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五百八十六話 夏の終わりに、真っ白な “ T-SHIRT ” を

何を撮りたかったかと言うと、海辺の家の庭に居座る櫻でも、僕でもありません。 この真っ白な “ T-SHIRTS ” です。 櫻の葉もところどころ色づいて落ち始めたものの、残暑は衰えず暑い日が続いている。 そんななか、数枚の T-SHIRTS が届く。 誰? 送り主からのメールが届いていて、その名前で驚き、内容を一読してさらに驚いた。 Musee du Dragon の顧客様からだった。 大学生の頃に彼女と来店され、その後、卒業、就職、結婚、出産、育児へと。 その間ずっと、おふたりで通っていただいた。 そのうち奥様の腕に抱かれたもうおひとりも加わって。 結婚指輪を創らせてもらい、京都鴨川で挙げた結婚式の写真を持って報告に来られたこともあった。 店の幕を引く際には、華道家 “ 東信 ” の作品を、わざわざ東京で注文し手持ちで届けていただく。 その温情に見合う仕事が出来たか否かは疑わしいのだけれど、これは冥利だとずっと想っている。 メールの書き出しには、“ 憶えておられますか? ” の一言があった。 もし忘れていたのであれば、認知症を患ったと諦めてもらう他ないが、まだなんとか大丈夫です。 就職先は、大手の繊維会社で、同じ稼業に進まれたことは知っていた。 メールには、 この度、新しいブランドを立ち上げたとある。 また、そのブランドは、我々夫婦の “ 海辺の家 ” での暮らしが基になっているらしい。 えっ? … 続きを読む

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五百六十八話 WWⅡ Officer Travelers Bag

改築前の海辺の家には、古い作り付けの食器棚があった。 建具屋と家具職人に言って、一旦解体し、扉を外して本棚へと用途を違えて残した。 部屋も、食堂ではなく、ちいさな図書室として使うことにする。 食器棚には、長年暮らしの中でついた傷跡が多くあって、それらを遺してくれるように伝えた。 なのに、職人は、鉋をかけて綺麗に仕上げてしまった。 「ほら、ご主人、見違えるようになりましたやろ」 「やめないかぁ!いらない仕事をするんじゃぁないよ!言うこと聞けよ!」 と言ったものの、今更もうどうしようもない。 まぁ、職人に悪気はなく、施主のためを想って腕を振るったのだから、諦めるほかない。 想い返せば、稼業に就いていた間も、こんな悶着の繰り返しを果てしなく続けてきた。 我々のもの創りは、多くの工程を経て成り立っていて、その工程の数だけ職人が携っている。 発案者は、狙いや意図や想いを彼等に伝え、共有し、ものとして具現化していく。 絵を描き、文字で伝え、背景にある画像を提示し、あらゆる術を駆使して仕様書を補う。 伝わらないものを、伝えられるまで、執拗に諦めずにやる。 お陰で、僕の顔を見るだけで吐気を催すといったひとも、業界にはまだおられると思う。 だが、それだけやっても満足のいくことは滅多にない。 もの創りとは、かように労多く報いの少ない行為である。 先日、後藤惠一郎さんから鞄を贈っていただいた。 “ WWⅡ Officer Travelers Bag ” 一九四〇年代、米軍士官が、作戦要綱に関わる命令書や報告書を収めるために支給された鞄である。 実物を二度か三度手にしたことがあるが、これは半端なく再現されている。 限られた数しか支給されておらず、今では蒐集家の間でもかなり希少らしい。 なにがどうというレベルじゃなくて、これはやばいわぁ! ちゃちな中古加工など施さない堂々の新品なのに、この圧倒的な Nostalgia 感は凄い! VILLAGE WORKS の工房で製作されたのだろうが、発案者は後藤さん御自身に違いない。 多分実物を目にしたことがない職人の方に、 これやっとけ!的な話だったんじゃあないかなぁ。 だとすると、工房内は、ひとつの意思で完璧に統べられているのだと思う。 これはもう魔法の域に近い。 後藤惠一郎さんも VILLAGE WORKS も長い付合いだからよく知っている。 … 続きを読む

