五百四十九話 梅雨

暇で、閑で、どうにもならんわぁ!
梅雨の長雨に、感染の第二波。
裏手に在る中学校の教員から生徒へと広がり、もう大騒ぎ。
先生に悪気があってのわけじゃないけれど、父兄の方々にとってはそうもいかないだろう。
“ なにやってくれとんじゃ! ” と、なってしまうんだろうな。
気の毒に。
見えない敵も怖いけど、見える世間はもっと怖い。
従姉妹にも言われた。
“ あんた達、用もないのに街中をうろつくんじゃないよ! ご近所に迷惑かけるんだから!”
“ はぁ?”
やんちゃな従姉妹が、いつのまにか良いひとになってしまっている。
こうして、この国独自の相互監視網が、しっかりとした足取りで形成されていく。
怖っ!
そんな事情で、外出も憚られ、豪雨で庭にすら出れず、ウジウジと家に居る。

元気なのは、庭に咲く紫陽花の葉を食らう蝸牛だけ。

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五百四十八話 贈り人

おとこが、おとこに、何かを贈るという行為ほど難儀なものはないと想う。
それが、売られているものではなく、贈り手が自ら創ったものとなるとなおさらに難しい。
自分の力量に加えて、相手の嗜好や、立場や、状況などを併せて考えなければならない。
しかも、同じような稼業の相手だと、もうこれはやめておいた方がいいだろう。
しかし、ごく稀に、これをサラッとやってのけるひとがいる。
先日、その方からご機嫌伺いの電話を頂戴した。
その際に、チラッとふたつのことを言ったような憶えがある。
はなしの本題から外れて、言ったことすら忘れる程度の内容だ。
ひとつは、最近携帯電話を iphon 11 PRO に買い換えたこと。
もうひとつは、かつて商品として創った鰐革の Coin Case を今でも愛用していること。

たった数十秒の間に交わしたこの情報から、これだけのモノを創造されたのではないか?
たぶんだが、そうだと想う。
この Coin Case と iphon Case は、外観がまったく異なるが、構造発想は極めて近い。
胴として二枚、襠に一枚、口に一枚と合計四枚の革で、かたちを成している。
それぞれを内側で縫合わせ、裏布は、胴の縁をぐるりと binding 処理で縫留めてある。
襠によって収納物の容量と出入れが適正に担保され、手の馴染みも良い。
なによりこのふっくらとした丸みを帯びた風情が好みだ。
角張った道具は融通が効かなそうで、性に合わない。
なので、角張って性に合わない iphon も、この Case に収めれば気分良く持ち歩けるだろう。
内側には、革製の Card Case とFastener Pocket も丁寧に設けられてある。
長年の習慣で、札は Money Clip に、小銭は Coin Case にとなっているので、これで充分だ。
歳を重ねると、道具は、簡素で豊かなモノを求めるべきだ。
だけど、質素で貧しいモノを SIMPLE などと偽って納得してはいけない。
この戒めを、大先輩であり数少ない友人である贈り人から、モノを通じて教えていただいた。

後藤惠一郎さん、ありがとうございました。感謝です。

 

