月別アーカイブ: December 2012

百六十〇話 除夜に願う。

今年も暮れそうですけど。 皆さん一年の大晦日をどうやって過ごされてますか? こうやって静かに暮れゆく年の瀬に、夜明けを待たずにメールをしてきた奴がいる。 携帯電話を開けるまでもなく、この手の無礼を平然と働く男はこの世にひとりしかいない。 毎度お馴染み ANSNAM の中野靖だ。 目を擦りながら開いてみると何のコメントも無く一枚の写真だけがある。 暗がりの雪原に二棟の建物だけが写っている。 そういや昨日、電話で夜行バスに乗って花巻に行くとかなんとか言ってたような。 薄らいだ記憶を辿ってみる。 ⎡明日行こうと思ってるんですけど⎦ ⎡何処に?⎦ ⎡花巻の機屋さんにですよ⎦ ⎡マジで? 寒いのに御苦労さんだね⎦ ⎡いやいや、御苦労さんじゃなくて、蔭山さんどうするんですかぁ?⎦ ⎡俺は、先月東京で先方さんにお会いしたからもういいよ⎦ ⎡え〜っ、その時に僕も行くとか何とか言ってたじゃないですか?⎦ ⎡あ〜ぁ、それは暖かくなって桜でも咲く頃にって話だろ⎦ ⎡だいいち考えてもみろよ⎦ ⎡こういう重要案件はアシスタントの俺じゃなくて、デザイナーのテメェの仕事だろうがよぉ⎦ ⎡そうやって都合でアシスタントとかになるの止めて貰えませんかねぇ⎦ ⎡うるせぇなぁ〜、とっとと行けよ、でないとまた間に合わねぇって事になるじゃねぇか⎦ ⎡とにかく頑張ってな、Good Luck !! ⎦ なんかそんな感じだったような。 とすればこれは横殴りに吹雪く東北の夜明け前ってか? なかなか感心な話だ。 難易度の高いハンドメイドによる素材開発を目指すからには、デザイナー自身が出向くしかない。 機屋が動き出す時間まで寒空の下まだ随分待たなければならない。 凍え死ななきゃ良いけど、こうなると服創りも命懸けだよな。 朝早くに面倒臭いけど、二度寝する前に激励のメールでも返信しといてやるか。 ⎡やっぱり東北の雪は情緒があって良いよねぇ〜⎦ ⎡じゃぁ、おやすみ Z Z Z … 続きを読む

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百五十九話 情を縁で繫いでいく

Musée du Dragon を始めてから十六年ほど時が経つ。 その以前にも同じ場所で先代が服屋を商っていた。 通して勘定すると三十六年にもなる。 まぁ、老舗の饅頭屋だったら自慢にもなるだろうが。 ファッション屋の社歴なんぞが長いといったってうっとおしがられるだけである。 僕自身でさえとても誇る気になれないし気にしたこともない。 ただ、顧客様とのお付合いは自然と長くも深くもなっていく。 人生だから良い事も悪い事もある。 顧客様の顔も晴れやかな時も曇った時もある。 所詮、服を売って稼ぐ場に過ぎないと言われてしまえばそれまでだが。 幸せだと聞けば嬉しいし、辛いと聞けば案じる。 そうやって情を縁で繫いでいくのが街場の店屋なんだろうと僕は承知している。 だから Musée du Dragon はネット販売をやらない。 先日東京の顧客様から久しぶりにお電話をいただいた。 この方は大学生だった頃から、彼女とおふたりでよくお見えになっていた。 ふたりとも美男美女で仲が良かった。 卒業後、加茂川のほとりで式を挙げられ、一男一女に恵まれて今では四人で暮されている。 御結婚の際に指輪を Musée du Dragon で創らせていただいた。 電話は御主人からだった。 今月に結婚十周年を迎えるので何か記念になる品を注文したい。 値段もアイテムもすべて任せる。 そうまで言われて出来合いの品を届ける馬鹿はいない。 それに御注文を戴けたことはもちろん有難かったけど、 おふたりがこの日を仲良く迎えられたことがよほどに嬉しかった。 与えられた製作期間はあまりないけど 特別な仕様で Bracelet お創りさせていただこうと決めた。 仕掛けを考えて図面を引き彫金師の辻一巧君に伝える。 … 続きを読む