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五百五十四話 色の魔術師が逝く

“ 高田賢三氏、感染症で巴里郊外の病院で逝く” 突然の報せだった。 駆け出しの頃、通い始めた巴里でお世話になったことがある。 Galerie Vivienne に在った “ JUNGLE JAP ” から近くの Place des Victoires に拠を移されていた。 一九八〇年代中頃の巴里服飾業界。 川久保 玲 Comme des Garçons や山本 耀司 Yohji Yamamoto が市場を席巻しようとしていた。 立体裁断を駆使した黒一色の世界は、ちょっとした革命だった。 平面的で絵画的な色の表現を真骨頂とされていた先生の作品とは対極にある。 よく語っておられた。 「時代がどんどん僕から遠ざかっていく」 時代を映す稼業に就く者にとっては、致命的な台詞に聞こえる。 しかし、先生からは、微塵の悲壮感も嫉妬も焦りも伝わってこない。 飄々とされていて、むしろ時代を楽しまれている。 時代と対峙する器の大きさと懐の深さが、半端なく大きく深い方だった。 よくない時には、よくない事が起きるもので。 Victoires 本店の上階で披露された Paris  Collection にうかがった時のこと。 Collection … 続きを読む

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五百五十一話 新たな世界へ 

FIGARO・JP で、デジタル・ファッション・ウィークの映像を観ていたら。 “ doublet ” 2021 Spring & Summer Collection の作品が目に飛び込んできた。 “ なんでもない日おめでとう ” 予定していたクリエーションを全て破棄して、急遽設定されたテーマらしい。 Fashion が、世界になにかを伝える。 なんてことは、もう絵空事でしかないと思っていたけれど。 最大限の熱量をもって臨めば、それは実現するのかもしれない。 “ doublet ” デザイナー 井野将之 が描く新たな世界。 こうであればいいのにという希望、きっとこうなるという自信、こうしなければという覚悟。 これを観た世界中の多くのひとが、肯定的に受けとってくれるんじゃないかな。 とにかく素晴らしいわ! なんかいろんなことが思い出されて、ちょっと涙腺が緩んでしまった。 井野くん、熊?役の熱演ごくろうさまでした。

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五百十九話 おめでとう!

井野将之君、おめでとうございます。 六月六日巴里。 LOUIS VUITTON PRIZE の受賞者が、世界に向けて発表された。 最高賞を手にしたのは、“ doublet ” デザイナー井野将之だった。 日本人初の快挙! 賞金総額 三〇万ユーロ! ほんとうに、良かったよね! デビュー当時。 場末の喫茶店で、あれをしたいこれをしたいと語っていた男が頂きに立った。 だから、この稼業はおもしろい。 自身の幕を引くと決めたことを伝えに、井野君のコレクション会場を訪れた。 「俺、これでこの稼業アガるけど、これから先も良い服創ってよね」 「はい、頑張ります!世話になりました!」 べつになんの世話をしたわけでもないし、なにかの役に立てた覚えもない。 「にしても、蔭山さんもスーツとか着られるんですね」 「阿保か!一応の礼をわきまえて、糞暑い最中着たくもない一張羅羽織ってんだろうが!」 「マジっすか?ありがとうございました」 他愛もないやりとりも、こうなってみるとちょっとした自慢かも。 冥土への土産話がひとつできたわ。

