月別アーカイブ: February 2015

三百六十話 定番?

本題に入る前に。 前回ご紹介いたしました ANSNAM のコートですが、皆様にご好評賜りましてホッとしております。 お陰様で、二日を待たずに完売いたしました。 良い仕事だとお褒めいただき、素直に喜んでおります。 この歳になっても、基本的に褒められて伸びる体質なので、これからも宜しくお願いいたします。 ただ、ご遠方よりわざわざお越しいただきましたのに、 ご要望にお応え出来ませんでしたお客様には、深くお詫び申し上げます。 次回、必ずご期待にそえる服をご覧いただけるよう頑張りますので、ご容赦ください。 まぁ、とにかく引退までやるべき仕事をきっちりさせていただきます。 さて、写真の Denim Pants ですが、素材は綿ではありません。 亜麻です。 ベルギーのフランダース地方にはKortrijk Linen の名で知られる最高峰の亜麻原産地が所在している。 亜麻畑として、一千年もの時を刻む。 その Kortrijk Linen を、旧いシャトル織機でゆっくりと織り上げたのが、このデニム生地である。 着るほどに、柔らかく膨らみ身体に馴染んでいく。 この生理的な着心地の良さは、他繊維のデニム生地では絶対に味わえない。 だが、ただひとつ難点がある。 重いのだ。 どうしても腰への負担が免れない。 それが故に、Musee du Dragon では良好な実績が築けなかった。 最初取扱ってから五年を経て、ようやくこの難点が解消した。 この Denim pants は、ちょっとした名品です。 Vlas Blomme … 続きを読む

Category :

三百五十九話 これが、僕と中野靖の仕事です。

三百五十六話でお話した騒動の結末がこのコートです。 馬布がもつ独特の張り感、極限まで削ぎ落とした仕様、精緻な仕立て。 これこそが、Musee du Dragon が目指してきた服創りです。 奇才 ANSNAM 中野靖先生の手で本日仕立て上がりました。 って、もうちょっと、すんなりいかねぇのかよ!いい加減にしろよ!

Category :

三百五十八話 煮蛤

“ 京の着倒れ ” “ 浪速の食倒れ ” とよく聞くが。 ほんとのところは、どうなんだろうか? 東京を除けばという話なら、それもそうなのかもしれない。 だが、なに倒れとか評されていること自体が、逆にそうじゃないと言われているような気もする。 なかでも、鰻・とんかつ・蕎麦・寿司などは、軒数でも質でも到底かなわないように思う。 銀座数寄屋通りを西に向かうと北側に一軒の老舗寿司屋が在る。 お連れ戴いたのは、銀座の事情によく通じた方で。 その方によると、この数寄屋橋界隈は、古き良き銀座の残り香が漂う場所らしい。 欅看板には堂々たる筆使いで屋号が記されている。 “ 寿し幸 ” 勅使河原蒼風先生によるものだと聞く。 一◯席ほどのカウンター席には、ずらっと御常連が並ぶ。 気取りなく粋で、構えたところがない方々だが、一見して上客だとわかる。 やっぱり銀座の客筋というのは、どこか違う。 武者小路実篤の筆による書画を背にした職人さんもぴしっとした立ち姿で。 「本日はよろしくお願いいたします」 「さぁ、何から始めさせていただきましょうか?」 「せっかく江戸前の名店に御連れいただいたんだから、煮詰めで旨いところをお願いします」 魚介や椎茸や昆布などを煮た煮汁を煮詰め、 醤油・砂糖・酒などで整えたタレの味を江戸前寿司ではとても大切にする。 煮詰めとか略してツメとか呼ばれるこの甘辛い味が好きで、江戸前と聞けばこの味が浮かぶ。 そして、供されたのは “ 煮蛤 ” 今でもこれだけの粒が東京湾で近海物として揚がるのだろうか? それほど立派な粒で、柔らかいけど身はしっかりと煮てある。 肝心の煮詰めも、甘過ぎず辛過ぎず塩梅良く、とろみにも品があって触りが絶妙だ。 寿司は、江戸っ子にとっておやつだったと聞いたことがある。 ひとつふたつ摘んで、空いた小腹を癒す。 だから、腹一杯詰め込むのは粋じゃないのだそうだ。 なるほど。 … 続きを読む

Category :

