月別アーカイブ: April 2012

九十九話 目黒のさんま

東京急行電鉄東横線の学芸大学駅。 駅開設当時は、碑文谷という名だった。 その後は青山師範、第一師範と呼名を変えて、今の学芸大学となる。 かつて、この地に在った東京学芸大学の変遷が、そのまま駅名に繋がってきた。 次の仕事までの合間に少しぶらつく。 昼飯時だったので、Vlas Blomme の吉田君に薦められた店へ腹ごしらえに向かう。 吉田君は、どっから見ても良い人で、実際やさしい。 がっつりした体格をしていて立派な飯喰いにも見える。 こういう人に飯屋の良し悪しを訊ねると、大概間違いはない。 ⎡僕のとっておきの店屋を御紹介します⎦間髪入れずに即答。 駅前商店街の中程近くに在った。 屋号を⎡ビーフ亭⎦と云う。 なるほど、大食漢の食欲を直撃しそうな分かりやすく明快な屋号だ。 今どきの、何屋か分からない気取った店名よりずっと良い。 ⎡ハンバーグ定食をお願いします⎦ ジュウジュウ音を立てながら鉄板にのったハンバーグがやって来た。 同時に、丼鉢から八センチほど盛上がった白飯が置かれる。 そして、籠に盛られた六個の生卵もついて来る。 飯の大盛りはまだしも、生卵六個盛りは初めて経験する。 ⎡おかわりできますから⎦ この飯や卵をおかわりする人がいるとは到底思えないが。 そういや、吉田君はしそうだけど。 味は申分無いですよ。 自家製デミグラス・ソースも丁寧だし、肉質もかなり上質だ。 失礼ながらこんな値段で大丈夫なのかと思う。 訊けば夜のステーキ店が主で、昼定食は週に二日か三日の営業らしい。 良心の塊みたいな下町の洋食屋さんである。 それにしてもこの商店街、活気があるっていうか賑やかだなぁ。 年老いた店主の老舗もあれば、若い店主の洒落た店もある。 商店街愛好家の僕から言わせれば、理想的な形態である。 面白い看板に出逢う。 ⎡世界一美味しい生サラミ⎦ 一度試したかった佐渡の小さな食肉加工工房⎡へんじんもっこ⎦の生サラミ。 独逸の食肉加工Geselle(職人)の称号を持ち、数々の世界コンクールで受賞を重ねている。 ⎡何でこんな処に?⎦と思いながら店に入る。 ⎡なんだぁ、この店?⎦笑ってしまった。 どんだけマニアックなんだ。 能登の醤油から、南仏を始め欧州の片田舎の特産食材までが処狭しと置かれている。 … 続きを読む

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九十八話 買うべきか買わざるべきか。

⎡右を向いても左を向いても同じ服ばっかで嫌になる⎦ と云う人もいるし、 ⎡服なんていうもんは普通が一番⎦ と考える人もいる。 ⎡どうなんでしょうねぇ。⎦ ⎡まぁ、人それぞれじゃないですか?⎦ と、片付けたいところだが仕事が仕事だけにそうもいかない。 なので、ちょっとだけ考えてみる。 ⎡普通⎦って言葉に⎡何でもいい⎦という意味まで含まれるとしたら受入れづらいなぁ。 例えば、 ⎡何が食べたい?⎦と訊かれて⎡何でもいいよ⎦と返ってくる。 ⎡何処に行きたい?⎦と訊かれて⎡何処でもいいよ⎦と返ってくる。 ⎡何れにする?⎦と訊かれて⎡何れでもいいよ⎦と返ってくる。 訊ねてくれた人にも失礼だし、嫌じゃないですか? それも可愛いオネエちゃんが答えてくれるのならまだ許される。 ⎡あなたが良いんなら、一緒で構わないから⎦みたいに。 だけど、いい歳をしたオヤジに言われてもムカつくだけだろう。 僕は、男なら着るものや食べものや住処に少しは気を配った方が良いと思う。 なにも、やみくもに銭を使えって言う訳ではない。 長年着込んだ服でも良いし、目刺しと白飯でも良いし、古びた借家住まいだって良い。 そこに、その人なりの個性と工夫があればそれで充分だと思うのだが。 ⎡何でもいい⎦と言われてしまえば、やりようがない。 そして、⎡何でもいい⎦からは何も産まれない。 だから、⎡何でもいい⎦という言葉は、あらゆる文化への冒涜だろう。 服屋が言うには、ちょっと大袈裟だけどね。 こういった話の流れで、個性的な一着を御紹介させて戴きたい。 08SIRCUS の森下公則氏がこのシーズンに発表した。 このジャケットは、リバーシブル仕様となっている。 ⎡よく、こんな凝った仕様を思いつくもんだ⎦と感心される方もおられるだろうし、 ⎡何だぁ~、こんなチャラい意匠は絶対ありえねぇ⎦と云う方もおられるだろう。 ⎡どちらの方にも向くように表の普通と裏の異形をリバーシブルにしました⎦ 的な都合のよい話ではない。 重箱の隅をつつくような能書は抜きにして、有りか無しかを明快に問いかける。 時代のせいか、この手の潔さが市場では嫌われる。 用心深く、無難に、そして普通に、こなすのも結構だが。 過ぎると⎡何でもいい⎦に繋がりかねないんじゃないかなぁ。 このジャケット、そんな警鐘の意味も含めて考えさせられる。 さて、買うべきか買わざるべきか?

