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月別アーカイブ: August 2011
三十二話 カレー味の鏡餅?
嫁が、一週間ほど家を留守にすることになった。 家に帰ると、ダイニング・テーブルの上にA4の用紙が置いてある。 行動マニュアルが、書かれている。 そこには、防犯装置の解除方法から、喰いもの在処までを詳しく書き記してある。 よほどに、心配だったんだろう。 申し訳ない。 それしても細かいなぁ。 部屋に生けてある百合の花粉の処理まであるぞぉ。 マニュアルがないと生活出来ないというのも、この歳になって情けない。 だいたい、このマニュアルは、読み進むと、ほとんど命令書だ。 ここ十数年の間、他人に指図された覚えはない。 しかし、根拠のないプライドに拘っている場合でもない。 やらせて戴きます。 まず、洗濯、そして、掃除。 真夜中の家事は、調子よく進む。 って言うか、俺の方が向いてるんじゃないの? さて、晩飯にするか。 冷凍庫の⎡三田屋ビーフ・カレー⎦を、指示どうり鍋で温める。 続いて、レンジで小分けに包まれている白飯を解凍する。 マニュアルには、⎡様子を見ながら解凍する事。⎦とある。 何の様子を、どうやって伺うんだろう? まぁ、良い。 適当にセットしてスイッチを押す。 チーン、出来た。 大きな鏡餅が。 カレー味の鏡餅、他人が作ったものだったらブチ切れるところだ。 我慢して腹に納める。 冷凍飯の解凍時間について。 明日、料理屋にでも訊くか。 寝よ。
Category : 食
三十一話 忘れられた “ CHESTER COAT ”
ANSNAM の Chester Coat が納品された。 早速、荷を解く。 発注した数に、一着足りない。 嫌な予感がして、サイズを確認する。 やっぱり、俺の分だ。 楽しみに待っていたのに、あの野郎がぁ。 ⎡何の嫌がらせなんだぁ。俺のコートどうしてくれるんだ?⎦と、電話する。 ⎡え~。あれ蔭山さんのですか?⎦デザイナー中野靖君が答える。 君、それすらも忘れてたの? 天は、二物を与えず。 彼の脳細胞は、服を創造する事に大半が動員されているらしい。 ひょっとしたら、全部かも。 その成果が、このコート。 僕は、全ての服種の中で、最も難しいアイテムは、チェスター・コートだと思っている。 長尺で簡素な外観を特徴としている。 誤摩化しが通じず、腕の善し悪しが如実にでる。 通常は、カシミヤなど柔らかな素材を使い、プレス・ワークで型を最終補正する。 そこで、この男は、ロクでもない事を考える。 力織機で織られた高密度の綿布で作ると言う。 プレス・ワークでという逃げ道は無い。 いくら手縫いとはいえ、難しいだろう。 しかし、トレンチ・コートのように、くたびれていくチェスター・コート。 粋な思いつきである。 この Chester Coat は、どうしても欲しい。 てな事を、 言いましたよねぇ? 言ったよなぁ? 言ったんだよ。俺は。 で、肝心な事訊くけど、 作れるんですよねぇ? 作れるんだよなぁ? 作るんだよ。俺に。 九月の中頃までには何とかなるそうだ。 … 続きを読む
Category : 衣
三十話 OLになりたい?