三百五十七話 The Crooked Tailor 不動の世界観 

世の中には頑なひとがいるものである。 この業界にも数は少なくなったもののいるにはいる。 幸か不幸か?多分不幸なんだろうけど、そういう輩が妙に寄りついてくる。 決して呼んだわけでもないのに、ふと気づくと傍にいるみたいな。 The Crooked Tailor の中村冴希君もそんなひとりで、基本他人の言うことは聞かない。 自ら手縫で仕立た服を扱ってくれという。 彼の目指す仕立は、ほんとうのハンド・メイドで、布と針と糸でほぼ全てが完結する。 芯地からボタン・ホールに至るまで、それは徹底されている。 創るにしても売るにしても、大変な手間と労力が懸かる厄介な仕事になるだろう。 気持ちはわかるけど喰えないからやめた方が良いと言っても聞かない。 それなら、ミシンで縫う箇所をもうちょっと増してハーフ・メイドにすれば?と言っても聞かない。 せめて、ボタンホールだけは手纏りじゃなくても?と言っても聞かない。 ブランド名に “ Crooked ” とあるように屈折しきっている。 屈折していて頑固という救い難い人物なのだが。 見方を変えれば、愚直な情熱家とも言える。 出来る限り他人を介さず、自分自身の手で、気に入った服を納得のいくまで仕立てたい。 販売も対面に限って欲しいという。 まぁ、この手の服をネットで右から左に売ろうなんて、よほどの素人か?根っから横着な奴か? 生まれつきの馬鹿か?のいづれかだろうけど。 ただ時代に合っているかと問われれば、いつの時代の話なんだということになる。 中村冴希君が普通の服屋でいられた時代は、一九世紀末で終わっている。 一◯◯年以上も昔の話である。 正直、今の時代に、こんな服に出逢えるとは思ってもいなかった。 また、ここまでの情熱を服に注げるひとに出逢えるとも思ってもいなかった。 この歳になると、誰のどんな服を見ても、青臭い感動など滅多に沸いてくることはない。 しかし、The Crooked Tailor の服を目にした時。 真っ当な服とは本来どうあるべきだとお考えですか? いままで、いい加減な服を創ったり売ったりしてやしませんか? そんなことを問い質されているような気がした。 プロの眼には。 … 続きを読む

Category :

三百五十六話 事件です!ANSNAMです!中野靖です!

二月三日節分の日。 豆撒きでもしようかという時、嫁の LINE から着信音が。 「あら?早速鬼が不幸を背負ってやって来たんじゃないの?」 「豆投げつけて追っ払ってやろうか?」 「えっ?誰?」 「世にも恐ろしい靖君からのお便りよ」 ANSNAM の中野靖だ。 「なんて言ってんの?」 「怖くてとても口に出来ないわ、ほら見てみて」 都合の悪い事態が発生すると、決まって嫁の携帯に LINE で連絡をしてくる。 そういう奴だ。 LINE には。 “ アクシデントです!ご依頼の スプリング・コート 本日発送出来なくなりました!” 八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られたが、ここは大人の対応で事情を訊いてみようと電話した。 「アクシデントって、如何されたんでしょうか?」 「………………………………。」 「ねぇ、靖君どうして黙ってんのかなぁ?ちゃんと説明してごらん」 「え〜と、実はコートが表地じゃなくて裏地で縫われちゃっていましてぇ」 「はぁ?なに言ってんのかわかんねえよ!寝言は寝てから言えよ!」 「いや、僕にもなにがなんだか……………………………。」 なにをどうすれば、こういうことになるのか? そうした事の経緯は、あまりも稚拙で馬鹿馬鹿しくてとてもじゃないが言えない。 ただ確かな事は、眼の前に全面が裏地で仕立て上がったコートがあるという事実だ。 僕も、三十五年この稼業に就いているが見た事も聞いた事もない始末である。 ただ、表地となるはずだった馬布が無事だったのが不幸中の幸いだ。 馬布は、極めて密度の高い綿織物で、しくじれば容易に縫い直すことができない。 とにかく再縫製の段取りを組んで、二月二◯日には納品して貰えるように手配する。 騒動の一部始終を側で聞いていた嫁が靖君に LINE をした。 “ちょっと小耳に挟んだんだけど、君、裏地でコート縫ったんだって?” … 続きを読む

Category :

三百五十五話 ほんものの野菜

先日、農業に生業を転じられた御客様がやって来られた。 今はまだ修行の身なのだそうだが、師匠の元で自らが育て収穫されたという野菜を戴いた。 写真には収まらないくらい沢山抱えて、雨の中をわざわざお越しくださった。 立派な野菜だ。 そして美しい。 戴いたからそう言うのではない、ほんとうに見事だと思う。 お話しを訊くと。 これらの野菜は、スーパーや百貨店の食材売場には並ばないのだそうだ。 都会の特設会場を借りて、そこでの直売を試みていかれるという。 自ら栽培し収穫した野菜を自らの手で消費者に届ける。 そういう流通形態を目指されていて、思いの外に好評らしい。 そういえば日本でも。 “ 巴里人の胃袋 ”と呼ばれる Marche みたいな市場を、都心の一等地で見かけるようになった。 東京なら、青山に在る国連大学の敷地内で催される “ Aoyama Famer’s Market ” 大阪なら、梅田のグランフロントに設けられている “ 旬食 Marche ” なんかもその類だろう。 僕は、もっともっと増えて巴里のようになれば良いと常々願っている。 巴里の Marche には、いろんな形態がある。 露天型・屋内型・常設型・専門型というように、街のそれぞれの界隈で営まれいる。 BIOと掲げられた有機に特化した専門型 Marche などもあって、あらゆる食材が並んでいたりもする。 営業している曜日や時間帯もまちまちで、都合と目的に応じて買出しに出掛けるといった具合だ。 それぞれの地方から持ち寄られる品は、個性があり品質もよく値も安い。 そして、なにより売手は、生産者自身やその血縁や地方の仲買人達である。 … 続きを読む

Category :