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五百十七話 偉業

改めて観たけど、なんど観ても言葉が出ない。 本作が、高畑勲監督最後の作品となった。 “ かぐや姫の物語 “ 躍動する背景。 動く絵画。 これが、ANIMATION の原点であり終点なのだと思う。 日本の美とはなにか? 日本人にとっての徳とはなにか? 高畑勲監督は、その問いかけを一筆一筆に込められたように想う。 一九八一年劇場公開された作品では、大阪市西成区西萩町が舞台となった。 “ じゃりん子チエ ” 浪速の下町に漂う独特の空気感を見事に描かれた。 常識から逸脱した社会性や道徳性を真正面から受け止め、これはこれで良いと肯定される。 あの赤塚不二夫先生にしても高畑勲監督にしても。 ほんとうのインテリとは、こうした方々のことをいうのだと今でも敬愛している。 数々の名作を遺して逝かれた。 構想されていた ” 平家物語 ” は、幻となってしまったけれど。 これはもう偉業と称えるほかない。 ありがとうございました。 心よりご冥福をお祈り申し上げます。    

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五百十三話 SUPER KABUKI ! ! !

市川猿之助のスーパー歌舞伎は、歌舞伎なのか?演劇なのか? ” ONE PIECE “ 公演中日、大阪松竹座で観た。 正直、そんなのどっちでもいいわぁ! 空前絶後、抱腹絶倒、無茶苦茶面白い! 一張羅着て、大枚叩いて、時間を費やして、晩飯を幕間の弁当で済ませて、それでも楽しい。 いや、それすらも楽しい。 興行師の一族に生まれて育ったくせに、芝居の「し」の字も解さない残念なおとこでもそう思う。 これが、市川猿翁が世に送り出したスーパー歌舞伎か! とにかくド派手! 歌舞伎座とブロードウェイとユニバーサル・スタジオを一気に巡ったような感覚。 それでいて、ドタバタの活劇に終わらないところがまた凄い。 浮世の喜怒哀楽を、どっしりとした構えで魅せてくれる。 「静」と「動」 芝居の醍醐味を余すところなく演じ、軽妙でいて培われた風格品格は微塵も損なわない。 絶賛とは、このような興行にこそふさわしい言葉なのだと想う。 それにしても、これだけの大芝居となると座内の方々も命懸けで挑まれているのだろう。 半年前の東京公演で、座長である猿之助さんの身にその事故は起こった。 舞台装置に巻き込まれ、腕を複雑に骨折された。 激痛の中、猿之助さんは声を飲み込まれたそうだ。 まだ席に観客が残っておられて、その気づかいから耐えられたのだと聞く。 当代 云々と評される役者の性とはそこまでのものなのか? 半年後、ご自身の奇跡的復活をルフィの台詞に被せて客席へと告げられる。 漫画 ” ONE PIESE ” は、希望の物語であるが、傷だらけの物語でもある。 満身創痍の復活劇を、ご自身に重ねられて演じられたのかもしれない。 また、市川右團次さんは、エドワード・ニューゲート役を演じられた。 別名 “白髭 ” は、海賊としての矜持を次世代に繋いでいくことを祈りながら果てていく。 これもまた、歌舞伎という古典をその身に受けて継いでいかねばならない自らの身上を想起させる。 … 続きを読む