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九十七話 山国の春が渡る。

⎡どうしたの?元気ないじゃん⎦ ⎡うん、なんかちょっとねぇ⎦ 月中の月曜日、仕事も休みだし私用もこれといってない。 ⎡しょうがないなぁ、肉でも与えてみるかな⎦ ⎡えっ、肉?⎦ ⎡家で食べる? それともどっかに行く?⎦ ⎡とびきりの肉だったら、ちょっと遠出することになるかも⎦ ⎡とびきりの肉に向かって行こう、行きます、今すぐ行きましょう⎦ ⎡でも、元気ないんじゃないの?⎦ ⎡いや、すでに治ってます⎦ 名神高速道路を東へ、京都南から洛中に入る。 洛中を抜けて、北西の山中へ。 高尾山の神護寺、畑栂尾の高山寺も過ぎた辺り。 あらゆる古刹や名跡は、大きな目的を目前に控えているので全て無視。 山中に咲誇る染井吉野にも、⎡ここら辺りは今が見頃だねぇ⎦と言うものの一切興味無し。 この先にある峠を越えると、とうぶん集落はないはずだ。 ⎡あんた、ひょっとしたら登喜和に行こうとしてる?⎦ ⎡今頃、何言ってんの?⎦ ⎡ここまで来たら登喜和に決まってんじゃん⎦ ⎡マジですかぁ、じゃぁまだ先だね⎦ 登喜和は、北桑田郡京北に在る。 最近合併により地名が変わったらしいが、新たな地名は知らない。 桂川の両脇を住処とした山国の小さな集落である。 丹波国が東にきれる辺りと案内した方が解りやすいかもしれない。 登喜和は、肉屋が営む食堂、或は食堂が営む肉屋であり、どちらかが本業という店屋だ。 食堂といっても、田舎臭いがちゃんとした部屋と座敷がありくつろげる。 まぁ、細かな風情はどうだって良い。 売りは肉であり、肉が登喜和に人を呼ぶのだ。 ⎡やっぱり、すき焼きだね⎦ ⎡そうだね、すき焼きだね⎦ 十年ぶりに再会した登喜和の肉。 あいかわらずの美人だ。 細かく入った霜降り、桜のような色合い、蕩けるような肉質。 松阪牛のように甘みが過ぎないところも好みだ。 丹波牛という銘柄の極みだねぇ。 肉、肉と憑かれたように語るのもなんなんで、別の話もしておこう。 この地は食材の宝庫である。 近くの美山は地鶏の産地であり、丹波の気候風土は絶品の菜を育む。 山では、松茸をはじめあらゆる茸に恵まれ、栗も最高の品質を誇る。 … 続きを読む

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九十六話 AUTHENTIC SHOE & Co.

