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カテゴリー別アーカイブ: 旅
七百三話 湖畔に佇むちいさな本屋
鳥取県湯梨浜町、山陰八景に数えられる東郷池。 池とあるが、実際には淡水と海水が混じる汽水湖なのだそうだ。 その畔に、まるで映画のセットみたいなちいさな書店が一軒佇んでいる。 書店名は “ 汽水空港 ” と看板にあって、おそらく汽水湖に由来しているのだと思う。 山陰八景にしては、観光客がいない。 というか、この辺りを幾度か通りすがったけれど、ひとと擦れ違ったことすらない。 なんでこんな時代に、こんな場所で、こんな商いを営んでいるんだろうか? 間口は二間ほど、引戸を開けて鰻の寝床のような小屋建の店内に足を踏み入れる。 古書専門店ほどではないものの、古紙とインクが混ざったようなあの匂いが漂う。 が、それも嫌な匂いではない。 湖面で折り返した柔らかな陽が硝子窓から差込む。 暗すぎず、明るすぎず、読むに丁度良い照度で整っている。 店奥の帳場が店主の居場所となっていて、その日もそこにいた。 髭面、白髪、丸眼鏡の痩せた老人だと期待したのだが。 ちょっと違って、割と小洒落た物腰の柔らかそうな若いおとこが店主らしい。 帳場の脇には、二〜三人ほどの台と厨房があって、ちょっとした Café 的な設えになっている。 書店全体に、店主の Self Build による居心地の良い空気が漂う。 肝心の書架を巡っていく。 思想・農業・児童・旅・食・地域などに分類され、それぞれに個性的な本が並ぶ。 分類されたなかに建築分野の書架があった。 幅は二メートルほどで、棚そのものが店と同じような小屋建で造られている。 片流れの屋根が架けられ、板が葺かれた上に煙突まで設置するという念の入れよう。 くだらないがなんとも洒落た造作だ。 この書架に一冊の本を見つけた。 Dacha は、建築であり文化でもあるのだが、この言葉を他言語に置き換えることは難しい。 乱暴な表現になってしまうが。 帝政 Russia 時代に始まりSoviet 連邦時代を生き抜いた菜園を伴った庶民の別荘文化。 かつて本宅とは別に庶民が所有した小屋というかコテージのような代物について書き記した本だ。 … 続きを読む
Category : 旅
六百七十八話 出逢い、つながり、BAR を始めた。
長年、店屋を営んできて想うことがある。 それは、稼業を退いた今でも頭の片隅から離れずにある。 まっとうな店屋とは何なのか? 多くは、その問いにずっと悩み苦しみ答えを出せぬまま稼業を終えるのかもしれない。 二〇一七年秋。 同じような想いを抱えたひとりの米国人翻訳家が、この運河の街に流れ着く。 Washington 州生まれ Hawaii 育ちで、京都同志社大学で学んだ Stephen Knight さん。 二〇一八年一二月、運河に架かる山王橋の袂で一軒のちいさな BAR を始める。 “ BRIDGE BAR ” 今回の旅でどうしても訪れてみたかった場所のひとつだった。 入口に据えられた此処が BAR であると示す Neon Sign 。 暗闇に蒼く淡い光が水面を照らす。 なんとも Nostalgic な雰囲気で、儚く美しい。 扉を開けると弁柄色で塗装された吹抜けの細長い通路が奥へと続く。 通路を進み奥左手の扉を開けると。 弁柄色の土間に江戸紫色の階段。 単に日本伝統への Hommage に止まらず無類の Modernism を実現している。 Vintage … 続きを読む
Category : 旅
六百七十七話 海と海をつなぐ運河の街
