月別アーカイブ: February 2021

五百六十八話 WWⅡ Officer Travelers Bag

改築前の海辺の家には、古い作り付けの食器棚があった。 建具屋と家具職人に言って、一旦解体し、扉を外して本棚へと用途を違えて残した。 部屋も、食堂ではなく、ちいさな図書室として使うことにする。 食器棚には、長年暮らしの中でついた傷跡が多くあって、それらを遺してくれるように伝えた。 なのに、職人は、鉋をかけて綺麗に仕上げてしまった。 「ほら、ご主人、見違えるようになりましたやろ」 「やめないかぁ!いらない仕事をするんじゃぁないよ!言うこと聞けよ!」 と言ったものの、今更もうどうしようもない。 まぁ、職人に悪気はなく、施主のためを想って腕を振るったのだから、諦めるほかない。 想い返せば、稼業に就いていた間も、こんな悶着の繰り返しを果てしなく続けてきた。 我々のもの創りは、多くの工程を経て成り立っていて、その工程の数だけ職人が携っている。 発案者は、狙いや意図や想いを彼等に伝え、共有し、ものとして具現化していく。 絵を描き、文字で伝え、背景にある画像を提示し、あらゆる術を駆使して仕様書を補う。 伝わらないものを、伝えられるまで、執拗に諦めずにやる。 お陰で、僕の顔を見るだけで吐気を催すといったひとも、業界にはまだおられると思う。 だが、それだけやっても満足のいくことは滅多にない。 もの創りとは、かように労多く報いの少ない行為である。 先日、後藤惠一郎さんから鞄を贈っていただいた。 “ WWⅡ Officer Travelers Bag ” 一九四〇年代、米軍士官が、作戦要綱に関わる命令書や報告書を収めるために支給された鞄である。 実物を二度か三度手にしたことがあるが、これは半端なく再現されている。 限られた数しか支給されておらず、今では蒐集家の間でもかなり希少らしい。 なにがどうというレベルじゃなくて、これはやばいわぁ! ちゃちな中古加工など施さない堂々の新品なのに、この圧倒的な Nostalgia 感は凄い! VILLAGE WORKS の工房で製作されたのだろうが、発案者は後藤さん御自身に違いない。 多分実物を目にしたことがない職人の方に、 これやっとけ!的な話だったんじゃあないかなぁ。 だとすると、工房内は、ひとつの意思で完璧に統べられているのだと思う。 これはもう魔法の域に近い。 後藤惠一郎さんも VILLAGE WORKS も長い付合いだからよく知っている。 … 続きを読む

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五百六十七話 海峡に巡る春

市場へと坂をくだっていった嫁が、袋を抱えて帰ってきた。 「もう春だわぁ!」 海の際で育った者は、これで春が来たと知るらしい。 茎わかめ? わかめの真ん中、中茎と元茎の部位にあたる。 いわば芯の部分で、ちょっと固いので、食用として活用されることはほとんどなかった。 しかし、高い栄養価と独特の歯応えから、漁師達や地元民は旬の食材として好んだという。 「なんか色の悪いアロエみたいだけど、どうやって食うの?」 海辺の家あたりでは、この茎わかめを “ ミミチ ”  と呼んで佃煮にするのだそうだ。 もうひとつの袋には、また別のものが入っている。 「なに?これ? なんか気持ち悪いんだけど」 「まぁ、山育ちにはわかんないよね」 いや、北摂は充分都会だと思うけど、いちいち反論はしない。 生海苔? 大阪湾の豊かな養分と明石海峡の潮流が育む須磨海苔は、肉厚さと磯の芳香で名品とされる。 とにかく値が張り、そのほとんどを料亭向けに出荷している。 梅が蕾を膨らませる頃、神戸の海では海苔漁が始まる。 そして、この季節でしか味わえないのが、これ。 新芽だけの “ 初摘み海苔 ” で、乾燥前の生海苔だ。 とりあえず、生海苔豆腐鍋にしてみる。 海苔を水洗いし、水気をきる。 鍋に水と白葱を入れた出汁汁を沸騰させ、豆腐を加え、最後に海苔を入れてさっと煮る。 これだけなのだが、たしかに旨い。 明日は、嫁の嫌いな粕汁にこいつを丸めてぶち込んで食ってやろう。 きっと、さらに旨いに違いない。 眼前の海には、海苔漁へと向う船がいく。 こうして、海峡に春が巡る。        

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五百六十六話 須磨離宮

海辺の家に居た梅の老木が、二〇一八年の台風で倒れて以来、早春の庭が寂しくなった。 他所の梅でも眺めに行くかぁ。 皇室ゆかりの須磨離宮が近場で良いかもしれない。 ちょうど “ 寒梅会 ” が催されていて、その初日だった。 が、冬の花見は駄目だ! 眼前に海が広がる広大な庭園に、だ〜れもいない。 噴水だけが、派手に水飛沫をあげている。 やめろ!糞寒いわぁ! 薔薇の一輪も咲いていない。 肝心の  “ 寒梅会 ” も、写真では満開そうに写っているけれど嘘です。 ほとんど枯木状態で、このひと枝がようやくといった始末。 写真を撮そうにも撮すものもないので、池の鯉でも撮って気を紛らわせる。 挙句、“ 子供の森 ” で、人目の無いのを確認しながらひとりジャグリングをするという暴挙に。 情けないことに、これが一番楽しめた。 まぁ、良い運動になったと諦めるほかないわ!

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五百六十五話 鬼滅!

二月二日。 明治三〇年以来、一二四年ぶりに二月二日が節分になるらしい。 俺にとっては、暦計算なんて果てしなくどうでも良い 情報だ。 そもそも、我家には、恵方巻なんて意味不明の食いものを食する習慣はない。 しかし、この時節、魔除と聞いては、やらないわけにもいかないだろう。 即席ワクチンも豆撒きも同じようなもんだ。 鬼役は似合わないので、 適役の嫁にやってもらう。 「ねぇ、あんた、このお面いる?」 「冥土に送ってやろうか!」 さすが、見事に完璧な鬼と化している。 鬼は外!福は内! 一日も早い日常の回復を願って。

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