月別アーカイブ: June 2014

二百九十四話 美しい靴とは?

六月に入って、Musée du Dragon らしいマニアックなアイテムも有難いことに好評で、 さすがに、ちょっとホッとしてます。 ってことで、服だけじゃなく次は靴です。 遅れに遅れ、待ちに待った、Authentic Shoe & Co. の新作。 “ THE OFFICER SHOE ” 普通で、凡庸で、常識的な靴である。 だが、此処に在る洗練された平凡には、装飾的な美しさを越える美しさが内包されている。 外観的には、面白味を欠く靴だが、この上なく端麗な靴だと思う。 美しい靴とは、どのような曲面のなかに存在するのか? 削られた last は、その答を伝え物語っている。 そして、その探求は、last にだけ留まっているわけではない。 あらゆる工程、あらゆる部位に於いて試みられている。 例えば、素材。 この靴は、カーフではなく、伊産のカンガルー革が用いられている。 カンガルー革は、強靭で、軽い、なので、薄く漉いても強度を損なうことがない。 今回の靴では、〇.七ミリの厚みにまで漉かれてあって、皮膚の如く last に被さる。 薄ければ薄いほど、last に添って、目指す理想のフォルムが実現出来る。 この単純な構造発想が、効を奏している。 次に、靴底を覗いてみる。 踵底面の内側が、爪先方向に弧を描いて長く伸びているのがご覧戴けると思う。 義肢装具に似たようなものがあったり、Trickers や Alden … 続きを読む

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二百九十三話 モトマチ喫茶にて  

  その昔、海辺の居留地と山手の異人館を南北に結ぶ通勤道路として、Toa Road は通じていた。 距離は約一キロ程の坂道で、行交う人々の風情は変わったが、道は道として今も在る。 坂を北に登り詰めると、神戸外国倶楽部で、そこが終点となる。 訊いた話では、神戸外国倶楽部が在る場所は、かつてホテルだったらしい。 “ Toa Hotel ” という屋号で、“ Toa ” を、そのまま道の名称へと転じたという説もある。 一九五〇年に焼失したホテルは、こんなだったようだ。 この Toa Road の西側を Toa West と地元では呼んでいる。 今では、服屋や、雑貨屋や、カフェが立並ぶ小洒落た界隈だが、学生の頃は違った。 海運関係の事務所、仕立屋の工房、中華料理店、床屋等が、路地を埋めていた。 どれも、家を改造して営んでいるような小さな商いである。 “ 三刃 ” という華僑の言葉は、この地で産まれたという。 料理・仕立・理髪いづれも包丁や鋏といった刃物を用いる商売だ。 三刃の内どれかひとつを身につければ、異国での糧に通じるという華僑の教えなのだそうだ。 此処は、そんな教えを地で行くような下町だった。 つい最近、嬉しい喫茶店を見つけた。 “ モトマチ喫茶 ” 仮名文字会が、カタカナを普及させようとしていた時代の書体で、扉に記されている。 内も、外も、昭和なんだけれど、ことさら時代感を強いているわけでもない。 壁、床、窓、机、椅子、カップ、皿、スプーンなど、隅々まで嗜好が行届いているが、控えめだ。 … 続きを読む

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二百九十二話 短パンに、短パンに、短パンに、短パンです。

これだけ言っときゃ、誰かがなんとかしてくれるだろう。 もう、こうなったら、売口上というより念仏に近い。 Musée du Dragon 最大の鬼門アイテムの登場です。 短パンです。 短パンが、売れない。 毎年、同じ季節に、同じことを言い続けて何年経っただろう? じゃぁ、止めときゃいいじゃん。 だが、そうもいかない。 夏に、短パンを全く売ってない服屋も、それはそれで問題である。 だから、今年も売る。 なかば意地みたいな気分なんだけど。 正直、なにが良い短パンで、なにが悪い短パンかがいまいちよく解んない。 なので、色々と脈絡なく揃えてみた。 丈の長いの短いの、合繊から綿から麻まで、ルーズ・フィットにタイト・フィット等。 どれか当りゃ儲けもんみたいな。 こう言うと、なんか投げやりな感じもしますけど、それなりにあれこれ考え東奔西走の末の話です。 意外と普通じゃない短パンをお探しの方には、嵌まるかもしれませんよ。 とにかく、宜しくです。 念のため、もう一度唱えとこうかな。 短パンに、短パンに、短パンに、短パンです。      

