月別アーカイブ: October 2025

六百七十四話 公邸料理人が創るカツ丼

前話からの肉宴は一日では終わらず、翌日の昼に向かったのはカツ丼専門店。 阪急電鉄 今津線 仁川駅。 中学・高校・大学と一駅手前の駅で降り通学していたので馴染み深いはずなのだが。 四十年以上も刻が経つとまったく見知らぬ場所となり、懐かしさすら湧いてこない。 カツ丼専門店 “ 桜花 ” は、その仁川駅前に在る。 日本国公邸料理人だった伊永大樹氏が、亭主として営む。 商いものは、ロース二二〇グラムの上と一七〇グラムの並、数量限定のリブロース。 この三品のカツ丼だけで、他にはないという潔い飯屋だ。 二二〇グラムのリブロースカツ丼をご飯大盛で注文する。 ふつう丼物といえば注文するとサッと出てきそうなものだが、此処はそうではない。 結構な手間と刻がかかって、ようやく供される。 待っていると、半空きの蓋から黄金色の豚カツが覗いた丼が目の前に。 Looks so yummy! 見た目の破壊力が半端ない。 しかし、このカツ丼ちょっと変わっていて。 豚カツを汁と卵でとじずに、ふんわり半熟にした卵の上にのせただけ。 さらに、飯は、白米ではなく一六穀米が盛ってある。 そして、上からほどよく甘いタレがかけられるという変り種だ。 汁でとじられていない分、豚肉の旨味が誤魔化されず味わえる。 加えて、豚カツ衣のサクッとした歯応えも損なわれない。 よそわれている一六穀米の香ばしさが、カツ丼の重さを減じさせ食がよく進む。 また一六穀米に含まれる Vitamin B2 は、脂肪を燃やし尽くしてくれる。 よって、このカツ丼は何杯食したところで健康に良い。 なるほどなぁ、良く考えられてるわ、このカツ丼。 亭主に。 「ねぇ、この豚肉って熟成させてるの?」 「はい、なんちゃって程度に軽く熟成させてます」 「あまり熟成させすぎるとカツ丼には向かない気がして」 青森県産の地養豚に衣をつけ低温でじっくりと温めた後、高温でサッと揚げる。 この脂っこくなくあっさりと、それでいてみずみずしい食感は他にはないと思う。 … 続きを読む

Category :

六百七十三話 肉会 !

随分前から、その噂を耳にしていた。 神戸に、本気で肉を食べたいひとしかたどり着けない Bistro があるらしい。 噂だけで、なかなか訪れる機会がなかったのだが。 先日鳥取から従姉妹がやってくるというので、バスの到着時刻に合わせて予約してみることに。 予約時に店側から、近くに着いたら連絡するように言われた。 でないと、わからないらしい。 このところ、こういう面倒な流れで案内される飯屋が巷に増えているような気がする。 飲屋街に建つ雑居ビルの三階に目当ての店屋は在った。 “ GALLO GARAGE ” すでに外観からして、まっとうな飯屋とは言い難く。 倫敦の Haunted House か、禁酒法時代の Bar か、いずれにしても堅気が出入りする感じではない。 訊くと、描いた店舗構想は 「髑髏と乳房」って、そのまんまやないか! しかし、肉を喰うという背徳感を、肉を喰う手前から味わえるというのは悪くないかも。 それにしてもこの店舗、見かけからは想像もつかない工夫が凝らされている。 動線構築、卓配置、厨房の一部が敢えて眺められるよう設置した bar counter や配膳台など。 見せたいモノを見せ、隠したいモノを隠しながら、絶妙の作業効率を担保してある。 乳房から注がれる beer server に誤魔化されてはいけない、これはプロ中のプロの仕業だ。 天井照明から床材処理まで、ここまでやれる奴って、どんな店主なんだろう? エロい割りには品は損なわず、雑然としているようで合理的で効率よく整っている。 店舗設計士や工務店任せでは到底できない、店主の裁量次第というところだろう。 どこの街場にも凄い奴がいるもんだと感心していると、ようやく皿が卓へ。 この beef cutlet の断面は、もう絵に描いて残したいくらいだ。 添えられた mashed … 続きを読む

