月別アーカイブ: February 2013

百七十五話 豚番長がいる。

東京の青山に “ 豚番長 ” がいる。 番長という名からなんか怖い人を想像しがちだが、実際に顔を合わせるともっと怖い。 飲食業界でも気安くものを言える人は少ないらしい。 この櫻井信一郎という料理人、他に並ぶもの無しと評される豚料理の名手である。 南青山の住宅街の奥まった場所に佇む 薄暗い店で凄腕を振るっておられる。 “ LAUBURU ” その屋号は、バスク地方に由来する。 店内は、右を向いても左を向いてもバスクの調度品が所狭しと設えられている。 独特の民族文化を継ぐバスク地方は、スペイン北東部と仏南西部に股がって存在する。 武装独立運動など複雑な事情を抱えながらも、 美しく、豊かで、真っ当な気質の人々が今も暮らす良い国である。 僕は、仏側の郡庁所在地である Bayonne しか訪れたことはないがもう一度と思わせる場所だった。 その Bayonne の名物 “ Jambon de Bayonne ” もそうだが地方全域で色んな豚料理が盛んに食される。 アドゥール川流域の村で採れる岩塩と、 ピレネー山脈を越えて大西洋から四日に一度届く湿気を含んだ風が絶品の生ハムを産む。 “ LAUBURU ” の故郷バスク地方は豚料理の聖地でもある。 雪がちらつくなか、南青山の路地奥にある番長の根城を目指す。 この辺りは晩になると人通りも少なく暗い。 木製扉を開けて店に入ると、日本人と在日仏人が半々くらいで相変わらず賑わっている。 喉の調子が悪かったので、カンパリを苦みのあるオレンジジュースで割ってもらうことにする。 … 続きを読む

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百七十四話 mastermind JAPAN Last Season GOODBYE SKULL!

巴里の Bourse で出逢ったあの日から十五年ほどの年月が経つ。 月並みな表現だが、長かったような短かったようなそんな時間だった。 ファッション界で異端の成功を収めたブランドが、ラスト・シーズンを迎えようとしている。 “ mastermind JAPAN ” 想えば不思議なブランドである。 不況下の日本から世界に向かって MADE IN JAPAN の素晴らしさを唱えた。 日本の繊維産業に残された最後の技術と力量を懸けて挑んだ戦いだったと思う。 懸命に積上げ研鑽してきたものが正当に評価されず、 工賃を安く叩かれ、挙句にはより安い人件費の海外工場へと注文は流れた。 多くの日本人はそれをあたりまえだと思ったし、しょうがないと諦めもした。 そんな時世にあって、彼等は風前にある日本のモノ創りの誇りを安く売ろうとはしなかった。 トップ・メゾンと肩を並べ、そして上回る価格を提示する。 商品価値と商品価格が正当であるかどうかは市場が判断し裁可を下す。 発売時には人が並び、店舗には問合せの電話が連日かかり続ける。 結果、ひと欠片の在庫も残らない。 その現象に賛否はあろうが、日本の服飾製品が高い評価を受けた証しであることには違いない。 御苦労なさってこられた産地の方々も、ひと時にせよ胸がすく想いをされたんじゃないかなぁ。 十五年程前、勤めていた紡績会社を去る時最後に手がけた素材があった。 値段も高く、少なくとも国内需要は見込めないだろうと内心思いながら退職した。 当時客先から言われた。 ⎡紡績技術がどんなに高くたって、もう後加工でどうとでも誤摩化しが効く時代なんだよ⎦ ⎡だから希少原綿を投入した値段の高い糸はいらない⎦ その素材が mastermind JAPAN によって製品化され巴里で披露された。 良い歳をして青臭い話だが、少し報われた気分になったのを憶えている。 mastermind JAPAN は、 そのクリエーションにおいて、日本の繊維製造業にささやかな尊厳を取戻してくれたと思っている。 … 続きを読む

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百七十三話 今、すぐに欲しい!

