月別アーカイブ: May 2013

百九十六話 LINE

このところ俺の電話にはなかなか応じず、嫁の携帯に LINE で連絡してくる輩がいる。 ANSNAM の鬼才デザイナー 中野靖先生が編出した新たな伝達手段である。 先日も、嫁の携帯がピコッと鳴った。 ⎡じゃぁ〜ん、これ見てぇ⎦ 嫁から手渡された携帯を覗くと、不細工な兎が笑っていて。 “ 明日から日曜まで連絡つきませんので、よろしく! ” ⎡こいつ誰?⎦ ⎡ヤッサンにきまってんじゃん⎦ 秋冬採寸用の製品見本を送るようになってんのに、どうなってんだぁ。 電話しても出もせず、留守電にもならずプッと切れる。 折返し電話がかかってきて。 ⎡どうしたの?なんで日曜まで連絡つかないの?⎦ ⎡ふっ、ふっ、ちょっと海外に出るんですけど⎦ ⎡何処に?何しに?⎦ ⎡台湾に、旅行なんですけどね⎦ ⎡はぁ?じゃぁ製品見本どうすんだよぉ?⎦ ⎡あぁ、それは今日送っときましたから⎦ ⎡ってことは、俺は明日から採寸に追われて、あんたは台湾で小龍包ってことかぁ?⎦ ⎡いいじゃないですか、僕だって徹夜続きで頑張ってきたんですから!⎦ 確かに、奴が何処に行って、何をしようが知ったこっちゃないんだけど。 そんなやりとりの末に送られてきたコレクションの中に、一着の粋なコートがあった。 “ Reversible Balmacaan Coat ” 毛/綿のダブルフェイス素材は、伊の CERRUTI 社製でニードル起毛という手法が用いられている。 インク色をしたギンガム・チェックのコート生地は、懐古的でもあり前衛的でもある。 その生地を、たっぷりとした量感を持った Balmacaan Coat へと完璧に仕立てる。 … 続きを読む

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百九十五話 初の OUTLET

海辺の家で、庭仕事を一通り終えた休日の午後。 ⎡ねぇ、机の上の細々したものを収める木箱が欲しいんだけど⎦ ⎡これ、良くない?⎦ チラシをひらひらさせながら嫁が言う。 ⎡これ何処のチラシ?⎦ ⎡ほら、浜に建ってるアウトレットモールあんじゃん、そこのよ⎦ そういや、明石海峡大橋を望む浜辺に、よくわからない白っぽい施設がいつの頃からか在るよなぁ。 時を忘れる陽気な南欧の港町を連想させる。 夕日が瀬戸内海に沈むロマンチックなロケーションが味わえる。 って、チラシに書いてあるけど。 あの浜って、昔は漁港で、今も漁港で。 パンチパーマでジャージ姿の漁師さんがガニ股で歩いてるような場所だし。 確かに夕日は沈むけど、輝いてんのは大漁旗だし。 南欧のロマンチックという風情には、ちょっと遠いような気がする。 それでも、アウトレットには海外も含めて行ったことがなくて、産まれて初の体験に期待が膨らむ。 施設内に入ると想像以上に広いし、幾つも棟が並んでいてそれぞれに大きい。 ⎡アウトレットって、でかいよなぁ⎦ ⎡これって、中に沢山の店屋さんがあるんでしょ? きっと、いろんなものがあるよぉ⎦ ⎡やったね!楽しそうじゃん⎦ ご機嫌の嫁が言うように、いろんなものがあるはずだった。 一軒、二軒、三軒、四軒目くらいで、いろんなものが無さそうだと気づく。 チノパンやチェックシャツとか、微妙に違うけどほぼ同じアイテム。 それらのアイテムが、圧倒的な種類と量で店を占めている。 そして同じ状況の店が、圧倒的な規模と店舗数でモール全体を占めている。 なるほどねぇ〜、そういう事かぁ。 売れるものは、まちまちで方向が定まらない。 売れないものは、同じだが事前には読みにくい。 結果、こうなる。 アウトレットは、過剰在庫を抑制するという機能を持った装置みたいなもんだろう。 だから、この現象は当然と言えば当然である。 流通業界の惨状を垣間見るようで、ちょっとテンションが下がったけど。 日頃、こんなにいろんな店屋を見て回る事が無いので、それなりに楽しい。 ⎡せっかく来たんだからなんか買おうよ⎦ なんか祭の縁日的な気分で、服屋を諦め雑貨屋を巡ることにする。 そもそもの目的だったアンティーク木箱をふたつ、兎のフィギュアに変身するエコバック。 それと、ネオンカラーの英国製ニットキャップをピンクとグリーンの二色買った。 買物自体、大満足という訳にはいかなかったが、休日午後の時間潰しとしては上等だと思う。 ぶらぶらしていると、偶然にも向こうから顧客さんが歩いて来られた。 若いが洒落者の方である。 … 続きを読む

