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五百二十四話 A FRIEND IN NEED

旧い街には、忘れ去られた嘘のような真実があるものである。 海辺の家の傍には、川が流れていて、その先は明石海峡に注いでいる。 この街で産まれ育った嫁には、この川に纏わるとっておきの噺がある。 昔、豪雨だか台風だかで川が氾濫し、上流にあった牧場から牛が流されてきたらしい。 その日を境に、給食の盆には昨日までとは違う誰もが知る銘柄の牛乳がのることになった。 これ、マジだからぁ! 半世紀経った今でも、年に一度はこの噺を聞かされる。 だけど、牧場は宅地となり、河川は護岸化され、嫁ご自慢の郷土噺も刻とともに証が薄れていく。 もう今では、マジだからぁ!を連発せずにはいられない。 街場の口伝とは、そうしたものである。 そして、この川は、牛乳騒動噺とは違う物語にも登場する。 物語の作者は、嫁ではない。 画家 Poul Gauguin の生涯を題材に描いた  “ 月と六ペンス ” の著者 William Somerset Maugham 。 英国を代表する文豪である。 米国月刊誌 COSMOPOLITAN に寄稿 された短編小説  “ A friend in need is a friend ” 神戸在住の英国人実業家が、博打で無一文になり仕事も仕送りもない青年に賭けを仕掛けた。 塩屋英国人倶楽部から平磯燈台を廻って垂水川河口まで泳ぎ着ければ仕事をやる。 … 続きを読む

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五百二十二話 海辺の家を

義父へ、義母へ、そしてその娘へ。 海辺の家は、世紀を跨いで継がれてきた。 どっからどう眺めても立派な館ではない。 ちょっと大きなボロ屋だ。 そんな海辺の家だけれど。 足元で起こったあの大震災からも、頭上を覆った台風からも、家主とその家族をずっと守ってきた。 もう傷だらけで立っている。 義父が逝く一月前、晦日の晩にこの部屋で言った。 おそらく、ちゃんと話せた最期の時だったと想う。 「君に、ふたつ頼みがある」 「ひとつは、来月の巴里行きを取りやめてもらいたい」 「 もうひとつは、この家を頼む」 この家とは、当然義母と娘のことだろうと思ったけど違った。 「君ら夫婦は、仕事を引いたら此処でこの家で暮らせ」 義母は、気にすることはないと遮ったが、とにかく渡仏は見合わせることにする。 そして、言葉通り月と年が明けた一四日に義父は逝く。 問題は、頼みのふたつ目だ。 我家、実家、加えて海辺の家、こうした三軒の宅をどうするか? 考えるのも面倒なので、なるだけ考えないことにしてきた。 刻が経ち、もう考えずに済まされる歳でもなくなった今、改めて義父を想う。 遠州人らしい豪快で大雑把な気性は、亡くなるまでそのまま。 私事の何かに執着したりも頓着したりもせず。 合理を重んじ、懐古にも郷愁にも縁遠い。 なにより、感傷的に子供の人生や暮らしにあれこれ口を出すひとではなかった。 そんな義父が、遺した古屋を継いで、そこで暮らせと言う。 最期の最期でそう言遺したのだから、よほどの納得がこの家にあったのだろう。 他人が羨むような贅は、家屋のどこにも尽くされてはいない。 庭には、手間ばかり喰う古木が、我が者顔で何本も居座っている。 駅からは、急な坂を登りつめてようやく着く。 理詰めの悪態をつけと言われれば、いくらでもつける。 逆に、どこが良いの?と問われると、これがなんとも伝え難い。 だけど、こんな海辺の家を “ 終の住処 ” と決めた。 挙句、大層な建築家の先生に改築設計を依頼する。 「改築設計の基本主旨をお聞かせください」 そう尋ねられた。 … 続きを読む

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五百二十一話 夜明けの観戦

ちぇっ!くそぉぉぉ! やっぱり、赤い悪魔相手には無理だったかぁ! っうか、西野ジャパンって、こんなに強かったの? サッカーのこと全然知らんけど。 試合終わって、夜明けに想った。 日本サッカーの夜明けは、きっと近い!

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五百二十話 無事です!