Category :

六百七十二話 晴れ舞台

一〇月十一日朝。 瑞丘八幡神社へ宮入り。 昼には、獅子舞が鳥居前で奉納される。 憑いた邪気を祓い、福を招く神事として、獅子が子供の頭に神憑く。 泣き叫ぶ子供をあとにして、布団太鼓は、主祭神である海神社への宮入りに向け再び巡行を始める。 主祭神だけあって、海神社は、海上鎮護の海大神が祀られる大社だ。 日暮刻、境内には夜店が立並び、駅から南にはひとが押し寄せ始め、国道二号線も交通規制対象に。 すべてが、祭り優先となる。 海神社に宮入りした四基の布団太鼓が、お祓い後、祭り最大の見せ場となる練り合せに向け出発。 馬場先と呼ばれる浜の大鳥居を一気に駆け抜ける。 地区別に色を違えた祭装束を纏った担ぎ手。 布団太鼓の魅力と迫力には、この担ぎ手衆の推進力が欠かせない。 全速で走る、曲る、止まる、そして担ぎ天に向かって差し上げる。 祭りの三日間、気力と体力が続く限りこれを繰り返す。 そして、漁港前の広場に各地区の布団太鼓四基が勢揃い。 海辺の家が在る地区西垂水、東垂水、東高丸、塩谷。 祭は、四基での練り合せで Climax へと。 各地区の担ぎ手が、差し方唄を合図に布団太鼓を天に向かって差上げ競う。 刻が経ち夜が更けても、差し方唄が街中にこだまする。 近代化された港街に蘇る古来からの神事、海を畏れ敬い鎮護を神に願う。 眼前の海峡は、日本国最大の難所とされる海域だからこそかもしれない。 祭りの主役は、地区青年会の若いおとこ連中だ。 では、浜のおんな達はというと。 各地区で仕立てたお揃いの Tーシャツに身を固め、おとこ連中を見守る。 もう、犬まで祭装束に。 彼氏、夫、父親、推しのおとこなど、目当てはそれぞれだが熱量は半端ない。 「いやぁー、やっぱうちの旦那がいちばんやわ!めっちゃイケてるやん!」 「霞むわぁー、他のひとら」 などと、何の Evidence もない戯言を人前で平気で口にしたりする。 また、推しのおとこが、自分とは別の地区だったりすると。 「なんかさぁ、西のあのひと真っ黒やんねぇ、EXILE みたいやわぁ」 「ほら、バリ格好良くない?」 いやいや、EXILE は … 続きを読む

Category :

六百七十一話 布団太鼓

海辺の家から海に向かって坂を下ると原始照葉樹林のちいさな森があって。 その奥に鎮守されているのが、瑞丘八幡神社。 この地の古社である海神社が主祭神。 一八〇〇年前、海神社は神功皇后の祭祀により創祀された。 そうした由縁から、創祀年代不詳ながら往古よりこの地に祀られていたとされる神社だ。 近隣から数万人の参拝者が訪れる厄神祭だけでなく、常より地元民がなにかと祈願に足を向ける。 住人で、鳥居の前を素通りして通り過ぎるひとはまずいない、皆頭を垂れて一礼をしていく。 先日も、乳母車を社殿に向け庇をあげて、幼子の手を握り手を合わせている若い母親を見かけた。 港街の何気ない光景だけれど、眺めているこちらも妙に安らかで穏やかな気分になる。 鎮守社や地主神とは、元来そうした存在なのかもしれない。 毎年九月も終わりに近づくと、海辺の家にいても街中から太鼓の音が聞こえる。 氏子衆が、翌月に控えた布団太鼓巡行に備え練習を始め、その音色が耳に届く。 四つの氏子地区一基づつに隣街の一基を加え、合わせて五基の布団太鼓が巡行する。 一〇月一〇日海岸通りの太鼓倉から巡行を始め、翌朝、瑞丘八幡神社への宮入り。 午後から商店街を巡行し、海神社への宮入りは、十一日の宵宮と十二日の本宮に執り行う。 そして最終日の夜、最大の見せ場である布団太鼓四基による練り合せで三日間の幕を閉じる。 写真は、練り合せのため漁港に向かう昨年の一幕。 今年は、どんな段取りになるのか? 駅前や港の再開発が毎年のように更新され、どんどんと変わっていく。 旧い商店街は、Tower  Residence や Shopping Mall や Cafe などに置き換えられ記憶にさえ残らない。 土曜、日曜、祭日は、渋滞を避けて車での外出を控える始末だ。 悠長に神輿を担いで練り歩く余地など、どこにもないだろう。 それでも、時代の変遷と折合い工夫を凝らしながら布団太鼓は今年も巡る。 土地への愛着なのか、地主神への信心なのか、神事を継ぐ事への誇りなのか。 いづれにしても、大したものだと想う。 今日は一〇月九日、巡行前夜。 街中の主だった道には各地区の幟が立ち並び、太鼓の音も熱量が増しているように想う。 いよいよ明日から。 そらー、でてこーぉーいー、やぁー    