今、なにが難しいって靴なんだよねぇ。 古典的な手縫い靴、頑強なワークブーツ、ハイエンドなスニーカーとか。 どれも全く売れない訳ではないんだけど、今ひとつ方向性がはっきり掴めない。 作り手も、売り手も、買い手も迷っている。 そんな中、竹ヶ原敏之介君の靴を見に行った。 十三年くらいの付合いになるだろうか。 彼は、良くも悪くも自分に正直な職人であり表現者だと思う。 時々の興味や気分を真正面から靴に投影させる。 そういう意味では、彼にとっての靴は鏡みたいなもんじゃないかなぁ。 あくまでも本人の興味や気分なのだから、市場の都合などは蚊帳の外である。 とは言っても。 さすがに所帯も大きくなったことだし、そういった事も考えたりもするのだろうが。 たいていの場合ロクな事にならない。 竹ヶ原敏之介の靴は古典的な風情を漂わせながらも、製作者自身の“今”を映している。 市場の都合も考えず、人の苦言にも耳を閉ざし、身勝手な創造の世界に引き蘢る。 独善的で、頑で、執拗で、退廃的で、美しい。 それこそが竹ヶ原敏之介の靴だと思う。 いつの頃からか、Authentic Shoe&Co. というラインを対外的に封印した。 二〇一二年の秋冬コレクションからその封印を解くという。 まったく自分勝手な奴だ、勝手に封ずるなり解くなり好きにすりゃ良いじゃねぇか。 と思ったが。 仕立て上がった靴を実際に目にして、ある意味で納得した。 まず、製法による縛りから解放されている。 Authentic Shoe&Co. は手縫いで、 Foot The Coacher は機械縫いというのが大方の見方だった思う。 封印の解かれた Authentic Shoe&Co. には二型の機械縫いの靴が披露されていた。 ひとつが、Engineer Boot、もうひとつが、Lace Up Western … 続きを読む

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九十五話 姥桜

義理の母が、見ごろだと言うので神戸の家に向かう。 海辺の家に着くと。 う~ん、たしかに咲いてるねぇ。 庭に咲く大姥桜。 年増の桜は遠慮がない、歳を重ねる度にあつかましくなる。 ⎡まいど~、今年も咲いたりましたでぇ⎦ ⎡どないですか?⎦ ⎡年増もなかなか棄てたもんやおまへんやろ?⎦ みたいな。 もうこの辺りの桜仲間では、もっともでかくて古株だろう。 自宅の庭は平なのだが、この庭の地面は少し変わっている。 下段、中段、上段と三段に分かれている。 下段には、この地に人が住み始めた頃から居座っている山桃の巨木。 中段の石塀を割るように根を張っているのが、この桜である。 なので、上段にある家屋と庭は、山桃や桜に埋もれた感じになる。 まるで、木の中に住まっているような。 この古館は不思議な住処なのである。 母は、この婆を染井吉野だと云う。 染井吉野は、山桜などとは異なり成長も早いが短命だとも聞く。 だとすると、そろそろ寿命なのかもしれないのだが。 その気配すらない。 さて、昨日の雨で盛りは過ぎた様子だが、せっかくなので花見でも。 嫁は母の付添いで病院に行ったので、姥桜と差向いで一献傾けるかぁ。 酒は、母の故郷出雲の⎡李白⎦。 肴は、桑名の蛤を七輪で焼き、出汁を垂らして山椒の葉を添える。 想えば、この姥桜とも長い付合いになる。 ⎡最初に逢ったのは三十年前だから、あんたも女の盛りだったんだよなぁ⎦ この国に産まれると、人生の節目節目に桜が寄添う。 桜の花が舞い散る中、終の旅路への門出を向かえる方もおられる。 ⎡逝く空に、桜の花が、あれば佳し⎦ 北桃子 俳号を⎡ほくとうし⎦と読むのだが誰だか解んないよねぇ。 一九七〇年大阪万国博覧会で、⎡世界の国からこんにちは⎦って歌った方ですよ。 旧い話になりますけどご記憶ですか? 名浪曲師、南春雄先生。 さすがに昭和の巨星、粋な辞世の句を詠まれたもんだ。 望んで、そうなれるってもんでもなかろうが。 叶うなら卯月におさらばして、通夜で洒落た句のひとつも披露したいもんだと想う。 運良く、この国に産まれて育ったんだから。 そして、やっぱり季語は⎡桜⎦といきたいもんだ。 だから⎡桜⎦の姐さん、俺より先に逝くんじゃないよ。