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百五十八話 着倒れて、喰い倒れて、歌い倒れて

何気に他人の Blog を見ていたら。 大阪に謎の服屋がある。 ほぅ〜、面白そうな話だ。 読み進むと。 Tower Records の前にあって……………………。 って、これ俺の店じゃん。 どこのどいつだ、大体が謎って失礼だろうがぁ。 挙句になんでこんなところにだとぉ? 話ぶりからして三十歳そこそこだろう、てめぇの産まれる前からここにあるんだよ。 うちは、街場にあるただの服屋だ。 謎があるとしたら、ここに来られる御客さんの方がよほどに謎だろう。 先日、長年大変お世話になっている顧客様がふらっと立寄られた。 ⎡ちょっとお願いがあるんだけど⎦ ⎡僕で間に合うことだったら何でもやらせていただきますよ⎦ ⎡そう、ありがとね⎦ ⎡じゃぁ、コックコートと給仕用のエプロンとシャツとを十五着づつお願いできるぅ?⎦ ⎡はぁ?⎦ ⎡できないのぉ?⎦ ⎡いや、まぁ、僕も服屋の端くれですから手に負えないこともないとは思いますが⎦ 男が身につけるものは、下着からF1のレーシング・ウェアーまであらゆる服種を手がけてきた。 が、調理服の依頼は初めてだ。 改めて言われるとどんな仕様だったのか見当がつかない。 ⎡ところでその前になんでまたそんなものが入用なんですか?⎦ この方は、会社を経営されていて、 いろんな団体の役員や理事も務められている実業家だったと記憶している。 少なくとも料理人じゃなかったと思うけど。 およその話をお訊きした。 ⎡趣味でやっているバンドのライブで、僕の料理をお客さんに食べて貰いたいんだよね⎦ ⎡奥様のお誕生日会かなんかですか?⎦ ⎡ちょっと違うけど、いろんなミュージシャンやシェフとかにも参加して貰ってね⎦ ⎡へぇ〜、楽しそうですねぇ⎦ 音楽と食をライブ感覚で同時に披露するなんてなかなか粋な企てだけど。 でもまぁ、趣味なんだからわざわざ衣装まで揃えなくってもと内心思っていた。 ⎡で、デザインはどんなのが良いんですか?⎦ ⎡よくわかんないんだけど、胸にこんな目玉焼きつけて欲しいなぁ⎦ ⎡えっ、これですか?⎦ … 続きを読む

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百五十七話 画家の女房

たまたま行った先の丹波篠山で辛い話を知る事となった。 篠山城の掘割傍で食通の間でも名高い鮨屋を営まれているご夫婦がおられる。 七十三歳になる鮨屋の主人は、篠山出身の画家と同級生である。 女将から画家が亡くなられたと聞いた。 昨年十二月ちょうど今頃との事だった。 取ってはならない不覚を取った。 欠いてはならない義理を欠いた。 恩人の死を 一年もの間知らずにいたという話になる。 あんなに世話になったのに。 あんなに可愛がって貰ったのに。 浅はかな考えから十五年以上も逢わずに時を過ごしてしまった。 画家の名前は 吉田カツ。 名前は知らずともその仕事は日本人のほとんどが今でも目にしている。 フジサンケイグループの目玉マーク、麒麟麦酒、マルサの女、ANA機内誌 “ 翼の王国 ” などと、 この国の日常に溢れている。 僕は、 カツさんと仕事を共にした事を誇りに思い支えにもしてきた。 それだけに、今更どの面下げて電話できるんだと思った。 嫁がやってきて言う。 ⎡電話しなさい、今すぐに⎦ 電話番号も住所も嫁が大切に手元に置いていてくれた。 ⎡吉田でございます⎦ 懐かしい毅然とした明瞭な声が耳に届く。 ⎡カツさんのお宅ですか?⎦ 名前を告げる前に電話向こうの声が一変する。 ⎡䕃山ぁ?䕃山なのぉ?⎦ ⎡ご無沙汰…………………。⎦ 情けないことに、言うべきことが山ほどあるのに後が続かない。 人と人との相性とは不思議なものである。 時がどれほど経っても、途中何があっても、立場が違っても、声だけでわかる人もいる。 互いに少し落着いたところで、その後の話となった。 商業的な仕事から身を引いて最期は画家としてありたい。 そう願って、長年活動の場としてきた東京から故郷へとアトリエを移した。 京都現代美術館 … 続きを読む

