月別アーカイブ: March 2015

三百六十七話 これって何?

foot the coacher から妙なものがやってきた。 そういえば、こんなものを仕入れた憶えがあるようなないような。 少なくとも、これが何だかは思い出した。 昨年の秋口に、竹ヵ原敏之介君から聞いた。 この樫の棒切れを握って、コキコキ腕を上げ下げするとちょっとした運動になるという。 机上で考え事をするときなどに良いらしい。 要はこれ、一キロのダンベルなのだ。 それ以上でもない、それ以下でもない、ただの棒切れのように見える重しに過ぎない。 開発に二年だか三年だかを費やしたのだそうだ。 あんたは、暇なのか? 「それにしても、この継目のない樫の棒切れにどうやって鋼の重しを仕込んだの?」 「そこですよ、知りたいですか?」 「いや、別に知りたくない」 「知ったところで、多分なんの役にも立ちそうにないから」 ペーパー・ウエイトにでもと考えたが転がってしまって使えない。 護身用の武器には短すぎるだろう。 やっぱりダンベル以外の使い道はなさそうである。 ただコキコキやっていると、不思議と癖になり心地良く感じてくる。 顧客の方も。 「これ、ダンベルなんですけど如何ですか?」 「ふ〜ん」 別にたいして興味もなさそうだったけど、他の話をされながらコキコキやっておられる。 「これって、なんだかコキコキやってると落着くね」 「でしょ? 良い感じでしょ? おひとつ買って戴けますぅ?」 「いや、いらない」 ちぇっ!

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三百六十六話 ANSNAM 中野靖の腕前

ANSNAM CERRUTI LINEN JACKET & TROUSER が届く。 それも珍しく予定された納期どおりに。 まぁ、常日頃の所業を考えるとことさら褒めたくもないのだが。 世界中のどの都市にあったとしても。 どんな High end な服屋に並べられようとも。 如何なる Maison の服と比べられても。 その出来具合は、多分見劣りすることはないだろう。 特に、この Trouser はすべての意味に於いて見事だと思う。 どこがどう見事なのかは、面倒臭いので言わない。 で、当の本人の腹の中はというと。 ANSNAM です。 中野靖です。 まぁ、ざっとこんなもんだけど。 なんか文句でも? きっとそんな感じに違いない。  うるさいよ! そりゃぁ、誰しもひとつくらい取柄ってもんがあるだろうがぁ!    

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三百六十五話 天才眼鏡師

意外と思われるかもしれないが、うちら夫婦は共に物欲というものがあまりない。 職業柄ものに囲まれて過ごしていると、 そうなるのかもしれない。 男は車や時計などなにかしら収集所蔵したりするものらしいけれど、たいした興味も湧かない。 強いて挙げれば眼鏡くらいのものだろう。 そんなだから、互いの誕生日になにか贈ろうとしたりすると困ることがある。 一月の誕生日に嫁から訊かれる。 「お誕生日なんだけど、なんか欲しいものある?」 「別にないけど、なんか思いついたら言うわ」 と言ったまま、自分の誕生日があったことすら忘れていた。 先日原宿をぶらついていたら、店前で巨大なバイクを弄っているオヤジがいる。 あんた若い頃散々悪さをしたよねっていう面構えだ。 こんなオヤジがなんの店屋を営んでいるんだろか?と思い、看板を見上げると。 “ EYEWEAR bond ” って、眼鏡屋? バイク弄った手で眼鏡扱うの? 油で汚れたりなんかしないの? 面白そうなので、入ってみた。 三畳ほどの小さな店屋で、壁には一九一八年製の眼球解剖図が飾られている。 品揃えは限られているが、硬派に厳選されていて興味深い。 MAX PITTION という仏眼鏡のコレクションが上段に並んでいるのが目に入った。 Max Pittion は、天才眼鏡師として仏ではよく名を知られた存在である。 かつて眼鏡組合協議会の会長を務め、巴里国際眼鏡見本市の創設者でもあった。 一九八一年に六◯歳で引退し、仏 Jura 地方にある眼鏡の村 Oyonnax で八七年の生涯に幕を閉じた。 で、そんな作品がなんでここにあるのかを、“ EYEWEAR bond ” 社長の竹中健三氏に訊く。 … 続きを読む

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三百六十四話 反逆の服とは?