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五百四十七話 自粛明けに

感染するな!感染させるな!家でじっとしてろ!
もはや、たいして惜しい命でもないけれど。
患って、忙しくしている医療関係者に迷惑をかけるのも気の毒なような気もする。
友人にも、うろつくんじゃない!医者の身になって考えろ!とかキツく忠告された。
そうして、世間並みの自粛生活を送る羽目に。
ようやく、約二ヵ月経って緊急事態宣言なるものが解除された。
ボンヤリとした根拠希薄な発令と解除に付き合ってみたものの、何が変わったんだろう?
ちゃんとしたひとにでも訊いてみよう。
京都大学医学部長を努められ、今は退官され京都山科の病院におられる医学会の重鎮だ。
病院は、いつもの見知った病院の様子とは違っていた。
玄関先には、大型テントが並び、防護服で身を覆った関係者が行き交っている。
解除されても、まだこんな状態なのか?
先生の部屋に通されお会いした。
「いやぁ〜、䕃山さん久しぶりですなぁ、それにしても、大変な事態になりました」
権威主義とは縁遠い方だが、ドクターコートを羽織られたその姿には、いつも圧倒させられる。
「こちらの病院も大変でしたか?」
「今はだいぶと落着きましたが、一時は厳しかったです」
「先生、これから先どうなっていくんですかねぇ?」
「欧米の現状を見て、これからの途上国への伝播を考えますと、楽観視にはほど遠い」
「あれほどの医療水準を誇るZürich でも、想定を超えた状況に見舞われています」
長年 Zürich 大学の医療現場に従事されていた先生が驚かれるのだから、それは余程なのだろう。
「これは、もう集団免疫の獲得を視野に入れざるをえないのかもしれませんなぁ」
集団免疫獲得そのものは、医療行為ではない。
高明な医師で医学者である先生の口から、医療以外の選択肢が提示されたことには驚かされた。
やはり、このウィルスは、畏れている以上に怖ろしい相手なのかもしれない。
「で、䕃山さん、今日はまた山科までわざわざ?」
「いや、まぁ、ちょっとした野暮用で」
実は、この話の流れで語るべきではない野暮用があった。
外食控えの自粛中ずっと、明けたらなにを食おうかみたいなクズな思考にとり憑かれていて。
想い至ったのが、京都山科に在る “ 熟豚 ” の島豚熟成豚カツと豚汁。
人生の最後飯には、これと決めている逸品だ。
まぁ、世の中がどんなことになっても、所詮この程度の発想しか浮かばないおとこです。

“ 熟豚 ” について興味のある方は、五百二十三話でも読み返してください。

 

 

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五百四十六話 お幸せに

この時節、めでたい話のひとつでもないとやってられない。
先月、若い友人が、結婚することになった。
恵まれた家系に産まれて育ったおとこだが、その分背負っている荷も重くて大きい。
身勝手に降ろすことが適わない荷を、連れ立って背負っていこうという人と出逢えたのだから。
それは、心強いし、とてもめでたい。
海辺の家近くに在る古い洋館で、ご親族そろって祝われたらしい。
ほんとうに、良かったと想う。
そこで、なんかちょとした品でも贈ろうかとなったのだが。
なかなかに難しい。
このおとこ、嗜好が歪んでいる上に、おおよそのモノは手にしている。
好みでない結婚祝いの品ほど始末に困るものはないことは、遠い昔の記憶としてある。
無難なところで花かぁ。
花なら、そう邪魔にもならず、ふたりで楽しむことも叶う。
しかし、ただ綺麗な花というのも芸がない。
やはり、ここは、歪んだ嗜好の持ち主のことは、同じく歪んだ嗜好の持ち主に訊くのが良い。
嫁が、贔屓にしている怪しげな花屋。

“ el Dau Decoration ”

一般的な花屋の概念からすると全く異質な空間といえる。
女性 Florist の下江恵子氏も、変わっている。
「これ、可愛いでしょ?」とか言うけれど、この方の可愛いという基準がいまいちわからない。
西洋骨董の花器が、並べられていて。
「良いねぇ、これって幾ら?」って訊くと、「それ、わたしのだから」
「じゃぁ、これは?」って別のを指差すと、「あぁ、それもわたしのだから」
「あのなぁ、わたしのモノは、家に置いときなさいよ!店に持ってくるんじゃない!」
嗜めると、一向に臆せず嫁に。
「お宅のご主人、ちょっと変わってるね」
どう考えても、変わってるのはそっちだと思うが、作品の感覚は、独特で惹かれるものがある。
この日も。
「この天井からぶら下がってる電球みたいなの何?」
「硝子花器だよ、それは売れるよ」
「だから、売れないものは店に置くんじゃないって!」
「この花器使って、でっかい電球みたいなの作れる?」
「それ面白いかも!できるよ!」
「言っとくけど、結婚祝いだからね、そこんとこよろしくね」
「任しといて 、出来たら画像送るから」
二、三日経って画像がきた。
球には、“ PROTEA ”
あまりにも立派で荘厳な花姿であるために神の名を持つ。
自分の意思でいかようにも姿を変えられるギリシャ神話の神 Protea に由来するらしい。
口金には、“ 蝙蝠蘭 ”
線には、“ KIWI の蔓 
これらを、麻縄 で縛って照明具のように天井から吊るすという趣向。
結婚祝いの花としてどうかは別にして、これはこれでなかなかに面白い。
まぁ、これからの長い道のりを照らすとかなんとか適当に解釈してください。

