
“ 誰にも邪魔されず 気を遣わず物を食べるという孤高の行為 ”
久住昌之原作漫画「孤独のグルメ」冒頭シーンでの一節。
作画を担ったのは故 谷口ジロー先生。
鳥取県鳥取市のご出身だったらしい。
その「孤独のグルメ」鳥取編で登場したのが此処。
“ まつや ホルモン店 ”
鳥取市在住の従姉妹が、予約が取れたというので行ってみることに。
道路脇の一軒家で、外観は一九六五年創業当時からの経年劣化そのままにボロい。
そして、暖簾を潜った店内は脂と煙で燻されてさらにボロい。
どこを触ってもペタペタとしていて、粘り気を含んだ独特の艶めきがある。
焼場前のカウンター奥に通され、一五センチほど先にある熱々の鉄板で亭主が肉を焼く。
鉄板は、長年の営みで真ん中が擦り減って窪んだ挙句全体が亭主側に傾いている。
溝状に窪んだ先の亭主足元にはドラム缶のようなバケツが。
この窪みと傾き具合が絶妙で、雨樋みたく余分な脂が伝ってバケツに落ちていく。
なかなかのオープン・キッチンシステムだ。
こういった風情は、狙って醸すわけにはいかない。
ひとつひとつが積み上げた信用の証みたいなもので、それがまた食欲を誘う。
飲み物は梅酒をソーダ割で頼んで、後の注文は従姉妹に任せて待つ。

品書には、オーカク(上ハラミ)とあるが横隔膜のことだろうか?
此処まつや名物のひとつなのだそうだ。
たしかに内臓肉特有の臭みも癖もなく肉厚で旨い。
注文の際に塩か?タレか?と訊かれるのだが、このタレがなんとも言えない味で肉によく合う。
言ってしまえばただの味噌ダレなのだが、果実の甘味と唐辛子の辛味が良い塩梅で複雑に絡む。
肉そのものは大阪鶴橋でもなくはないのだが、ここまでのタレはちょっと記憶にない。
これは病みつきになるかも。
店に電話があって女性が応じる。
「えっ?六月のいつ?三日ですかぁ?ちょっと訊いてみますね」
なにがあっても手を止めない亭主が肉を焼きながら。
「六月って三ヶ月先かいね?さぁなことわからんけど、きんさったら」
そして。
「すいません、一応大丈夫なんですけど、先なんでまたそん時にでも」
はぁ?それって、結局のところ予約出来たの?出来なかったの?大丈夫なん?謎だ。
それにしても、ホルモン屋の予約を三ヶ月前にするというのも凄い。
ふと気づくと、カウンター席から小上がりの座敷席まで客は鮨詰め状態。
客と客が肩を付けながら箸を動かす始末で、嫌でも話が耳に入ってしまう。
隣は、ひとり客で目の前で調理中の亭主と喋っている。
ホルモン文化が深く根付いた京都からわざわざこの食堂に通っているらしい。
母親の介護をしながらの暮らしで、まつやでの一食が唯一の楽しみだと言う。
聞き手の亭主は、それは大変ですねとも返さないし安っぽい感謝も口にしない。
ただ肉を焼く。
心得たものだと想う。
ただ旨いとか、ただ安いとかではない店屋の矜持がひとを呼ぶ。
“ 誰にも邪魔されず 気を遣わず物を食べるという孤高の行為 ”
この平等に与えられた最高の癒しを堪能できる店屋がまつやホルモン店だ。
ごちそうさまでした。