人種・年齢・性別・階級などに拘わらず愛される服がある。 それ自体は、決して洒落たものではないのだけれど。 御国の気候や風土に合わせた機能を無骨ながら備えている。 時を経て、もっと優れた機能をもった服が考案されても、廃れることなく愛され続ける。 特に英国人はこういった服を生み育てる才に恵まれているように思う。 北海に面する港町 South Shields で、一二◯年前に生まれたこの服もそのひとつだ。 北海の悪天候下で働く漁師達に向けて、油を塗った布製雨合羽が創られた。 たしか Beacon とかいう名だったと記憶している。 丈夫で高い防水性能は評判になり、英国から英領植民地へ、そして世界へと知られる存在となった。 J.Barbour & Sons の社名から、日本では Barbour Jacket とか呼ばれている。 そして、英国王室御用達の勅許も授与されている名品でもある。 映画 “ The Queen ” でも Dame Helen Mirren 演じる女王陛下が、こうしてお召しになられている。 この服飾史上の逸品を、どうにか反体制的にというか PUNK 的に解釈できないだろうか。 そう考えたのかどうかは知らないけれど、多分そう考えたであろうおとこがいる。 Authentic Shoe & Co. の竹ヶ原敏之介君である。 まず色はやっぱり黒だろう。 … 続きを読む

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三百六十三話 なにかが溶けていく。

  なにかが溶けていく。 その溶けていくなにかが、なになのかは口に出来ない。 なにも語れない。 不敵な笑みに隠された良からぬ企みとは? 二◯一五年夏の OVER THE STRIPES です。 Jesus, please forgive me.

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三百六十二話 風を感じられる服?

既存のものとは異なるなにかを創造するには、それなりの才に恵まれなければならない。 この才ばかりは、努力して身につけるというものではなくて。 生まれながらに、あたりまえのように備わっている。 天賦の才とはそうしたものなのだろうと思う。 今後、投資したい世界の新進クリエーターのひとりに数えられる日本人がいる。 TAAKK デザイナー 森川拓郎君。 ISSEY MIYAKE MEN で経験を重ねた後に独立し、自身のブランドを立ち上げた。 彼の創る服には、近未来的なある種の美学が貫かれている。 少し判りづらい表現かもしれないが。 工業的手法を駆使しながら、工芸的な装飾効果をもった製品へと仕上げていく。 二◯一五年春夏コレクションで、注目すべき製品を見つけた。 スーピマ綿とポリエステル・タフタをボンディング加工で圧着させる。 これ自体は、世の中にあるコート製作によく用いられる手法で珍しくはない。 だが、その後にパンチング加工で無数の穴を空け、ある意味メッシュ状態にする。 まったくもって発想が逆転してしまっている。 そもそもボンディング加工とは、風雨を遮る機能を布地に付加するためのものではなかったのか? その加工を、穴を空けたいがための布地補強といった用途に用いるとは。 そして、陽の下で羽織ると、光が服を透過して不思議な揺らいだ表情を見せる。 これもまた狙いなのか? 森川拓郎というひとの仕事は、なかなかに興味深い。 大方のデザイナーは、装飾というと工芸的な手法を駆使して表現しようとするものだが。 このひとは、すこし違っている。 もっと硬質な工業的手法を、異なった視点で用いることによって想定外の効果を狙う。 こうして彼の製作した服を眺めていると。 偉大な日本人デザイナーである三宅一生先生の血統を正当に引継いでいるのかもしれないと思う。 TAAKK デザイナー 森川拓郎君曰く。 “ 風を感じられる服 ” です。

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三百六十一話 場違い

代官山で、焼菓子を喰いたくなった。 いつも珈琲を飲みに立寄る喫茶店には、そういった類のものはないので別の店屋を探すことにする。 どうせ喰うなら旨いに越したことはない。 製菓業界で仏菓子の草分け的な職人が営む菓子屋が、この辺りにあると聞いた記憶がある。 旧山手通り沿いのビルの二階に、工房が併設されたその店屋はあった。 Gâteau basque と珈琲を注文する。 厚く伸ばしたアーモンド入りのクッキー生地に、 スリーズ・ノワールというバスク地方特産のチェリーを仕込み焼いたものが Gâteau basque である。 スリーズ・ノワールの収穫期は短い、季節以外はジャムで代用したりもする。 この菓子屋では、スリーズ・ノワールの代わりにカスタード・クリームが使われている。 まぁ、味的にはアリなのだが Gâteau basque としては亜流なのかもしれない。 で、旨いか不味いかと訊かれれば、そりゃぁ旨いのだけれど。 あまりにも上品だ。 そして、その上品なところが鼻について嫌だ! 素人の僕が喰っても、使われている発酵バターや卵や塩などがこの上なく最高のものだとわかる。 しかし、Gâteau basque の魅力は、焼菓子としての素朴さにあると思っている。 元々、遠洋漁業へと赴く漁師に女房が持たせた日持ちのするビスケット菓子が起源だったという。 そういった土着の風情は、この菓子には微塵も漂っていない。 やっぱり喰った場所柄が悪かったんだろう。 眼下では、どっから見ても四〇万円超えの犬達が通り過ぎていく。 中には、ダウン・ベストをしっかり着込んだ奴までいる始末だ。 こんな閑静で小洒落たとこで、Gâteau basque を注文したこと自体が間違っている。 あ〜ぁ、こんなことなら面倒でも路地裏の LAUBURU にでも行くべきだったなぁ。 LAUBURU には、バスク料理の名手で、それはそれは怖ろしい豚番長がいる。 豚番長が創るバスク豚の喉肉と皮のパテやらなにやらをたらふく喰った後に。 〆に出されるほんものの Gâteau basque 。 … 続きを読む

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