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五百十八話 因果な稼業

梅雨前。 いまひとつなにを着て出歩いたら良いのか?よくわからない。 そう悩んでいるひとは多いだろう。 暑かったり肌寒かったりと、まったくもって定まらない。 服屋も、なにを創ってなにを売ったら良いのか?と右往左往するばかり。 自然には勝てないと諦めてしまえば、飯は食えない。 まぁ、いまとなっては他人事だけど、困った問題ではある。 The Crooked Tailor の中村冴希君とそんな話になった。 暑ければ脱ぐし、肌寒ければ着る。 このあたりまえの動作にうまく付合ってくれる服が欲しい。 難点は、着ている時より脱いだ時にある。 湿気の多いなか、手に持っても、鞄に突っ込んでも、皺は免れない。 だったら端から皺くちゃの服を仕立てりゃ良いんじゃないの? まず、麻の生機で服を仕立てる。 その服を、手で揉みながら染める。 あとは、天日で乾かせばお終い。 手間のかかる厄介な工程を、いとも簡単に言えばこうなる。 そうやって、出来上がった服がこれ。 一九五〇年代、欧州の画家達が好んで着ていたというAtelier Coat 。 ゆったりとした膨らみのある仕上がりで、適度に枯れた色合いも良い。 この時期に羽織る服としては申し分ない気がする。 実際に好評でよく売れているらしい。 まずは、良かった。 良かったんだけれど、来季もこれという訳にはいかないのがこの稼業の辛いところで。 さて、どうしたものか? 仕立上がった秋冬のコレクションを眺めながら、一 年先の初夏を悩む。 つくづく因果な稼業だわ!  

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五百十四話 OVER THE STRIPES

一緒にもの創りをしていて、楽な気分でやれる人とそうでない人がいる。 相性と言ってしまえばそれまでだが。 なんせ我の強い人間で成立っている業界だから、鬱陶しい場合がほとんどだ。 その中で、Over The Stripes の大嶺保さんは、数少ない相性の良いひとりだったと思う。 だが、互いの仕事のやり方はまったく異なる。 僕は、くだらない細部にまでグダグダと凝ってしまう。 大勢に影響がないと分かっていながらもやめられない。 凝っているうちに、到達すべき目標を見失ってしまうことさえある。 多分、脳の出来があまりよろしくないことが問題なのだと自覚している。 その点、大嶺さんは違う。 ひとつの目標を定めると、それに係わりのない要素は過程においてすべて捨て去っていく。 だから、仕上がった服を前にすると、当初なにをしたかったのか?が、ひとめで理解できる。 もの創りでは、端的であることは大きな武器になると思う。 最短距離で、最大の効果を得られるのだから。 多分、脳の出来がとてもよろしいのだろう。 こうした賢者と愚者がともになにかひとつのものを創ると、思わぬ効果がうまれたりする 。 それが面白くて、よくご一緒させてもらった。 以来、稼業を終えた今でも Over The Stripes の服を普段からよく着ている。 夫婦ともに気に入っている。 今は、これ。 「大嶺さん、このシャツ良いよね」 「いや、それカーディガンだから」 どう見ても、でっかいシャツなんだけど。 暑ければ鞄に突っ込んでおいて、肌寒ければ出して羽織るといったアイテムらしい。 その出し入れによって生じる皺についても一考されていて。 敢えて良い具合の皺が寄るような生地設計がなされている。 九九%の綿に、僅か一%のポリウレタンを混ぜることで意図的に計算された皺を表現できる。 都会の暮らしのなかで最上のツールとして服はどうあるべきか? 冷静に考察したひとつの答えが、 Over The Stripes … 続きを読む