Category :

六百七十話 西国の名月

二〇二五年一〇月六日。 今宵の月は、中秋の名月。 須磨の鉢伏山に浮かぶ月を “ 海辺の庭 ” から見上げる。 あいにく今年は、気候のせいか穂の出が悪い。 ようやく隣家の庭に良さげな数本を見つけ、分けてもらって生ける。 月見団子は、駅前の団子屋で。 そして、月に見立てたまぁるい食べものといえば。 関西人の Local Food にして粉もんの王様、蛸焼き以外には思いつかない。 ってことで、ススキの御礼も兼ねて隣人を誘って焼くことにした。 “ 皿に月 映して愛でる 秋の宵 ” 関東のお方には分からしまへんねやろなぁ、この風流が。  

Category :

六百六十九話 罪深い一皿

最近気に入って通いだした焼鶏屋。 巷に隠れ家的な店屋が増えてきてはいるものの、ここまで隠れている店屋も珍しい。 旧いビルの隙間に両肩が壁にあたるほど狭い階段があって三階まで登っていく。 登った先には鉄製の扉があって、脇にちいさく英字で屋号が描かれている。 目指したのは、Mafia の隠れ家らしい。 鉄扉を開けても、いわゆる焼鶏屋の煤けた感じはまったくしない。 何方かと言えば、薄暗く妖しげな BAR に近い。 窓からは、旧居留地の灯りが差し込む。 一見の客が、どうやってもたどり着けない焼鶏屋。 それが、“ TIMELESS ” 。 店主をはじめ皆若く、勢いがある。 東門街あたりで、婆さんがひとり焼いている乾涸びた焼鶏屋とは大違いだ。 まぁ、それはそれで味があって良い風情だが、とても同じ商いとは思えない。 さて、肝心の焼鶏はどうなのか? はっきり言って、ここの焼鶏はどの串も抜群に旨い。 ちょっと手前で焼きを寸止めし、あとは余熱で加減する。 一本一本の串に施される手間と塩梅が、地鶏の旨さを引きだす。 焼き台と囲炉裏を仕切る増永君の技は、半端ないと想う。 またその手前の鶏肉を捌き、串を打つ仕込みからして相当の気を配っているのだろう。 上品な味わいだが、地鶏の脂はしっとりと甘く口に残る。 そして、これ! 平飼い卵の黄身が添えられた甘ダレのつくね。 黄身をまぶして食べる。 さらに、食べ終えた皿を回収し、一口分の白飯を盛って返す。 つくねの脂と甘ダレと黄身が白飯に絡んだ “ 卵かけご飯 ” 。 こういうのは、やめなさい!中毒になるわぁ!マジでやばい! これを喰いたければまた来てね的な一皿で、しかも一口だけという嫌味な演出。 つくづくタチの悪い飯屋だと想う。 地鶏の刺身に始まって〆の Risotto … 続きを読む

Category :