昭和から平成へと改まる頃、よくこの界隈を彷徨いていた。 射水市新湊地区 “ 内川 ” 海と海をつなぐ三キロほどの運河には、一四基の橋梁が架けられている。 その頃は、そこまでの橋数はなかったように想う。 両岸に漁船が係留されたかつての北前船中継地は、どこか Nostalgic な雰囲気が漂う港街だった。 そんな “ 内川 ” に惹かれて、訪れた際には漁師宿を一夜の塒として過ごす。 仕事を終えて、近くの居酒屋で旨い魚を食い、銭湯の湯に浸かり、朝は出漁の舟音で目を覚ます。 当時の雇い主には申し訳ないが、優雅な出張もあったものだと想う。 そして、あれから四〇年近く刻が経った先日、この懐かしい地を再び訪れた。 旧い漁師宅の内部を完全 Renovation し、洒落た内装に最新の設を備えた水辺の民家 HOTEL。 “ KAMOME TO UMINEKO ” 外観は変わりないが、漁師宿の煎餅布団とはまったく違う快適さに包まれる。 晩飯は、新湊港線 新町口駅近くの評判の割烹 “ かわぐち” へ。 宿からは、七分ほど歩けば着く。 富山湾特有の海底谷で獲れる白海老は、かき揚げで。 二日前から揚がり始めたという寒鰤は、鰤しゃぶで。 魚出汁に大根おろしを混ぜ入れ、切身をくぐらせる。 暮れの脂がのりきった寒鰤も旨いけど、揚がり始めの方がそこまで諄くなく好みに合う。 天然の生簀と称される富山湾。 最高に贅沢な冬の味覚を堪能させてもらえた。 … 続きを読む
Category : 旅
六百五十二話 じゃぁ、山の上ホテルで
自分にとってかけがいのないと言ってもよい宿屋が数軒ある。 南仏 ARLES “ Hotel Nord Pinus ” 巴里 Saint-Honore “ Hotel Costes ” 京都 麸屋町 “ 俵屋旅館 ” など。 館に重厚な物語を秘めながら、それでいてどこか素人臭い。 仕事で碌でもない事があっても、帰りつけばホッと一息つけて安らぐ。 宿屋という商いは、難しい稼業だと想う。 やらなくては駄目で、かといってやり過ぎても鬱陶しがられる、塩梅が求められるのだ。 かつて東京出張の際、雨の予報だと予約するホテルがあった。 用を終え、戻ってまた雨の中を飯を食いに出かけたり飲みに行くのも億劫だ。 旨い飯が食えて、落ちつけるBARが在って、ちゃんとした珈琲がいつでも飲める宿屋を探す。 そうした訳で行き当たったのが、お茶の水に在る “ 山の上ホテル ” 。 川端康成、三島由紀夫、池波正太郎、伊集院静など、数多くの文豪が別宅と呼んで愛した稀有な宿。 はじめての宿泊時、部屋に案内してくれたのは、ちょっと緊張気味の若い女性だった。 荷物を置いて、設備の仕様を伝えて部屋を出るとまたすぐ戻ってくる。 「これ、お茶とお菓子です、此処で良いですか?」 「お茶?お菓子?なんか旅館みたいだけど」 「えぇ、まぁ、こんな感じで」 どんな感じかよく分からなかったが、これっと言ってチップを手渡す。 「あっ、いや、どうしよう?えっ、そうですかぁ」 照れ隠しに笑って、ポケットにしまい込む。 … 続きを読む
Category : 旅
六百四十一話 奥能登
一五年前、嫁の誕生日に世話になった半島最先端で営む一軒宿。 奥能登 珠洲市三崎町。 作詞家の阿久悠先生は、この宿で名曲 “ 北の宿から ” を書きあげられた。 宿での噺を、今でもよく互いに口にする。 昨日、この地が災厄に見舞われた。 何事もなくとはもはや言えないけれど、どうかご無事で。
Category : 旅
六百十七話 もうひとつの島
淡路島の南端沖、ちいさな島がもうひとつ浮かんでいる。 淡路島の住人か、釣り人、古代史探訪者でもないかぎり、よく知ったひとはいないと思う。 神代の昔、周囲一〇キロにも満たない島は、国生みの舞台として古事記や日本書紀にも登場する。 淡路洲とか磤馭慮島(おのころじま)とか 呼ばれてきたが、今は沼島という名だ。 こうした国生み話に浪漫を抱く方もおられるだろうが、僕はそれほどでもなく興味はそこではない。 紀伊水道北西部にあたるこの海域は、圧倒的な豊かさを誇る魚場だと地元漁師はいう。 紀淡海峡と鳴門海峡のちょうど真ん中に在る沼島で、ふたつの潮流が重なる。 そこへ、島から豊かな栄養分が流れ込み餌となる小魚が育つ。 こんな漁場は、滅多とないのだそうだ。 沼島鱧、島の岩礁に棲みつく瀬付き鯵など、島でしか口にできない幻の魚も獲れる。 そして、冬場となると虎河豚 。 淡路の三年虎河豚は、下関の天然物にも引けを取らないと聞くけど本当なのか? 