五百五十二話 夏の終わりに

夏の間、ずっと海辺の家で咲き続けた “ 浜木綿 ” もこれが最後の一輪。
真珠のような色をした花を咲かせる海浜植物で、海の日差しによく映える。
もう半世紀以上こうして庭にいるけれど、今年はいつになく大きく立派に花弁を広げた。
咲き終えると、夏も終わる。

碌でもなかったこの夏も、これでお仕舞い。

 

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五百五十一話 新たな世界へ 

FIGARO・JP で、デジタル・ファッション・ウィークの映像を観ていたら。
“ doublet ” 2021 Spring & Summer Collection の作品が目に飛び込んできた。

“ なんでもない日おめでとう ”

予定していたクリエーションを全て破棄して、急遽設定されたテーマらしい。
Fashion が、世界になにかを伝える。
なんてことは、もう絵空事でしかないと思っていたけれど。
最大限の熱量をもって臨めば、それは実現するのかもしれない。
“ doublet ” デザイナー 井野将之 が描く新たな世界。
こうであればいいのにという希望、きっとこうなるという自信、こうしなければという覚悟。
これを観た世界中の多くのひとが、肯定的に受けとってくれるんじゃないかな。
とにかく素晴らしいわ!
なんかいろんなことが思い出されて、ちょっと涙腺が緩んでしまった。

井野くん、熊?役の熱演ごくろうさまでした。

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五百五十話 台湾人の夏ごはん

八月。
この国の夏は暑いけれど、もっと過酷に暑い国も近くにある。
夏の台湾を訪れたことはないが、そうらしい。
神戸は、台湾のひとも多く棲む街で、その食文化に触れる機会も多い。
海辺を通る国道沿いに、ちいさな食堂が暖簾を揚げた。
店主は、台湾からやって来た女性だそうだ。
国立台湾芸術大学卒の水墨画家で、料理研究家でもあって、名を Lin Sieii  という。
またなんでこんな場所で? とは思いはしたが、まぁ、それなりの事情があるんだろう。

“ 小宇宙食堂 ”

屋号からして、台湾の不思議ちゃんの気配がする。
ほんとうにちいさくて、ややおおきめの屋台くらいの食堂だ。
Lin Sieii 筆の水墨画が飾られいる。
淡く素朴な水墨画だが、筆法は巧みで、値段次第では欲しいかもしれない。
ただ、描かれた題材は、やっぱりちょっと不思議ちゃんの匂いが漂う。
この日、店主不在で、店番は若いおにいちゃんがひとりで仕切っていた。
渡された品書に目を通したが、なんのことかさっぱりで、味はおろか見た目の想像すらつかない。
「滷肉飯ってなに?」
「ん?あぁ?ルーローハン?」
「いや、俺が、訊いてるから」
「つうか、おにいちゃん、日本語大丈夫なのかな?」
「えっ?なに?ちょっとわかんない」
「ちょっとじゃなくて、だいぶとわかんないよね」
去年の暮れに台湾から来たらしいので、日本語の出来としては、これでも上々の方だろう。
「じゃぁ、とにかく滷肉飯定食で、これでお腹一杯になる?」
「えっ? いっぱい? ならない、ならない、全然ならないよ」
「じゃぁ、どうすんの?」
「これ」
「あぁ、肉饅ね、これはわかるわ」
滷肉飯定食と肉饅を注文した。
滷肉飯は、醤油で甘辛く煮た豚肉がのった台湾の丼物だったと記憶している。
どちらかというとしっかりとした味を想像していたが、供された滷肉飯は驚くほど薄味だ。
口に運んだ瞬間にはただ薄いと感じた味が、段々と薬膳風の複雑な味へと変化していく。
なんのとは言えないなにかなのだが、醤油以外のもっと品のある風味が勝っていてなかなか旨い。
皿には、厚揚げのようなものが添えられている。
日本の厚揚げにしか見えないものの味は、それとはまったく異なるものだ。
発酵させたもので、チーズに近い。
よくは判らないが 、沖縄の豆腐餻みたいなものかもしれない。
そこへ、安心安全であるはずの肉饅がやってきた。
「ちょっと!おにいちゃん!この肉饅、かっちんこっちんに硬いんだけど」
「これって、どうやって食うの?」
「笑ってないで、包丁貸せよ!」
包丁で四等分にされた肉饅を食ってみる。
肉饅と聞くとふっくらしたものを想像するが、これは、台湾の胡椒餅に近い。
言ってしまえば、台湾式 Meat pie で、香辛料がほどよく効いていて悪くない。
無知故に戸惑いはしたものの、食べ終えてみると。
台湾の庶民の味を、選び抜いた食材で手間隙惜しまず 丁寧に再現した料理だと思う。
いわゆる商業的な価値では計れない誠実な食への愛情を感じる。
なんせ、時間短縮に圧力釜を用いることすら拒んでいるらしいから。
Lin Sieii さんが著した冊子を持ち帰って、後日読んでみた。
そこには、台湾の過酷な暑さで疲れてしまった胃袋を癒す朝粥の調理法が記されている。
“ 清粥小菜 ” という米と水のみでじっくりと炊き上げる粥。
いたって単純だが奥深く、台湾のひとにとっては食の原点ともいえる大切なものらしい。
食に並々ならぬこだわりをもつ台湾では、「甲飽沒?」という挨拶がよく交わされるという。
直訳すると「ごはん食べた?」
「こんにちは」「調子どう?」「元気?」とか、ひとを気遣う意味で用いられる。
ひと昔前なら、こうした言葉を日本でも耳にしていたのかもしれない。 

