月別アーカイブ: May 2015

三百七十九話 肉と景気の事情

最近巷では赤身肉が流行っているらしい。 どうやら女子の美容に関わって、そうなっているのだそうである。 炭水化物・脂質・蛋白質と、これがいわゆる三大栄養素で。 この三つをバランス良く摂取することで、初めて燃焼する身体になるのだという。 そして、この蛋白質の源となるのが肉なのだ。 そうです!これこそが真実なんです! 実は、肉を食べたほうが痩せやすいんです。 「うるさいよ!朝から!今まで肉を与えてきて痩せた試しなんかないじゃん!馬鹿じゃないの?」 こういう昭和的考えから脱け出せない嫁の妄言に耳を貸してはならない。 さらに、最新の肉事情を探ってみよう。 肉を喰って痩せると言っても、どんな肉でも良いというわけではない。 霜降り肉では駄目らしく、そこで注目されるのが赤身肉の存在である。 赤身肉には、脂肪燃焼を促すカルニチンが豊富に含まれている。 肉を食べると身体が熱くなった気がする。 これは、消化に必要なエネルギーを消費するからなんだと。 つまり、代謝が上昇するという理屈だ。 この人体の神秘に目を背けてはならない。 積極的にこの真実を受入れよう。 最近の肉事情に於いて、もうひとつ見逃してはならない存在がある。 熟成肉が再注目されているらしい。 バブル期以前の肉事情に通じている方々には、“ 枝枯し ” と言った方が通じ易いかもしれない。 厳密には、全くの “ 枝枯し ” ではないらしいがよく似た要領みたいである。 温度・湿度・風量を厳密に管理しながら、四◯日間ほど肉の塊を熟成させる。 そうすると、肉が含む余分な水分が飛び、蛋白質やミネラルが凝縮して旨みを増す。 バブル期に嗅いだナッツのようなあのまろやかな香りの正体である。 かつて “ 枝枯し ” は景気の物差しだと言った北新地の料理人がいたことを思い出した。 熟成過程で水分が減り、黴が生えた表面を削り落とすと、目方が減り歩留まりも悪くなる。 結果、かかった手間賃を含め通常の五割増しの値で供することになる。 ごれが、バブル崩壊後 “ 枝枯し ” … 続きを読む

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三百七十八話 もう一枚の SHIRT です。

三百七十七話で御紹介させて戴いたシャツのもう一枚違ったバージョンです。 型と仕様は同じですが、生地と色が異なります。 細番手の綿糸を dobby 織機で極薄に織りあげました。 色は白です。 シャツとして仕立てた後、手洗いによる軽い縮絨を施す。 この工程は、ANSNAM のアトリエで中野靖自らの手によって行うのだが。 意外とこれが難しいのだそうだ。 僕は、やったこともないし、やる気もないから、なにがどう難しいのかよくは知らない。 そう言うんだから、難しいことは難しいんだろう。 そして今回も、初回納品では縮率調整が甘く再加工となった。 「こっちの見込みも甘かったとは思うけど、もう一回加工を追込んでみてよ」 「 五分ごとに様子見ながらやってみますけど、結構手間なんですよ、これが」 「乾かす時間もありますし御店に納めたときちょっと濡れてるかもしれませんけど、良いですか?」 「それは駄目!」 一般の方々には、なんの話かさっぱりだろう。 もっとも、なんの話か解ったところで糞の役にも立たないことだけは間違いない。 こういった服創りに於いては。 工程が増えれば増えるほど比例して途中の障壁も増す。 糸からとなると、越えなければならない障壁も相当な数にのぼる。 そのひとつひとつを乗越えていかねばならないのだが。 それには、やはり経験を積むしかないのだと思う。 だが、年月を重ねようやく必要な経験が身についた頃には感覚が鈍ってくる。 振返れば。 経験と感覚が、ちょうど良い具合に拮抗しているといった時期は実に短いように思う。 想えば切ない話である。 まぁ、それでもこれくらいの仕事はまだ出来るけどね。

