月別アーカイブ: February 2014

二百六十六話 最高の靴下かも。

⎡ちょっとぉ〜、こんなユルユルになったブリーフ捨ててよぉ!沢山新しいの買ってあるじゃん⎦ ⎡こんなの履いてたら、イザっていう時に恥じかくよ ⎦ ⎡馬鹿言ってんじゃないよ、そんなイザっていう時がありゃぁ、苦労してねえよ!⎦ ⎡ わかんないわよ、交通事故に遭って病院に運び込まれて、若い看護婦さんとかだったらどうする?⎦ ⎡あぁ、なるほど、そっち系の話ね⎦ 何故、ユルユルになったブリーフを捨てずにいるかというと。 下着が買えないほどに、銭に困窮している訳ではなくて。 意外に、このテンションを喪失したボロ・ブリーフが、妙に履き着心地が良かったりするので。 だが、どんな下着でもこうなるかというと、そうはいかない。 暖かさや清涼感、優しい肌触り、丈夫さなどが問われる。 なにより大切な事は、日々繰返される洗濯への耐久性だろう。 洗濯しても硬くならず、風合いを保ち続ける素材。 さらに欲を言えば、洗えば洗うほど良くなるとなれば最高である。 下着や靴下等、肌に直接触れるアイテムほど、価格がものを言う。 いくら薬品加工が進化したとはいえ、素材そのものに宿る風合いの実現には、まだまだ遠い。 そして、繊維製品の価格に於いて、素材が占める割合は高い。 だから、良い下着や靴下というのは、存外に高価である。 この Vlas Blomme の靴下も、三八〇〇円とそれなりの値段がする。 素材は、ベルギー産 Kortrijk Linnen 。 以前は、麻百パーセントで、もっとざっくりしていて、値段も一二〇〇〇円と法外だった。 試しに履いてみたが、なんか手編みのセーターに足が包まれているみたいな感じがして。 大昔の靴下って、こんなんだったろうと思わせる。 靴下の起源は、定かではないが。 一本の糸と一本の鉤針があれば編目は創れることから、起源は相当に古いとされている。 エジプト辺りで、紀元前の麻製の靴下が出土したというような話を聞いたことがあるくらいだから。 慣れるとこの上ない清涼感を味わえるのだが、最初ちょっと痛い。 それと、すぐにユルユルと下がってきてしまう。 博物館の所蔵品的な魅力はあるのだが。 う〜ん、これって、今の時代どうなんだろうか? それから、数年経って、改良の上、発売となったのが、今回のこの靴下。 素朴で味わい深い色合い、上質な麻特有の風合い、手頃とは言わないがなんとか我慢できる値段。 意固地にならず、二パーセントのポリウレタンを混ぜることで解消されたユルユル現象。 … 続きを読む

