月別アーカイブ: August 2015

三百九十八話 ご当地伽哩

宅急便屋のおねぇちゃんが重そうに抱えてきた荷を前にスタッフが怪訝そうな顔をしている。 「石川県?この発送元って何処の誰?」 「石川県に取引先ありましたっけ?」 「ねぇよ!どうせどっかの染工場からだろ」 「開けてみりゃいいじゃん」 開けてみた。 ダンボール箱には、ぎっしりと伽哩が詰まっていて。 「ゲッ!伽哩だぁ!ぜ〜んぶ伽哩ですよこれ!」 「誤配達だろう、地下の食堂街宛じゃねぇの?」 「いや、でもミュゼ・ドゥ・ドラゴって確かに」 なんで大量の伽哩が服屋に? そういや先日顧客の方がお越しになられた際に伽哩の話をしたような。 チャンピオン伽哩とかいう旨い伽哩が石川県にあるとかなんとか。 あっ!これってそのチャンピオン伽哩かぁ!だから石川県なのかぁ! 早速に御礼の電話をする。 「あのぉ〜、うちに 伽哩を送って戴いたりなんかしましたぁ?」 「あぁ、届いたぁ?石川県の知合いに本店から送るように言ったんだけど」 「あのぉ〜、それがですねぇ、量がちょっとぉ」 「えっ?足りなかったぁ?」 「いや、クイズ番組のなんとかを一年分っていうほどの量なんですけど」 「ふ〜ん、まぁ、とにかく試しに喰べてみてよ」 まったくもって豪傑なひとである。 わざわざお知合いに頼まれたそうで、だから発送主が存じ上げない方だったのか。 そんなこんなで晩飯は急遽噂のチャンピオン伽哩に。 全国には、ご当地伽哩と呼ばれる伽哩は数多く存在する。 なかでも加賀伽哩は異彩を放っているのだそうだ。 その加賀伽哩を代表するチャンピオン伽哩の正体とは? お味のほどは三百九十九話でお伝えさせていただくつもりです。 有難く頂戴いたします。

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三百九十七話 今、選ぶべきデニムとは?

“ DENIM ” ほど。 男女の隔たりなく年齢も問わず、国や時代を超えて多くの人々に愛されたアイテムを他に知らない。 南仏に古代ローマ時代からの Nîmes という街があって。 この地で織られたサージがデニム生地となり、街の名ニームから “デニム” と呼ばれるようになる。 デニムというと米国産の代名詞と思われがちだが、実は仏の産まれなのだ。 そんなデニムを。 これまで三五年の間に、一体どれだけの型のデニム・パンツを創ったり扱ったりしてきただろう? 勘定したことはないが、おそらく相当な数だと思う。 それだけで喰っていた時代もある。 この稼業に就いてデニムと関わったことのない人間なんてまずいないんじゃないかなぁ。 しかし、この永久不滅のスタンダード・アイテムでも時代や流行とは無縁ではいられない。 潮目を見誤るととんでもない痛手を商売的に被ってしまう。 California 州誕生と刻を同じくして創業した Levi Strauss & Co. ですらそうだった。 今、選ぶべきデニムとは? 大袈裟にいうと、この稼業に於けるちょっとした命題なのかもしれない。 そこで、Musée du Dragon として選択したのがこの一本だ。 doublet 井野将之君が創った。 まず、このデニム生地は綿一◯◯%ではない。 経糸には綿糸を緯糸にはウールを用いて交織している。 織組織上、肌面を占めるウールをニードル技法を用いて表面に持出す。 ネップ状にもやもやしているのはそのためである。 暖かくて、柔らかくて、まるでスウェット・パンツのような履き心地がしてストレスがない。 それでもこれが何物か?と問われれば、やはりデニム・パンツとしか言いようがないだろう。 … 続きを読む