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二百九十一話 華人の味

港街、神戸に暮らす華人は多い。 移り住んだ国の国籍を取得した者を華人と呼び、そうでない者は華僑と呼ぶと聞いたことがある。 中華人民共和国政府としての定義らしいが、知ったことではない。 学生の頃から、どのクラスにもひとりやふたりいたが、華人か華僑かなど気にしたことはなかった。 国籍の有無に関わらず彼等は、一様に母国の伝統や言語や生活習慣を異国でも貫き守っている。 良くも悪くも、華人のコミュニティ形成能力は、他民族に比べて極めて高いのだと思う。 おかげで、独特の異国情緒が漂う街として、今の神戸がある。 観光客で賑わう南京街などが、そのひとつだ。 神戸で中華飯となれば、まず思い浮かぶのがこの界隈だろうが、少し離れた所にも旨い店屋はある。 華人の商圏は、元町駅から山手へと毛細血管のように張巡らされていて。 路地裏の奥に、ひっそりと佇んでいたりもする。 “ 紅宝石 ” も、そんな中華料理屋の一軒である。 僕が学生の頃には、既に在ったので、ちょっとした老舗なんだろうと思う。 路地裏の小さな木戸を開けると、意外と中は広い。 昔は、パイプ椅子に座らされたような気がするが、魔窟のような妖しい雰囲気は相変わらずである。 李松林と順華という名の華人親子が、厨房を切盛りする。 この親子は、肉料理の名手として中華街でも知られた存在だ。 さて、昼飯時、僕が何を食べに此処 “ 紅宝石 ” に来たかというと、実は中華料理ではありません。 カレーライスです。 正確には、広東人が創るカレーライスで、品書きでは、紅宝石風牛バラカレーライスとなっている。 食の都中国広東省には、紅焼牛喃という牛肉の醤油煮込みのような料理がある。 その肉片が、カレーの中にゴロゴロと転がっていて、正直、皿としての見てくれは少々悪い。 まず、薬膳のような八角の香が鼻をつく。 辛みは、粉末化された Cayenne Pepper ではなく、刻んだ鷹の爪によるのだろう。 辛さの好みは人それぞれだろうが、僕にはほど良い。 野菜は、煮崩れずにかたちを保っているが、それぞれに柔らかく、食感として邪魔にならずにある。 とにかく、中国原産の香辛料 “ 八角 ”  が強い個性を放っている。 僕は、この味に似たカレーライスを、他所で出逢ったことがない。 … 続きを読む

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二百九十話 OVER THE STRIPES と Musée du Dragon の夏服 

OVER THE STRIPES の大嶺保さんと一緒に創りました。 オジサンふたりが、オジサンのために創りました。 オバサンにも、着て戴けます。 但し、どなたにでもというわけではありません。 あの時代。 真の PUNKS は、 勉強して、働いて、家庭を持って、家を建て、退職して、死ぬなどというシナリオなどとは無縁だ。 とか、散々ほざいておきながら。 大学を卒業し、堅気の職に就き、結婚して、家を建て、もうすぐ引退、後は死ぬだけ。 えっ? 結構まともにちゃっかり 生きちゃったみたいな。 こんなはずじゃなかったのか? これで良かったのか? 黄昏れた今、振返って、そんな自問があたまを掠めたりなんかする。 な〜んて方に向けて。 不肖、わたくし、世代を生きた者として、服を通してお答えいたします。 しょうがねぇじゃん、ぺろっと生きちゃったんだから、悔やんでどうこうするわけにもいきせんよ。 “ No Future ! ” とか叫んでも、ニヒリズムは、もう漂いませんから。 「いやいや、そりゃそうでしょうよ」とか言われるのがオチです。 だから、終幕くらい、明るく楽しく、好き勝手やりたい放題やってやりゃぁ良いじゃないですか。 でも、根が、純粋に屈折してるから、普通に明るく楽しくとはいかない。 そこで、黄昏時の一着です。 こいつでも羽織って、イケナイ人生とは何か? もう一度、よ〜く再考してみましょう。 Malcolm Robert Andrew Mclaren みたいには、生きれなかったけど … 続きを読む