近頃、憧れているスタイルがある。 OLのオネエチャンに。 誤解しないで戴きたいのだが、別にOLになりたい訳ではない。 彼女達が、昼飯時に財布一丁でうろついている姿をよく見かける。 今まであまり意識した事なかったけど、いつの頃からなのかなぁ。 身軽そうで、ちょっと羨ましい。 もし、自分が同じようにしてみたらどうだろう。 多少気味悪いが、想像してみた。 ブランド財布は、馬鹿っぽくて嫌だ。 ナイロン財布も、金が無いのがばれそうで怖い。 クロコダィルの財布だと、外見と中身のギャップが悲しい。 男が、人前に晒て持ち歩ける財布とは? 上質の革で作られた、全く無個性な財布が適当だろう。 あちこち探してみた。 全く無い。 そこで、財布の事ならこの人という東京の知人に相談してみる。 すると。 ⎡なるほど。売り物じゃないですけど、僕の使っている財布がそうですよ。⎦ この人も、OLになりたかったのかなぁ?と思って、尋ねると。 ⎡自分の名前や自社のブランド・ロゴが入った財布を、社長本人が持てないでしょう。⎦ そりゃ、そうですよねぇ。 小学生の名入れされた上履きになってしまう。 ⎡良ければ、一個作りますよ。使ってみられたらいいじゃないですか。⎦ そして、こう付け加えられた。 ⎡蔭山さん、銭は、居心地良くしてやった方がいいですよ。⎦ この人が言うんだから、そうなんだろう。 数日後、送って戴いた財布を手に取った。 外見上、何の細工もされていない、縫い目すら見えない。 しかし、素晴らしく計算された構造になっている。 内部の収納は言うまでもない。 嬉しいのは、持った時の感触である。 内側にも小さな蓋が仕込まれている。 内外2枚の蓋がクッションになって、持った時完璧に手に馴染む。 一切の仕事を、見えないように隠したプロフェッショナルの仕事。 この財布は、商品として考えてみるべきだろう。 だが、その前に、これで明日からOLになれるかも知れない。 どうも、ありがとうございました。
Category : 他
二十九話 Pascal Peignaud
京都の商いは、良くも悪くも少し変わっている。 加茂川に沿って北に上がった下鴨の町家で、仏料理屋を営む夫婦がおられる。 看板は無い。 表札に、“ パスカル・ペニョ”と縦書きで記されているだけだ。 何屋かも知ることは出来ない。 また、この料理屋は、よく引っ越しをする。 知る限りでは、この十年の間に三度、実のところは、四度らしい。 移る度、探すのに苦労する。 屋号は、オーナー・シェフの名を掲げている。 旦那はフランス人、奥さんは日本人。 このペニョ氏、小さな料理屋の亭主と侮ってはいけない。 恐ろしい経歴と、それに見合う腕を持つ料理人である。 父親は、華やかだった頃の Maxim de Paris の総料理長。 ベルサイユ近郊の二ッ星レストラン La Belle Epoque のオーナーでもある。 彼は、十六歳の時、ベルサイユにある父親の店で、料理人としての道を歩み出す。 以後、仏料理界の帝王 Joel Robushon に師事。 Nikko de Paris, 英国のBristol Hotel, Oriental Bangkok, Keio Plaza Hotel とキャリアを積み, Kyoto … 続きを読む
Category : 食
二十八話 鴨の七不思議
加茂川と高野川が出会うところに、二千年以上守り継がれた森がある。 源氏物語や枕草子に謳われた“ 糺の森 ”。 暑い盛りに訪れると、ひんやりと涼しく値打ちがある。 平安京の時代から伝わる“ 鴨の七不思議 ”というのがあるらしい。 鴨とは、この森が下鴨神社の境内に含まれる事に由来する。 京都には、この手の話が多い。 その中で、夏にちなんだ不思議をひとつ。 盛夏の土用の頃、糺の森にある御手洗池から水泡が沸く。 この泡をもとに生まれた菓子が、みたらし団子であるという。 おしまい。 え~、それだけの話? ここって、日本が誇る世界遺産じゃないの。 光源氏とか、国歌にある“さざれ石”とか、応仁の乱とかじゃなくて、団子? しかも、御手洗池って、足浸けて無病息災を願う池のことでしょ。 足で掻き混ぜた水から生まれた団子? 乱暴すぎる話だと思いながら、社務所に顔を向ける。 大きなポスターが目に入る。 “ 御手洗(みたらし)祭開催 ”とある。 マジですか? この小ネタをもって、祭もやるんですね。 土用の丑の日に開催されるそうだ。 何故そこまで、団子にこだわるのか? その方が、不思議なような気もするのだが。