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五百九話 仕立屋の帽子

もうずいぶん前から、帽子を年中被っている。 ほぼ被らない日はないくらいに。 数も Béret 以外だいたいの型を持っていて、その日の気分で選ぶ。 似合う似合わないはあるのだろうけれど、そういったことはあまり気にしない。 被ってさえいれば落ち着くといった具合で、まぁ、下着の感覚に近いような。 それに、ボサボサの髪でも、被ってさえいればわからない。 帽子が流行りだしてから売上が落ちたと散髪屋が嘆いていたから。 無精な帽子愛用者も結構いるのだと思う。 職業的な興味も帽子にはある。 平面の布を、様々な製法を用いてここまで立体的に仕上げる技は服屋にはない。 正しくは、近い技はあるのだけれど、そこまでする必要がないのかも。 とにかく、ちゃんとした帽子を仕立てるとなると、服とは違った高い技術が要求される。 だから、服屋が創る帽子はあまり信用してこなかった。 店で扱う帽子も、そのほとんどを帽子職人に依頼してきた。 ちょうど一年前、The Crooked Tailor の中村冴希君から Hat を創りたいという話を聞く。 一流の仕立屋としての腕は補償するけど、帽子となるとちょっとなぁ。 で、Full Hand Made だとしても、値も結構高けぇなぁ。 そう思ったけど、本人がやるというのだから敢えて止めることもない。 だいたい止めたところで、他人の言うことに耳なんて貸す相手ではないことを知っている。 そんなやりとりをすっかり忘れていた先日、箱に納められた帽子がひとつ届く。 冴希君の帽子だ。 クラウンが奇妙に高い Bucket Hat のような Mountain Hat のような。 また、変なものを。 とりあえず被ってみる。 驚くほど被りやすく、絶妙の締め付けで心地よく頭部におさまる。 … 続きを読む

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五百五話 竹ヶ原敏之介が創る靴

付合いが長くなると。 逢っていなくても、創った作品を見れば、そのひとが好調かそうでないかおおよそ解る。 暮れに、一足の靴が届いた。 Climbing Boots なんだけど。 甲を覆うように、白い毛皮が装着されている。 この毛皮? ひょっとしてアザラシ? あいもかわらず 、懲りないおとこだ。 たんなる流行りなんだから、何もそこまでしなくてもいいだろう。 という実利の良識は、このおとこにはない! そもそも、靴の甲を毛皮で覆うことが格好良いとも考えていないはずだ。 否定と嫌悪を完璧なかたちにして、ひとりで悦に浸っている。 そうしたほとんど誰にも理解されない変態行為に耽った挙句が。 この Climbing Boots だ! 靴本体の製法、素材の Oiled Leather はもちろん。 底部の Vibram 社製 Tweety Sole 、かしめられた特注金具、靴紐に至るまで。 安価な妥協は一切見受けられない。 古典的な佇まいに先鋭の意匠を纏う靴だが。 騙されてはいけない。 これは、センスの良いデザイナーが創る流行を取入れたお洒落な靴とは、まったく違う。 屈折して歪んだ精神から産まれた反逆の靴だ。 そして、僕は、竹ヶ原敏之介君が創るこうした PUNK な靴を今でもずっと愛している。 ところで、調子良さそうだね?

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四百九十三話 Shabby Look!

UNDERCOVER 2017 Fall & Winter Collection に登場したロング・ベスト。 普段は、親交のあるデザイナー達の服しか着ないので、店屋で求めることは滅多にない。 だけど、UNDERCOVER のデザイナー高橋盾氏とはお会いしたことは多分ないと思う。 素直に欲しいから手に入れた。 もう随分こういう衝動から遠ざかって過ごしてきたような気がする。 稼業としての Fashion と、嗜好としての Fashion とは違う。 まったく違うと言ってしまえば偽りだが、好きだけを貫いて食っていけるほど甘い世界でもない。 刻々と流行が変わっても、ほんとうに好きなものはそうは変わらないんじゃないかと想っている。 流行と嗜好が、ぴったりと合致するなんてことはよほどの幸運だろう。 だから、どこかで自己の嗜好を殺して、流行に媚びながらやりくりしていく。 今更愚痴っても仕方がないが、Fashion屋というのも因果な商売だ。 では、そうは変わらない自分にとっての好きは何か? 一九八〇年代、贅沢な服への反定立から生まれたスタイルがあった。 「 Shabby Look 」 駆け出しの頃、倫敦 King’s Road 四三〇番地でその正体を初めて目にする。 Vivienne Westwood と Malcolm McLaren の服屋 Worlds End … 続きを読む

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