月別アーカイブ: November 2013

二百四十四話 なんで、そうなるの?

八十五歳の親が逝くって、世間一般ごくごくあたりまえの話なんだろうと思う。 なのに、どうもいけない。 だけど、くよくよしていてもしょうがないし、旅立った義理の母にも怒られそうだから。 明るく、頑張る事にする。 こういう時には、馬鹿噺でも聞いて、笑って、気分を変えるのが一番良いんだけど。 こんな折も折、有難いことに、うってつけの奴が東京からやって来た。 御存知、ANSNAM の中野靖だ。 ⎡確かに、日本ホームスパンで手紡ぎの糸開発は今後も続けなければいけないって言ったよ⎦ ⎡そんでもって、いづれはデニムパンツの企画を検討しなけりゃならないとも言ったよ⎦ ⎡だけど、その別々の案件を、なんで一緒くたにすんだよぉ!⎦ ⎡なんで、そうなるのかって訊いてんだよ!⎦ ⎡いっぺんに片付いて、結構な事じゃないですか⎦ ⎡そういう問題かよ!一体どんな頭の中身してんだよ! ⎦ もう一〇年近い付合いになるが、この男の考えることは一切予想不能だ。 手紡ぎの原糸開発とデニムパンツの製品企画。 でもって、手紡ぎのデニムパンツを創ろうっていう思考の過程が解らない。 百歩譲って頭をよぎったとしても、実行する奴はまずいないだろう。 それが証拠に、三十年以上この業界にいるけど、見た事も聞いた事もない。 ほんとうに馬鹿なのか?それとも天才なのか? 鞄の中から、一本のデニムパンツを出してきた。 ⎡言っときますけどね、会心の仕上りですよ⎦ 普段は、こういう台詞を吐かない男なんだが。 ⎡いいよもう、言えば言うほど、聞けば聞くほど、見れば見るほど、不安になるから⎦ 見ると。 ⎡意外と、面だけ見ると普通のデニムじゃん⎦ ⎡そうでしょ、手紡ぎらしさを抑えるために、アトリエでハンマー叩きして表面処理しましたから⎦ ⎡はぁ?わざわざ抑えるんだったら、手紡ぎの糸使う意味ねぇだろうが!⎦ ⎡で、これって、防縮加工とか、糊付けとか、施してんの?⎦ ⎡えぇ、雲南族に昔から伝わる秘伝の糊を塗ってあります⎦ ⎡雲南族?秘伝? 場末のうなぎ屋のタレじゃないんだから、怪し過ぎるだろう?⎦ まったく意味が解らない、ただ、どうやら縮まないし、色落ちも少ないらしい。 仕様的には、テーラリィングの手法が用いられていて、デニムパンツと言うよりトラウザーに近い。 例えば。 旧織機で織られた生地の耳を残しながら、内側で処理することによりTapered Silhouette を実現とか。 ウエスト後部で調整機能を持たせ、腿が太くてウエストが細い人や、その逆の人でも対応可能とか。 … 続きを読む

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二百四十三話 Goodbye greatest love

海辺の家、庭一面に野菊が、咲いた。 そして、家主が、逝った。 さすがに、ちょっと、辛い。

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二百四十二話 外套の醍醐味

“ 外套 ” 今時、全くの死語だが、なんとなくノスタルジックな言葉で気に入っている。 Coat の語源は、仏語の古語である Cote であると言われ、一番外側に着用する衣服を総称する。 なので、外套とは、なかなかに的を得た言回しなのだと思う。 この季節になるといつも口にするけど、僕はこのコートという服種が大好きだ。 着るのも、創るのも、売るのも。 ちゃんと仕立てられたコートには、他の服種にはない魅力がある。 ただ、創るとなると、技術的にも、デザイン的にも、結構厄介で難しい。 服飾史を紐解けば解るように。 意匠、構造、素材等が、用途別に確立されている。 新たな要素を組込む余地が、他の服種に比べて極めて少ない。 下手に斬新さを狙って弄くると、大抵の場合、原型より見劣りして不首尾に終わる。 だが、このヒストリカルな背景と由来こそが、コート好きを魅了するのだと思う。 僕は、毎年コートを数着買う。 嫁に、どうかしていると罵られても止めない。 今年も買うのだが、その中の一着がこれです。 “ Duffle Coat ” 起毛仕上のメルトン紡毛織物で仕立られ、その名称も生地産地であるベルギーの Duffel に由来する。 北欧の漁師町に産まれ、英国海軍の艦上用外套として育ってきたこのコートも、特異な仕様を持つ。 Toggle と呼ばれる浮き型留具と対になる数組のループによって開閉する。 手袋をしたまま着脱出来るように工夫された。 また、風向きによって、前合せを左右入れ替えることも前提としている。 帽子の上から被れるように、フードは大きくなければならない。 丈は、英海軍のあらゆる制服の外側に着用出来るように設定されてある。 簡素な創りではあるが、洋上の寒風から身を守るための恐るべき合理性が秘められていると思う。 足す事も、引く事も、中々に難しい、無駄無く完成された構造だと言える。 それらの仕様要素を再考察して、慎重にモディファイしたのがこの Duffle Coat … 続きを読む