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二百八十九話 虫干し

五月末。 梅雨入り前に、やっておかなければならない。 古書の虫干し。 古くは曝涼とも言われ、年に一度土用の頃に行われていたらしい。 海辺の家にも、義理の父母が生前買求めた蔵書が数多く眠っている。 古書店に売ろうかとも考えたが、 手元に置けるものは置こうということになった。 ただ、册数もかなりの数で、その上、昔の本は装丁がしっかりしていて重い。 一度に全部を干すのは到底無理で、三日はかかるだろう。 美術本の修復等ではないので、なんの技術も必要としない単純作業が続く。 まず、日光に直接当てると黄ばみが進むので、日陰に並べて干す。 時折、頁をめくる。 半日ほど繰返した後、密閉出来る硝子棚に移す。 その際、巾着袋に重曹を入れたものを幾つか用意し仕込んで、一週間ほどそのままに置く。 匂いを、重曹へと移し、本の匂いを取るのだ。 本は、様々な匂いを吸着する。 だから、希少本や、美術本を前に煙草は厳禁である。 煙草の匂いは、重曹でも容易には取れず、価値は一気に下落する。 他人の蔵書を眺めるのは、面白い。 そのひとの嗜好や、職業柄や、性格等も垣間見えたりする。 大袈裟に言うと、人生を映している。 義理の父は、船乗りだったので、やはり海に関わる専門書が多い。 航海学、機関学、航海史、海事国際法、公海紛争記録、海洋気象演習とかいったものもある。 マニアック過ぎて内容はさっぱりだが、こんな本が、こんなに色々と出版されていることに驚く。 どの本も、擦切れるほど読み込まれていて。 ふ〜ん、ただの大酒飲みかと思ってたけど、結構インテリじゃねぇのぉ。 小説の類もあった。 司馬遼太郎先生の代表作、“ 坂の上の雲 ” が初版で揃えられている。 大日本帝国海軍の将官であった秋山真之を通して、近代国家へと向かう日本を捉えた長編である。 この作品もまた、日本海海戦など海での話に紙幅が割かれていたように思う。 海、ばっかり。 海軍士官だった頃の呉に始まり、門司、返還前の琉球、逗子、そして神戸。 丘に上がっても、ずっと潮の匂いを嗅いで暮らしてきた。 引退後、夫婦揃っての旅行も船旅だった。 こんだけ海が好きなら、来世は、ハマチにでも生まれ変わればいいのに。 ようやく、海以外の本を見つけた。 前漢時代の中国、司馬遷によって編纂された … 続きを読む

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二百八十八話 ANSNAM だけど、激しく、謎です。 

この春は、どうにも商売の調子がいけなかった。 景気のせいでも、天候のせいでも、なんでもなくて自分が悪いのである。 この稼業では、店頭に商品が並んだ時には、もう勝負は半ば結着している。 その手前の仕込み段階がなにより大事で、怠るとこういう羽目になるのだ。 解ってはいたのだが、個人的な事情でその周到さを欠いた。 一言で言うと歳だね。 不測の事態に、上手く思考が働かないし、思うように身体が反応しない。 しかし、済んだことはしょうがない。 まぁ、無事回復し、軌道を修正し、本来の調子に戻せそうなので、もうちょっと頑張ることにする。 そんなこんなで、この六月からは、ちょっと面白くなると思います。 そして、シーズンも終わろうかというこの時期、謎に包まれたこの男の登場です。 ANSNAM 中野靖 二〇一四春夏コレクションがスタートいたします。 先程、仕込み段階が大事だと言ったけど、この男は、一年三六五日、日々仕込みだけをやっている。 料理屋に喩えると。 山海の珍味を探求し、調理法を編出し、盛付皿を焼き、さぁ、いよいよ御客にとなったところで。 手間が懸かり過ぎて、晩飯に間に合わなかったみたいな。 現実には、こんな料理屋はない。 もし、あれば、御客は、席を蹴って帰るだろう。 だが、“ Ristorante ANSNAM ” では、ちっとも珍しい出来事ではない。 不思議なのは、御客が、席を蹴って帰らないということだ。 もはや、晩飯なのか、昼飯なのか、朝飯なのかさえ不明となった料理を、じっと待っている。 謎である。 料理人が謎なら、待っている御客も謎で、供される料理はもっと謎といった具合だ。 料理人は、中野靖で、待たれているのは、Musée du Dragon の顧客様方で。 供されるのは、このデニム・パンツである。 手で紡いだ綿糸を、旧い力織機にかけて、蠅がとまるようなシャトル速度で織上げる。 織組織は、デニム地なのだが、果たしてこれがデニム地といえるのだろうか? 表面には、一般的な防縮剤ではなく、雲南族秘伝の糊が手作業で塗られていて容易には落ちない。 縫い上げられたデニム・パンツは、アトリエで中野靖本人がハンマーで叩いて仕上げるのだそうだ。 個々の工程に、奇才中野靖なりの意図や狙いがあるのだろうが、常人には、その全てが謎である。 ただ、これだけは言える。 これを、デニム・パンツと称するなら、こんなモノは古今東西見たことがない。 … 続きを読む

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