしてくれと注文する江戸っ子もいるらしい。 それが、粋なんだそうだ。 もうひとつ、製造工程が違う。 “京” では、扇骨、要、扇面、絵、仕立をそれぞれの職人が分業する。 対して、“江戸” … 続きを読む

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二百八十五話 ゴジラ

  「世界が終わる、ゴジラが目覚める」 二〇一四年五月十六日が全米、少し遅れて七月二十五日が日本公開。 “ GODZILLA ” である。 おいおい、なんかメタボッてるって噂を耳にしたけど、大丈夫なんだろうなぁ? 十六年前のあの悪夢から未だ醒めずにいる。 心配で、不安で、ならないんだけど。 十六年前、一九九八年、一〇〇万ドルともいわれるギャラで米国映画に出演した。 “ゴジラ” 広辞苑に載っている唯一の日本怪獣で、昭和の文化遺産である。 メガホンを取ったのは、“ Independence Day ” を撮った Roland Emmerich 監督。 もう、この監督起用時点で間違っているとしか言いようが無い。 ハリウッド映画界に於いて、ゴジラを最も理解し、愛しているのは、Jan de Bont 監督だろう。 なのに、なんで Emmerich なんだ! Emmerich 版 GODZILLA では、キャラクター・デザインを Patrick Tatopoulos が担当している。 この男の言草が、また癇に障る。 「 中途半端にアレンジを加えるとオリジナルに失礼だと考え、蜥蜴を元に全く新しいものにした」 それが、失礼なんだよ!なにが蜥蜴だぁ! … 続きを読む

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二百八十四話 袖の短いシャツって、どうなの?

「袖の短いシャツって、どうなの?」 時々、そう訊かれる。 確かに、妙に子供臭くなったり、逆にオッサン臭かったりする場合もないとはいえない。 服屋としては、正直避けて通りたい服種である。 Musée du Dragon でも、当初扱わない時代があった。 しかし、店屋の都合はさておき、ここ数年の夏の暑さは、尋常ではない。 ってことで、この夏、自信をもってお勧めできる半袖シャツを集めてみた。 その中の一枚が、これ。 JOINTRUST 藤田将之君が、デザインした。 ベースボール・シャツと開衿シャツが合体したような仕様で、独特のレイヤード感が漂う。 UNDERCOVER で、仕事をしてきたデザイナーらしいといえばらしいのだが。 奇抜な発想を、無理なく、無駄なく、あたかもこんな服があったかのように自然にこなしている。 張りのある高密度綿布から生まれるシワ感も良い。 そして、随所に見られるパイピングは、とても綺麗に施されてある。 とにかく細かい運針で、丁重に縫われているが、それでいて着用時の硬さは感じられない。 正直、上手いなぁと思う。 中には開衿仕様に抵抗があるという方もおられるだろうけど。 Retro – future 的なこの感覚を、僕自身は気に入っています。 昔は、頑な長袖派だったけど、この歳になると、着心地さえ良ければなんだって着る。 そうすると、今まで避けて通ってきたアイテムの中にも、 意外と嵌って、手放せなくなったりするモノもあると気づく。 所詮、服の嗜好やこだわりなんて、そんなもんですよ。