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五百十話 異人街

  “ おとな ” という言葉をよく耳にする。 “ おとなの ” とか “ おとなな ” とか、おとなを謳い文句にして何かを訴えたいのだろうけれど。 上等のおとなだけを相手にして飯が食える商いなんて、もうこの国にはないんじゃないかなぁ。 そもそも上等のおとながいるかどうかさえも怪しい。 つくづくみっともない次第になったもんだと想う。 もっとも、その次第を招いたのは誰あろう俺たちだ。 あの怖くて、無茶苦茶で、格好良かったかつてのおとな達を真似ようとしたんだけど駄目だった。 春節祭の神戸元町。 喧騒の中華街が我慢できず坂を登って北野町へと逃れた。 神戸北野町には、ふたつの違った顔がある。 ひとつは、異人館目当ての観光客で賑わう昼の顔。 もうひとつは、会員制の BAR やマニアックな飯屋や休息専用と書かれたホテルといった夜の顔。 怪しげな夜の顔は、昼には覗き見ることさえかなわないといった不思議な街。 北野町という箪笥には、昼の引出しと夜の引出しがあって、同時に開けられることは決してない。 学生当時、嫁が異人館で広報案内のアルバイトをしていた縁で、よくこの街をうろついていた。 たまに通ったあの喫茶店は、まだあるのだろうか? 低層アパートの二階。 剥き出しのコンクリート壁にモノクローム写真が掛けられただけの装いで、それがまた洒落ていた。 家業が休息専用ホテルという友人が、この界隈にいて。 よく受付でアルバイトさせてと頼んだけど、一度も雇ってくれなかった甲斐のない奴。 そいつの話では、喫茶店のオーナーは若い写真家だったらしい。 色のない写真を眺めながら、流れるボサノバを聞き、煙草と珈琲が混ざった匂いを嗅いで過ごす。 くだらないガキに、ちょっとおとなになったと勘違いさせてくれた。 低層 アパートは、汚く古びてはいたけれどまだあって、Café OPEN の札が掲げてある。 扉を開けた。 … 続きを読む

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五百八話 世紀の一戦! 

平昌冬季五輪。 一週間もあれば日本は超えられる。 って、最強国阿蘭陀に言われながら挑んだ決勝戦。 勝った! 勝ちました! Speed Skating Team Pursuit 日本女子 金メダル! 佐藤綾乃選手・菊池彩花選手・高木美帆選手・高木菜那選手 おめでとうございます 。 柔の日本が、剛の阿蘭陀を制した。 日本らしい技の勝利で、なんかとても嬉しい。 そして、Johan De Wit 日本代表コーチほんとうにありがとうございました。 Edam 出身で阿蘭陀の方らしいですね。 阿蘭陀の女子選手達ちょっと睨んでたみたいだったけど、大丈夫?

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五百七話 藤田嗣治が遺したもの

すべての資産をつぎ込んで、それでも足りずに借金してまでも手に入れたいもの。 そこまでのものに出遭える機会は、そうはない。 でも、人生で一度くらいはあるかも。 ちょうど三〇年前、二八才当時、場所は巴里。 Saint Louis 島には、老舗の画廊が まだ多く立ち並んでいて、その店屋もそのなかの一軒だった。 硝子窓から覗くと、奥に立てかけてあった一枚の絵が目に入る。 うずくまった猫の素描で、F4号くらい。 ほぼ輪郭だけで、眼だけが 精緻に描かれていた。 藤田嗣治? 店に入って、恐る恐る店主に尋ねる。 Oui Léonard Foujita . マジ かぁ! だけど、どこにも署名ねぇじゃん。 そう口にしたわけではなかったが、察した店主は、額装を解いて絵の裏面を見せてくれた。 仏語で三行くらいの文章に添えて、「嗣治」の署名が記されてある。 勤人の懐事情でおいそれと叩ける金額ではない、だけどそれでも無理をすれば素描作品なら。 C’est combien ? 相手もこんな若造が買うわけねぇだろうと思ったに違いない。 Est-ce que vous êtes japonais ? 日本人と知って英語に切替えてくれた。 This is not for sell. … 続きを読む

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五百四話 あけましておめでとうございます

二〇一八年元旦。 あけましておめでとうございます。 戌年なので、月に向かって吠える狼犬の図です。 酉から戌へ。 刻が経つのは早い。 暮れに、勤めていた会社の同期数人で飲んでいた席だった。 大学院卒で入社した同期達は還暦を迎えたらしい。 聞いて、思わず。 「うそぉ〜、バリクソ爺ぃやん、恥ずかしないん?」 「バリクソって、おまえもやろ!」 「えっ?そんなん聞いてないぞぉ!」 「アホかぁ!ちょっとは自覚せぇ!」 還暦?頼みもしない称号が、自身に与えられようとしている事実に驚く。 将棋に喩えるなら、王手を告げられたようなもんだろう。 マジにやばい! 暮れに気付いて、年の初めに改めてそう想う。 先が短いひとも、長いひとも、皆様にとってこの年が良き一年となりますように。  

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四百九十七話 泥棒の隠れ家

ちょっと描いてみた。 一九八〇 年代、香港の夏。 STANLEY の中国名は「赤柱」 泥棒の隠れ家という意味なのだそうだ。 あの頃、Market Road の路地裏には、まだこんな壁が残っていた。 Chinatown に咲く百合。 こんなだったか?どうだったか?今そう問われても、もうよくは憶えていない。 ただ、怪しくて淫靡な感じだけは、妙にあたまに残っている。 まぁ、それだけのことなんだけど。  

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四百九十六話 終了!