もう、誰も使わなくなってしまったけれど。

 

 

 

 

 


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五百四十九話 梅雨

暇で、閑で、どうにもならんわぁ!
梅雨の長雨に、感染の第二波。
裏手に在る中学校の教員から生徒へと広がり、もう大騒ぎ。
先生に悪気があってのわけじゃないけれど、父兄の方々にとってはそうもいかないだろう。
“ なにやってくれとんじゃ! ” と、なってしまうんだろうな。
気の毒に。
見えない敵も怖いけど、見える世間はもっと怖い。
従姉妹にも言われた。
“ あんた達、用もないのに街中をうろつくんじゃないよ! ご近所に迷惑かけるんだから!”
“ はぁ?”
やんちゃな従姉妹が、いつのまにか良いひとになってしまっている。
こうして、この国独自の相互監視網が、しっかりとした足取りで形成されていく。
怖っ!
そんな事情で、外出も憚られ、豪雨で庭にすら出れず、ウジウジと家に居る。

元気なのは、庭に咲く紫陽花の葉を食らう蝸牛だけ。

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五百四十八話 贈り人

おとこが、おとこに、何かを贈るという行為ほど難儀なものはないと想う。
それが、売られているものではなく、贈り手が自ら創ったものとなるとなおさらに難しい。
自分の力量に加えて、相手の嗜好や、立場や、状況などを併せて考えなければならない。
しかも、同じような稼業の相手だと、もうこれはやめておいた方がいいだろう。
しかし、ごく稀に、これをサラッとやってのけるひとがいる。
先日、その方からご機嫌伺いの電話を頂戴した。
その際に、チラッとふたつのことを言ったような憶えがある。
はなしの本題から外れて、言ったことすら忘れる程度の内容だ。
ひとつは、最近携帯電話を iphon 11 PRO に買い換えたこと。
もうひとつは、かつて商品として創った鰐革の Coin Case を今でも愛用していること。

たった数十秒の間に交わしたこの情報から、これだけのモノを創造されたのではないか?
たぶんだが、そうだと想う。
この Coin Case と iphon Case は、外観がまったく異なるが、構造発想は極めて近い。
胴として二枚、襠に一枚、口に一枚と合計四枚の革で、かたちを成している。
それぞれを内側で縫合わせ、裏布は、胴の縁をぐるりと binding 処理で縫留めてある。
襠によって収納物の容量と出入れが適正に担保され、手の馴染みも良い。
なによりこのふっくらとした丸みを帯びた風情が好みだ。
角張った道具は融通が効かなそうで、性に合わない。
なので、角張って性に合わない iphon も、この Case に収めれば気分良く持ち歩けるだろう。
内側には、革製の Card Case とFastener Pocket も丁寧に設けられてある。
長年の習慣で、札は Money Clip に、小銭は Coin Case にとなっているので、これで充分だ。
歳を重ねると、道具は、簡素で豊かなモノを求めるべきだ。
だけど、質素で貧しいモノを SIMPLE などと偽って納得してはいけない。
この戒めを、大先輩であり数少ない友人である贈り人から、モノを通じて教えていただいた。

