月別アーカイブ: December 2011

六十五話 除夜に想う。

僕は馬鹿だからよく解んないんだけど。 人が時代を創るんじゃなくて、時代が人を創るんじゃないかと思う時がある。 大阪にある母の実家の近所に、天性の明るさと知を備えた作家がおられた。 司馬遼太郎先生。 先生は、よく⎡時代人⎦という言葉を使われた。 この人がいなければ、国は滅んでいたと称される英雄が乱世にはよく登場する。 しかし先生は英雄を著書で讃えながら、一方で英雄待望論を否定される。 英雄もその時代が産んだ平均的人物のひとりに過ぎない。 いなければいないで、代わりを務める者がおり時代の趨勢は大きく変わることはない。 先生考案の⎡時代人⎦という言葉は、こうした考えを一言で伝えているのだと思う。 後の人達に、僕たちは⎡時代人⎦としてどう映るんだろう? 今、大方の日本人は、⎡辛い時代⎦だとか⎡夢が持てない⎦と口にする。 ⎡そうなんだ⎦と思って国の外を歩いてみる。 日本のアニメーションを観て、子供からいい歳の親爺までが泣いたり笑ったりしている。 日本のボーカリストの歌声が、全米から騒乱のギリシャまでを魅了している。 日本のアイドルを一目でもと、仕事も休んで徹夜で会場に並ぶ連中もいる。 日本の喰いものを味わおうと、饂飩屋から寿司屋にまで行列ができる。 日本の漫画を原文で読もうと、辞書が買われ語学学校は予約待ちとなっている。 日本の洋服に袖を通したくて、為替の逆風で倍も三倍にもなる値に大枚をはたく。 日本の髪型とか黒髪に憧れて、日本の女性雑誌を手にサロンへと向かう。 日本の寝具が身体に良いからと、畳屋や布団屋を営む奴までいる。 洋の東西を問わず⎡日本熱⎦は世界中に伝播しようとしている。 日本羨望現象は、報道だけでは理解出来ない。 実際に体感してみると、その深さと規模の大きさに驚かされる。 ただ、⎡日本の⎦と付けば何でも良いという訳でもなさそうだ。 大企業が綿密に海外市場を探索し練り上げた代物は、意外に苦戦している。 彼等が羨む日本とは? 作者個人或は小さな組織が、身近な人達に向けて発信したモノや行為。 要は、⎡日本人による日本人のための⎦という事になる。 こんな時代だからこそ、ちょっと意地を張ってみるのもいいんじゃないかなぁ。 日本人が工夫し創った服を着て。 日本人が育て収穫した食材を喰って。 日本人が建てた家に暮らして。 インターネットや百貨店やスーパーとかで適当なものを買うんじゃなくて。 プラモデルみたいな家をカタログ注文するんじゃなくて。 街場の商店街で玄人の目利きを通したものを買って。 地元の大工と一緒に建てた景色に馴染む簡素な家を住処にして。 面倒臭いかもしれないし、安くもないかもしれない、でもカッコ良いと思うんだけど。 開国以来モノマネ猿って言われてきたけど、今度はこっちが教えてやるよみたいな。 今宵は、二〇一一年十二月三一日除夜。 … 続きを読む