末永くお幸せに。

 

 

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五百四十五話 それでもやっぱり  

世界中が、辛い現実に直面している。
そんな時世にあっても、桜はこうして咲く。
晴れやかな気分で “ 花見の宴 ” とはいかないけれど、 こうして見上げるとやっぱり艶やかだ。

海辺の家に咲く姥桜の昼と夜。

一日でも早くみんなが普通に暮らせる日が、もどりますように。

 

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五百四十四話 肉愛に溢れた肉屋

「ちょっといいとこに連れてってあげようか」
昼、嫁に連れられて神戸の北野町までやってきた。
「なんていう店?」
「ニク」
「えっ?肉?」
「そう、ニクっていう肉屋さん」

“ NICK KOBE ” Meet Shop

「なるほど、ニクじゃなくてニックね」
「違う!肉のニックだから」
「どっちでもいいわ!なんのこだわりだよ!」
山手通に面したその店屋は、なかなか洒落ていて、とても精肉を営んでいるようには見えない。
Café 的な構えで、入口脇の看板には一言。
“ NICE TO MEAT ”
MEAT と MEET、肉 と NICK、なんとしても肉屋とは言わずに肉屋だと言いたいらしい。
しかし、ただの小洒落た駄洒落好きの精肉店でないのは、一歩店に入るとすぐわかる。

硝子の陳列棚には、見事に精肉された肉の塊が並んでいる。

神戸牛・神戸 Pork ・但馬玄・長崎芳寿豚などが、ずら〜っと。
「なんか此処すげぇなぁ」
「いやいやそれほどでも、まぁ、NICK だからね」
「何者だよ?あんた」
壁際に数席卓が並んでいて、その場で食べることもできる。
肉を選んで、好みの部位を、好きな加減で焼いてもらうという注文も受けてくれるらしいが。
昼時だったので、定食にした。
但馬玄・芳寿豚・神戸 Pork Sausage などが、ひとつのさらに盛られてくる。
切口は赤く、表面は香ばしく、なによりしっかりとした噛みごたえが良い。
当然のことだけれど、肉は火を通せば硬くなる。
ゆっくりと弱火でというのが理想だろうが、時間がかかる。
店内は満席、持ち帰りの客も、どこの部位をどう切り分けてくれとか口々に注文している。
精肉工房も厨房も大忙しだろう。
そうしたなかでも、手抜きはない。
皿にあるどれもが、丁寧で旨く、自家製のマスタード、厳選された塩にまで気を配っている。
おいしい 肉とは何か?
そんな 素朴な疑問に、誠実に丁寧にこの肉屋は応えてくれている。
店主の錦昭光さんはじめスタッフは、みんな若く洒落ていて。
そして、好きなんだろうなぁ。
肉が。
肉好きの店主が肉屋を営み、肉好きの客が集う。

此処は、肉愛に溢れた肉屋です。

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五百四十三話 太山寺珈琲焙煎室

自身はやらないけれど、Instagram の効果を実感することはよくある。
一昔前だと考えられないような隔絶された場所に店屋を構える店主がいて。
周りの環境とはおよそ何の所縁もないモノを商って。
ひとを呼び込む。
目当てに訪れる客は、他府県にとどまらず海外からもやって来る。
多分、一番戸惑っているのは近隣に棲む住人たちじゃないかと思う。
休日になると。
普段農作業用の軽トラックしか通らない道に、外車が並ぶ。
作業着とは縁遠い馴染みのない流行りの格好をした人達で溢れる。
その真相を、来る人は知っているが、居る人は知らない。
皮肉だけれど、面白い現象を Instagram は、世界にもたらした。