後藤惠一郎さん、ありがとうございました。感謝です。

 

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五百四十七話 自粛明けに

感染するな!感染させるな!家でじっとしてろ!
もはや、たいして惜しい命でもないけれど。
患って、忙しくしている医療関係者に迷惑をかけるのも気の毒なような気もする。
友人にも、うろつくんじゃない!医者の身になって考えろ!とかキツく忠告された。
そうして、世間並みの自粛生活を送る羽目に。
ようやく、約二ヵ月経って緊急事態宣言なるものが解除された。
ボンヤリとした根拠希薄な発令と解除に付き合ってみたものの、何が変わったんだろう?
ちゃんとしたひとにでも訊いてみよう。
京都大学医学部長を努められ、今は退官され京都山科の病院におられる医学会の重鎮だ。
病院は、いつもの見知った病院の様子とは違っていた。
玄関先には、大型テントが並び、防護服で身を覆った関係者が行き交っている。
解除されても、まだこんな状態なのか?
先生の部屋に通されお会いした。
「いやぁ〜、䕃山さん久しぶりですなぁ、それにしても、大変な事態になりました」
権威主義とは縁遠い方だが、ドクターコートを羽織られたその姿には、いつも圧倒させられる。
「こちらの病院も大変でしたか?」
「今はだいぶと落着きましたが、一時は厳しかったです」
「先生、これから先どうなっていくんですかねぇ?」
「欧米の現状を見て、これからの途上国への伝播を考えますと、楽観視にはほど遠い」
「あれほどの医療水準を誇るZürich でも、想定を超えた状況に見舞われています」
長年 Zürich 大学の医療現場に従事されていた先生が驚かれるのだから、それは余程なのだろう。
「これは、もう集団免疫の獲得を視野に入れざるをえないのかもしれませんなぁ」
集団免疫獲得そのものは、医療行為ではない。
高明な医師で医学者である先生の口から、医療以外の選択肢が提示されたことには驚かされた。
やはり、このウィルスは、畏れている以上に怖ろしい相手なのかもしれない。
「で、䕃山さん、今日はまた山科までわざわざ?」
「いや、まぁ、ちょっとした野暮用で」
実は、この話の流れで語るべきではない野暮用があった。
外食控えの自粛中ずっと、明けたらなにを食おうかみたいなクズな思考にとり憑かれていて。
想い至ったのが、京都山科に在る “ 熟豚 ” の島豚熟成豚カツと豚汁。
人生の最後飯には、これと決めている逸品だ。
まぁ、世の中がどんなことになっても、所詮この程度の発想しか浮かばないおとこです。

“ 熟豚 ” について興味のある方は、五百二十三話でも読み返してください。

 

 

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五百四十六話 お幸せに

この時節、めでたい話のひとつでもないとやってられない。
先月、若い友人が、結婚することになった。
恵まれた家系に産まれて育ったおとこだが、その分背負っている荷も重くて大きい。
身勝手に降ろすことが適わない荷を、連れ立って背負っていこうという人と出逢えたのだから。
それは、心強いし、とてもめでたい。
海辺の家近くに在る古い洋館で、ご親族そろって祝われたらしい。
ほんとうに、良かったと想う。
そこで、なんかちょとした品でも贈ろうかとなったのだが。
なかなかに難しい。
このおとこ、嗜好が歪んでいる上に、おおよそのモノは手にしている。
好みでない結婚祝いの品ほど始末に困るものはないことは、遠い昔の記憶としてある。
無難なところで花かぁ。
花なら、そう邪魔にもならず、ふたりで楽しむことも叶う。
しかし、ただ綺麗な花というのも芸がない。
やはり、ここは、歪んだ嗜好の持ち主のことは、同じく歪んだ嗜好の持ち主に訊くのが良い。
嫁が、贔屓にしている怪しげな花屋。

