月別アーカイブ: July 2023

六百二十九話 妖怪ドロップ缶?

先日、車に置いておく喉飴を買おうと、普段あまり行かない離宮前のスーパーに行った。 此処は、駅前の店屋とは違い American Store 風のちょっと気取った店屋だ。 品揃えもホーム・パーティー用の惣菜とか、BIO 食材とか、ワイン類が目立つ。 客層は、小洒落た三〇代くらいの若い子供連れの夫婦が中心で、いつも繁盛 している。 屈んで、菓子売場の棚を探っていると。 突然、マスクを横から思いっきり引張られた。 それが半端な引張りようではなく、ゴムが伸びきるほどの勢いだ。 驚いて、左側を向くと。 綺麗な母親の肩に抱かれたこれまた美人になるであろう可愛い女の子がマスクの間を睨んでいる。 小さな人差し指はコの字に曲げられ、しっかりマスクのゴムが引っ掛けられていた。 驚いて、なんとか外そうと試みたけどなかなか上手くいかない。 すると、その二歳か三歳かの女の子が、こちらを睨みながら。 「なぁ、なぁ、妖怪ドロップどこ?」 知るかぁ!妖怪ドロップなんか!そんなことよりマスクを引っ張るな! 思ったけど、指からゴム紐を外すのに手一杯で口には出せない。 母親は、そんな状況であるにもかかわらず、気づかずゼリーの袋を眺めている。 娘が自分に訊ねているのだと思って気楽に応える始末だ。 「此処には、妖怪ドロップないんじゃないの」 途端、娘の顔がさらに険しくなった。 「妖怪ドロップ知らんの?なぁ?知らんの?」 もうマスクは、限界まで伸びきっている。 「知らんがなぁ!」 さすがに声をあげる。 その返事に気づいた母親の狼狽ぶりもひどかった。 「ええっ!うそぉ!やめてぇ!なにしてんのぉ!」 「すいません!ほんとに失礼しましたぁ!」 言いながら慌てて立ち去ろうとすると余計にマスクが引っ張られる。 娘に。 「お願いやから離してぇ!おかあさん、もう無理やからぁ!」 いや、無理なのは俺だから。 海辺の家に帰って、ヤツが執着していた “ 妖怪ドロップ ” なるものを検索してみた。 … 続きを読む

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六百二十八話 ひと夏の宴

海辺の街。 海水浴場は、七月一三日に “ 海開き ” が行われて、八月二七日までの四六日間ひとで賑わう。 嫁は、幼い頃、水着姿で浮輪片手に坂を駆け下りていったそうだが。 さすがに今は、そうした原住民の姿を目にすることはなくなった。 それでも、毎日見かける子供達の顔は、日に日に黒く日焼けしていく。 肌が白い異人の子は、 可哀想なくらい真っ赤だけど、気にする様子もなくそれはそれで元気そうだ。 みんな盛り上がって楽しそうに坂を登り下りしている。 月が明けて八月になると、浴衣を着せてもらった海祭りに向かう女の子も登場する。 こうして海辺に巡ってくるひと夏の宴。 電車で一〇分もすれば着く街中では暑さで皆辛そうにしているのに、なにがどう違うんだろう?  

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六百二十七話 ひとり神戸

気温三〇度、湿度九二%、曇天の港街をひとりでぶらつく。 まずは、腹ごしらえ。 南京町の路地裏にある “ 横丁 ” で鰻重でも喰うかぁ。 義父も通った一九四七年創業の老舗。 この店屋の段取は、注文を受けてから焼くのではなく、ある程度の量を予め焼いておく。 なので、焼き立てを望むなら口開けの今どきが狙いだ。 鰻重の大盛りを注文して待つ。 暖簾を潜って飴色に燻んだ店内に居ると、此処が中華街だということを忘れてしまう。 柔らかくとろけるような江戸前ではなく、身が締まって少し歯応えが残る鰻だがこれはこれで旨い。 喰い終わって、改めて今日はひとりだと気づく。 誰にうるさく言われることもなく、気兼ねすることもなく、言い訳する必要すらない。 食べたいものを食べたいだけ食べれるという好日なのだ。 ならば〆に蕎麦でも。 北長狭通をあがって、“ 道玄 ” に向かう。 美人の女蕎麦職人が打つ唯一無二の九一蕎麦。 たいした距離でもないのに、歩き着いた頃には汗びっしょり。 嫌な季節だ。 すっきりするには、酢橘の酸味か?おろし大根の苦味か?迷った挙句苦味に傾く。 辛汁の濃さ、鬼おろしの具合、削節の香り、すべてにおいて絶妙。 このモデルみたいな女亭主の蕎麦切りの腕前には、幾度食べても魅せられる。 また客筋も一筋縄ではいかない。 隣席の若い女性客が、小説を片手に注文する。 「二、三杯飲んでからにしたいんで、蕎麦の注文は後にしていただけますか」 平日の真っ昼間から?二、三杯?思わず顔を向けてしまう。 手にしている小説は、村上春樹先生の “騎士団長殺し” 不健全で難解な小説を読みながら削節を肴に日本酒を冷で呷るという趣向らしい。 涼しい顔をしながら、なかなかにドス黒い日常を過ごしているおねえさんを横目に蕎麦を啜る。 こうして、鰻に蕎麦と好物を渡り歩いて、腹も満たされ珈琲もいらない。 せっかく街中に出てきたんだから、無駄遣いがてら店屋を冷やかしにいこうかと思う。 しかし、汗で濡れた身体では試着も出来ないので服屋はやめておく。 TOA ROAD … 続きを読む

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