大学時代の友人が横浜からやってきて帰っていった。 そして、バレンタインデーのチョコレートとタチの悪い風邪をもらった。 ほんとうに、ありがとね。 ⎡大丈夫だよ、インフルエンザじゃないから⎦とかメールしてくれるのは良いけど。 なんの慰めにもなってませんから。 こっちは、娘ふたりを産んで育てた強靭な身体じゃなくて温室育ちの虚弱体質なもんで。 三十九度の熱って、結果はインフルエンザと変わりねぇじゃん。 フラフラしながら新幹線に乗って池尻大橋の kiminori morishita garments lab へ。 “ 08 SIRCUS 2013 fall & winter collection ” これでコレクションの出来が悪ければ、もうやってられない。 巴里で先行発表した際の写真をご覧になられた顧客様が気になる事を言っておられた。 ⎡ちょっと軽過ぎるんじゃないかなぁ⎦ でも、 実際には逆ですなぁ。 写真では、レイヤードを演出しすぎたせいで個々のアイテムが軽い印象に映ったのかもしれない。 意外にというより、 08 sircus スタート以来、久しぶりにメンズ・ウェアらしい強さを表現したコレクションだと思う。 縮絨を中心とした素材感も新鮮だし、 ミリタリー・アイテムにネオン・カラーの総裏ファーを仕込むなんていう発想も大胆だ。 中に、久しぶりにその名を聞いた素材があった。 Cowe Raschel 機で編まれたポリエステルのラッセル・ジャージー。 一九六〇年代に登場して、僕がこの稼業に就いた頃でもまだ生産されていた。 しかし、最近その名を聴くこともない。 … 続きを読む

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百七十二話 孤高のパン屋 Le Sucre Coeur

あらかじめ断っておくが、僕はパンの味をあれこれ言う程の食通でもなんでもない。 だから、性根を入れて人生を懸けてパンを焼いておられる職人の仕事を評するには無理がある。 それを承知で近場にあるパン屋の話をしてみたい。 八年前か九年前か定かではないが、一軒のパン屋が自宅近くの住宅街で商いを始めた。 ⎡こんな場所で大丈夫なのか?⎦と他人事ながら案じるような立地である。 暫く経った頃、何処からか噂を聞きつけてきた嫁が言う。 ⎡あのパン屋さん、なんか凄い人がやってるらしいよ⎦ ⎡へぇ〜、今から行ってみる?⎦ ⎡ 今日は無理かも、種類によっては予約しないと駄目みたいよ⎦ ⎡嘘だろぉ〜、言っちゃぁなんだけどあんな場所でぇ?⎦ しかし、嫁の言ってることは嘘でも大袈裟でもなかった。 “ Le Sucre Coeur ” という屋号をもつパン屋の繁盛ぶりは半端ではない。 そして、御主人の岩永歩さんも只者ではないらしい。 巴里で名高い “ Maison Kayser ” の創業者 Eric Kayser 氏の元で修行し、氏の信頼も高かったという。 今だにお目にかかったことはないが、かなり仕事には厳しい人なんだそうだ。 先日の休み、近くで昼飯を喰った帰りに久しぶりで立寄った。 月曜日の昼過ぎだというのに店頭のパンは残り少ない。 それでも御店の女性から懇切な助けを受けていくつかのパンを求めることができた。 せっかくなので、写真手前のふたつを店員さんの受売りで紹介させてもらいます。 手前右の ” Torsade ” 捻るという意味そのままを名としたパン。 この ” … 続きを読む

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百七十一話 足裏が固い

⎡身体がだるくないですか?⎦ ⎡ちょっとダリィ〜⎦ ⎡寝る前より起きた時の方が調子悪くないですか?⎦ ⎡そうとうワリィ〜⎦ ⎡朝の爽快感ってありますか?⎦ ⎡ありませんっていうか、朝を知りません⎦ ⎡あ〜、完全に自律神経をやられてますねぇ⎦ ⎡えっ、自律神経?⎦ ⎡オバサンの更年期に多い症状で珍しくないですよ⎦ ⎡俺、オッサンなんだけど⎦ 最近、土踏まずの辺りが固くて痛い。 固くて痛い訳を訊くと指圧師にこう言われた。 自律神経には、交感神経と副交感神経があるんだそうだ。 交感の方はアクセルみたいな役割で、副交感の方はブレーキみたいな役割を担う。 上等な車は、アクセルとブレーキがバランス良く機能しスムーズに走行する。 なるほどね。 俺の身体は、アクセルとブレーキが効かないポンコツだって事かぁ。 突然止まったり、暴走したりするのはそのせいかも。 改善するには、適度な運動と陽を浴びるのが良いと言われた。 まぁ、駄目で元々なのでちょっとやってみようかと思う。 ところで、なんでこんな話をしているかと言うと。 入荷したストールに今の固くて痛い足の状態が描かれていたからです。 なんかこう石みたいなというか、 とにかくこんな感じがする。 私的に、あまりにもタイムリーなので買おうと思う。 ⎡今、足がこんな感じなんだけど⎦とか説明して同情を買うのにも使える。 このストールは僕の友人が伊から輸入したブランドで、Musée du Dragon でも扱うことにした。 一シーズンだけのつもりだけど。 Annalisa Giuntini という人のブランドで、 “ 813 ” という。 素材がモダール一とシルクなので、大判にもかかわらずとても軽く、肌触りが心地良い。 なりより柄がお馬鹿で素晴らしい。 … 続きを読む