“ el Dau Decoration ”

一般的な花屋の概念からすると全く異質な空間といえる。
女性 Florist の下江恵子氏も、変わっている。
「これ、可愛いでしょ?」とか言うけれど、この方の可愛いという基準がいまいちわからない。
西洋骨董の花器が、並べられていて。
「良いねぇ、これって幾ら?」って訊くと、「それ、わたしのだから」
「じゃぁ、これは?」って別のを指差すと、「あぁ、それもわたしのだから」
「あのなぁ、わたしのモノは、家に置いときなさいよ!店に持ってくるんじゃない!」
嗜めると、一向に臆せず嫁に。
「お宅のご主人、ちょっと変わってるね」
どう考えても、変わってるのはそっちだと思うが、作品の感覚は、独特で惹かれるものがある。
この日も。
「この天井からぶら下がってる電球みたいなの何?」
「硝子花器だよ、それは売れるよ」
「だから、売れないものは店に置くんじゃないって!」
「この花器使って、でっかい電球みたいなの作れる?」
「それ面白いかも!できるよ!」
「言っとくけど、結婚祝いだからね、そこんとこよろしくね」
「任しといて 、出来たら画像送るから」
二、三日経って画像がきた。
球には、“ PROTEA ”
あまりにも立派で荘厳な花姿であるために神の名を持つ。
自分の意思でいかようにも姿を変えられるギリシャ神話の神 Protea に由来するらしい。
口金には、“ 蝙蝠蘭 ”
線には、“ KIWI の蔓 
これらを、麻縄 で縛って照明具のように天井から吊るすという趣向。
結婚祝いの花としてどうかは別にして、これはこれでなかなかに面白い。
まぁ、これからの長い道のりを照らすとかなんとか適当に解釈してください。

末永くお幸せに。

 

 

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五百四十五話 それでもやっぱり  

世界中が、辛い現実に直面している。
そんな時世にあっても、桜はこうして咲く。
晴れやかな気分で “ 花見の宴 ” とはいかないけれど、 こうして見上げるとやっぱり艶やかだ。

海辺の家に咲く姥桜の昼と夜。

一日でも早くみんなが普通に暮らせる日が、もどりますように。

 

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五百四十四話 肉愛に溢れた肉屋

「ちょっといいとこに連れてってあげようか」
昼、嫁に連れられて神戸の北野町までやってきた。
「なんていう店?」
「ニク」
「えっ?肉?」
「そう、ニクっていう肉屋さん」

“ NICK KOBE ” Meet Shop

「なるほど、ニクじゃなくてニックね」
「違う!肉のニックだから」
「どっちでもいいわ!なんのこだわりだよ!」
山手通に面したその店屋は、なかなか洒落ていて、とても精肉を営んでいるようには見えない。
Café 的な構えで、入口脇の看板には一言。
“ NICE TO MEAT ”
MEAT と MEET、肉 と NICK、なんとしても肉屋とは言わずに肉屋だと言いたいらしい。
しかし、ただの小洒落た駄洒落好きの精肉店でないのは、一歩店に入るとすぐわかる。

