
通えるところに在ってくれて良かったと、心からそう想える店屋が数軒ある。
“ 堂源 ” もそうした店屋の一軒だ。
個性的な店屋が隠れて潜む Tor Road 西側界隈に建つ旧い雑居ビルの二階。
開店して間もない頃、こんな場所で蕎麦屋なんて大丈夫なのか?と想いつつ暖簾を潜った。
およそ蕎麦屋の印象からはほど遠い構えで、ひとり切り盛りしているのは若い女性。
入口付近の椅子に敷かれた毛布のうえには、近所の野良猫が蹲って寝ている。
なんで、こんな緩い Café みたいな蕎麦屋に入って座っているんだろう?
普段ならありえないことで、今想い返しても不思議だ。
注文した “ せいろ ” が運ばれてきて、手繰ってみる。
一本一本が、正確に細く角立って切られていて見栄えもよい。
しっかりとした固さのある打方で、甘味があって香りがわずかに鼻へと抜けていく。
見た目も風味も淡麗な蕎麦だと想う。
これを、このおねえさんが?
他に客もいなかったので、食べ終えた後に声をかけさせてもらった。
「ねぇ、この蕎麦って九一?」
「はい、九割です」
「ほんとに旨いわぁ、凄いねぇ、いったいどこで?」
「ありがとうございます、修行先は、加納町の “ 堂賀 ” です」
もともと商売ものと同じ凛とした佇まいの女性だが、きっぱりとそう応えたときは特にだった。
この港街に手打蕎麦をもたらしたとも云われる名店 “ 堂賀 ” 。
屋号にその “ 堂 ” 一文字を懐いて商う気概の一端を見たような気がする。
以来、蕎麦を食いたくなったら “ 堂源 ” にとなって随分と刻が経つ。
久しぶりに訪れて 滅多に注文しない “ つけとろ蕎麦 ” をいただく。
すりおろした長芋、蕎麦つゆ、生卵が別々に用意され、好みに合わせて食べる。
いつも良い塩梅に整えられた蕎麦つゆは、これらをどう合わせても旨い。
また、ちょっとした味変も楽しめて、たまにはこういうのもありだな。
無類の蕎麦好きなだけで、講釈を垂れるほどの通ではないのだが。
僕は、気取らず素朴でいながら、少しばかり洗練されている “ 堂源 ” の蕎麦が好きだ。
それは、どことなく神戸という港街の有様にも通じているように想う。
見送っていただいた亭主の東野朋江さんに。
「ありがとうございました、今日は長くお待たせしてしまってすいません」
「いいえ、良い客筋でいつも繁盛されていてほんと良かったよねぇ」
「猫がいたあの頃からどれくらいになる?」
「十二年目です、もう必死でやってきました」
師匠が産み、弟子が継いで育てた名店の味。
これからも通わせていただきます。ごちそうさまでした。


