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六百五十二話 じゃぁ、山の上ホテルで

自分にとってかけがいのないと言ってもよい宿屋が数軒ある。 南仏 ARLES “ Hotel Nord Pinus ” 巴里 Saint-Honore “ Hotel Costes ” 京都 麸屋町 “ 俵屋旅館 ” など。 館に重厚な物語を秘めながら、それでいてどこか素人臭い。 仕事で碌でもない事があっても、帰りつけばホッと一息つけて安らぐ。 宿屋という商いは、難しい稼業だと想う。 やらなくては駄目で、かといってやり過ぎても鬱陶しがられる、塩梅が求められるのだ。 かつて東京出張の際、雨の予報だと予約するホテルがあった。 用を終え、戻ってまた雨の中を飯を食いに出かけたり飲みに行くのも億劫だ。 旨い飯が食えて、落ちつけるBARが在って、ちゃんとした珈琲がいつでも飲める宿屋を探す。 そうした訳で行き当たったのが、お茶の水に在る “ 山の上ホテル ” 。 川端康成、三島由紀夫、池波正太郎、伊集院静など、数多くの文豪が別宅と呼んで愛した稀有な宿。 はじめての宿泊時、部屋に案内してくれたのは、ちょっと緊張気味の若い女性だった。 荷物を置いて、設備の仕様を伝えて部屋を出るとまたすぐ戻ってくる。 「これ、お茶とお菓子です、此処で良いですか?」 「お茶?お菓子?なんか旅館みたいだけど」 「えぇ、まぁ、こんな感じで」 どんな感じかよく分からなかったが、これっと言ってチップを手渡す。 「あっ、いや、どうしよう?えっ、そうですかぁ」 照れ隠しに笑って、ポケットにしまい込む。 … 続きを読む

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