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六十四話 ふつうの豆腐屋

当たり前の事を当たり前のように日々変わることなくおこなう。 商いにおいて生涯 それを貫く。 ほんとうに少なくなったと思う。 そういう人が、そういう店が。 僕は凄く立派な事のように思うし、人も店も在るだけでありがたいという気持ちになる。 やっぱり、そういうのって時代遅れですかねぇ。 海際にある木造の駅を降りたところから、この商店街は始まる。 商店街というと、まっすぐ延びた路の両側に店を構えるのが一般的である。 気の利いた所では、上に塩化ビニールの屋根があって、雨の日は濡れずに済む。 ここは、まず坂に沿って曲がりくねっており、路の片側は石積みの塀で、なにより狭い。 人は、行き交えない。 路がくねっているので、むろん屋根無し。 風情はあるが、お世辞にも賑わっているとは言いがたい。 そんな商店街の中程に、ふたりで豆腐屋を営なむ老夫婦がいらっしゃる。 間口が狭く奥に向かって長い京町家仕様の店で、奥で売り物の豆腐を作っておられる。 ⎡美味しそうですね⎦と声をかける。 ⎡おとうさんが作ってるの。味は普通の豆腐よ⎦ 能書きは一切なく普通と言い切る。 伝統の技だとか、名水がどうしたとか、大豆の種類が違うとか、老舗ブランド豆腐屋は言う。 聞くだけで、豆腐屋になれそうだが旨かった試しはない。 島豆腐は生姜醤油で、ガンモドキは鍋でいただいた。 旨い、甘い、雑味もない。 そういや、小さい頃食べていた豆腐は、こんな味だったような。 長らく忘れていた。 ずっと、丁寧な仕事を当たり前のように続けてこられたのだと思う。 今では、もう普通じゃないんですよ、おかあさん。 いつまでも、お元気で、普通の豆腐を商って下さい。 おとうさんと仲良く一緒にね。 ごちそうさまでした、感謝です。 塩屋商店街 屋号:田仲豆腐店

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六十三話 あの人にもう一度逢いたい。

こんな場で語ることをお許し願いたい。 KOBE LUMINARIE。 阪神・淡路大震災の犠牲になられた方々の鎮魂の意を込めて始められた。 今年は、特別な想いでこの灯を見上げる方も多いだろう。 三月十一日の東北大震災。 大切な人を亡くした人、懸命に築いてきたものを失った人がおられる。 ⎡なんで俺が?⎦ ⎡どうして私が?⎦ ⎡あんた達、先に知ってるんだから教えてよ。⎦ 確かに僕たちは、十六年前のあの日、あの出来事、あの光景の渦中にいた。 だけど、何も解らなかったし、何も出来なかったし、今となっても何も言えない。 災厄から半年を過ぎた夏の日。 小学生の娘が、その日が誕生日という母親に訊く。 ⎡おかあさん、誕生日プレゼント何が欲しいの?⎦ 娘にではなく、誰にともなく答える。 ⎡あの人にもう一度逢いたい⎦ このおかあさん、きっと半年の間ずっと堪えに堪えていらしたんだろう。 そして、娘の無邪気な問いに、ふと口にしてしまった。 ⎡あの人にもう一度逢いたい⎦伝える方は切ない。 しかし、伝えられる方にとっては、これほど報われる言葉はないんじゃないかなぁ。 どんな念仏よりも、祈りよりも。 ⎡俺の人生、無念だったけど無駄じゃなかった⎦ 僕だったらそうだけど、御主人も同じように思われてるんじゃないですか。 お嬢さんも忘れないと思いますよ。 母親が父親を想って口にしたこの言葉を。 育って、自分も同じように言える人をと願い、出逢われる日がくるでしょう。 意外と御主人に似た良い男かもしれませんよ。いや、きっとそうです。 とりあえずその日まで、したたかに、ぺろっと生きてやりましょうよ。 お辛いでしょうが。 理不尽この上ない災厄に勝つ術はない。 でも負けない事はできるんじゃないでしょうか。 亡くなられた方は、一五八三六人という。 この数のいったい何倍の方々が想われているんだろう。 ⎡あの人にもう一度逢いたい⎦ ⎡ Unforgettable,that’s what you are … 続きを読む