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二百六十五話 漁場の春

これ、何を捕っているのかというと。 イカナゴです。 海辺の家から目と鼻の先が漁場で、解禁日になると港町は、この漁で活気づく。 商店という商店の店先には、イカナゴと書かれたのぼり旗が、一斉に掲げられる。 魚屋、総菜屋、佃煮屋、飯屋は、もちろん。 和菓子屋や喫茶店やパン屋だというのに、“イカナゴあります” と貼紙している店屋さえある。 この季節、他府県からこの味を求めて訪れる人も多いらしい。 挙句、商店街を歩くと、誰が作詞作曲したか知らないイカナゴの唄まで聴こえてくる。 ちいさな港町の、ちょっとした風物詩なのである。 三〜七センチ程度のこの小魚を、なんの子か判らないことからイカナゴと呼ぶ。 カマスに似た型をした新子みたいなのと言った方が良いかもしれない。 地元では、醤油、砂糖、生姜で煮詰めて食する。 いわゆる “ くぎ煮 ” で、簡素な食いものだが、その家その家によって 違った味になるのだという。 我家にも家伝の味というものがあって、母から娘へと継がれている。 のはずだったのだが。 ⎡あ〜ぁ、こんなことなら訊いとくんだったなぁ〜⎦ ⎡えっ?訊いてなかったの?⎦ ⎡うん、まぁ、あんまり、ちゃんとは ………………。⎦ ⎡マジですかぁ?じゃぁ、出来ないのぉ? どぉすんだよ?⎦ ⎡ワァ〜ワァ〜騒がないでよ!イカナゴくらいでぇ!ほんと人間がちっちゃいんだから!⎦ ⎡なに言ってんだよ!ちっちゃいのはイカナゴで、俺じゃねぇから!⎦ ⎡うるさいよ!見よう見真似で、なんとかなるんだから!母と娘なんてそんなもんよ!⎦ いまいち、説得力に欠ける理屈だが、本人がそうだと言うんだから、そうなんだろう。 しかし、判らないから、出来合いのイカナゴ煮を、店屋で買って済まそうとしないところは偉い。 訊くと、店屋で売られているイカナゴ煮は、大抵水飴で増量されているらしい。 嫁は、この地で産まれて育った。 だから、そういった大人の裏事情に通じていて、そこは譲れないのだという。 ⎡さぁ、とにかく、どっかに仕舞ってあるはずの道具を探さないと⎦ ⎡ 道具って?⎦ イカナゴ煮専用の大鍋やら、保存用の容器やら、いろいろとそれ用の道具があるのだそうである。 そう言えば、季節になると、この辺りのどの金物店でも、道具一式が揃えて売られている。 … 続きを読む

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二百六十三話 Sneaker は、嫌いだけど。

やってぇ〜、やめてぇ〜、またやってぇ〜。 お懐かしゅうございます。 わかる人にはわかる、わからない人にはわからない。 語るも涙、聞くも涙の物語。 言葉に尽くせぬ想いを込めて、再びスポットライトの下に戻って参りました。 小此木達也でございます。 さぁ、さぁ、皆様、ステージの傍にお寄りくださいませ。 小此木達也ショー、絢爛の幕開けでございます。 題しまして、“ 帰って来た一発芸 ”。 それでは、終幕までよろしくお付合いくださいますようお願い申上げます。 ってな冗談も、今回限りにしてよね。 こう出たり入ったりされると、ほんと付合いづらい。 一方で、このデザイン力だけは、どうしても認めざるを得ない。 デニム生地を使用したフット・ウェアなんていう最も凡庸になりがちなアイテムも。 彼の手にかかれば、“耳”と呼ばれる “ selvedge ” を巧みに配して、こうなる。 流行の SLIP ON にいたっても、意匠を凝らす箇所は極めて限られている。 どうやったって、VANS の域を出ないと諦めてしまうところだが。 踵部分の仕様によって、SLIP ON 特有のフォールド感の甘さを解消したりとか。 国内外で高い人気を誇り、 Dior 社の Gourmmette-Chan の制作者としても知られるキャラクター・アーティスト “ tarout ” が、 プリント・グラフィックを担当していたりとか。 機能とデザインの両面で、高度な手が尽くされている。 … 続きを読む

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二百六十二話 電車が無くとも、スタバが無くとも、蟹がいる。