終わったぁ〜。 終わりました。 二月にすべての営業を終えた後、半年経った。 その間、法人解散の手続きに衰えた能力を絞って取り組んできた。 そして本日、ようやく完了の運びとなりました。 結果、店主として、事業主として、清算人として、その役割を終えたことになる。 勝った負けたの話ではないけれど、無事に成ったことに正直安堵している次第です。 さぁ〜て。 祈願の達磨に目を入れて、眼前の山中にある勝尾寺に納めにいくかぁ。 達磨さんにも、関わっていただいた皆さんにも感謝です。 ありがとうございました。 まぁ、こんなとこかな。  

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四百九十四話 もうひとりの座頭市 

六本木歌舞伎の第二弾、座頭市。 寺島しのぶさんって尾上菊五郎さんのお嬢さんだけど、歌舞伎の舞台に女優? 盲目の座頭市を演じられるのは市川海老蔵さんだとすると、あの眼力は? 映画 SCOOP! の薬中オヤジ、リリー・フランキーさんが歌舞伎の脚本? その存在自体が R-15 指定、鬼才三池崇史監督が演出? これで、ほんとうに良いの? だけど、これほどの個性と才能を布陣させて挑んだ芝居となると是非観てみたい。 で、大阪公演の初日に観た。 歌舞伎にも通じていない、芝居にも通じていない。 そんな僕が観ても、とにかく面白い。 盲目の侠客座頭の市は、故勝新太郎さんが役者人生を賭けて演じ続けられた役柄だ。 以降、どなたが市を演じられても、どうしても大好きな勝さんの立居が浮かぶ。 そして、これが座頭市?という想いしかなかった。 逝かれてちょうど二〇年経ったこの舞台で、まったく異なる市の姿を観た。 坊主頭で、ひとの動きを超えた抜刀術で斬って舞う盲目の侠客。 見えるはずのものが見えず、見えないはずのものが見える。 朱の衣を羽織って洗練されてはいるけれど。 これは、もうひとりの座頭の市だ。 当代随一の歌舞伎役者って、こんなにも凄い者なのか。 芝居の最中、時々に演者が客を弄る。 幕間ですら、なにかと絡んできて飽きさせない。 歌舞伎役者とは、ひとを楽しませるあらゆる術を心得た玄人中の玄人だと想う。 あっという間の二時間半だった。 明日ご覧になられる方もおられるかもしれないから、詳しくは言わない。 ただ、寺島しのぶさん演じる薄霧太夫との濡場の一幕も必見ですよ。 三池崇史演出六本木歌舞伎、これは病みつきの芝居だ。 三池監督、煙草場では失礼いたしました。

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四百九十二話 どっちの BABEL が好き?

これが、Boijmans Van Beuningen 美術館収蔵のPieter Bruegel 作「BABELの塔 」 今、国立国際美術館にいる。 さらに。 これも、Pieter Bruegel 作「BABELの塔 」 多分、Wien 美術史美術館にいる。 もうひとつ、Pieter Bruegel 作「BABELの塔 」はあったらしいが。 今、どこにいるのか誰も知らない。 ふたつの「BABELの塔 」 で、どっちの BABEL が好き? まぁ、一般人にとっては、どっちでも良いはなしなんだけれど。 中世西洋美術愛好家の間では、意外と真面目に交わされる論議のひとつでもある。 なにが違うか? まずは寸法が違っていて、面積比で Wien 美術史美術館収蔵の方が五倍ほど大きい。 そこで、「大BABEL」と「小BABEL」と呼んで二作品を区別している。 そして、「大BABEL」を観てから二〇年以上経った先日「小BABEL」を初めて観た。 僕は、ある期待をPieter Bruegel 作品に抱いて観る。 くだらない下衆な私見だが。 西洋美術史上でも指折りの謎とされる奇妙な美術が、一五世紀の和蘭陀に出現する。 全くもって Surrealism だとしか言いようのない存在なのだが。 … 続きを読む

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