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九十四話 ANSNAMの憂鬱

ANSNAM 、デザイナー 中野靖君のご機嫌が悪いらしい。 話してみると、確かにかなり悪い。 というより、グレてしまっている。 ⎡もう僕は、人前で色々と説明するのを止めますよ⎦ ⎡はぁ? 色々ってなに?⎦ ⎡自分の服の何処が良くて、他所の服となにが違うのかっていう話を止めるんですよ⎦ ⎡どうして?⎦ ⎡どうせ無難なものしか展開して貰えないんだったら、あれこれ説明すんの無駄でしょ⎦ ⎡あぁ~、それで怒ってんだぁ⎦ ⎡馬鹿だねぇ、そういう事でいちいちへそを曲げんじゃないよ⎦ ⎡中野君の服、毎シーズン楽しみにしている変わった御客様もおられるんだから⎦ ⎡もうデビュー以来ずっとだよ、有難いけどほんと変わってるよねぇ⎦ ⎡それって、僕がまともじゃないって事ですか?⎦ ⎡君もまともじゃないし、君の創る服はもっとまともじゃないって事だね⎦ ⎡でも、それが良いんじゃない⎦ ⎡僕は、まともなクリエーターなんて興味ないし信用もしないけどね⎦ ⎡かる~く傷つく事を、さらっと言ってくれますねぇ⎦ たしかに、ANSNAM の服は偏執的に凝っている。 例えばこのシャツ。 前身と後身が異なる素材で構成されている。 前身は、Cotonificio Albini社の graph check 100番手単糸ブロード。 後身は、 白無地の 160番手双糸ブロード。 至るところにレース状のテープが配されている。 そして、アーム・ホールは無く身頃から袖まで一枚断ち。 運針はこれ以上無いというくらい細かく縫われている。 何だか解り難い解説で恐縮だが、言葉にならないのが変態シャツの由縁でもある。 明らかに上質で、明らかに凝っていて、そして残念な事に地味だ。 モードでもなく、ストリートでもなく、孤高の世界観。 ANSNAM の初回作からずっと贔屓にして戴いている顧客様が言われた。 … 続きを読む

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九十三話 Vlas Blomme

あら~、ラックス君、どうしちゃったのぉ? 喰い過ぎじゃないの? でっかい図体に、プチなおちんちん付けちゃって。 しょうがねぇなぁ。 ミニチュア・プードルって、どこら辺がミニチュアなんだか。 でも、彼が大好きだ。 体型的にも、性格的にも、身近かに思えて他人という気がしない。 抱かえている方は、桜間さんとおっしゃる。 名前どうりの綺麗な方で、Vlas Blomme のデザイナーを務められている。 いつもは、パリの空港でお目にかかるのだが。 今日は、碑文谷にあるアトリエでお会いした。 Vlas Blomme というブランドは少し変わった背景をもつ。 ものづくりに於いて素材の産地と深く係わっている。 産地は、Kortrijk に所在する。 首都ブリュッセルから西に七十キロ、フランダース地方の小都市。 紀元前より麻の生育地域であり、欧州産高級亜麻の産地として知られる。 コルトレイク産の亜麻糸を年間通じて使用し、ひとつのブランドを構築するという。 僕は、綿紡績出身なので、麻に関しては詳しくないのだが。 最初パリで、スライバー状態の亜麻を見せて戴いた際にその細さに驚いた。 このスライバーを糸にし、織ったり編んだりするのは至難の技だろうな。 意気込みは理解出来るが、コスト的にも技術的にも難しいような気がした。 それから数年経って、テキスタイルのバリエーションも増え色数も豊富になった。 もちろん、全てのアイテムにコルトレイク産の亜麻を使っての話だ。 自身も Vlas Blamme 製のものを愛用している。 特に、T-シャツとかシャツといった肌に近いアイテムが多い。 亜麻は、綿と異なり不思議な性格をした繊維であると改めて知った。 着れば着るほど、洗えば洗うほど、フッカフッカになる。 亜麻は丈夫な繊維なのだが、数年間無茶に着続けるとさすがに縫目が裂けることがある。 そこでヴィンテージの亜麻布を当てて繕い、庭での作業着とする。 さらに服としての型が崩れてくると、パジャマに仕立て直す。 最後は、手拭として寿命を全うするみたいな。 さすがに、手拭まではやったことないけど。 … 続きを読む