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三百七十七話 ANSNAMの中野靖と創りました。

ANSNAMの中野靖と創りました。 そうは言っても口を出したのは生地のことだけで、他については先生が創った。 この先生、色々と口を出すとウザがって何もやらない。 かといって、全く口を出さずにいるとこれもまた何もやらない。 基本どっちにしてもやらない。 “ 能ある鷹は爪を隠す ” と諺にはあるけれど。 ずいぶん長いこと爪を隠しっぱなしで、獲物を獲っていない。 なのでずっと腹ぺこだ。 僕は、先生の親でもないし、兄弟でもないし、友達ですらない。 腹ぺこだろうが、なんだろうが、知ったことではない。 にもかかわらず、デビュー以来この残念な縁が切れないのはどうしたことだろう? それは、僕が服屋で、先生が服創りの特異な才に恵まれていたから。 その一点に尽きる。 Musee du Dragon にとって、この特異な才はずっとかけがえのないものだったように思う。 他のモノでは補えないなにかが、先生の服には備わっている。 そのなにかは。 撚り方向を違え真夏に心地よく過ごせるように工夫されたこのシャツにも同じく備わっている。 ご覧になって袖を通して戴ければ、お解りになると思う。 「え〜と、このシャツ幾らにすることになってましたっけ?」 「幾らもなにも、それは誠意の問題だって言ったよねぇ、日頃迷惑かけてんだから」 「誰に?」 「御客様にも、俺にもだろうがぁ!」 で、三八◯◯◯円となっております。 一応の誠意は見受けられますが、腹ぺこなのでこれでご容赦ください。 それはそうと、もう一型はどうなってんだよ?

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三百七十六話 憧れの宿屋へ

  どうしても気になってしようがない宿屋がある。 その宿には横浜中華街南門筋のなかほどで出逢った。 どうやら現役らしい。 僕の嗜好を心から軽蔑している嫁が言う。 「いいよ、泊まっても、っていうか泊まれば?」 「えっ?いいの?」 「但し、おひとりでどうぞ、わたしはヨコハマ・ニュー・グランドにするから」 何年経っても、どんなに説いても、わかろうとしない者にはわからないものなのだ。 過去にも一度試みたことがある。 千曲川のほとりで、こういった類の宿屋にお連れしたところ。 沸点を軽く超えてキレられたのをよく憶えている。 新婚旅行での事だった。 屋号は “ 旅館オリエンタル ” と掲げられていて、裏口には別の名称が記されてある。 “ 東方旅社 ” とは、中華表記なのか? この有様では “ 飯店 ” と名乗るのは憚られるのか? わからない。 結局、泊まることもなく、なかに入ることもなく、望みを叶えぬまま横浜をあとにしたのだが。 それでも気になってしようがないので、帰ってから調べてみた。 世のなかには、やはり嗜好を同じくする同胞がおられるもので、その宿泊体験を語られている。 要約すると。 宿銭は二五◯◯円で、空調設備はない。 創業については確かなことはわからないが。 結構な歳の女将が嫁いできた頃にはすでに在ったので、爺さんの時代からなのだろう。 宿帳には船名を記す欄があることから、横浜港に寄港する船員達を相手に営まれていると思われる。 風呂と便所は部屋についていて、外観から想像するより普通に泊まれる。 雰囲気としては下宿感覚である。 部屋の前には、宿泊客が残していったぬいぐるみや漫画本が積んであって娯楽には困らない。 意外と言っては失礼だが、結構繁盛していてほとんどの部屋が埋まっていたらしい。 … 続きを読む

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三百七十五話 日本の夏

日本の夏は半端ない! 日本駐在を経験した外国人のほとんどがそう言う。 “ Summer in Japan is hot and humid. ” そして、hot (暑さ)よりも humid (湿気)の方が堪え難いのだそうだ。 昔、東京に赴任してきた独逸人がいた。 そのひともまた、初めて体験する日本にうんざりしていた。 ちょっと可哀想でもあり、大口の取引先だったこともあって、日本の夏装束を贈ることにする。 “ This article is the traditional home-wear ” “ What is called a ‘ JINBEI ’ in our country ” 近江産本麻生地の甚平である。 陣羽織に筒袖が付いたような甚平の歴史は意外と浅く大正時代で、発祥は大阪だと聴く。 … 続きを読む

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三百七十四話 唯一の新作

AUTHENTIC SHOE & Co. 二◯一五年春夏秋冬を通じて唯一の新作です。 そして、竹ヶ原敏之介君自身が今一番履きたい靴らしい。 製靴史の系譜から逸脱した前衛的名作だと、僕は思う。 古典という呪縛から解き放たれた先にある前衛の扉。 開けた先には何があるのか? だけど、一体こんなことを何人が分かるのだろう? それでも、素晴らしい!

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