実のところ真の狙いは夏場の瀬付き鯵なのだが、その下見も兼ねて沼島に渡ってみようとなった。 海辺の家から明石海峡大橋を渡って神戸淡路鳴門自動車道を西淡三原ICまで南下。 降りて県道三一号線を土生港へ、港の駐車場に車を停め、ここから先は船で沼島に向かう。 沼島汽船の “ しまちどり ” に乗船し約一〇分ほどで島に着く。 淡路島の建設会社から、沼島なら此処が良いと勧められて食事だけの予約をしておいた木村屋旅館。 船着場から徒歩圏内の場所だが、車で出迎えてくれる。 変哲もない風景だが、対岸みたく俗化されていない瀬戸内の漁村が素のままにある。 目当ての木村屋旅館も、昭和の港街によく在った料理旅館まんまで気取りがなくて良い。 部屋には、すでに鍋支度が整えられていた。 これが、三年虎河豚かぁ。 二年ものの倍近くまでになるが、そこまで育つのは稀らしい。 天然物と比べどうかと訊かれると見極める舌の都合で自信はないが、歯応えも味も遜色ないと思う。 河豚刺しの薄造りも、色絵の皿が透けて図柄が見えるという料亭仕立てではないものの旨い。 船場の旦那衆が、河豚と“ 福 ” をかけて振舞う北新地の飾り立てた味とは違う漁場の野趣がある。 身もさることながら、白子と呼ばれる河豚の卵巣が格別だ。 天麩羅にしたこの白子は、天然物を超えるかもしれない。 わざわざ船で渡ってくるに値するという噂にも納得がいく。 女将さんに肝心な話を訊く。 「 幻とか言われる瀬付き鯵って、この辺りで獲れるの?」 「あぁ、わたし達は、トツカアジって呼んでるけど、夏場に獲れますよ」 … 続きを読む
Category : 旅
六百十二話 Tottori LOVE !
太平洋側の神戸から日本海側の鳥取へ。 うすら暗いどんよりとした空と荒れた海を期待していたのだが、まったく鳥取らしくない晴天。 従姉妹によれば、こんな冬日はめずらしいのだそうだ。 鳥取に暮らす従姉妹は、阪神間の郊外からこの地に嫁いでもうずいぶん経つ。 そして、冬になると、言ってはならない呪いの言葉をきまって口にする。 「報道で越後の豪雪が話題になって、その映像を観るのがわたし大好きなんだぁ」 「ほんとにお気の毒で、こんなのに比べたらどってことないじゃんって思える」 「もう心の支えよ、それ無しで冬は越せないってほど大切」 だったら留萌や網走はどうなんだって話だが、従姉妹にとってはなぜか越後がお好みらしい。 悪態は天候だけにとどまらず、季節を限定せず年中口にする言葉もある。 「 言っときますけどねぇ、な〜にもありませんよ、此処には!」 これは、従姉妹に限らず鳥取人がよく言う自虐ネタだ。 Seven-Eleven や Starbucks がないだの、電車が走ってないだの、鳥取駅に自動改札がないだの。 たしかに Seven-Eleven や Starbucks は遅ればせながらやってきたが、あとのふたつは今もない。 「でも、砂丘と蟹があるだろう」 とか、他所者が言おうものなら。 「はぁ? 砂丘は、猿ヶ森砂丘の三分の一だし、蟹みたいな面倒臭いのわたしは食べないから!」 察するに、鳥取人は、なにもないというのを訴求したいのだ。 そういえば、大阪の大学に通う甥が、Seven-Eleven や Starbucks が鳥取に出店したと知った時。 「そっかぁ〜、遂にできちゃったのかぁ、そっとしといてくれたら良かったのに」 と、がっくり肩を落として残念がっていたのを思い出した。 こうして何度か此処を訪れて想うことがある。 この奥ゆかしさを一切伴わない自虐性は、なにかを秘匿したいがための方弁ではないのか? 訴えのとおり、鳥取の地にはなにもないのか? いつも通り鳥取自動車道を北上し、途中川原サービスエリアに立ち寄る。 このサービスエリアには道の駅が併設されており、そこが “ 食の魔窟 ” への入口だ。 駐車場脇の屋台で、鶏肉を串に刺して焼いている。 … 続きを読む
Category : 旅
六百十一話 闇夜に浮かぶ二条城
