月別アーカイブ: January 2012

七十五話 助っ人

⎡先生、ひとつお願ぇいたしやす⎦ 地回りの親分が声をかけると流離の浪人が現れる。 そんな感じの職人が、Musée du Dragon のまわりには幾人かいる。 腕の立つ馴染みの職人達。 彼等がいるから、店屋として他所とはひと味違った表現ができる。 辻一巧君も頼みのひとりである。 気難しい男だが、彫金師としての腕は確かだ。 そこで、⎡Kujira 財布⎦に付く ファスナーの引手を依頼することにした。 もちろん、そのままでも全然結構。 結構なんだけど、世の中には目に見えないような細かい所に拘る人がいる。 特に男には多い。 幸か不幸か、うちの顧客様となるとさらに多い。 もう、ほとんどかも。 せっかくの⎡ Kujira 財布 ⎦用心するに超したことはない。 一巧先生が、空っ風に吹かれてやって来た。 ⎡俺に引手だけを拵えろだとぉ?⎦ ⎡そこを先生、なんとかひとつ宜しくお願ぇしやす⎦ ⎡手間賃弾みますんで⎦ 実際には、ちっとも弾まないんだけど。 ⎡奥方には内緒で、こっちの方もいい娘を見繕いますんで⎦ 見繕うも何も、手前がすっかり手詰まりになって久しい。 ⎡適当にパパッと、何でも結構なんで⎦ ⎡昔の馴染みに免じて、よしここはってな感じでひとつ⎦ なんだかんだの末に受けてくれた。 話が決まったので、いろいろと注文を出す。 ⎡まず、裏表どちらに寝かしても財布に干渉しないように注意してね⎦ ⎡それと、摘んだ時に親指のあたりが表と裏で変わらないようにね⎦ ⎡折角フル・ハンドで創るんだから、キャストでは不可能な手法が良いんじゃない?⎦ ⎡色鋼製法なんか御客さんも喜ぶんじゃないかなぁ⎦ ⎡でもねぇ、財布の方も結構値段頑張ったから、引手が高いと本末転倒だからねぇ⎦ 一巧君怒るより呆れている。 ⎡蔭山さん、何でも良いってさっき言ったんじゃ⎦ … 続きを読む

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七十四話 Arts and Crafts

“ファッション屋”なんていう薄っぺらな稼業を三十年以上も続けてきたが。 この歳になると自分の仕事に意義の欠片でもあればと思うことがある。 ちっちゃな悩みなんだけど。 そこで古い話をさせていただく。 産業革命の恩恵を一身に享受していたヴィクトリア朝時代の英国。 工業は、大英帝国に莫大な繁栄の富をもたらした。 しかし一方で、大量生産による安価なだけの無個性な粗悪品が世に溢れることになる。 街の姿はどこも同じようになり、人々の生活から潤いが失せた。 なんか日本と似てませんか? そんな十九世紀の英国。 詩人でありデザイナーであったひとりのマルクス主義者が警鐘を鳴らす。 William Morris、⎡モダン・デザインの父⎦は後世に残る社会運動を興し広める。 “ ARTS AND CRAFTS ” 中世の手仕事を見直し、生活と芸術の融合を試行すべきだと説く。 モリス商会は、生活に係わる身の周りの用品にデザインを取入れ商品化していく。 少し遅れて日本にも同じような人物が登場する。 柳宗悦。 一九二九年、英コッツウォルズのケルムスコット村を訪れる。 かつてモリスの活動拠点であった。 帰国後、柳は民藝運動を展開する。 日用品の中に美を求める⎡用の美⎦が運動の趣旨である。 柳は、トルストイの近代芸術批判から出発しているので日本独自の運動であると言える。 だが、広義において⎡ARTS AND CRAFT ⎦と⎡ 民藝運動 ⎦は近い。 市井の職人が創る用品にこそ⎡美⎦は存在し、権威主義的な芸術よりも価値が高い。 権威主義的云々は思想家としての宗悦ならではあるが、前半はモリスと同じである。 そして宗悦の運動は、柳宗理によって具現化される。 息子宗理は、日本のプロダクト・デザイナーの先駆者となった。 天童木工が製作した⎡バタフライ・スツール⎦を始め数々の名品を産む。 そして今、僕の周りに眼を配ってみる。 革職人、靴職人、彫金師、仕立職人達が、後継者に恵まれず次々と姿を消していく。 … 続きを読む