海辺の家から、車で一五分ほど北に向かう。
途中に新興された街を抜けると昔ながらの山里の風景が広がっていて、山がすぐそこに迫る。
太山寺の伽藍が、その裾野に建っている。
奈良時代の創建で、国宝とされる本堂を擁する古刹らしい。
大きく構える仁王門を潜り、奥に見える三重塔に向かって進む。

石畳の両脇には塔中が並んでいる。
すると、右手の足元に黒っぽい看板が。

“ 太山寺珈琲焙煎室 ”
営業中って、わかるかぁ!
もはや、なにかの冗談だとしか思えない。
此処は、古刹の塔中が建並ぶ参道の一画で、駅前の商店街じゃないぞ。
大体において、誰一人 歩いてもいないし、ひとの気配すら周辺にはない。
とにかく、矢印に順って砂利道を登っていくと、そこには、車数台が停められる空き地がある。
だけど、奥の車が出れない状態にまで重なって埋まっている。
そして、外に置かれた長椅子と卓もすでに満席で、寒空の下立って待っているひとも多い。
店内を覗くと、当然なかも客でいっぱい。
挙句に、この状況を読めずにやって来た雑誌の取材クルーまでもが立往生している始末だ。
なにがどうなっているのか?
壁の貼り紙に、注文の手順が記されている。
読むと、まず注文してから空いてる場所で待つという段取りみたいだ。

一〇種類くらいの珈琲豆が置かれていて、それぞれに解説が記されてある。
Costa Rica 産の Tarrazu 地区 で、生産者が誰で、規格がどうで ……………………。
はぁ?知らんがなぁ!中南米の珈琲農園のおっさんがどんな奴かなんて!
そもそも、珈琲豆にどんな規格が定められているのかすら知らん!
「どれになさいますか?」
「う〜んと、ブレンドってあるの?」
「はい、ありますよ」
「じゃぁ、それで」
「挽き具合と煎り具合は、どうされます?」
「煎り具合? う〜んと、そうねぇ〜、そこはいい感じで」
なんかこうマニアの店屋に素人が紛れ込んだような妙な疎外感を味わう。
外に出て、毛布を掛けて、我慢強く待ってると、マグカップに注がれた珈琲が運ばれてきた。
珈琲中毒にして、珈琲音痴という残念な人間が言うのもなんだけど。
旨かったですよ。
どう旨いかは、知らんけど。

しかし、まぁ、近場でこんな奇妙な現象に出逢えるとは。

 

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五百四十二話 西か?東か?

東のひとは、鰻と豚は関東の方が旨いと言う。
確かにそれはそうかもしれない。
鰻の調理方法は、東西で端から異なる。
東は背から、西は腹から、という具合で開くところから逆で。
武家と商人、社会の違いから、武家中心の東では腹を割くことを嫌ったとか。
職人の腕の差から、容易く開ける背開きの方が好まれたとか。
諸説知られているが、とにかく違う。
腹から開くと脂が逃げるので、ふっくらさせるには背からとなるのかもしれない。
そして、おおきく異なるのが、蒸すか蒸さないかで。
東は、焼く前に鰻を蒸しておく、西は、蒸すという過程がそもそもにない。
事前に蒸しておいた方が、注文から供するまでの時間を短縮できるからとか。
一度加熱してあるので、たれを浸けて焼いても焦げにくいとか。
蒸して膨らんでいるので、鰻の図体がおおきく見栄えがするとか。
と、これにもいろいろと諸説ある。
いづれにしても、東の方が、ふっくらとほくほくしているのは間違いない。
で、どちらが好みか?
“ 大江戸 ” “ 野田岩 ” “ みなと” “ 青葉 ”
訊かれてあたまに浮かぶ鰻屋といえば、これらの店屋なのだが。
どの店屋も関東流の鰻を供する。
どこかに、納得させる関西流の鰻屋はないものか?ずっとそう想っていたのだが。
意外と近場の足下に在った。
海辺の家から車で一〇分ほど、明石 “ 魚の棚 ” に構える鰻屋 “ 黒谷 ”
料理屋としては、まだ一年ちょっとの若い店屋ではあるけれど。
黒谷商店の屋号で七〇年以上蒲焼を販売してきた老舗を親に持ち、その隣で始められた。
暖簾を潜ると贅沢な白木の設で。
まだ飴色に育ってはいないものの、上品でピリッとした雰囲気が良い。
先付の蟹味噌豆腐も、風味があって旨い。
塗りの重箱に盛られた鰻丼に肝吸 が添えられて卓に。
脇の小皿に小さく積まれた大根おろしは、口直しによいのだそうだ。
甘過ぎず やや堅めのタレの味。
関東には見られない炭火の焦げ目が、ほどよく香ばしい。
なにより、“ 焼き ” だけに頼った身のやわらかさ加減が絶妙。
この鰻屋は、アリだ!
なにより、親店の助けもあって懐に優しい。
関西流なら、此処だな。

