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五百十九話 おめでとう!

井野将之君、おめでとうございます。 六月六日巴里。 LOUIS VUITTON PRIZE の受賞者が、世界に向けて発表された。 最高賞を手にしたのは、“ doublet ” デザイナー井野将之だった。 日本人初の快挙! 賞金総額 三〇万ユーロ! ほんとうに、良かったよね! デビュー当時。 場末の喫茶店で、あれをしたいこれをしたいと語っていた男が頂きに立った。 だから、この稼業はおもしろい。 自身の幕を引くと決めたことを伝えに、井野君のコレクション会場を訪れた。 「俺、これでこの稼業アガるけど、これから先も良い服創ってよね」 「はい、頑張ります!世話になりました!」 べつになんの世話をしたわけでもないし、なにかの役に立てた覚えもない。 「にしても、蔭山さんもスーツとか着られるんですね」 「阿保か!一応の礼をわきまえて、糞暑い最中着たくもない一張羅羽織ってんだろうが!」 「マジっすか?ありがとうございました」 他愛もないやりとりも、こうなってみるとちょっとした自慢かも。 冥土への土産話がひとつできたわ。

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五百十八話 因果な稼業

梅雨前。 いまひとつなにを着て出歩いたら良いのか?よくわからない。 そう悩んでいるひとは多いだろう。 暑かったり肌寒かったりと、まったくもって定まらない。 服屋も、なにを創ってなにを売ったら良いのか?と右往左往するばかり。 自然には勝てないと諦めてしまえば、飯は食えない。 まぁ、いまとなっては他人事だけど、困った問題ではある。 The Crooked Tailor の中村冴希君とそんな話になった。 暑ければ脱ぐし、肌寒ければ着る。 このあたりまえの動作にうまく付合ってくれる服が欲しい。 難点は、着ている時より脱いだ時にある。 湿気の多いなか、手に持っても、鞄に突っ込んでも、皺は免れない。 だったら端から皺くちゃの服を仕立てりゃ良いんじゃないの? まず、麻の生機で服を仕立てる。 その服を、手で揉みながら染める。 あとは、天日で乾かせばお終い。 手間のかかる厄介な工程を、いとも簡単に言えばこうなる。 そうやって、出来上がった服がこれ。 一九五〇年代、欧州の画家達が好んで着ていたというAtelier Coat 。 ゆったりとした膨らみのある仕上がりで、適度に枯れた色合いも良い。 この時期に羽織る服としては申し分ない気がする。 実際に好評でよく売れているらしい。 まずは、良かった。 良かったんだけれど、来季もこれという訳にはいかないのがこの稼業の辛いところで。 さて、どうしたものか? 仕立上がった秋冬のコレクションを眺めながら、一 年先の初夏を悩む。 つくづく因果な稼業だわ!  

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五百十四話 OVER THE STRIPES

一緒にもの創りをしていて、楽な気分でやれる人とそうでない人がいる。 相性と言ってしまえばそれまでだが。 なんせ我の強い人間で成立っている業界だから、鬱陶しい場合がほとんどだ。 その中で、Over The Stripes の大嶺保さんは、数少ない相性の良いひとりだったと思う。 だが、互いの仕事のやり方はまったく異なる。 僕は、くだらない細部にまでグダグダと凝ってしまう。 大勢に影響がないと分かっていながらもやめられない。 凝っているうちに、到達すべき目標を見失ってしまうことさえある。 多分、脳の出来があまりよろしくないことが問題なのだと自覚している。 その点、大嶺さんは違う。 ひとつの目標を定めると、それに係わりのない要素は過程においてすべて捨て去っていく。 だから、仕上がった服を前にすると、当初なにをしたかったのか?が、ひとめで理解できる。 もの創りでは、端的であることは大きな武器になると思う。 最短距離で、最大の効果を得られるのだから。 多分、脳の出来がとてもよろしいのだろう。 こうした賢者と愚者がともになにかひとつのものを創ると、思わぬ効果がうまれたりする 。 それが面白くて、よくご一緒させてもらった。 以来、稼業を終えた今でも Over The Stripes の服を普段からよく着ている。 夫婦ともに気に入っている。 今は、これ。 「大嶺さん、このシャツ良いよね」 「いや、それカーディガンだから」 どう見ても、でっかいシャツなんだけど。 暑ければ鞄に突っ込んでおいて、肌寒ければ出して羽織るといったアイテムらしい。 その出し入れによって生じる皺についても一考されていて。 敢えて良い具合の皺が寄るような生地設計がなされている。 九九%の綿に、僅か一%のポリウレタンを混ぜることで意図的に計算された皺を表現できる。 都会の暮らしのなかで最上のツールとして服はどうあるべきか? 冷静に考察したひとつの答えが、 Over The Stripes … 続きを読む