硝子の陳列棚には、見事に精肉された肉の塊が並んでいる。

神戸牛・神戸 Pork ・但馬玄・長崎芳寿豚などが、ずら〜っと。
「なんか此処すげぇなぁ」
「いやいやそれほどでも、まぁ、NICK だからね」
「何者だよ?あんた」
壁際に数席卓が並んでいて、その場で食べることもできる。
肉を選んで、好みの部位を、好きな加減で焼いてもらうという注文も受けてくれるらしいが。
昼時だったので、定食にした。
但馬玄・芳寿豚・神戸 Pork Sausage などが、ひとつのさらに盛られてくる。
切口は赤く、表面は香ばしく、なによりしっかりとした噛みごたえが良い。
当然のことだけれど、肉は火を通せば硬くなる。
ゆっくりと弱火でというのが理想だろうが、時間がかかる。
店内は満席、持ち帰りの客も、どこの部位をどう切り分けてくれとか口々に注文している。
精肉工房も厨房も大忙しだろう。
そうしたなかでも、手抜きはない。
皿にあるどれもが、丁寧で旨く、自家製のマスタード、厳選された塩にまで気を配っている。
おいしい 肉とは何か?
そんな 素朴な疑問に、誠実に丁寧にこの肉屋は応えてくれている。
店主の錦昭光さんはじめスタッフは、みんな若く洒落ていて。
そして、好きなんだろうなぁ。
肉が。
肉好きの店主が肉屋を営み、肉好きの客が集う。

此処は、肉愛に溢れた肉屋です。

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五百四十三話 太山寺珈琲焙煎室

自身はやらないけれど、Instagram の効果を実感することはよくある。
一昔前だと考えられないような隔絶された場所に店屋を構える店主がいて。
周りの環境とはおよそ何の所縁もないモノを商って。
ひとを呼び込む。
目当てに訪れる客は、他府県にとどまらず海外からもやって来る。
多分、一番戸惑っているのは近隣に棲む住人たちじゃないかと思う。
休日になると。
普段農作業用の軽トラックしか通らない道に、外車が並ぶ。
作業着とは縁遠い馴染みのない流行りの格好をした人達で溢れる。
その真相を、来る人は知っているが、居る人は知らない。
皮肉だけれど、面白い現象を Instagram は、世界にもたらした。

海辺の家から、車で一五分ほど北に向かう。
途中に新興された街を抜けると昔ながらの山里の風景が広がっていて、山がすぐそこに迫る。
太山寺の伽藍が、その裾野に建っている。
奈良時代の創建で、国宝とされる本堂を擁する古刹らしい。
大きく構える仁王門を潜り、奥に見える三重塔に向かって進む。

石畳の両脇には塔中が並んでいる。
すると、右手の足元に黒っぽい看板が。

“ 太山寺珈琲焙煎室 ”
営業中って、わかるかぁ!
もはや、なにかの冗談だとしか思えない。
此処は、古刹の塔中が建並ぶ参道の一画で、駅前の商店街じゃないぞ。
大体において、誰一人 歩いてもいないし、ひとの気配すら周辺にはない。
とにかく、矢印に順って砂利道を登っていくと、そこには、車数台が停められる空き地がある。
だけど、奥の車が出れない状態にまで重なって埋まっている。
そして、外に置かれた長椅子と卓もすでに満席で、寒空の下立って待っているひとも多い。
店内を覗くと、当然なかも客でいっぱい。
挙句に、この状況を読めずにやって来た雑誌の取材クルーまでもが立往生している始末だ。
なにがどうなっているのか?
壁の貼り紙に、注文の手順が記されている。
読むと、まず注文してから空いてる場所で待つという段取りみたいだ。

一〇種類くらいの珈琲豆が置かれていて、それぞれに解説が記されてある。
Costa Rica 産の Tarrazu 地区 で、生産者が誰で、規格がどうで ……………………。
はぁ?知らんがなぁ!中南米の珈琲農園のおっさんがどんな奴かなんて!
そもそも、珈琲豆にどんな規格が定められているのかすら知らん!
「どれになさいますか?」
「う〜んと、ブレンドってあるの?」
「はい、ありますよ」
「じゃぁ、それで」
「挽き具合と煎り具合は、どうされます?」
「煎り具合? う〜んと、そうねぇ〜、そこはいい感じで」
なんかこうマニアの店屋に素人が紛れ込んだような妙な疎外感を味わう。
外に出て、毛布を掛けて、我慢強く待ってると、マグカップに注がれた珈琲が運ばれてきた。
珈琲中毒にして、珈琲音痴という残念な人間が言うのもなんだけど。
旨かったですよ。
どう旨いかは、知らんけど。

しかし、まぁ、近場でこんな奇妙な現象に出逢えるとは。

 

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