京都にはよく行くけど、二条城にはとんと縁がない。 いつから行ってないんだろう?っていうか、行ったことあったかなぁ? と、いうほど縁がない場所だ。 洛中のど真ん中なので門前はよく通るが、中がどうなっているのかは知らない。 そんな二条城を、闇夜に輝かせようという催しがあるらしい。 「NAKED FLOWER 2022 秋 世界遺産 二条城」 文化庁移転記念事業として開催されるのだそうだ。 御池に在る骨董屋に頼んでいたモノを受け取るついでに向かうことにした。 六時半開演。 事前予約券だったので、あまり待たずに入場できたが、結構なひとの数だ。 鳳凰が、デジタル画像で蘇るという趣向の唐門をくぐって城内へ。 光で演出された名勝 二の丸庭園を散策しながら進む。 綺麗ではあるけれども幻想的というほど大袈裟なものではない。 まぁ、こんなもんだろう。 カップルや子供は盛り上るだろうが、感度が低めに設定されているこの歳の人間はそうはいかない。 内堀までやってきた。 立ち上がる石の城壁を屏風絵のように見立てたプロジェクションマッピングが展開される。 蓮子などの花々が投影されるなか、突然水飛沫があがった。 堀の中から巨大な鳳凰が登場し、石屏風の左から右へと飛び去っていく。 堀の水面にも映り込んで、スケール感はさらに倍増。 思わず感嘆の声があがった。 NAKED 村松亮太郎が創りだしたこの作品は、参加型のアート・プロジェクトでもあるという。 自分の花だったり、好みの色だったり、名前のクレジットだったりを映像に取り込めたりもする。 AIが何たるか?デジタル・アートが何たるか?を、欠片も知らない僕が語る術もないが。 新しいアートのかたちは、日々進化していて、想像を超えた異なる次元へと向かっているのだろう。 最初は、どうせ大したことないだろうと思っていたけれど、結構楽しめました。 来月もやっているので、興味のあるひとは是非! 行かれる時間帯は、開演すぐの方が良いと思います。 自然光が僅かに残る宵闇の方が、デジタル投影される光が曖昧に和らぎ美しい。 また、観る位置は、作品によって最良の場所を確保した方が迫力ある映像が楽しめます。 ご参考まで。
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五百七十話 高瀬船
京都。 木屋町を高瀬川に沿って歩くと二条通りと交わる。 ちょうど交わった辺りに、全く懐に優しくない古美術屋が在って、来るとつい寄ってしまう。 桜の頃にゆくと、人にまみれるだけなのだが、今年は様子が違った。 人影もまばらで、なんとなく心寂しい。 この高瀬川を舞台に、漱石先生は “ 性 ” を、鴎外先生は “ 死 ” を描いた。 文豪が愛した高瀬川の風情を束の間にせよ取り戻したかのように想う。 皮肉にもだけど。
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五百二十八話 俵屋の秋
一ヶ月半ぶりで、ご無沙汰しております。 海辺の家の改築にともなう設計や材料手配や荷物整理やらで、落ち着かない日々を送っていて。 そんな最中、友人から “ 俵屋 ” に泊まるから一緒にどうか?と誘われた。 どうしようかと迷ったが。 友人とも久しぶりだったし、“ 俵屋 ” も久しぶりだったので誘いに乗ることにする。 京都麩屋町姉小路、文豪川端康成が愛した “ 柊屋 ” と向かい合って “ 俵屋 ” は在る。 作家は、 “ 柊屋 ” を何事にも控目な宿と評したそうだ。 その控目加減で言うと向かいの “ 俵屋 ” は、それ以上だろう。 しかし、そうした究極に控目な宿屋の評判は、驚くほど高い。 おおよその贅を知り尽くした世界の上客が、つまるところ “ 俵屋 ” が一番の宿屋だと言う。 Steve Jobs、Tom Cruise、名前をど忘れしたが BOSS珈琲のあの宇宙人も、皆がそう言う。 なにをもって、そこまで心酔させられるのだろう? 幾度かこの宿屋で床を敷いてもらったが、そこがよく分からない。 妙な話だけれど、そのよく分からないところを気に入っている。 ” 俵屋旅館 … 続きを読む
Category : 旅