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五百九話 仕立屋の帽子

もうずいぶん前から、帽子を年中被っている。 ほぼ被らない日はないくらいに。 数も Béret 以外だいたいの型を持っていて、その日の気分で選ぶ。 似合う似合わないはあるのだろうけれど、そういったことはあまり気にしない。 被ってさえいれば落ち着くといった具合で、まぁ、下着の感覚に近いような。 それに、ボサボサの髪でも、被ってさえいればわからない。 帽子が流行りだしてから売上が落ちたと散髪屋が嘆いていたから。 無精な帽子愛用者も結構いるのだと思う。 職業的な興味も帽子にはある。 平面の布を、様々な製法を用いてここまで立体的に仕上げる技は服屋にはない。 正しくは、近い技はあるのだけれど、そこまでする必要がないのかも。 とにかく、ちゃんとした帽子を仕立てるとなると、服とは違った高い技術が要求される。 だから、服屋が創る帽子はあまり信用してこなかった。 店で扱う帽子も、そのほとんどを帽子職人に依頼してきた。 ちょうど一年前、The Crooked Tailor の中村冴希君から Hat を創りたいという話を聞く。 一流の仕立屋としての腕は補償するけど、帽子となるとちょっとなぁ。 で、Full Hand Made だとしても、値も結構高けぇなぁ。 そう思ったけど、本人がやるというのだから敢えて止めることもない。 だいたい止めたところで、他人の言うことに耳なんて貸す相手ではないことを知っている。 そんなやりとりをすっかり忘れていた先日、箱に納められた帽子がひとつ届く。 冴希君の帽子だ。 クラウンが奇妙に高い Bucket Hat のような Mountain Hat のような。 また、変なものを。 とりあえず被ってみる。 驚くほど被りやすく、絶妙の締め付けで心地よく頭部におさまる。 … 続きを読む

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五百五話 竹ヶ原敏之介が創る靴

付合いが長くなると。 逢っていなくても、創った作品を見れば、そのひとが好調かそうでないかおおよそ解る。 暮れに、一足の靴が届いた。 Climbing Boots なんだけど。 甲を覆うように、白い毛皮が装着されている。 この毛皮? ひょっとしてアザラシ? あいもかわらず 、懲りないおとこだ。 たんなる流行りなんだから、何もそこまでしなくてもいいだろう。 という実利の良識は、このおとこにはない! そもそも、靴の甲を毛皮で覆うことが格好良いとも考えていないはずだ。 否定と嫌悪を完璧なかたちにして、ひとりで悦に浸っている。 そうしたほとんど誰にも理解されない変態行為に耽った挙句が。 この Climbing Boots だ! 靴本体の製法、素材の Oiled Leather はもちろん。 底部の Vibram 社製 Tweety Sole 、かしめられた特注金具、靴紐に至るまで。 安価な妥協は一切見受けられない。 古典的な佇まいに先鋭の意匠を纏う靴だが。 騙されてはいけない。 これは、センスの良いデザイナーが創る流行を取入れたお洒落な靴とは、まったく違う。 屈折して歪んだ精神から産まれた反逆の靴だ。 そして、僕は、竹ヶ原敏之介君が創るこうした PUNK な靴を今でもずっと愛している。 ところで、調子良さそうだね?

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四百九十三話 Shabby Look!