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三百九十六話 白いシャツ

よく訊かれることがあって。 「五◯歳を超えてどんな格好をすりゃぁ良いのかねぇ?」 そう訊くひとの中には、誰もが憧れるような歳のとりかたをされている役者さんもおられる。 嫌味なのか?それとも訊く相手を間違えているんじゃないか?という気もするのだが。 曲りなりにも服で飯を喰ってきた人間なんだからそれくらいわかるだろう。 多分、そんな考えから尋ねられるのだと思う。 だが、残念なことにこの業界でカッコ良い人間などに出逢ったことはない。 無論自身も含めてのことだが、大抵が残念な始末だ。 デザイナーなどの創り手、店舗関係者などの売り手、スタイリストやプレスに至るまでである。 どうしたことなのか? よくはわからないのだけれど、とにかく服を飯の種にするとそうなってしまうのだろう。 だからと言って、商売柄先の問いに答えない訳にもいかない。 「白いシャツに、無地のトラウザーで充分じゃないですか」 「 ただ、ご自分に合った質の良いものとなるとそれはそれで難しいんですけど」 身も蓋もない返答のようだが、これは本当にそう思っている。 五◯年も歳を重ねれば、良くも悪くもそのひとなりの癖が身についていて。 それはもう隠したり直したり出来ないほどに染みついている。 体型、身のこなし、表情、髪型など外見からもはっきり窺える。 特に、おとこはそうなる。 ことさら凝った格好で主張せずとも充分に個性というものが備わっているのだと思う。 逆に身についた個性を嫌って、服なんぞで誤魔化そうとしてもあざとく映るだけだ。 ストイックな白いシャツで充分だろう。 とは云え、白いシャツならなんでも良いとはならないのが服道楽の性だ。 そうした考えから、これはという白いシャツをいろいろと集めてみた。 Vlass Blomme・Slowgun・The Crooked Tailor など出処は様々だが。 どれも視点を違えながら質の高いシャツに仕立上がっている。 こうしてみると、なんの衒いものない白いシャツほど奥が深い。

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三百九十五話 箱根土産?

顧客様に数学者の方がおられて。 箱根での学会の帰りにお立寄り下さり御土産にとこれを頂戴した。 「えっ?行かれたのって箱根ですよね?」 「ってことは箱根土産ですよね?」 たまたま御来店されていた別の顧客様が答えて下さる。 「第参新東京市は箱根町仙谷原にあったんだよ」 「あっ!そこかぁ!」 “あった”と過去形なのは、新劇場版「破」での結末を受けてのことである。 第一◯使徒の攻撃により壊滅状態となった第三新東京市は、3rd IMPACT の爆心地となった後破棄された。 この話を聞いて訳がわからないという方もおられると思う。 日本第三世代アニメーションの金字塔 “ EVANGELION ” について語っているのだが。 こればかりは解説しなくても分かるひとには分かるし、解説しても分からないひとには分からない。 それにしても、この菓子は笑かしてくれる。 商品名はというと。 “ 第三新東京市に行ってきましたベイクドクッキー ” な〜にも考えていない、な〜んのひねりもない、そのままである。 公認については。 Gainax Co.,Ltd でも Khara inc. でもなく“ ネルフ公認土産 ”とある。 ネルフとは、特務機関 NERV のことで使徒迎撃専用要塞都市として第三新東京市建設を目論んだ組織である。 そして、箱根限定らしい。 とんだオタク菓子である。 箱根を訪れる観光客や湯治客の何割がこの菓子を理解できるのだろうか? いや、“ … 続きを読む

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三百九十四話 もう一度

ファッション屋の辞書に “ 定番 ” の二文字はない。 一度使った手は二度と使わない。 まぁ、追い込まれた時にはそうも言っておれないのだが。 気構えとしてはそうありたいと思ってやってきた。 だけれども、今期は少し違った考えでいる。 もう一度と思えるものは躊躇わずにやっていく。 このコートもそのひとつである。 “ Round Collar Tent Line Coat ” 緯糸と経糸の番手を違えて高密度に織り上げた馬布を素材として。 表面を僅に起毛させ生地全体に膨らみをもたせる。 コートとして仕立てた後、硫化染色を施す。 独特の皺感やムラ感は、この製品染め加工によって生まれる。 その効果は、天然素材のナット釦にまで徹底されている。 このコートの訴求力は、圧倒的な量感が源泉となっているのだと思う。 生地の肉厚、裾に向かって開いていくテントのようなフォルム、剥き出しのフロント釦など。 据えられた大きなラウンド型の襟もそのひとつかもしれない。 すべてに於いてたっぷりとした量感が意識されているのだ。 長年国内外で活躍するデザイナー達と関わってきた。 そうした経験から言えることがある。 デザイナー自身が醸す雰囲気と創出される服は印象的に真逆であることが多い。 繊細そうなひとは大胆なものを創り、大胆そうなひとは意外と繊細なものを創る。 The Crooked Tailor デザイナー中村冴希君は、間違いなく前者だろう。 大胆という表現を超えてもはや豪胆の域にあると評しても良い。 一切の装飾を排しながらこれだけの存在感を放つ服はそうざらにはないだろう。 それが、このコートをもう一度と思わせる所以である。

