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五百六十六話 須磨離宮

海辺の家に居た梅の老木が、二〇一八年の台風で倒れて以来、早春の庭が寂しくなった。 他所の梅でも眺めに行くかぁ。 皇室ゆかりの須磨離宮が近場で良いかもしれない。 ちょうど “ 寒梅会 ” が催されていて、その初日だった。 が、冬の花見は駄目だ! 眼前に海が広がる広大な庭園に、だ〜れもいない。 噴水だけが、派手に水飛沫をあげている。 やめろ!糞寒いわぁ! 薔薇の一輪も咲いていない。 肝心の  “ 寒梅会 ” も、写真では満開そうに写っているけれど嘘です。 ほとんど枯木状態で、このひと枝がようやくといった始末。 写真を撮そうにも撮すものもないので、池の鯉でも撮って気を紛らわせる。 挙句、“ 子供の森 ” で、人目の無いのを確認しながらひとりジャグリングをするという暴挙に。 情けないことに、これが一番楽しめた。 まぁ、良い運動になったと諦めるほかないわ!

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五百五十七話 晩秋

海辺の庭。 今年の紅葉は、いつになく綺麗だった。 なんて、愛でる余裕はない。 業者並に塵袋を買って、それでも足りない量の爆弾落葉に見舞われる。 庭用の電動掃除機も悲鳴をあげ、駆動部分が熱くなって、時々ファンが限界に達して止まる。 騙し騙し使うのだけれど、だいたい二年ほどで御陀仏という始末だ。 桜に、藤に、紅葉に、百日紅に、木蓮に、雪柳に、紫陽花に、柿にと、切りがない。 実際には切りはあるのだが、気分的には切りがない。 庭師に頼むという手もあるにはある。 が、庭師の方も抱えている家すべてが同じ状況と化しているので、いつのことになるかわからない。 くわえて、其れなりのものを払ってということにもなる。 剪定、寒肥、防虫、雑草除去、掃除、石積修理など。 これら一連の仕事をすべてお任せすると、年の暮れに一枚の紙切れが届く。 そこには、庭手入れ一式とあって、あぁ、そうですか、とは言い難い数字がならんでいる。 先代の家主だった義母が元気でいた頃。 仕事の合間を縫って庭仕事を手伝いに訪れるとよく言っていた。 「あなた、今晩なに食べたい?」 「お寿司? 鰻? 中華? ステーキ? 仏蘭西料理? 」 「なんだって、どこだっていいわよ、わたしが奢るから、遠慮しないで好きなものを言って」 えらく気前がいいもんだと思って聞いていたが、今となってはよくわかる。 そりゃぁ、そうなるわな。  

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五百五十六話 家主が愛した花

この季節になると、海辺の庭は野菊で埋まる。 庭の場所によって、黄色、紫色、桃色、燕脂色など色々と種類も混ざってある。 なかでも先代の家主であった義母が好んだのは、この白い野生菊だった。 ほんとうに、好きだった。 そして、最期にこの海辺の家を後にした夕刻にも、見送るようにこんな感じで咲いていた。 だから、今でも大切に育てている。 とは言っても、格別になにかをするわけでもなくて、ただ増えるにまかせているだけなのだけど。 義母の庭仕事は、草木を矯正させることなく、奔放に育ててその姿を楽しむといったものだった。 “ あなたの好きなようにすれば良い ” と言い遺されたもののなるだけその意には沿いたい。 奔放な庭は、ほったらかしの庭とは違う。 仕事の跡を目立たなくしているだけで、実はけっこうな作業をしいられたりもする。 煉瓦ひとつ積むにも、これで良いのか迷うこともよくある。 病で庭仕事が難しくなった義母から、譲られて一五年が経つ。 あの頃から、ずいぶんと庭の様子も変わった。 家の改築を機に、あちこちに手も加えたし。 だけど、この庭の奔放な雰囲気は、なんとか遺せていると想う。 先日、親子ほど歳の離れた友人が、一年ぶりに海辺の家にやってきた。 「なぁ、庭だいぶと変わったやろ?」 「 そう言われればそうですけど、馴染みすぎててどこがどうかよくわからないですね」 甲斐のない台詞だが、これほど嬉しい一言もない。 手を尽くして、なにも変わらないでそこに在る。 この一事こそが、理想だから。 先代の家主が、どう思ってるかは知らないけど。                           … 続きを読む