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九十二話 役に立たない巴里散歩案内 其の参 − 薔薇色の人生 −

三話続けての役に立たない巴里散歩案内、もう少しですからご辛抱下さい。 Oberkampf 通りを西に、Méreilmontant 駅辺りで Belleville 通りと交わる。 この界隈は、葡萄の枝みたいに細く曲がりくねった小径が坂にへばりついている。 明治の文豪、永井荷風は著書⎡ 荷風巴里地図 ⎦でこの小径を熱く案内している。 Rue de l’Ermitage 隠者の住む通りとか、Passage du Retrait 隅っこ小径とか。 ここ Méreilmontant は悪所だった。 そういや荷風先生、場末の花街をこよなく愛されたと聴く。 正金銀行のエリートとして渡仏されたんだけど、この癖は死ぬまで治りませんでしたねぇ。 交差を左に折れて、couronnes 通りを右に行くとベルヴィルの丘に出る。 Belleville とは仏語で 美しい街を意味する。 街の名は、ひとりの偉大な歌手を思い出させる。 [ Édith Piaf エディット・ピアフ ] 一九一五年、仏で最も愛されている歌手は、この貧者が暮らす街に産まれた。 一説には路上だったともいうが、それほどの貧しさだったんだろう。 巴里人は、身丈一四二センチの天才歌手を⎡ Le Môme Piaf 小さな雀 … 続きを読む

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九十一話 役に立たない巴里散歩案内 其の弐 − BOBO −

九十話から続いて、Oberkampf 通りを左に折れる。 少し歩くと左側にどうってことのないカフェがある。 僕は、このカフェが気に入っている。 店内禁煙条例が可決されて以来、テラスの席しか居場所はない。 冬の朝は辛そうだが、ストーブとか用意されていて意外と快適に過ごせる。 そこへ、いつものオネェチャンがやってくる。 どうってことないカフェに、どうってことあるオネェチャン。 身長は僕より少し低いから一七八センチくらいか、抜群のフォルム。 アフリカ系の血が混ざっているのかエキゾチックに整っている。 ⎡ハル・ベリーじゃん⎦ このオネェチャン、いつも注文の品を運んでくるついでに煙草をくわえる。 そして、テーブルに腰を下ろして喋りかけてくる。 何処からかの移民なんだろう、英語は出来るが仏蘭西語は苦手らしい。 だから、皿洗いが主で、たまに英語が喋れそうな外国人の注文を取っている。 ⎡あんた、またこんなとこで何してんの?⎦ 君に会いにと言いたかったけど、本当のとこを伝える。 ⎡向かいの定食屋が開くのを待ってんだけど⎦ ⎡レオのとこ?あいつゲイじゃん。じゃぁ、あんたもそう?⎦ そういや、軽る~くそんな感じもしたけど。 ⎡俺は、今んとこ女好きだけどね⎦ ⎡ふ~ん、まぁ、人生いろいろあるからねぇ⎦ 嗤ってしまった、十八や十九の子に人生語られてもなぁ。 彼女、異国からモデルの職を求めて巴里にやって来た。 この街で皿を洗いながら、メゾンのオーディションに挑んでいる。 ⎡なれるよ。モデルでも女優にでも⎦ なんてたって、ハル・ベリーだから。 通りを渡って、ゲイの店に、いや、飯屋に行く。 ⎡ Le Zinz ⎦ レオナール・マキシム君の手に入れて間もない小さな店だ。 彼は、伝説の三ッ星レストラン⎡ L’Arpège ⎦で修行した。 天才アラン・パッサール氏の弟子である。 ミシュランに何の興味もないが、パッサールの鴨料理は絶品である。 値は張るけど。 やっぱり鴨だということで、Magret … 続きを読む

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