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二百八十三話 高太郎が、大阪天満宮にやって来た。

渋谷の桜丘町に、気に入りの居酒屋がある。 屋号を “ 高太郎 ” という。 讃岐出身の亭主が供する酒と肴は絶品で、東京で和食となると、この店屋がまず思い浮かぶ。 なかなかの繁盛店なので、思い通りの時間に席が空くことは滅多にないけど。 春先に暖簾をくぐった際、亭主に言われた。 「䕃山さん、五月に大阪に行く事になったんですよ」 「へぇ〜、なんか用事でもあるの?」 「えぇ、酒蔵との協賛で、ちょっとしたイベントに参加することにしたんで」 「大阪の何処で? 」 「天満宮の境内なんですけど 」 「そりゃぁ、うちの店からだと目と鼻の近さだわ」 「じゃぁ、顔出してくださいよ」 という話を聞いて、すっかり忘れていて。 五月五日、土砂降りの雨が降る朝、嫁に言われて思い出した。 「うわぁ〜、高太郎、今日大阪でイベントやるって言ってなかったぁ?」 「こんな雨じゃ誰も来ないじゃん、東京の御店だから、大阪の人誰も知らないだろうし」 「 寂しいことになってたら可哀想だよ、ちょっと行ってあげればぁ」 「今日一日限りのイベントだしなぁ、行くかぁ!」 天神橋商店街を通って、日本一長い軒の連なりを中程で左に折れると、寄席の繁昌亭が在って。 その先が、大阪天満宮の境内である。 寄席の前辺りで、嫁の予想が外れていると気づく。 境内は、初詣並みの人出で溢れている。 「なんだぁこれ?  酒飲みの執念は凄ぇなぁ」 “ 上方日本酒ワールド二〇一四 ” は、五回目の開催らしいが、こんな人気イベントだとは意外だった。 日本酒に造詣が深い料理屋と蔵元が組んだ “ 日本酒屋台祭 ” みたいな体裁である。 … 続きを読む

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二百八十二話 竹ヶ原敏之介 と 宮下貴裕

猫も杓子も、右を向いても左を向いても。 COLLABORATION ! 欲と都合で、手垢に塗れた所業としか言いようがない。 そもそも、Collaboration ってなに? 誰かと誰か、何かと何かが、結びついて、違う価値観のモノを産み出す。 そんな難解な仕事を、こうやって世の中に溢れるほどの数をこなせるとは、とても思えない。 そういった穿った目線で、この靴を眺めてみる。 “ The Soloist ” の宮下貴裕氏と、“ Authentic Shoe & Co. ” の竹ヶ原敏之介君が、組んで創った。 僕は、宮下貴裕という人を、よくは知らないが。 NUMBER (N)INE のデザイナーとして、日本のメンズ・ファッション界を席巻した人物で。 良くも悪くもだけど。 それまでの業界の在り方を、根っこから変えた立役者のひとりだと思っている。 そして突然、 NUMBER (N)INE の一切から身を引き、新たに “ The Soloist  ” を立ち上げると公表した。 その際、自らのブランドを、Rock Band に見立てて、閉鎖ではなく解散と表現していた。 そんなところにも、どこか異端な気配が立ち籠めている。 一方の竹ヶ原敏之介君も、孤高の偏屈人間である。 … 続きを読む

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二百八十一話 塵紙入れ

海辺の家の家主が替わった。 家主が替わると、当然のごとく、家を片付けなければならない。 これは、新旧の家主同士で執り行われる儀式みたいなもので。 何を棄てて、何を遺すかという領域には、夫といえどむやみに立入るべきではないと思っている。 新しく家主となった嫁が、納戸の闇から小さな箱を抱えて這い出てきた。 妙な彫刻が施されている。 「それ、なに?」 「ティッシュ・ボックスみたいね」 「どうすんの?」 「棄てるに決まってんじゃん!こんなの何処で使うのよ!」 「色塗って描けば、意外と使えるかもな」 「そんなに言うなら、やってよ!」 「えっ、俺が? だいたい、そんなにって言うほど言ってないし」 「じゃぁ、お願いね」 言い残して、また納戸の闇に消えていった。 言わなきゃ良かった。 なんで、俺が、塵紙入れの箱に、絵を描かなきゃなんねえんだぁ! プライドってほどのもんは、持合わせていないけど、よりによって塵紙入れとは。 それでも、描き出すと、これはこれでなかなかに夢中になる。 すっかり、塵紙入れだということも忘れて、一気に仕上げる。 夕方、ようやくひとつ目の納戸の整理を終えた嫁に見せた。 「うわぁ〜、凄いじゃん! こんな風になるんだぁ!」 「ただ、わたし、椿は、斑入りじゃない方が好きなんだけどね」 「えっ?」 「 真っ赤なやつが好き」 「描く前に言えよぉ!」 「 でも、綺麗じゃん、これだと充分使えるわぁ」 今後は、気をつけよう。 椿が、斑入りかどうかの話ではない。 なにかしら手を尽くせば、使えるようになるとかといった不用意な言動を慎まなければ。 終いには、襖に桜の絵でも描く羽目になるかもしれない。 「えっ? 何か言ったぁ?」 「なにも言ってません!」

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