本日は、皆様にご心配をおかけいたしました。 Musee du Dragon の顧客様、友人、知人、沢山の方から電話やメールを頂戴いたしました。 お気にかけていただきましてありがとうございます。 ブログでのお伝えは、失礼とは存じますがご容赦ください。 まさに震源地だったんですけど。 立て掛けてあった絵が倒れたのと、台所の引出しが開いたくらい。 これといった被害はありませんでした。 なので、お陰様で無事です! ただ、ビビったか?と問われると、かなりビビりました。 亡くなられた方や深刻な被害に遭われた方もおられると聞く。 夕刻、近くに避難所も設けられたらしい。 やっぱり地震は、理屈ぬきに怖いです。 今日は無事でも明日はわからない。 それが、この国に暮らす者の宿命かもしれない。 改めて、そう思いました。 とりいそぎ、お礼とご報告まで。

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五百十七話 偉業

改めて観たけど、なんど観ても言葉が出ない。 本作が、高畑勲監督最後の作品となった。 “ かぐや姫の物語 “ 躍動する背景。 動く絵画。 これが、ANIMATION の原点であり終点なのだと思う。 日本の美とはなにか? 日本人にとっての徳とはなにか? 高畑勲監督は、その問いかけを一筆一筆に込められたように想う。 一九八一年劇場公開された作品では、大阪市西成区西萩町が舞台となった。 “ じゃりん子チエ ” 浪速の下町に漂う独特の空気感を見事に描かれた。 常識から逸脱した社会性や道徳性を真正面から受け止め、これはこれで良いと肯定される。 あの赤塚不二夫先生にしても高畑勲監督にしても。 ほんとうのインテリとは、こうした方々のことをいうのだと今でも敬愛している。 数々の名作を遺して逝かれた。 構想されていた ” 平家物語 ” は、幻となってしまったけれど。 これはもう偉業と称えるほかない。 ありがとうございました。 心よりご冥福をお祈り申し上げます。    

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五百十三話 SUPER KABUKI ! ! !

市川猿之助のスーパー歌舞伎は、歌舞伎なのか?演劇なのか? ” ONE PIECE “ 公演中日、大阪松竹座で観た。 正直、そんなのどっちでもいいわぁ! 空前絶後、抱腹絶倒、無茶苦茶面白い! 一張羅着て、大枚叩いて、時間を費やして、晩飯を幕間の弁当で済ませて、それでも楽しい。 いや、それすらも楽しい。 興行師の一族に生まれて育ったくせに、芝居の「し」の字も解さない残念なおとこでもそう思う。 これが、市川猿翁が世に送り出したスーパー歌舞伎か! とにかくド派手! 歌舞伎座とブロードウェイとユニバーサル・スタジオを一気に巡ったような感覚。 それでいて、ドタバタの活劇に終わらないところがまた凄い。 浮世の喜怒哀楽を、どっしりとした構えで魅せてくれる。 「静」と「動」 芝居の醍醐味を余すところなく演じ、軽妙でいて培われた風格品格は微塵も損なわない。 絶賛とは、このような興行にこそふさわしい言葉なのだと想う。 それにしても、これだけの大芝居となると座内の方々も命懸けで挑まれているのだろう。 半年前の東京公演で、座長である猿之助さんの身にその事故は起こった。 舞台装置に巻き込まれ、腕を複雑に骨折された。 激痛の中、猿之助さんは声を飲み込まれたそうだ。 まだ席に観客が残っておられて、その気づかいから耐えられたのだと聞く。 当代 云々と評される役者の性とはそこまでのものなのか? 半年後、ご自身の奇跡的復活をルフィの台詞に被せて客席へと告げられる。 漫画 ” ONE PIESE ” は、希望の物語であるが、傷だらけの物語でもある。 満身創痍の復活劇を、ご自身に重ねられて演じられたのかもしれない。 また、市川右團次さんは、エドワード・ニューゲート役を演じられた。 別名 “白髭 ” は、海賊としての矜持を次世代に繋いでいくことを祈りながら果てていく。 これもまた、歌舞伎という古典をその身に受けて継いでいかねばならない自らの身上を想起させる。 … 続きを読む