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六十二話 DAYPACK

三十数年付合っても、通じないこともある。 Authentic Shoe & Co. の竹ヶ原敏之介君のとこへ行った。 家に帰ると嫁が訊く。 ⎡タケ、元気にしてたぁ?⎦ ⎡まぁまぁ元気なんじゃないの、それよりこの Daypack 良くない?⎦ 彼が、作ったという Rucksack の写真を見せる。 ⎡あの子、靴創んないで何やってんの?こんなの何処でも売ってるじゃん⎦ いや、靴も創ってんだけど、その上でこういうのもって話なんだよ。 ⎡これ、Cordura Nylon 素材で、ファスナーだって止水仕様でして…………。⎦ 何で俺が、家で嫁相手に売口上披露しなきゃなんないだろうと思いながら続ける。 ⎡極めつけは、背面に取り付けられた特注金具、ほら、此処⎦ ⎡普通は、いい加減に処理してある箇所だけど、この Daypack は違う⎦ ⎡特注金具によって肩ストラップが自在に可動します⎦ どうだ、納得だろ? ⎡何を熱く語ってんの、要は“ 天使の羽根 ”じゃん⎦ ⎡知らないの小学生が背負ってるランドセル、流行ってるらしいよ⎦ 全然、知りませんけど。 それにしも、小学生って? ランドセルって? 一気に下がりつつあるテンションを何とか持ち直して、別の角度から攻めてみる。 ⎡ほら、シアトルとかで、髭もじゃの教授が Daypack 背負ってるでしょ⎦ ⎡そんでもって、チノパンにタンクトップ姿でマウンテン・バイクに乗っかってね⎦ ⎡知ってるでしょ? 居てたんだから⎦ … 続きを読む

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六十一話 四十七人の刺客

僕は赤穂浪士だった。 神戸元町商店街の中程に先輩が経営されている老舗和菓子店がある。 暮になると店の前で、赤穂浪士の格好で餅をつき客寄せするというのが習わしらしい。 意味が解らない。 店先での餅つきはまだしも、何で赤穂浪士なんだぁ? 先輩がやれと命ずればやるという馬鹿の見本市みたいな世界にいたので理由は訊かない。 寒いわ、恥ずかしいわ、こんな姿を女友達に見つかったらどうしてくれるんだ。 まぁ、巨漢の連中が杵を振るうんだから餅としては旨いんだろうけど。 という訳で、大学時代、僕はアルバイトとはいえ赤穂浪士だった。 十二月十四日討ち入りの日、用事で山科にいた。 駅前に⎡山科義士まつり⎦と書かれた幟旗が幾本も並んでいる。 浅野家の赤穂でもなく、泉岳寺のある品川でもなく、山科? 討ち入りの前年、元禄十四年、浅野家家老大石内蔵助は山科に居を移し一年余りをかけ 周到なる仇討ちを企てた。 また、浅野家の祈願寺である瑞光院も山科に在る。 故に山科は⎡元禄赤穂事件⎦所縁の地とされ、⎡山科義士まつり⎦に繋がる。 まつりは、義士四十七人が隊列を組み、朝方に毘沙門堂を出発し、所縁の地を巡り、 夕刻大石神社への奉納で終える。 赤穂浪士と浅からぬ縁で結ばれた僕ではあるが、一日お付合いさせて戴くのはきつい。 大石神社での終幕だけ見学させて貰う事にした。 なかなかの賑わいで沿道には露店が並び、境内は立錐の余地もない。 日本人はやっぱり好きなんだね⎡忠臣蔵⎦が。 映画でも舞台でもドラマでも、もう年の瀬には “ 鉄板ネタ ” である。 日本映画誕生百周年記念作品として市川崑監督がメガホンを取られた⎡四十七人の刺客⎦。 作中、大石内蔵助と愛人かるが暮らす山科のシーン。 大石内蔵助は高倉健さんが、かるは宮沢りえさんが演じられた。 かるは、此処山科で内蔵助の子を宿す。 後の⎡たそがれ清兵衛⎦での演技には及ばなかったけど、髷を結ったりえさんは美しかった。 話は飛んで数年前の冬。 ファッション関係者や芸能関係者が立ち寄る隠れ家的居酒屋 が巴里にある。 仕事を終えて一人で立ち寄った。 満杯でカウンターの隅に一席しか空きがない。 ⎡其処大丈夫?⎦九州出身の馴染みの亭主に訊く。 ⎡ いやぁ〜、ちょっと⎦亭主が迷っている。 … 続きを読む