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三百九十三話 真夏の名作

夏と言えば入道雲。 入道雲と言えば細田作品。 二◯一二年 “ おおかみこどもの雨と雪 ” から三年経ったこの夏に劇場公開された最新作。 細田守が監督・脚本・原作を手がけた “ バケモノの子 ” です。 お盆の支度に追われていた休日の合間を縫って観た。 まだ公開中なので内容については申上げない。 終始、単純で明快な筋で展開していく。 どちらかと言うと古風な活劇である。 それだからこそ真夏の娯楽作品として申分なく楽しめるのかもしれない。 なによりなにもかもが豪華に仕立られている。 声、音楽、作画、美術どれをとっても担う顔ぶれは一流の方々で贅沢な布陣だ。 そして入道雲。 これまでの細田作品でも象徴的に使われてきた入道雲が本作にも登場している。 モクモクと巨大化していく入道雲の様子に、子供の成長を投影しているのだそうだ。 細田守監督の完成披露試写舞台挨拶での一言。 「夏のアニメは子供を成長させる。入道雲はその象徴」 それはそうなんだろうけど。 一切今後の成長が見込めないオッサンでも充分楽しめます。

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三百九十二話 ひぐらしの鳴く宵に

台風が去った七月の暑い日に。 通りすがりの店屋で風鈴なるものを見つけた。 軒を見上げると、鉄や陶器や硝子などいろんな風鈴が吊るされていて。 それらが一斉にチリチリと奏でるものだから、どれがどんな音色なのかさっぱり分からない。 いちいち耳を寄せて聞くのも面倒なので、昔懐かしい吹き硝子の風鈴を指差す。 “ ビードロ風鈴 ” とか呼ばれていたような憶えがある。 「すいません、これ売りもんじゃないんですよ」 「はぁ?なんで?」 「それが、古い売残りの品なんで納める箱もなくて 」 「べつに箱が鳴るわけじゃないんだし、なんかで包んでくれりゃぁそれで構わないよ」 新聞紙に包まれた風鈴をぶらさげて海辺の家へ。 晩のうちに縁側の天井から吊るす。 翌日は、早朝から台風の始末に追われていた。 大雨で膨らんだ雨戸を乾かし、窓という窓を開け放って部屋に溜まった湿気を抜く。 そうしてる間に散らかり放題の庭を元に戻さなければならない。 昼飯を掻き込む暇もなく立ち働いて、気がつけば日暮れ時。 途中、昨晩吊るした風鈴のことなどすっかり忘れていた。 風がまったく止んでいたわけではないので多分鳴りはしていたのだろう。 ただ、気づかなかっただけだ。 風呂で汗を流し、阿波しじら織りの甚平に着替えて縁側で一息つく。 ぼんやりと涼んでいると。 ひぐらしの声が遠くに聴こえる。 宵風が頬を撫でて過ぎ。 その微かな風に誘われて風鈴が揺れて鳴く。 ひぐらしの「カナカナカナカナ 」風鈴の「チリチリチリチリ」物悲しくもあり懐かしくもある。 夕暮れに降った小雨は、庭の緑をさらに濃く深く染め。 紫陽花の葉から雫が濡らして落ちる。 坂を下った先にある海はようやく荒れがおさまり静かで、ほんのりとした蜜柑色に染まっていく。 悪くない風情だ。 旅先での大仰な情緒ではない、普段の暮らしの内にあるあたりまえの情緒がここにある。 他人に自慢するほどの贅沢でもないが、見過ごしてしまうにはちょっと惜しい。 夏には暑いと嘆き、冬には寒いと愚痴ってばかりではつまらない。 これまでのバタバタとした貧乏臭い暮らし振りも考えものである。 ひぐらしは、過ぎゆく夏を惜しんで晩夏に鳴くものだとずっと思っていた。 だけどこうして聴いているのだから、存外早くに初夏から鳴く蝉らしい。 … 続きを読む

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