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五百五十二話 夏の終わりに

夏の間、ずっと海辺の家で咲き続けた “ 浜木綿 ” もこれが最後の一輪。 真珠のような色をした花を咲かせる海浜植物で、海の日差しによく映える。 もう半世紀以上こうして庭にいるけれど、今年はいつになく大きく立派に花弁を広げた。 咲き終えると、夏も終わる。 碌でもなかったこの夏も、これでお仕舞い。  

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五百四十九話 梅雨

暇で、閑で、どうにもならんわぁ! 梅雨の長雨に、感染の第二波。 裏手に在る中学校の教員から生徒へと広がり、もう大騒ぎ。 先生に悪気があってのわけじゃないけれど、父兄の方々にとってはそうもいかないだろう。 “ なにやってくれとんじゃ! ” と、なってしまうんだろうな。 気の毒に。 見えない敵も怖いけど、見える世間はもっと怖い。 従姉妹にも言われた。 “ あんた達、用もないのに街中をうろつくんじゃないよ! ご近所に迷惑かけるんだから!” “ はぁ?” やんちゃな従姉妹が、いつのまにか良いひとになってしまっている。 こうして、この国独自の相互監視網が、しっかりとした足取りで形成されていく。 怖っ! そんな事情で、外出も憚られ、豪雨で庭にすら出れず、ウジウジと家に居る。 元気なのは、庭に咲く紫陽花の葉を食らう蝸牛だけ。

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五百四十五話 それでもやっぱり  

世界中が、辛い現実に直面している。 そんな時世にあっても、桜はこうして咲く。 晴れやかな気分で “ 花見の宴 ” とはいかないけれど、 こうして見上げるとやっぱり艶やかだ。 海辺の家に咲く姥桜の昼と夜。 一日でも早くみんなが普通に暮らせる日が、もどりますように。  

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五百二十六話 糞台風!

こっわぁ〜! マジでおそろしいわぁ! 海辺の家のあたまの真上を通りやがった。 “ Jedi ” こと台風二一号。 北摂の自宅に居たので、ボロ屋の様子は実際にはまだ見ていない。 大阪も酷かったけど、ちゃんと生きてるのかが心配。 一夜明けて、駆けつけてくれた庭師からの報告では。 家屋は、無事。 庭は、ぐちゃぐちゃ。 五メートル近い梅の古木が倒れ、根っこが剥き出しになっているらしい。 「助けられる?」 「わからないけど、やるだけやってみる」 八〇歳を超える老庭師は、もう何十年もこの梅を世話してきた。 梅も老いたが、庭師も老いた。 今、梅を前にしているのは、代を継いだ娘の庭師だ。 「とにかく枝を打って、二股の幹を一本払って、埋め戻すわ」 「それから、囲いを作って支えようと思うんだけど、ちょっと見た目が悪くなるかも」 多分、ちょっとでは済まない姿になるだろう。 「いいよ!見た目なんかどうでも!とにかくやって!死なすんじゃないよ!」 「うん、わかった」 「これから、数ヶ月間水を欠かさず世話をしないといけないけど、どうする?」 「どうするもこうするも、俺と交代でやるしかねぇだろう」 寿命で尽きるのは仕方がないと諦めもするが、暴風から家を守って倒れたものを放ってはおけない。 見た目や、銭金や、手間の問題ではないだろう。 古屋に暮らすとは、そもそもそういうことで、面倒臭いものだ。 寒風のなか、毎年咲き始める梅の古木。 来年は、療養のため休業中につき、梅酒もなし!