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百五十六話 ちょっとエグいかも

⎡明日の休みどっか紅葉でも観に行くぅ?⎦ ⎡まぁ、別に良いけどぉ⎦ ⎡まだ綺麗かなぁ?⎦ ⎡さぁ〜⎦ 紅葉特集を載せた雑誌をぺらぺらめくりながら嫁が耳寄りなことを言った。 ⎡へぇ〜、内閣総理大臣賞を受賞した牛肉を食べさせる店があるんだって⎦ ⎡えっ、今なんて言ったぁ? 何処に? 何があるってぇ?⎦ ⎡丹波篠山の向こうの勅使っていうとこらしいよ⎦ ⎡牧場直営のステーキ・ハウスなんだって⎦ ⎡マジっすか?⎦ ⎡俺、悪いけど明日朝早いからもう寝させていただきます⎦ 中国自動車道から舞鶴若狭自動車道に乗継いで丹波篠山口ICを越えて春日ICで地道へと降りる。 集落を抜け峠を越えまた次の集落へ。 ⎡この辺りなんだけどなぁ⎦ カーナビの限界を悟って店屋に電話する。 ⎡あ〜、うちカーナビに映らないんですわぁ⎦ ⎡はぁ?そんなとこ日本にあんのかぁ?⎦ それよりこの世のものとは思えない異様な雑音が会話の邪魔をして聞取れない。 諦めて町役場で尋ねることに した。 ⎡すいませんけど、“ 安食の里 ” ってとこに行きたいんですけど⎦ 高齢者相談窓口の女の子から課長さんまで役場の約半数の人が集まってきて口々に言う。 ⎡あんた高見さんとこの人?⎦ ⎡誰それ?⎦ ⎡えっ、進ちゃん知らないのぉ?⎦ ⎡だから知らねぇつうのぉ⎦ ⎡もの尋ねといて何なんだけど、一人一人お願い出来ませんかねぇ⎦ ようやく聞出した道順をなぞって進む。 道は農道というより田んぼの畦だろう。 ⎡ちょっと、あれじゃないの⎦ 田畑の真中に “ 高見牧場 ” と看板を掲げた数棟の建屋が見える。 … 続きを読む

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百五十五話 古き良き時代

“ Belle Époque ” 始まりは定かではないが、およそ十九世紀の末辺りからだろう。 終りははっきりしている、一九一四年だ。 なぜなら第一次世界大戦の勃発が欧州全土に暗い影を落とすから。 巴里万国博覧会が開催された一九〇〇年を挟んだ前後の時代。 誰もが巴里は “ 良き時代 ” だったと言う。 僕が初めて巴里を訪れたのは一九八四年だから、 “ Belle Époque ” から八十年ほど経った巴里を見た事になる。 それでもまだ街のあちらこちらに時代の名残りが残っていた。 巴里再開発計画は、ここ十数年で街を大きく変貌させてしまった。 今では、よほどに注意深く見るか、専門のガイドブックに頼らないと出逢うことは叶わない。 同じ頃、SLOWGUN の小林学氏も巴里にいた。 もっとも僕は出張者で小林氏は住人だったんだけど。 まぁ、大袈裟に言えば、 “ Belle Époque ” の消え往く香りを嗅いだ最期の外国人世代として互いに通じるところがある。 その小林氏が今期酔狂なストールを創った。 時代が揃っている訳ではないが、巴里の良き時代が香る Vintage Scarf はそれでも古い。 中にはオリエント急行の特等車輌で記念に配られたものだってある。 そして Vintage Scarf … 続きを読む

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百五十四話 007最新作 “ 諦めの報酬 ”

おとこは、TOM FORD Boutique に向けて車を走らせる。 ショップ・スタッフに必要なものを記したリストを手渡す。 Suits を買って。 Dress Shirt を買って。 Tie を買って。 Beltを買って。 止めに Teardrop Sunglasses も買って。 一通り買い終えると次は OMEGA の直営店に向かう。 そして、アンティーク時計のコレクターとしての趣味には反すると思いながらも。 Seamaster 007 Limited Edition Model を買って。 途中、白金台にある Four Seasons に立寄る。 ドア・マンに車のキーを投げ渡し、Main Bar “ Le MARQUIS ” の扉を開ける。 キューバ産のプレミア葉巻 “ … 続きを読む

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百五十三話 こんな時期になんですが

⎡俺の予約してた BACKLASH の Down Vest まだぁ?⎦ ⎡ほんとすいません、今の時点で納品がないって事は生産キャンセルじゃないですかねぇ⎦ つい、いい加減な事を確かめもせずお伝えしてしまった。 ⎡しょうがねぇなぁ、じゃぁ別のにするかぁ⎦ そんな Down Vest が年も暮れようかという時期に悪びれる事もなくあたりまえのようにやって来た。 ⎡いくらなんでも遅くないですかぁ?⎦ ⎡ どう考えても遅いよねぇ⎦ ⎡ぜってぇ遅いだろうがよぉ⎦ 通常なら丁重にお引き取り願うところなんだろうけれど。 今期は Down Vest が良いとか何とか能書垂れたような気もするし。 店も服については底が尽きかかっていてお寒い状況だし。 ちょっと値は張るけど見合うだけの良い出来だし。 なにより勇ちゃんがせっかく創ったんだし。 そんなこんなでここはひとつ頑張ってみるかぁ。 という流れで、こんな時期になんですが売口上を披露させていただきます。 この Down Vest は、細かい部材に至るまで全てが本物です。 まず詰められている鵞鳥の羽毛は、Polish Hand Plucked White Mother Goose Down. 要は、四年以上飼育された鵞鳥の羽毛を人の手で摘んだ最高品質のという意味になる。 中身は確認出来ないけど、 … 続きを読む

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