UNDERCOVER 2017 Fall & Winter Collection に登場したロング・ベスト。 普段は、親交のあるデザイナー達の服しか着ないので、店屋で求めることは滅多にない。 だけど、UNDERCOVER のデザイナー高橋盾氏とはお会いしたことは多分ないと思う。 素直に欲しいから手に入れた。 もう随分こういう衝動から遠ざかって過ごしてきたような気がする。 稼業としての Fashion と、嗜好としての Fashion とは違う。 まったく違うと言ってしまえば偽りだが、好きだけを貫いて食っていけるほど甘い世界でもない。 刻々と流行が変わっても、ほんとうに好きなものはそうは変わらないんじゃないかと想っている。 流行と嗜好が、ぴったりと合致するなんてことはよほどの幸運だろう。 だから、どこかで自己の嗜好を殺して、流行に媚びながらやりくりしていく。 今更愚痴っても仕方がないが、Fashion屋というのも因果な商売だ。 では、そうは変わらない自分にとっての好きは何か? 一九八〇年代、贅沢な服への反定立から生まれたスタイルがあった。 「 Shabby Look 」 駆け出しの頃、倫敦 King’s Road 四三〇番地でその正体を初めて目にする。 Vivienne Westwood と Malcolm McLaren の服屋 Worlds End … 続きを読む

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四百九十一話 梅雨に履く靴 

よほどの雨でも降らない限り傘はささない。 梅雨時。 いくらなんでも、今日は傘を持っていけと言われて持って出て。 無事に持ち帰ることは、自慢じゃないが稀だ。 どこかに忘れるか、似ても似つかない別の傘を手にして帰るか。 どうして、いつもそうなのか?馬鹿なの?と訊かれても。 習性だとしか答えられない。 そうやって、長年この歳になるまで傘と縁のない生活を続けている。 じゃぁ、西欧人みたく濡れても気にならないのか?というと、それはそこそこ気になる。 だから、この時期 Gore Tex Parka は必須アイテムとして欠かせない。 雨が降れば、どんな場所にでも着ていく。 先日も、北新地のママさんに。 「ちょっとぉ!何してんの!あんた!裏にまわって!」 黒色の Parka をフードまですっぽり頭から被った姿で扉を開けた途端、そう叫ばれた。 どうやら、配達業者だと思ったらしい。 ちぇっ!この Parka 一着で、 てめぇんとこの客が羽織ってる背広三着は買えるんだけど。 せっかく気を使って、数ある Parka から選んで着てきてやったのに、この仕打ちかよ! でも、まぁ、ママさんの言分の方が正しい。 洗面所で鏡の前に立つと、配達業者でも上等なくらいで、もう盗人の域だ。 お絞りを手に、おろおろしてるママさんが。 「このジャケット格好良いやん、わたしもこんなん欲しいわぁ」 「嘘つけ!遅せぇわ!」 「それより、なんか運ぶもんあったら言いつけてよ、俺、業者だから!」 しかし、どんなに世間受けが悪くとも、この雨装束を改めるつもりは毛頭ない。 さらに進化させていこうと思う。 喩えば、この靴。 Authentic Shoe & … 続きを読む

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四百八十二話 T-Shirts に良いも悪いもあるのか?

それは、あります。 つうか、TーShirts にこそあります。 着心地は心地良いか? 体型に合うのか? 色はどうか? など、あれやこれやの我儘を言いだすとキリがない。 挙句に、洗濯し倒しても当初の良さを保てるか?まで求めるといよいよ見つからない。 さらに、それが半袖じゃなくて、長袖の無地だとなるとお手上げだ。 が、そこは餅は餅屋なので。 あちこち探して、納得のいく一枚をようやくのこと見つけた。 The Elder Statesman Statesman という無駄に上昇志向の名が癪に障ったけどこの際それは我慢する。 Creg Chait というカナダ生まれの米国人がデザイナーらしい。 そもそもカシミヤ専門のニット・メーカーなのだが、数点綿 T-Shirts も創っている。 原料は全て自身の目で確認して買付け、Los Angeles の工房では糸を撚ることから始めるのだそうだ。 見た目は、ちょっと色が褪せたただの無地 T-Shirts に過ぎない。 別段これといった高級感もない。 首裏のブランドを示すネームすら付けられていない。 あまりにもふざけているので、逆に気になって手にとってみる。 なんだぁ?この T-Shirts ? 綿製品とは思えない柔らかな風合い、適度な膨らみと滑りの良さが手触りから伝わってくる。 Sun Bleached と記されてあるが、天日干しだけでこうはならないだろう。 試しに着てみた。 肩幅は広く、身幅は緩く、袖は細くて長く手首あたりで溜まるように設定されてあって。 … 続きを読む