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七十三話 mastermind JAPAN

Happy Birthday to ME . 僕は、毎年一月二十四日になると、ひとつづつ歳をとる。 ほっといてくれよ。 いいよ別に、誰も祝ってくれなくても。 自分で自分に歌うから。 第一、そんなことをやってる場合でもない。 忙しい。 なので、勝手ながら馬鹿ブログも早めに切上げさせて戴きます。 あっ、これだけはお伝えしておかなければ。 mastermind JAPAN 2012 Spring & Summer Collection “ identity ” 一月二十八日土曜日 午前十一時より発売いたします。 どうぞ皆様、落着いて冷静にお楽しみ下さい。 ご遠方からお越しの顧客さまには、ご足労をおかけいたしまして恐縮です。 何卒、お気をつけてお越し願えればと存じます。 では、心よりお待ち申し上げております。

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七十二話 春なのに

どうも有難うございました。 おかげさまで、秋冬商品もほぼ完売とあいなりました。 誠にもって有難い話に心より感謝申し上げます。 しか~し、店がスッカスッカになってしまった。 例年であれば、ここで mastermind JAPAN 春夏コレクション発売となるのだが。 今年は、発売の解禁日が一月二十八日と遅い。 顧客の方が親切にも云って下さった。 ⎡結構な事じゃないの。がつがつしないで月末までゆっくりすれば?⎦ 嫌だね。 生まれついての貧乏性なので、ゆっくりすると身体の具合が悪くなる。 そこで、春アイテムを店頭に揃えてみた。 今年は、何とか明るい気分の年にしたいという願いも込めて。 赤に、黄に、青に、緑にといった色の世界をポップに明るく挑みたい。 リアルに黒装束ってのも良いけど、何となく⎡春なのに⎦とも思うし。 全貌はもう少しお待ち願いますが、とりあえず足元からご覧いただこうかな。 “ WHITE FLAG’S ” 脳天気で良いでしょ。 いかれた感じだけど、造りはマジですよ。 デザイナーの小此木達也君は言う。 “ If you pray for the peace of the sky,oceans and earth,we can protect the … 続きを読む

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七十一話 ナポリ食堂

日本の皆さん、ボンジョ~ルノ。 “ Ma nun me lassà, Nun darme stu turmiento! ” 曇天に束の間に覗くナポリの晴れ間。 そして、Canzone が冬のナポリ湾に響く。 んでもって、彼方に望む島影が⎡淡路島⎦ ごめんなさい、此処は明石です。 一月十四日は、義父の祥月命日にあたる。 明石にある曹同宗の古刹に供養のため伺う。 生前、陽気なキャプテンだった義父に倣って下らない冗談をかましてみた。 よくしたもので、仏になって世話になるご住職もこれまた陽気な導師さまである。 有難い⎡南無釈迦牟尼仏⎦の教えをいただいた後の話。 ⎡あんたの冗談面白くないけど、ナポリ・ピザ喰いたいなぁ⎦ ⎡ CIRO 無理かなぁ? 食べたいけど今日も駄目かなぁ?⎦ しつこく嫁がせがむ。 ⎡じゃぁ、駄目もとで行ってみる?⎦ 波止場に面した旧いマンションの二階にイタリア料理店 ⎡ CHIRO ⎦ は在る。 およそ他所者が来る場所ではない。 が、今回で五回目になる。 前の四回は全て満席と断られた。 前日の電話予約も試みたが、これも駄目。 ⎡わたし車に居るから、あんた一人でGOしておいで⎦ 翻訳すると。 ⎡首輪外してあげるから、軽る〜く吠えといで。でも、噛みついたら駄目だよ。後が面倒だから⎦ … 続きを読む

