月別アーカイブ: January 2018

五百七話 藤田嗣治が遺したもの

すべての資産をつぎ込んで、それでも足りずに借金してまでも手に入れたいもの。 そこまでのものに出遭える機会は、そうはない。 でも、人生で一度くらいはあるかも。 ちょうど三〇年前、二八才当時、場所は巴里。 Saint Louis 島には、老舗の画廊が まだ多く立ち並んでいて、その店屋もそのなかの一軒だった。 硝子窓から覗くと、奥に立てかけてあった一枚の絵が目に入る。 うずくまった猫の素描で、F4号くらい。 ほぼ輪郭だけで、眼だけが 精緻に描かれていた。 藤田嗣治? 店に入って、恐る恐る店主に尋ねる。 Oui Léonard Foujita . マジ かぁ! だけど、どこにも署名ねぇじゃん。 そう口にしたわけではなかったが、察した店主は、額装を解いて絵の裏面を見せてくれた。 仏語で三行くらいの文章に添えて、「嗣治」の署名が記されてある。 勤人の懐事情でおいそれと叩ける金額ではない、だけどそれでも無理をすれば素描作品なら。 C’est combien ? 相手もこんな若造が買うわけねぇだろうと思ったに違いない。 Est-ce que vous êtes japonais ? 日本人と知って英語に切替えてくれた。 This is not for sell. … 続きを読む

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五百六話 Trattoria の頂へ

昔、仕事仲間の伊人と伊料理を食いながら伊料理の話になった。 「伊料理 は、何処で食うのが一番旨いか?」 肉なら Toscana 州 Firenze ? 魚介なら Napoli ?  Palermo ? 村ごとに食材も調理形態も異なる伊料理だから、一概にこの地方とかこの街とかは言えないだろう。 一般論であったとしても、その答えは難しい。 そう考えていたのだが、当の伊人の答は意外だった。 「一番が New York で、二番が Tokyo か? いや逆で、一番は Tokyo かも」 「マジでかぁ?」 「Si ! 」 その東京の伊料理屋 が、あの店屋だけには敵わないと評する名店が在る。 それも、明石に。 TRATTORIA PIZZERIA CiRO 海辺の家から一〇分程度という目と鼻のところに在る。 しかし、目と鼻だからいつでも食えるという訳にはいかない。 五度予約して一度ありつければ良い方で、二週間前から受付けるという予約も数分で決着する。 一年前の移転後、店が大きくなって改善されると期待していたのだが見事に裏切られた。 CIRO … 続きを読む

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五百五話 竹ヶ原敏之介が創る靴

付合いが長くなると。 逢っていなくても、創った作品を見れば、そのひとが好調かそうでないかおおよそ解る。 暮れに、一足の靴が届いた。 Climbing Boots なんだけど。 甲を覆うように、白い毛皮が装着されている。 この毛皮? ひょっとしてアザラシ? あいもかわらず 、懲りないおとこだ。 たんなる流行りなんだから、何もそこまでしなくてもいいだろう。 という実利の良識は、このおとこにはない! そもそも、靴の甲を毛皮で覆うことが格好良いとも考えていないはずだ。 否定と嫌悪を完璧なかたちにして、ひとりで悦に浸っている。 そうしたほとんど誰にも理解されない変態行為に耽った挙句が。 この Climbing Boots だ! 靴本体の製法、素材の Oiled Leather はもちろん。 底部の Vibram 社製 Tweety Sole 、かしめられた特注金具、靴紐に至るまで。 安価な妥協は一切見受けられない。 古典的な佇まいに先鋭の意匠を纏う靴だが。 騙されてはいけない。 これは、センスの良いデザイナーが創る流行を取入れたお洒落な靴とは、まったく違う。 屈折して歪んだ精神から産まれた反逆の靴だ。 そして、僕は、竹ヶ原敏之介君が創るこうした PUNK な靴を今でもずっと愛している。 ところで、調子良さそうだね?

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五百四話 あけましておめでとうございます

二〇一八年元旦。 あけましておめでとうございます。 戌年なので、月に向かって吠える狼犬の図です。 酉から戌へ。 刻が経つのは早い。 暮れに、勤めていた会社の同期数人で飲んでいた席だった。 大学院卒で入社した同期達は還暦を迎えたらしい。 聞いて、思わず。 「うそぉ〜、バリクソ爺ぃやん、恥ずかしないん?」 「バリクソって、おまえもやろ!」 「えっ?そんなん聞いてないぞぉ!」 「アホかぁ!ちょっとは自覚せぇ!」 還暦?頼みもしない称号が、自身に与えられようとしている事実に驚く。 将棋に喩えるなら、王手を告げられたようなもんだろう。 マジにやばい! 暮れに気付いて、年の初めに改めてそう想う。 先が短いひとも、長いひとも、皆様にとってこの年が良き一年となりますように。  

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