月別アーカイブ: November 2011

五十六話 タンポポの一生

絵を描いています。 何の絵かというと、タンポポです。 何のための絵かというと、来期 Musée du Dragon のオリジナル・レーベル用です。 昔からの癖で、物事の概要を考える時、⎡考え⎦の基を一枚の絵として描く。 描いた絵が気に入れば、その⎡考え⎦を採用する。 逆に気に入らなければ、その⎡考え⎦は破棄する。 まぁ、癖というより、験担ぎの儀式みたいなもんである。 ところで、日本語でタンポポというと生理用品みたいで締まらない。 が、英訳すると DANDELION となり、再び和訳すると“ 獅子の歯 ”となる。 本葉に見られる切れ込みの様子に由来する。 なんとなく、一丁前な感じで偉そうだ。 嘘か本当か解んないけど。 西洋の何処かには、タンポポを人の生涯に重ねる表現があるらしい。 タンポポの花は受粉期が大切で、最も高く立ち上がって昆虫を呼ぶ。 用が済むと、次に受粉する花に譲って自ら低く伏せる。 そして、綿毛を飛ばす時を迎えると、再び高く立ち上がる。 風を受けて、種をできるだけ遠くに飛ばそうと力を尽くす。 一連の役目を終えると、続く者の邪魔にならぬように頭を垂れて眠る。 根を同じくした数本の家族が、順に同じように生きて死んでいく。 その時々、立ち上がったり倒れたりと、他者を気遣いながら最善を尽くして生きる。 ⎡人の一生とは斯くあるべし。⎦という事らしい。 あ~あ、面倒くせぇ~。 タンポポでなくて本当に良かった。 人でも、こんなに評判悪いのに、タンポポだったら勘当ものだ。 まぁ、三年に一度くらい芽生える自戒の念も込めながら描いている。 さらにタンポポは、その生涯の様子が上等なだけではない。 根や葉は、薬草として多くの効能を秘めている。 解毒、利尿,催乳、毛細血管拡張作用、血糖値効果作用など。 いやぁ~、いよいよ頭が上がりませんなぁ。 我家の庭にも、立派なタンポポが居る。 変哲もない雑草だと思ってたけど、あんた、偉いんだね。 てな事を考えているうちに、肝心のタンポポを描き終えた。 … 続きを読む

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五十五話 Hannibal Lecter 博士の愛した香り

ずいぶんと前の話になるが。 久しぶりに出張から帰ってくると、いきなり言われた。 ⎡あんた、臭いよ。⎦ ⎡犬みたいな匂いするよ。⎦ ⎡えっ、マジで。⎦ ⎡出張中、喰ったものでかなぁ。⎦ そういや、人に言えないような妖しげなもん喰ったには喰った。 嫁は、犬並みに鼻が利く。 ⎡旦那が犬みたいな匂いで、嫁が犬みたいな鼻ならちょうどいいじゃん。⎦ ⎡くだらない事言ってないで、コロンでも買えばぁ?⎦ ⎡臭いのが気になるのは俺じゃなくて、あんたなんだからあんたが買えよ。⎦ ⎡うん、そうする。⎦ 前向きなのは、よほど我慢ならなかったんだろう。 以来、買い与えられたコロンをつけるように馴された。 香りを選ぶ時、昔から憧れていた香水屋を提案した。 正確に言えば、香水屋ではなく世界最古の薬局なのだが。 そして、憧れていたのは香りではなく、その系譜と薬屋の建物である。 イタリアの古都フィレンツェの街外れに、八百年前からそのままの姿で在る。 “ Santa Maria Novella ” カソリックでも最も古いドミニコ修道会の教義に基づいて処方される香り。 世に⎡香りの芸術⎦と称されるフレグランス。 顧客リストには、ナポレオンから露皇帝、印度のマハラジャまでが連なる。 顧客の筆頭は、十七世紀のリストに載る。 “ Lorenzo de’Medici ”メディチ家最盛期の当主である。 十八世紀、この薬局で処方された香水や薬品を東洋に伝えた。 Mediciは、薬・医療を意味する“ Medicine ”の語源ともいわれる。 二十数年前、ローマに住んでいた知人からの頼まれモノを買うため始めて訪れた。 確か皮膚炎の薬だったように思う。 扉を開けて、店内を見渡した。 大理石の床、天井のフレスコ画、重厚な薬棚、全てが十六世紀ルネッサンスそのもの。 ⎡これが、薬局?⎦ … 続きを読む