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七十話 天賦の才

一冊の本をお送り戴いた。 一月末に書店に並ぶという。 ⎡おれと戦争と音楽と⎦ 著者 ミッキー・カーチス 凄いなぁ、映画の主役を務められて、今度は本を書かれたんですかぁ。 MR. Michael Brian Curtis 何度か店に足をお運びいただいたことがある。 また、末席にて遊びをご一緒させていただいたこともある。 まぁ、ちょっとした自慢だね。 芸能の世界に髪の毛ほどでも触れた人間であれば、どれほど凄い方かご存知だと思う。 男の世界には、⎡分⎦と⎡格⎦という尺がある。 ⎡よく立場をわきまえろ⎦という人がいる。 僕に言わせりゃ、⎡立場⎦なんて大したもんじゃないね。 ⎡立場⎦は状況によって、上になったり下になったりとどうとでも変わる。 その度に、態度を変えるなんて面倒臭いし格好悪いでしょ。 しかし、⎡分⎦や⎡格⎦は違う。 男に備わっている本質であり、変わることはない。 ミッキーさんに最初お会いした瞬間、この方の⎡分⎦と⎡格⎦の高さに圧倒された。 飄々とされて、品があり、そして何より鋭く毒がある。 五十年以上生きてきて、少しでも似た人物を挙げろと云われても浮かばない。 ⎡ミッキーさんは、ミッキーさんです⎦としか言いようがない。 もうここまでの個性となると、良いも悪いもない。 そして不思議と長時間ご一緒させて戴いても疲れない。 どうせ何をどうやっても敵わないんだから、何も考えなくて済む。 ある時、僕に言われた。 ⎡おい、このシャツ良くねぇか⎦ ⎡下北の古着屋でな、女物らしいんだけど海賊みたいで気に入ってんだ⎦ 鹿革スゥエードの黒ジャケットに、袖口までフリフリの白シャツ。 無茶な取合わせだが、恐ろしく似合われている。 ちんけな服屋の常識など微塵も通用しない。 つまるところ本業でも敵わない。 ミュージシャン、音楽プロデューサー、映画やテレビや舞台の役者、番組司会者、執筆。 あっ、ミッキー亭カーチスもある。 故立川談志師匠の弟子として高座に上がられている。 あと、佳水流の加千須岩水で生け花。 ブライアン・カーチスで国際A級ライセンスのレーサー。 きっと、まだおありなんだろうけど。 … 続きを読む

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六十九話 神賑わい

⎡商売繁盛笹もってこい⎦ ⎡ えべっさん ⎦の掛声高く鐘や太鼓の囃子も賑やかに。 一月一〇日、浪速の喧噪にいる。 年明けから、“ KUJIRA ” が恵比寿神だとか、財布の縁起がどうのとか言った。 散々言った挙句、⎡ 十日戎 ⎦に参りませんでしたでは済まない。 しかも、由緒正しき⎡ 堀川戎神社 ⎦は SHOPの目と鼻の近さに在る。 千四百年以上前に、蛭子大神を主神に祀られたお宮である。 ミナミの今宮、キタの堀川と並び称され、大阪商人の拠り所として慕われている。 ⎡ 十日戎 ⎦もそうだが、この国の神事はまことに大らかで良い。 神と人が一緒になって賑わう祭礼として受け継がれてきた。 ⎡ 神賑わい ⎦と呼ばれる。 だから、酒も肴も芸も女も何でも有りとなる。 その昔は賭場も開帳されたと聴く。 酒や肴は近隣の飲食店に加えて立並ぶ露店によって供される。 参道に連なる店舗と露店の軒が重なっても気にしない。 芸は、上方芸能の雄⎡ 桂一門 ⎦と氏子が総出で奉ずる。 女はというと。 これが巫女かというとそうではない。 ⎡ ミス福娘コンテスト ⎦何やら俗っぽい選考によってその年の福娘が選ばれる。 浪速娘にとっては、たいそうな誉れで、商家への良縁は約束されたようなものとなる。 写真を見た SHOPの女性スタッフが。 … 続きを読む

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六十八話 使い勝手

あ~、ビックリした。 新年早々、この馬鹿ブログのアクセス数がいつもの倍になっている。 いつもの数でも誰が読んでるのか不思議なのに。 財布って、皆さんこんなに興味あるんだ。 店にわざわざ見に来られて、ご注文も戴いた。 有り難い話ですよ。 世間は、セールで値引き合戦の最中だというのに。 まぁ、人が一生懸命創ったモノに赤札ぶら下げて客引きするってのも無様な姿だけどね。 さて、財布の話だが。 “ KUJIRA ”発売の初日、革の事や手に馴染むのに要する時間等、色々と訊ねられた。 なかでも意外に多かったのが、⎡何処に、何を入れるの?⎦ 僕自身四ヵ月使ってみて、これが良いんじゃないのという使い方がある。 しかし、製作者からすると意図した使い方ではないらしい。 ご参考までに、ちょっと紹介させて頂く。 “ KUJIRA ”は、⎡ 奥 ⎦ ⎡ 中 ⎦ ⎡ 外 ⎦ と三つの部屋が設けられている。 まず ⎡ 奥 ⎦から、写真では見えないが外蓋と内蓋の間に部屋が備わっている。 此処に領収書やカード控え等を保管する。 そして、内蓋を上げると仕切りの付いた部屋とファスナーの部屋が見える。 仕切りの付いた方が ⎡ 中 ⎦で、肝心な札の居場所としている。 手前に千円札、仕切りを隔てて奥に五千円札と壱萬円札とを分けて収める。 ⎡ … 続きを読む