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六十話 門外漢

門外漢という言葉がある。 職業的な畑が違うという意味で使われる。 僕は、専門分野を離れてモノを創る事に懐疑的である。 職人の手技を必要とする世界ではなおさらだと思う。 だから、門外漢が創ったとされるものは滅多と扱わない。 なのに、どうだとばかりに持ちかけてくる輩がいる。 ANSNAMのデザイナー、中野靖君。 ⎡何だぁ~、このToe Shoesみたいな靴は?⎦ ⎡何だも何も、Toe Shoesですよ⎦ 専門的には何ていうのか知らないが、脚首に巻き付けるリボンみたいなものまである。 あまりに莫迦莫迦しいので、店の隅に転がしておいた。 顧客の方がいらっしゃる。 ⎡それ、何?⎦ Toe Shoesのことである。 ⎡あ~、これ、ANSNAMの中野君が創った靴ですよ⎦ ⎡Toe Shoeって言われてもねぇ⎦ 靴には一家言ある方なので、こちらも恐る恐る診て戴く。 ⎡まぁ、何と言うか面白いねぇ。何色にしようかなぁ⎦ ⎡えっ、コバも磨いてないし駄目でしょう⎦ ⎡駄目なの?注文出来ないの?⎦ ⎡いや、そういう駄目じゃなくって、この靴の何処が?⎦ ⎡こういった靴を手縫いで仕立てるのって面白いし、よく縫ってあるよ⎦ 情けない話だが、言われて始めて念を入れて診る。 製法は、HAND MCKEY。 アッパーの革材は、伊GUIDI社のタンニン・カーフ。 通常靴に使われる革よりも、かなり薄い。 コバは磨かれていないが、不思議と雑さや粗野な印象はない。 むしろ繊細と言えるかもしれない。 これって、靴というより服の感覚に近い。 何時だったか、どっかで似たようなものを見たような……………。 十年以上前、英国のBRIGHTONに在ったShoemaker。 確か Paul Harnden だったか。 … 続きを読む

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五十九話 先生となぎさホテル

人は、生まれ育った地によく似た場所を好むのだろうか。 ⎡何んにもないけど良いとこだから、一度行こうよ⎦ ⎡何処?⎦ ⎡逗子⎦ 嫁は、神戸の海辺の小さな街で生まれて育った。 訊けば、一時期“ 逗子 ”でも暮らしたことがあるらしい。 そういえば逗子って? 無頼の作家、伊集院静先生が何かでお書きになられていた。 ⎡なぎさホテルは今でも私の夢の中に生き続けている⎦ 先生の文章は、失礼ながら器用に楽々とお書きになられているとは思えない。 一文字一文字を、棋士が盤に碁石を置くような慎重さで綴っていかれる。 洗練された文体ではないが、そこが好きだ。 亡くなられた奥様の夏目雅子さんは、もっと好きだけど。 逗子市新宿二丁目十番十八号 ⎡なぎさホテル⎦は逗子に在る。いや、在った。 大正浪漫が薫る伝説のホテルは、一九二六年に創業される。 大正、昭和と激動の時代を生き、年号が平成に変わった一九八九年に幕を閉じた。 地元では保存運動もあったらしいが、取り壊しと決まる。 平成元年、二九歳だったので、行こうと思えば行けた。 泊まろうと思えば泊まれた。 残念でならない、一目なりとも遭いたかった。 嫁は、⎡なぎさホテル⎦につづく浜辺で子供時代の夏を過ごしたというのに。 常連だったという知り合いの方にお尋ねした。 よく見かけた顔ぶれは、時代の先におられた文化人の方々だったという。 映画監督、銀幕スター、ミュージシャン、作家、画家、皇族方。 お忍びで、海辺の木造二階建ての小さな古色ばんだホテルに集う。 先生が⎡なぎさホテル⎦に出逢われた時、色んな事情で無一文だったらしい。 当時の支配人が、⎡ある時払いの催促無し⎦でホテルに住まうように勧める。 博打を打ち、大酒を喰らい、文学に浸り、短編小説に挑み、人気女優に恋して。 ⎡なぎさホテル⎦での寄宿暮らしは七年余りの歳月に及ぶ。 離れるきっかけは、人気女優との結婚だった。 最近、書店で一冊の本を見かけた。 ⎡このホテルは今でも私の夢の中に生き続けている⎦と帯に付されている。 題名は⎡なぎさホテル⎦、著者は伊集院静。 この世に亡いとなると想いは余計に募る。 在りし日の⎡なぎさホテル⎦。 そして、在りし日の夏目雅子さん。 相米慎二監督の⎡魚影の群れ⎦でトキ子を演じられた。 … 続きを読む