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五十四話 活車海老

先日、後藤惠一郎さんがやって来られた。 晩飯をご一緒にという事になる。 この後藤さん、少々厄介な舌を持たれている。 失礼を承知で言わせて戴く。 六十年近く歳を重ねられて、味覚だけが五十六年前に成長を遂げられたままみたいな。 とかく子供の舌は恐ろしい。 店の雰囲気、盛られた器、食材の蘊蓄、料理人の経歴も、一切が通じない。 名店だろうが、ブランド食材だろうが、不味いと舌が判ずれば箸を置く。 加えて、好きと嫌いが多く徹底している。 この人と卓を囲むといつも想う事がある。 僕は、宮仕えの時期が長かった。 勤め人で対外交渉に少しでも係わる人間にとって、喰いものの好き嫌いは許されない。 海外のいかような食文化にも順応出来るよう訓練される。 話は少し遠くなるが、狼はどうだろう。 野にある狼は肉食だが、一度人間に飼われた犬となると雑食である。 要するに、何ものかに仕えると、防衛本能から与えられた食事に恭順するのではないか。 だとすると、我が儘な舌は、究極の主権と似たような意味合いになる。 究極の主権を有する者とは、王、独裁者、親分、親方、—————。 そして、後藤惠一郎。 ⎡親分肌⎦という言葉があるが、⎡親分舌⎦もあるんじゃないかなぁ。 さて、後藤さんが気に入られている飯屋に席を取る。 北新地の片隅にある“ Salle á Manger 角屋 ”。 此処んちのオーナー・シェフ、悪い癖がある。 凄く旨い物とちょっと旨い物を、同じ皿に盛って比べさせようとしたがる。 ⎡あんたも、一端の料理人なら凄いのだけを出せよ。⎦と言うのだが直らない。 この日も、生ハムを左と右に、凄いのとちょっとのに分けて卓に置く。 ⎡右からどうぞ。⎦ ⎡うるせぇよ。何回やりゃ気が済むんだぁ。⎦ しかし、やり方は面倒臭いが、味は絶品である。 ⎡ところで、何か旨いもん無いの?⎦ この訊き方も失礼千万だが、この男になら許されるだろう。 手描きの品書きを持って来た。 中ほどに活車海老とある。 値に目をやる。 こいつ、大嘘つきか、大馬鹿野郎だと思った。 … 続きを読む

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五十三話 BACKLASH by Isamu Katayama

五十二話から続きまして、Down Jacket の話です。 ところで、この写真の男、良い男なんですよ。 彼は、BACKLASH のスタッフ以外に、もうひとつの顔を持つ。 “ Professional Musician ” 今度、ロス、ラスベガス、シアトルでも活動するらしい。 この顔で、革ジャン羽織って、ギターを手に米国ツアーだって。 ムカツクよねぇ。 しかも、人あたりも良い男だ。 ことオンナに限れば入れ食い人生だろうな。 何んかで、つまづいて貰わないと勘定合わないよなぁ。 まぁ、なんてったって男は顔だね。 いじけた話はいい加減にして、Down Jacket の話でもしよう。 ⎡これが、Down Jacket なの?⎦というくらいそれっぽくない。 全体の印象から、何?と訊かれると、狩猟用ジャケットかなぁ。 身生地は英国ツィード、袖は馬革、襟はラヴィット・ファーと、全てが本格志向。 そして、中にはポーランド産のホワイト・グース・ダウン。 御丁寧にも、品質証明書まで付されている。 BACKLASH というブランド、見えないとこに異常に凝る癖がある。 時々、見えなさ過ぎて売る時に困る事もあるけど。 オーナー・デザイナー片山勇氏の美学なんだろうね。 本人に確かめた訳じゃないから、知んないけど。 でも、このジャケットに関しては、見事に理に適っていますよ。 袖の馬革を含めて軽量化が徹底されている。 英国ツィード地やガン・パッチ仕様による、古典服的な風情も渋い。 写真ではコーデュロイのパンツだけど、 細身のテーラード・スラックスなんか良いんじゃないかなぁ。 世の中には、 クラッシックな格好は好きだけど、オヤジ臭いのは嫌という方もおられるだろう。 そういった方にはお勧めですよ。 … 続きを読む

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五十二話 冬支度

⎡馬鹿な事ばっかり言ってないで、ちょっとは営業的な話もしなさい。⎦ というご批判も戴くので、冬装束の話でもいたしますかねぇ。 この季節になるといつも迷う。 Down Jacketを、店頭に置かなくて大丈夫なのか? 僕、嫌いなんです。 チャーシューの塊みたいなあのアイテムが。 Down Vestは、さらに嫌だ。 お盆の精霊馬ってご存知ですか? 胡瓜や茄子に箸を挿して、馬や牛に見立てるっていうやつですけど。 太い胴体に、細い手足。 まだワイド・パンツなら許せるけど、スリム・パンツならまんまでしょう。 だが、囁かな言い分も虚しく、街場にはチャーシューと精霊馬が溢れる。 猫も杓子も鶏印っていうのも、如何なもんなんだろうね。 ⎡じゃぁ、そこまで言うんだから、お前んとこは Down Item やらないんだよなぁ?⎦ と問われると、ちょっとやってみたりなんかするのが、服屋のいい加減なところでして。 ただし、チャーシューと精霊馬になんないように細心の注意を払います。 ひとつ目が、これ。 08 SIRCUS の Down Jacket です。 まず、前立、カフス、ポケット、襟などの仕様が Down Jacket ぽくない。 feather の量も絶妙で、全体の印象としてスリム感が維持されている。 四種類の異素材を巧みに配し、機能服にありがちなデザインの単調さも解消されてある。 生地、羽毛、金属部材に至るまで、完璧に厳選し採用されている。 驚いた事に、この Down Jacket は、製品染めで仕上げてあるらしい。 … 続きを読む