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六十七話 KUJIRA

この財布は、⎡ KUJIRA ⎦という名です。 何となく⎡鯨⎦っぽい姿が由来なのだろうけど。 でも僕の想いは別にある。 ⎡鯨⎦は、古来より海民にとって信仰の対象とされてきた。 ⎡鯨⎦は、鯛を抱え、釣竿を掲げる神⎡恵比寿⎦を意味する。 恵比寿神は、商売繁盛・豊穣を司るとして民に親しまれてきた。 商都大阪では、⎡えべっさん⎦の名でアイドル並みの信仰を寄せている。 まことに、おめでたい神様なのである。 また、⎡鯨⎦に鰹がつく様子を鯨付きと呼び、漁の水先案内ともされる。 この財布、品名は⎡ KUJIRA ⎦だが、ブランド名は⎡PAILOT RIVER ⎦という。 ⎡ PAILOT RIVER ⎦商標登録の事情から⎡ A ⎦を加えているが、和訳すれば⎡水先案内⎦。 意図した命名ではなかろうと思う。 が、それだけに縁起が良くもあり、財布にふさわしい名と気に入っている。 さて、この⎡ KUJIRA ⎦いかほどの出来かは、店頭でご覧戴くしか伝わらないのだが。 今まで誰も試みた事がない手法でご覧戴く。 ⎡ KUJIRA ⎦の産みの親である後藤惠一郎さんとの話。 ⎡ Musée du Dragon の御客様って、うるさい方が多くていらっしゃるんでしょう?⎦ ⎡えぇ、全くその通りでして⎦とは言えないので。 ⎡まぁ、思い入れがすこ~し強い方が、たま~にいらっしゃる感じですけど⎦ ⎡じゃぁ、そういう方々にとことん納得して御買い上げ戴きましょうよ⎦ ⎡ … 続きを読む

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六十六話 縁起物

新年明けましておめでとうございます。 今年もこの馬鹿ブログ宜しくです。 それでは年始めに縁起物の話でもさせていただきましょうか。 製作に口も手も一切出さないアイテムがある。 出さないというよりは出せない。 ⎡財布⎦ 糸や布や服ならいざ知らず、僕は革や財布については素人だ。 財布とは⎡財⎦を収める道具である。 人それぞれとはいえ、⎡財⎦は家族の命の次かその次くらいに大切なものだろう。 素人が、御客様の大事に係わるものを安易に商うことは憚られる。 また、この財布というアイテム、なりは小さいが恐ろしく厄介な構造をしている。 いい加減に拵えると言うなら別だが。 製作難易度としては、取扱うアイテムの範疇において最も高いといえるかもしれない。 とにかく難しい。 この財布製作に職業人としての全てを賭けておられる方がいる。 後藤惠一郎さん。 名品と謳われ、記録的な販売実績を誇る⎡HR01⎦という財布を考案された。 この⎡HR01⎦は、その構造において革命的ともいえる独自性をもつ。 後藤さんとは、長いお付合いで親しくもさせて戴いている。 昨年、個人的に我が儘なお願いをした。(詳しくは、三十話 OLになりたい?) 男が人眼に曝して持ち歩ける財布が欲しい。 全ての仕事を内包し、削げるだけ削いだ外観をもつ財布を。 お創り戴いた財布は四ヶ月間僕の傍にいる。 今も目の前にいる。 財布としての使い勝手については、僕なんかが評する余地などあろうはずがない。 敢えて伝えるべき点があるとすれば。 ⎡触り飽きない心地良さ⎦とも言うべき生理的魅力がこのモノにはある。 外から触っている人が良いんだから、内に居る⎡財⎦はもっと居心地良いんだろう。 上から目線で恐縮ではあるが、⎡餅は餅屋⎦と妙に納得させられる。 この財布なら、御客様にお使いいただけるんじゃないかと思った。 しかし、やるとなれば詳細を知り検討すべき事もある。 ⎡いやぁ~、ちょっと使ってみたら勝手が良かったんで、おひとつ如何ですかぁ⎦では、 ⎡お前は馬鹿か⎦の一言で終わる。 Musée du Dragon の顧客様は厄介な人が多い。 まぁ、喰わして貰ってんだから文句は言えないけど。 後藤さんに縋る。 … 続きを読む

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