ここ数ヶ月、いろんな人に、いろんな気遣いをさせてしまった。 遠方から駆けつけて、励まして戴いたり。 仏事の度に、花を供えて戴いたり。 なんか旨いもんでもと、席を設けて戴いたり。 渡世の義理を越えた過分の心遣い、まったくもって有難い話だと思っております。 でも、もう大丈夫なので、これ以上のお心遣いは無用に願います。 返せなくなりますから。 先日も、海辺の家で、古屋の修理をしていると。 ⎡わたし、ちょっと三宮まで出かけてくるから⎦ ⎡なんか買いに行くの?⎦ ⎡鳥取の従姉が、渡したいものがあるから三宮まで来てくれって言うから⎦ ⎡家に来りゃいいじゃん⎦ ⎡用事があって、急いでるみたいよ、だから駅で待合せしようって⎦ 夕刻、大きな発砲スチロールの箱を抱かえた嫁が、帰ってきた。 ガサゴソと音が漏れる箱である。 ⎡何それ?⎦ ⎡蟹だって⎦ とにかく箱を開けてみる。 ⎡これって、松葉蟹じゃねぇの?⎦ ⎡ 生きてんじゃん⎦ ⎡マジかぁ〜⎦ 朝一番で、地元産地で仕入れて、列車に乗って届けてくれたらしい。 一般に都会で売られている生蟹についてだが。 網に掛かれば動けずにいて、陸に上がってから暫くは生簀で暮らし、水もない状態で輸送される。 だから、口に入る頃には、息も絶え絶えで旨くない。 挙句に、値が高いときている。 産地の住人に訊くと、冷凍蟹はもっての他だが、下手な生蟹より浜茹蟹の方を勧めると言う。 そういった意味で。 この蟹は、地元でしか許されない特権的な味覚を携えて、列車でやって来たといえる。 ⎡どうする?鍋にでもする?⎦ ⎡いや、せっかくだから、直球勝負でいこう!水にぶち込んで一気に茹でよう!⎦ ⎡えっ、全部それでやっちゃうの?⎦ ⎡そう、全部⎦ ⎡うん、わかった、了解!⎦ 見事に茹上がった蟹を前に、蟹鋏と蟹フォークを手に、約小一時間の無言の夕餉が始まる。 献立は、茹蟹、天然木耳と鶏胸肉のスープ、豆御飯。 木耳、エンドウ豆も、戴きものである。 どれも美味しいが、やっぱり本日の主役は、蟹だな。 冷凍でもなく、浜茹でもなく、業者流通の生でもない、圧倒的な鮮度。 … 続きを読む

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二百六十一話 枝垂梅

海辺の家には、多くの樹木や草花が生きている。 そして、決まった順番に蕾が膨らんで、花を咲かせ、実をつける。 だいたいが老齢で、中にはボケてる奴もいて、正月に咲く浜木綿みたいな奴もいるけど。 ⎡テメェは、真夏の浜辺で咲く役回りだろうが!⎦ と言っても、ボケてるんだからしょうがない。 こういうのを除けば、たいたいが順序良く一年を暮らす。 南天が赤い実をつけ、クロッカスが開くと。 この枝垂梅の番である。 だが、残念な事に、植木屋のジジィが、剪定し過ぎたせいで、今年はまったく枝垂れていない。 これじゃ、誰が見ても、ただの紅梅だろう。 庭の東端、お隣との境界際を居場所として半世紀ほどになる。 お隣には、源氏物語を研究されておられる学者さんが住まわれている。 たしか、その源氏物語に、紅梅大納言とかいう登場人物がいたような。 僕の中での日本史は、応仁の乱以前の出来事が、全て闇に包まれているので定かではない。 都を追われた主人公の光源氏は、この近所で侘び住まいを送っていたとされている。 もっと昔、万葉の時代にあっては、花といえば梅を意味したと聞く。 隣人の万分の一ほどの教養が備わっておれば、梅花を眺めて雅な世界に浸れるのかもしれないが。 お馬鹿で、無教養な夫婦が住まう我家では、そういった風情は微塵も漂わない。 ⎡何探してんの?⎦ ⎡梅酒つける瓶がどっかにあったんだけど、見つかんないのよ⎦ ⎡梅、摘むのアンタの仕事だからね、ちゃんとやってよね!⎦ ⎡いやいや、今、まだ花咲かせてる最中だから、実を摘む段取りしなくてもいいじゃん⎦ ⎡梅酒だったら、焼酎の安いので良いよねぇ?⎦ ⎡聞けよ!俺のはなし!⎦ こうして、海辺の家にも、梅から桜へと華やいだ季節が巡ってくる。

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