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五百十二話 桜です。

今年も咲いて、散った桜。 ちょっとご披露しておきます。 京の北山に咲く桜。 そして、海辺の家に咲く桜。 ってことで、また来年に。

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五百三話 巣立ち

なんどもするほどの話ではないけれど。 ちょっと、ご報告まで。 雛発見より二週間ほどが経った。 自宅から海辺の家に戻ってきて、藤棚を見上げると。 藤の葉は、一枚残らず散っていて、隠されていた山鳩の巣はむき出しの姿をさらしている。 二羽の雛は、どこにもいない。 結末として考えられることは、ふたつ。 ひとつは、この寒空にもめげずに元気に巣立って飛び去った。 もうひとつは、外敵の餌食になり短い生涯を閉じて旅立った。 いづれにしても、山鳩はもういない。 あるのは、巣の下に敷かれた古煉瓦の上に盛りあがった臭い糞だけ。 挨拶のかけらもなしかよ! まぁ、所詮鳥だからな。 残された最後の糞を片付けて、ソファーで横になっていると。 ドン!ドン!バサァ!バサァ! ソファー正面の硝子戸を叩く音に驚いて顔をあげた、 鳥が、左右の羽根で硝子戸を叩き、こちらが気付くと松の木に留まりこちらを見下ろしている。 マジかぁ! 嘘だろ! 頭とケツは、まだ産毛でモサモサしているものの、すでに立派な山鳩であり雉鳩だ。 間違いなく奴だ!そっかぁ、無事だったかぁ!巣立ちを知らせにきたのかぁ! なんの想いからかよくわかんないが、ちょっとした感動に心が湧く。 それから二時間ほど、こちらを見ながら同じ場所で毛づくろいに励んだ後。 飛んだ。 まだ、下降しながら滑空するといった感じではあるが、それなりに鳥の飛行と言えなくもない。 山鳩の寿命は、長ければ二〇年ほどだときく。 これから先、親と同じくこいつとも長い付合いになるのかもしれない。 にしても、山鳩っていうのも意外と義理堅い。

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五百二話 酉年の暮れに

海辺の家で産まれて育った山鳩。 山鳩の親も、その親の親も、その親のまた親もずっとそうしてきた。 産んでは育てを、藤棚で代を継いで繰り返している。 藤は、義母の寝室に射し込む陽を和らげるようにと植えられたらしい。 もう半世紀を過ぎる老木である。 冬空に寒風が吹き荒ぶなか。 その山鳩が、残らず葉を落とした桜の枝にとまって、藤棚の何かをじっと見つめている。 いつもは、水飲み場で気楽に過ごしているのだが、今日はどうも様子がおかしい。 視線の先に目を凝らすと。 藤棚の天辺に、こいつが! 山鳩の雛だ。 山鳩は、決まってふたつ卵を産むので、もう一羽いるはずだが。 いた!小汚いのがもう一羽! 見上げると、向こうもじっとこちらを睨んでいる。 取り立てて可愛い代物でもないけど、居れば居たで気にはなるし情も湧く。 だが、鳥の子育てにひとが関わってはいけない。 また、出来ることもそうない。 特に山鳩の人工飼育は、研究はされているらしいが、うまくいった試しはないのだそうだ。 なるだけそっとしておいてやるのと。 巣の下にこんもりと盛上げる豆粒大の糞を掃除しながら、巣立ちを待つ他はない。 山鳩の子育ては、夫婦交代でというのが決まりで。 昼間は雄が、夜間は雌が担う。 おおかたの山鳩は、仕事が雑いといわれる。 巣作りも子育ても、どちらかというといい加減で。 ひとや外敵の姿をみて危ないと思うと、平気で育児を放棄して去ってしまう。 その点では、当家の山鳩はちゃんとしている。 強風に耐える巣を築き、雛が巣を離れると連れ帰り、鳩乳と呼ばれる乳をやって懸命に育てている。 同居人である我々の存在にも慣れていて怖がりもしない。 糞の始末や洗濯干しが終わるのを側で待って、それから雛に乳をやるといった具合だ。 山鳩は、雄も乳を与えられるというから。 育児休暇を申請した割には役に立たない人間のおとこよりよほど役に立つ。 孵化して掌くらいの大きさになり毛が生えてくるまで、七日間ほど。 離乳し、もう親の運ぶ餌を口にして、目を離すと巣を離れてうろつく。 この頃になると、糞も臭い。 毎朝、煉瓦に盛り上ったその糞の世話をしているのは俺で。 なんで?という気にもなる。 正直、早く出ていってほしいのだが、未だ飛び立つ様子はない。 酉年もあとわずか、暮れには元気に翔び去っていただきたい。

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