Category : 他
二十七話 rust
少し前になるが、rust に行った。 英国の accessory brand なのだが、デザイナーは英国に長く住む日本人である。 十年来の付き合いで、まだ Naohito Utsumi の名で発表していた時分からになる。 パリで会っていたのだが、彼がロンドンから出て来なくなって少し疎遠になっていた。 この日は、rust tokyo で、日本側の責任者である馬場君に会う。 この人の噂は、顧客の方からよく聞く、素晴らしい接客らしい。 なるほど、物腰が柔らかく、そつが無い。 私は、十五年も経っているのに全然慣れない、たまに接客すると店から怒られる。 これでも、日々可愛く、愛想良くなるように努力しているつもりなのだが。 報われない。 さて、今回は、⎡鎖⎦をテーマに英国銀細工を Musée du Dragon で展開したいという依頼である。 例えば、bracelet,wallet chain……….。 rust としては、製作に三ヵ月ほど要するらしい。 さまざまな chain を使ったアイテムを秋にはお見せ出来ると思う。 デザイナーの内海君と最初に会った時の事を思い出す。 いきなり、英国銀細工の歴史と系譜を語り出した。 ウィンザー様式がどうの、アルバート公の chain がどうだったの、 果ては英国の狩猟史にまで話が及ぶ。 商品説明の限度はとうに超えて、ほとんど英国史の講義だった。 英国人バック・デザイナーの Jas … 続きを読む
Category : 衣
二十六話 コメダでもしよみゃあ。
自宅の近くに、コメダ珈琲がやって来た。 わざわざ大阪まで御苦労様です。 僕は、名古屋への出張もあってコメダ珈琲の名声を承知していた。 が、嫁は知らない。 早速、連れだって行ってみる。 ⎡小倉トーストって何? シロ・ノアールって白黒の何味? そもそも此処って何?⎦ 案の定、嫁はかなり動揺している。 これこそ、カルチャー・ショックというやつだ。 コメダ珈琲は、ただの喫茶店ではない。 尾張名古屋の食文化そのものと言って良い。 名古屋の町衆は、⎡お茶でもしよう。⎦とは言わない。 ⎡コメダでもしよみゃあ。⎦これが正しいお茶への誘い方だ。 恐るべしコメダ珈琲。 先日、御客様が名古屋土産だと言われて袋から出された。 え~、嘘でしょ。 あんこで食べる “ PRETZ ”しかも小倉トースト味。 東海地区限定発売って、グリコさんも冗談が過ぎますよ。 開けると、どうやらただの洒落で作った訳ではなさそうだ。 通常、棒状の “ PRETZ ”が板状になっている。 アルミ袋に装填されたあんこを載せるためらしい。 恐る恐る食べてみる。 確かにこの味は、コメダ珈琲で食べた小倉トーストだ。 なんという強引な土地柄なんだろう。 国民的定番菓子をここまで捩じ曲げるとは。 SUPER MIRACLE POWER CITY 名古屋。 尾張名古屋はコメダでもつ。 失礼しました。
Category : 食
二十五話 incarnation ✕ Musée du Dragon
これは、Prosciutto(生ハム)ではありません。 生ハムの国、イタリアから届いたバックです。 Musée du Dragon の十五周年用として、フィレンツェ在住のデザイナーが作ってくれた。 小川慶太氏、incarnation という自身のブランドを持つ。 数年前まで、片山さんの BACKLASH に在籍していた。 ⎡今度、慶太がうちを退職して、イタリアで仕事をする事になったんですよ。⎦と片山さんから聞いた。 ⎡苦労するんじゃないかなぁ。⎦と案じたのを憶えている。 僕も二十代の終わりから、三十代の始めにかけて五年間ほど、 Roma の北にある Viterbo という村の仕立工場に通った事がある。 イタリア人というと、陽気で女好きという印象を持たれる人も多いと思う。 大間違いである。 イタリア、特に北部の人間は、哲学的で禁欲的な生き方を心がける。 職人の世界でも、徒弟制度は厳格に守られている。 ものづくりには適した土地ではあるが、その分苦労も多い。 今年の正月明けにパリで小川君に会った。 地元の人に良くしてもらって、仕事も順調と聞く。 奥さんも現地の生活に慣れ、暮らし易いと言っておられた。 出張や駐在とは訳が違う、個人が、外地で職を得て、暮らしを立てるのだ。 あの気難しい連中に受け入れられるからには、真面目で誠実でなければならない。 偉い人達だと感心した。 感心ついでに、十五周年のバック製作について相談する。 店舗の構成上の都合から、現在、incarnation とは取引はない。 にも係わらず、小川君が言う。 ⎡十五周年おめでとうございます。僕で良ければやりますよ。⎦ 有り難かった。 心苦しいとは思ったが、実のところ簡単に作れる代物ではなかった。 それが、このバック。 小型で、肩がけでも腰巻きでも使える。 最大の魅力は、使用されている革にある。 伊の名門タンナー、“ … 続きを読む