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四百八十一話 中野靖は、どこへ行く?

みなさん、ANSNAM の中野靖とかいうおとこの名を覚えておられるでしょうか? 別にお忘れになられていても、一向に構わないのですが。 僕にとっては、最も忘れたくて、最も忘れられない因縁のおとこでもある。 そんなおとこから、久しぶりに電話があって。 「蔭山さん、明日大阪で会えますかぁ?」 「別に良いけど、何時に?何処で?」 「朝九時頃に、梅田なんですけど」 「はぁ?朝っぱらから、おめぇと顔突き合わせたかねぇよ!」 「会うなら昼飯時だなぁ」 で、昼飯を喰いながら。 「ところで、僕、今何やってるかご存知ですか?」 「知らねぇよ、そんなもん」 「訊きたいですか?」 「別に、知りたくもないけど」 「実は、店を始めたんですよ」 「ふ〜ん、一膳飯屋にでも鞍替えしたの?」 「服屋ですよ!なんでデザイナーの俺が飯屋なんですか!それは嫁ですよ」 「えぇ!マジかぁ?夫婦それぞれに店屋始めたの?」 大丈夫なのかぁ?と問い質しそうになったけど。 やめた。 ここで関わっては元の木阿弥だ。 冷静に返さなければならない。 「まぁ、大丈夫じゃないの、その溢れる才能でなんとかなるよ、多分だけどね」 「服創りの才能に限ってだけど、余人を以って替え難い才だと思ってるよ」 「いや、それが仕入でやってるんですけどね」 「えっ?あんたの服じゃないの?」 何がどうなっていて、どんな店屋なのか?と問い質しそうになったけど。 やめた。 理解不能、予測不能、制御不能のおとこが営む店屋。 それはそれで面白いのかもしれない。 店名は? ANSNAM ceder 場所は? 東京白金台。 そして、僕は? 絶対に行かない! 今後の人生で、このおとこと交わることだけは、避けなければならないから。 嫁曰く。 … 続きを読む

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四百八十話 春に着る服 

服屋を営んでいると。 好みの服を、好きな様に、好きな時に着るというわけにはなかなかいかない。 でも今は、商いの縛りも、しがらみも解けて自由だ。 そんな身の上で、この春に着る服をちょっと考えてみた。 欲しいアイテムは、ふたつ。 ひとつは、軽く羽織れる一重仕立ての Coat 。 もうひとつは、究極に着心地の良い T-Shirts 。 まぁ、こんなところだろう。 Pants は、このところ Jeans で過ごしているのでそれで良い。 経糸が濃茶色、緯糸が黒色、平織りの麻布一枚で仕立てられた Coat 。 肩線は落とされ、ゆったりとした皺くちゃの Work-Coat 的な風情だが。 その袖は、完璧な仕立ての流儀で付けられている。 精緻に仕立てられた粗野な服。 今、気分としてはそうなんだけれど、適う服を探すとなると難しい。 で、結局この春も、 The Crooked Tailor の中村冴希君が届けてくれた服に袖を通すことになる。 麻生地も中村君が考えたのだそうだ。 白色もあるらしいが、肥えた冬大根みたくなりそうなので茶色にした。 春には少し暗い気もするけれど、深みがあって、これはこれで良い色だと気に入っている。 海辺の家には、梅花が香る。 花香を嗅ぎながら、こうして春の衣替えを待つのも一興だと想う。 中村冴希君、良い服を届けてくれて有難うね。  

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