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五十一話 陳君と外国語

店の近くにあるコンビニエンス・ストアーに行った。 あれぇ~、陳君じゃないの。 近頃見かけなかったけど、また働きだしたんだ。 この陳君、丸々していてなかなか憎めない奴だ。 昨年の春くらいに、始めてやって来た。 ⎡キャスター・マイルド二個下さい。⎦ ⎡何番か?⎦ このストアーは、中国人の店員が多いので、煙草の銘柄ごとに番号が付けられている。 ⎡四十番を二個ね。それと、か? じゃなくて、ですか? だろ。⎦ ⎡四百十円を二つで、ハッパクニジュウ円だけど?⎦ そこを、聞き返すな。 その後に、陳君は、ついに言ってはならない事を言ってしまった。 ⎡温めますかぁ?⎦ ⎡はぁ? キャスター・マイルドを温めるだとぉ? やれるもんなら、やってみろ。⎦ その時、隣のレジにいた中国人の女性店員が、他のお客さんに向かって言った。 ⎡弁当、温めますかぁ?⎦ なるほど、これを尋ねるように、店側から教えられているんだ。 憮然としていると、ニッコリ笑って陳君が何か囁いた。 ⎡えっ、何?⎦ 今度は、ゆっくり小さな声で。 ⎡ちっちゃく温めますかぁ?⎦ 不思議なもので、ここまで言われると、温めてみたい気もしたのだが。 ⎡いや、いいよ。ありがとね。⎦ これが、陳君との出合いだ。 しかし、僕は、陳君の事を嗤う気にはなれない。 これまで、北半球の色んな国の色んな街に出向いた。 そして、同じような間違いを繰り返してきたからである。 二十代の頃、Manhattan の Park Avenue と 52nd Street との角にカフェがあった。 或る日、支社に出勤する前に朝飯を喰いに寄った。 … 続きを読む

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五十話 天使の過ち

自宅の玄関を入ると、薔薇の光を携えた天使が迎えてくれる。 十九世紀の終り頃、英国で創られたと訊いた。 まぁ、骨董屋の売り口上を頭から鵜呑みにする馬鹿もいないが。 多分、百年かそこらくらい前に、ブロンズの天使本体が鋳造されたのだろうと思う。 薔薇を象ったシェード、真鍮製のがく、吊り下げ用の鎖、もともとは何かの一部だった。 古いというだけで、時代も、材質も、職人も、異なるガラクタである。 ソケットを止めるネジの腐蝕具合からすると、一九二〇年か三〇年代頃の英国。 目先の利いた道具屋は、ガラクタを眺めながら思ったはずである。 ⎡何とかどこかの馬鹿に、このガラクタを高値で売りたい。⎦ ⎡喰い飽きたフィッシュ&チップスじゃなくて、ロースト・ビーフを喰うためにも。⎦ 英国流伝家のいかれた舌でも、同じ喰いものばかりはさすがに辛い。 斯くして、かつてのガラクタは、このようなランプへと姿を変えた。 およそそんな筋書きじゃないのかなぁ。 “ Reproduction Antique Garments ” 時代を越えて、当初の目的とは異なる製品へと生まれ変わる。 美術品にはない、所帯染みたいい加減さが良い。 僕は、調度品を考える時、少し家の雰囲気とはそぐわないモノを選ぶ事にしている。 不思議なもので、暮らしの中で年月を重ねると少しづつ馴染んでくる。 端から合ったものを据えるのと比べて、見飽きない。 思いもしない面白い効果に恵まれたりもする。 時折、しくじる事もあるが、それはそれで良い勉強と諦める。 “ 天使のランプ ” 気に入っている理由がさらに幾つかある。 こいつ、何もしないのに、灯りがついたり、つかなかったりする。 多分、接触不良なのだと思うのだが。 天使のその日の機嫌を占うのも一興と、直さずにいる。 馬鹿な話だが、灯りがつくと、何か良い事がありそうで気分が良かったりする。 加えて、この天使の顔が気に入っている。 助平そうな顔をしている。 基督世界には、善良な天使と悪党の天使がいるらしい。 創世記では、グリゴリという二百名もの天使が、人間の娘とエッチする始末だ。 キューピットという職務を放棄した挙げ句、矢に代って自分が突っ込んじゃったらしい。 しょうがねぇな。 という話から、我家の天使、名を … 続きを読む

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