Category : 衣
二十四話 後藤惠一郎という男
東京に大切に付き合わせて戴いている人がいる。 世間では、この人の事をあれこれ云う人間も多い。 しかし、面と向かって同じ台詞を吐くには、ちょっとした度胸と覚悟がいる。 腕っ節も強いし、頭も切れる。 腕っ節の方は、格闘技の協会長を務められるほどに通じている。 頭の方は、一介の職人仕事を一事業にまで押し上げるだけの才に恵まれている。 そして、よく稼ぎ、また、よく使い、結果宵越しの金を持つことはない。 酒は、一滴も飲まない。 博打は、一通り精通し、恐ろしく強いが、自身は一切打たない。 女は? よく知らないし、言えない。 が、どちらにせよ、女を泣かせるような真似はあり得ない。 男でも女でも、相手に泣かれると、呆気なく折れる。 家族を自身の命より大事とされている。 昭和という時代が、良しとした男の姿である。 僕は、こういう人が我が身の近くにいる事を、本当に嬉しく思っている。 もう、長いお付合いになる。 よく、明け方までいろんな話をした。 歳も上だし、生き方も、性格も異なるのに何故? 馬が合ったとしか言いようがない。 この人とは、仕事はするが、商売はしない。 商売となると、駆け引きが生じる。 やっても、どうせ勝てないし、勝ったところで、なんの得もない。 互いに気に入ったものだけを作る。 どちらかが嫌いなものは、一切やらない。 お互いの看板を外して仕事をするので、出来上がったものに名は入れない。 単純で明快な方針が、十数年変わらず続いている。 そして、これからも変わらないだろう。 先日、贈りものが届いた。 封を解くと、革の書類入れがあった。 ふと、想う。 いつの頃から、ビニール・ファイルに書類を入れて、持ち歩くようになったんだろう。 ビニール・ファイルに、ナイロンバック、確かに軽くて便利だ。 しかし、中身も外身も軽く見える。 この一品、この人らしい“ ANTITHESIS ”だと思った。 いつも、お心遣い感謝いたします。 大切に使わせて頂きます。 最後に、後藤惠一郎という男。 こういう男が、生き難い時代や国の有り様は、ロクでもないと思いますよ。
Category : 他
二十三話 The Bohemian Garden
人は、普通に生きてきても、何がしかの荷を背負うようになる。 私にしても、そうだ。 例えば、会社、店、土地、家屋、そして庭も。 自身のそれぞれへの想いは別にして、その実態価値はというと。 世間的にも、自分的にも、たいしたものではない。 其のどってことのないものに、縛られる。 大人げないが、本当に馬鹿馬鹿しいと思う時がある。 しかし、投げ出す勇気も、きっかけもない。 欧州を旅すると、gypsyと呼ばれる人達を見かける。 十五世紀の仏では、bohemianともいわれた。 起源はよく分からないらしいが、彼ら自身は、自らを“ roma ”と称している。 数年前、南仏のカマルグ地方の村で、ロマの祭りに出会った。 ロマは、その血統に由来する超絶な音楽才能を持つ。 男達が奏でるギターの音色、踊り狂う女達、闇の中に漂う郷愁。 不思議な体験だった。 以来、私は、bohemianに対して奇妙な憧れを抱くようになる。 さまざまな弾圧、強制、差別の歴史の果てに彼等の今がある。 だが、彼らは、完全にではないが、圧倒的に自由だ。 移動型民族なので家はない、当たり前だが庭もない。 そんなbohemianが、もし庭を望んだら。 馬車の荷台に庭を造り、異郷を旅する姿を想像してみた。 The Bohemian Garden この世に存在しない“ 動く庭 ”。 そして、裾にフリルを施したロング・ドレスを着て、薔薇を口にくわえて踊る嫁? えっ、ちょっと違うか。
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