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二百四十話 高太郎

二百三十九話からの続きで、長い辛抱の末に、ようやく “ 高太郎 ” に腰を降ろす。 カウンターを挟んで大将と向合う席が、空けられていた。 ⎡ほんとお待たせいたしまして、大丈夫でしたか?⎦ ⎡何遍も言って、ひつこいようだけど、大丈夫じゃないんだって!⎦ ⎡ほんと申訳ない、さぁ、お飲みもの、何になさいます?⎦ 此処には、日本各地の厳選された酒蔵から特別に寄せられた目利きの酒が備えられている。 ⎡悪いけど、今、酒の事まで頭がまわんないんだよね、腹減ってて、だから任せるわ⎦ ⎡そんでもって、料理も任せるわ、漬け物以外なら好きも嫌いもないから⎦ ⎡承知いたしました、じゃぁ、すべてお任せで、進めさせていただきます⎦ 選んでくれた酒は、愛媛気鋭の酒蔵 “ 石鎚酒造 ” 備中杜氏の手による櫓搾りの純米吟醸酒。 お通しは、金時草と大豆のおひたしで、金沢名産の金時草の苦みと大豆の甘味、すっきりとした酒。 よく合う。 続いての刺身には、シャコ、ハマチ、鰹、〆鯖が盛られている。 実は、青魚をきつく塩〆したものが苦手で、生鮨も滅多に口にしないのだが。 この〆加減はゆるめで、身に油が塩梅良く残っていて、とても旨い。 魚は、鳴門近海を漁場とする決まった漁師から仕入れるのだそうだ。 そして、泣かせる一皿を供してくれる。 ポテトサラダなんだけど、上に燻製玉子が座っていて、崩しながら喰えと云う。 こういう仕掛けには滅法弱い。 程良い燻製によって、半熟玉子のようにグチャグチャにならず、ポテトの食感が保たれていて。 これだと、鉢一杯出されても、文句は言わない。 ⎡この豆腐喰ってみてください、懐かしい味で、お通しの大豆もこの豆腐屋に分けて貰ったんです⎦ 俺に、豆腐で能書をたれない方が良いのに、他の味には鷹揚だが、豆腐にだけはうるさい。 冷奴だけがのせられた小鉢に、箸をつける。 なんだぁ〜、この豆腐。 ひたすら滑らかな絹の食感に、雑味が一切無い圧倒的な大豆の甘味が、口に広がる。 ⎡ねっ、凄いでしょ、この豆腐、池袋で看板も揚げずにやってる豆腐屋なんですよ⎦ ⎡うん、そうね、まぁ、確かに美味しいね⎦ 悔しいけど、ひょっとしたら、今まで探し歩いた豆腐屋の中で、一番凄いかも。 野菜の炊き合わせの鉢が下げられた頃。 ⎡ちょっと、この酒一杯召上がってみませんか?⎦ 奈良 … 続きを読む

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二百三十九話 風立ちぬ

渋谷駅前の変貌ぶりは凄まじい。 駅のほど近くだが、そうした再開発の魔の手が及んでいない一画が在る。 ぽっかりと小さな穴が空いたように在る。 “渋谷区桜丘町” 夜になると、暗くて、人とすれ違うこともほとんどない。 しかし、そんな一画でも、BARや、寿司屋や、料理屋が、数軒ポツポツと営まれている。 駅から離れず、静かに、飲んだり喰ったりしたい向きには有難い。 そんな隠れ家的雰囲気が漂う界隈で、凄腕の料理人が飯屋を始めて、たいそう繁盛していると聞く。 “高太郎”という屋号の割烹で、開店二年半ほどの新店らしい。 そもそもは、松濤のビストロ “ ARURU ” に伺うつもりが定休日で振られ、予約もしていない。 ⎡大将、今からなんだけど、なんとかなる?⎦ ⎡いやぁ〜、ちょっと満席なんですよ⎦ ⎡他に当ても無いし、なんとかなんねぇかなぁ?⎦ ⎡いやぁ〜、今日は無理っぽいんですけどねぇ⎦ ⎡じゃぁ、俺、なんとかなるまで待つわ⎦ ⎡えぇっ、待つって、九時は余裕でまわりますよぉ、お腹大丈夫ですか?⎦ ⎡大丈夫じゃないけど、しょうがねぇじゃん、二、三時間うろついてるから携帯に電話ちょうだい⎦ うろつくたって、こんな暗がり行ったり戻ったりしてりゃぁ、職質くらうかもしんないし。 どっかの BAR に潜り込んで、Campari でも舐めながら待つとするかぁ。 そうして、通りすがりの小さな BAR を覗くと。 奥のソファー席に、どっかで見覚えのある顔が 。 あっ、庵野秀明氏。 そして、隣には、鈴木敏夫プロデュ—サー。 マジかぁ? “エヴァンゲリヲン”の産みの親にして、“風立ちぬ” では主役を務められた庵野秀明さん。 そして、“風立ちぬ” の製作会社 スタジオ・ジブリ社長の鈴木敏夫さん。 今や、日本アニメーション界を代表するおふたりのツー・ショット。 … 続きを読む

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