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百六十六話 日本人は日本を知らない

この稼業に就いて三十年以上経つ。 その間、紳士服飾業界で圧倒的な成功を収めたデザイナーは?と問われると。 Ralph Lauren, Giorgio Armani そして三人目には Paul Smith を挙げると思う。 取引先だった会社が契約をするという事もあって英国の Paul Smith 氏の店に出向いた。 一九八三年頃だったと思う。 倫敦 Covent Garden に 故郷 Nottingham に続いて二店舗目となる店を構えたばかりだった。 Covent Garden は、City of Westminster 倫敦特別区に位置し十六世紀から卸売市場として栄えた。 映画 ⎡ My Fair Lady ⎦ で Audrey Hepburn が野菜を買うシーンにも登場する。 しかし、長く続いた卸売市場も一九八〇年からの再開発で役割を終える。 流行の先端をいくショッピング街に姿を変えつつあった。 … 続きを読む

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百六十九話 刺繍屋

⎡オイ、刺繍ひとつ仕上げんのにいつまでかかってんだよぉ?⎦ 年明けに指示した刺繍見本が一向に上がってこない。 通常なら十日もあれば充分だろう。 生地屋に任せたのが間違いだったのか? しかし、数々の著名デザイナーのコレクションを担ってきた玄人中の玄人のはずだが。 ⎡ですよねぇ〜⎦ ⎡ですよねぇ〜じゃぁねぇだろうがよぉ!⎦ ⎡いやそれが、図案どおりにならないって何回もやり直してるらしいですよ⎦ ⎡あたりまえだろうがぁ!印刷じゃねぇんだからそのとおりなんて無理に決まってんだろう!⎦ ⎡適当に感じがでるようにやりゃぁ良いんだよ⎦ ⎡う〜ん、言ってんですけど何んか納得いかないようで………………。⎦ ⎡刺繍屋が納得するまで動けねぇなんて馬鹿な話があるかぁ!⎦ ⎡そいつ何処に住んでんだよ?⎦ ⎡東住吉ですけどぉ、行かれますぅ?⎦ ⎡ったく、なんとかしろよぉ⎦ そんなこんなで一ヵ月を過ぎようかという頃合いで仕上がってきた。 全長三十五ミリほどの刺繍見本である。 ⎡えっ、これ刺繍?⎦ ⎡ねっ、凄いでしょ⎦ ⎡うん、ここまで再現できるもんなんだぁ⎦ ⎡この運針いったいどれくらいかかってんだろう?⎦ ⎡さぁ〜、でもこりゃ相当高いでしょうねぇ〜⎦ ⎡はぁ?それ訊かずにやったの?⎦ ⎡いちいちウルサイ人だから気をつけてやった方が良いとだけは忠告しときましたけど⎦ ⎡他は気にすることないとも言ったかなぁ⎦ ⎡あんた、なんか俺に恨みでもあんの?⎦ ⎡まぁ、無いと言えば嘘に………………⎦ たかがポロシャツの胸を飾る刺繍如きと思われるかもしれないが、意外と重要なんです。 立体裁断でシルエットを整えて、 度詰めしてシルケット加工さらには縮絨するという手間を素材にかけたとしても。 この三〇ミリほどの刺繍が半端なものであれば全て台無しとなる。 その事を一番よく理解していたのはこの刺繍屋かも。 ど〜もスイマセン。 暴言撤回しますから、ご請求お手柔らかにお願いします。

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