天竜川で隔てられた鰻の西と東、あなたはどっち派?

 

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五百四十一話 無事、終わりました。

“ 遠い昔、はるか彼方の銀河系で…………. ”
一九七七年、STAR WARS Episode IV 。
日本公開は、翌年の七八年。
大学に入ったばかりの頃で、ゼミで一緒だった女子を誘って劇場へと足を運んだ。
あれから、もう四〇年以上刻は経つ。
この物語を、いったい誰がどうやって終わらせるのか?
創案者である George Lucas ですら途中投出しかけた難解な宇宙歴史劇の終幕である。
世界中の誰もが知る物語だけに、観る側の興味はそこに集まる。
Episode  IV からの観客にとっては、無事にちゃんと終わって欲しいというのが願いだろう。
難しい注文だ。
“ すべて、終わらせる。” この至上命題を担ったのが、J.J. Abrams 監督。
僕も、“ STAR TREK ” の二作品を観て以来、多分この方なんだろうという予感はあった。
STAR WARS では、前々作 “ The Force Awakens ” に続いて、 監督・脚本・製作を務める。
この監督は、徹底した秘匿主義を貫くひとらしい。
物語の核心情報を可能な限り制限したその演出手法なしには、本作は成り立たないように思う。
四二年間のすべての出来事を、慎重に繋いで最後の台詞へと向かう。
“ おまえは、何者なのだ? ” と訊かれて、まさかの祖父をもつ主人公が答える。
“ Rey SKYWALKER ”
重く腑に落ちる見事な一言だった。
本編では、“ STAR TREK ” の Mr.Spock 同様、懐かしいかつての配役陣が次々と登場する。
“ Luke Skywalker ”
前作 “ The Last Jedi ” でも驚いたけど。
改めて拝顔すると、やっぱりジジイだわ!
あんなに童顔だった Luke ですらこうなるのだ。
で、観終わって、便所の鏡で自身を拝顔した。
すっかり暗黒面に堕ちたジジイの顔がそこに。
そして、ジジイの夜明けは、たぶんやってこない。

May the FORCE be with you.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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五百四十話 明けましておめでとうございます。

二〇二〇年一月一日。
明けましておめでとうございます。
まったくの私事なんだけれど。
一九六〇年一月二四日に生まれたから、今年は子年の年男になる。
年男なんだから、当然の事ながら年神様の御加護をひとよりたくさん受けるはずだ。
さらに、六〇年で干支が一回りして、再び生まれた年の干支にかえってきた。
還暦で、これもまぁ、めでたいんだろう。
が、しかし、おとこは、数え年の六一歳に災厄に見舞われると聞く。
平安の世より厄年として定められていて、お祓いをしなければならないほどにヤバイらしい。
年男で、還暦で、厄年って?
俺は、どうなるんだろう?
良くも悪くも、どうなったところでたいした噺じゃないにしても、気にはなる。
自慢じゃないが、気は人一倍ちいさい。
とにかく、急いで初詣に行こう。
そして、賽銭をはずもう。
渡る世間も銭しだいで、どっちに転ぶか決まるはずだ!

くだらない私事はさておき、みなさまにとってこの年が良き年となりますように。

 

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