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五百十話 異人街

  “ おとな ” という言葉をよく耳にする。 “ おとなの ” とか “ おとなな ” とか、おとなを謳い文句にして何かを訴えたいのだろうけれど。 上等のおとなだけを相手にして飯が食える商いなんて、もうこの国にはないんじゃないかなぁ。 そもそも上等のおとながいるかどうかさえも怪しい。 つくづくみっともない次第になったもんだと想う。 もっとも、その次第を招いたのは誰あろう俺たちだ。 あの怖くて、無茶苦茶で、格好良かったかつてのおとな達を真似ようとしたんだけど駄目だった。 春節祭の神戸元町。 喧騒の中華街が我慢できず坂を登って北野町へと逃れた。 神戸北野町には、ふたつの違った顔がある。 ひとつは、異人館目当ての観光客で賑わう昼の顔。 もうひとつは、会員制の BAR やマニアックな飯屋や休息専用と書かれたホテルといった夜の顔。 怪しげな夜の顔は、昼には覗き見ることさえかなわないといった不思議な街。 北野町という箪笥には、昼の引出しと夜の引出しがあって、同時に開けられることは決してない。 学生当時、嫁が異人館で広報案内のアルバイトをしていた縁で、よくこの街をうろついていた。 たまに通ったあの喫茶店は、まだあるのだろうか? 低層アパートの二階。 剥き出しのコンクリート壁にモノクローム写真が掛けられただけの装いで、それがまた洒落ていた。 家業が休息専用ホテルという友人が、この界隈にいて。 よく受付でアルバイトさせてと頼んだけど、一度も雇ってくれなかった甲斐のない奴。 そいつの話では、喫茶店のオーナーは若い写真家だったらしい。 色のない写真を眺めながら、流れるボサノバを聞き、煙草と珈琲が混ざった匂いを嗅いで過ごす。 くだらないガキに、ちょっとおとなになったと勘違いさせてくれた。 低層 アパートは、汚く古びてはいたけれどまだあって、Café OPEN の札が掲げてある。 扉を開けた。 … 続きを読む

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五百八話 世紀の一戦! 

平昌冬季五輪。 一週間もあれば日本は超えられる。 って、最強国阿蘭陀に言われながら挑んだ決勝戦。 勝った! 勝ちました! Speed Skating Team Pursuit 日本女子 金メダル! 佐藤綾乃選手・菊池彩花選手・高木美帆選手・高木菜那選手 おめでとうございます 。 柔の日本が、剛の阿蘭陀を制した。 日本らしい技の勝利で、なんかとても嬉しい。 そして、Johan De Wit 日本代表コーチほんとうにありがとうございました。 Edam 出身で阿蘭陀の方らしいですね。 阿蘭陀の女子選手達ちょっと睨んでたみたいだったけど、大丈夫?

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五百七話 藤田嗣治が遺したもの

すべての資産をつぎ込んで、それでも足りずに借金してまでも手に入れたいもの。 そこまでのものに出遭える機会は、そうはない。 でも、人生で一度くらいはあるかも。 ちょうど三〇年前、二八才当時、場所は巴里。 Saint Louis 島には、老舗の画廊が まだ多く立ち並んでいて、その店屋もそのなかの一軒だった。 硝子窓から覗くと、奥に立てかけてあった一枚の絵が目に入る。 うずくまった猫の素描で、F4号くらい。 ほぼ輪郭だけで、眼だけが 精緻に描かれていた。 藤田嗣治? 店に入って、恐る恐る店主に尋ねる。 Oui Léonard Foujita . マジ かぁ! だけど、どこにも署名ねぇじゃん。 そう口にしたわけではなかったが、察した店主は、額装を解いて絵の裏面を見せてくれた。 仏語で三行くらいの文章に添えて、「嗣治」の署名が記されてある。 勤人の懐事情でおいそれと叩ける金額ではない、だけどそれでも無理をすれば素描作品なら。 C’est combien ? 相手もこんな若造が買うわけねぇだろうと思ったに違いない。 Est-ce que vous êtes japonais ? 日本人と知って英語に切替えてくれた。 This is not for sell. … 続きを読む

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五百四話 あけましておめでとうございます

二〇一八年元旦。 あけましておめでとうございます。 戌年なので、月に向かって吠える狼犬の図です。 酉から戌へ。 刻が経つのは早い。 暮れに、勤めていた会社の同期数人で飲んでいた席だった。 大学院卒で入社した同期達は還暦を迎えたらしい。 聞いて、思わず。 「うそぉ〜、バリクソ爺ぃやん、恥ずかしないん?」 「バリクソって、おまえもやろ!」 「えっ?そんなん聞いてないぞぉ!」 「アホかぁ!ちょっとは自覚せぇ!」 還暦?頼みもしない称号が、自身に与えられようとしている事実に驚く。 将棋に喩えるなら、王手を告げられたようなもんだろう。 マジにやばい! 暮れに気付いて、年の初めに改めてそう想う。 先が短いひとも、長いひとも、皆様にとってこの年が良き一年となりますように。  

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