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五十八話 HUNTER PANTS by Kiminori Morishita

⎡お前の店、シーズンの終わりかけになると弾切れの鉄砲みたいだなぁ⎦ 人が気にしている事をずけずけと言ってくれる。 顧客の方なんだけど。 まぁ、あなたにお買い上げ戴いた結果でこの始末なんだけどね。 と、面と向かって答える度胸は欠片もないので黙っている。 が、今年からはそうはならない。 馬鹿でも十五年やってりゃ学ぶ事もある。 Musée du Dragon 十五周年記念のトリとなるアイテムをご案内します。 また、トリであると同時に新年二〇一二年から始める⎡BOTANIC HUNTER⎦の第一弾でもあります。 ⎡いい歳して、何入れ込んでんの?⎦と言われても何なんで、始めさせて戴きます。 トリをお願いしたのは、08 SIRUCUS デザイナー 森下公則氏。 PARIS COLLECTIONを務めたその腕に頼る。 狙いは、最上の履き心地をして、最新のシルエットを誇る、最強のボトム・ウェアー。 僕は自分がやらないで人に頼む時、言いたい放題言うことを信条としている。 理由はその方が得だから。 ⎡解りました任せて下さい⎦ 後は例によって丸投げ。 そして、本日仕立て上がったのがこの⎡HUNTER PANT⎦ 素材は、英国羊毛とポリエステルという対極の組み合わせ。 シルェットは、緩やかなジョッパーズでありながら、可動ストレスはない。 仕様は、これまたジョッパーズでありながら、アーミー・ポケットが側面にある。 挙句に、この⎡HUNTER PANT⎦はリバーシブル。 全く性格の異なる素材で、表裏なく両面着用可能としている。 最上の履き心地については完璧。 最新のシルエットについては見ての通り。 最強については他所との話なので絶対とは言えないけど、劣るという事はないだろう。 リバーシブルについては頼んでないけど、本当にそうなっている。 何より気に入ったのは、このパンツの持つ複雑な表情にある。 伝統的な素材に革新的なシルエット。 見た目の重厚さと実際の軽量感。 … 続きを読む

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五十七話 Botanic Hunter

fiction by Musée du Dragon の概要を引き続き考え中です。 fictionって何?という今更な人は、 home-page に居る引き蘢りの餓鬼 [ fiction ]をクリックしてみて下さい。 年明け二〇一二年版の物語は、⎡タンポポ⎦じゃなくて、⎡Botanic Hunter⎦です。 Botanic Hunter 或は、Plant Hunterとは、どういった者達か? 答えは、植物の新種を求めて異国を旅する人を意味する。 この稼業の起源は意外と古く、紀元前一五世紀ファラオの時代まで遡る。 香料を目的とした探検だったらしい。 植物採集という優しげな響きとは裏腹に、この稼業は巧くいくと莫大な富をもたらす。 一六世紀のアムステルダムに端を発するチューリップ・バブル等は、よく知られた話だ。 世界中、行こうと思えば何処にでも行ける現在に於いても、この稼業はある。 自宅からほど近くにも、明治期から Plant Hunt で生計を立てている一族がおられる。 植物卸問屋⎡花宇⎦五代目となる若き現当主も、命懸けで植物を追っていると訊く。 組織を挙げて挑む者達もいる。 大阪の老舗洋酒メーカーは、青い薔薇に企業の心血を注いでいるという。 植物を巡る争奪は、千年を越えた今も絶えない。 さて、今回の話をさせていただく。 マーシュ・ペリーが浦賀に来航したのが一八五三年である。 ペリー来航時にも二人の米国人 Plant Hunter が同行した。 遡ること一六〇年ほど、一六九〇年。 和蘭商館付の医師という名目で一人の独逸人が、長崎の出島に渡日する。 … 続きを読む

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