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百九十三話 股からパォ〜ン。

⎡股からパォ〜ン⎦ って、言ってる場合かぁ! また、今年も嫌な季節が巡って来た。 ショート・パンツの季節だ。 なんで、巷で人気のこのアイテムが、うちではこうも売れないのか? 去年も惨敗、一昨年も去年ほどではなかったが不調に終り、その前は思い出したくもない。 もう、夏そのものが嫌いになるくらいショート・パンツが売れない。 あまりの駄目さ加減に心配になって、取引先の人間が東京から買いに来てくれたくらいに売れない。 今年も嫌な予感がする。 ⎡そんなに駄目なんだったら、置かなきゃいいじゃん⎦ と言う顧客様もおられるけど。 ショート・パンツがない夏の服屋なんて、提灯のないお盆みたいなもんで様にならない。 弱気にならずに今年こそなんとかするぞぉ! ということで、ここはひとつデビュー・ブランドに難局の打破を託すことにする。 新鋭 “ doublet ” のデザイナー 井野将之君です。 アーミー・パンツを大胆にぶった切ってショート丈に。 長いままにしときゃ売れるのにと思うが、それでは問題の解決にはならない。 Check On Desert Camo という斬新な柄も惜しまず投入する。 パンツ丈も、今期流行の膝上に設定。 これで大丈夫、万全の出来である。 そのはずだと思うけど。 そして、このショート・パンツが呼水になって他のショート・パンツも売れる。 という波及効果も期待しつつ、まもなく夏を迎える。 皆さん、今年こそショート・パンツを宜しくです。オネガイ!

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百九十二話 LEGEND OF MECHANICAL DESIGN

GUNDAM 世代ではないのだが、この方の御高名はさすがに存じあげている。 大河原邦男。 Mechanical Design という耳慣れない言葉を職業として成立させ、その偉業を世界に示した人物。 Mechanical Design とは? アニメーションの世界では、人物以外に乗物や銃等の小道具から始まり果てはロボットまで、 数多くの機械的なアイテムが登場する。 時には、主役の人間と同等、いやそれ以上の印象や感動を観る者に与える。 そういった機械的なアイテムを、設定に応じてデザインし具現化していく職業を意味している。 一九四七年生まれの大河原さんは、今日まで膨大な量の仕事をこなしてこられた。 現役ながら伝説と称えられるその業績を、体系的に一覧出来る機会に恵まれる。 兵庫県立美術館 “ 超・大河原邦男展 ” なにより完成までの過程が面白い。 初期設定から基本設定へ、初稿から修正稿へ、そして準決定稿から決定稿へと至る。 アニメーションは、膨大な労力と資金が投下される失敗の許されない事業でもある。 そこには、業種も立場も微妙に異なる多くの事業会社やプロダクションも参画する。 製作者の表現意図、スポンサーの意向、興行会社の収益、広告媒体での効果、関連商品の販売など。 それぞれの業種で、それぞれの立場で、都合もあれば、欲もある。 譲れない者同士が、言分を主張し合う修羅場をくぐってひとつの作品に仕上がっていく。 まぁ、企業が絡めばどんな業種の制作現場でも大なり小なり似たようなものだろうけど。 企業の大事に係わるデザインを請負うと、僕等の稼業も例外ではない。 たったひとつのデザインに、何度も繰返される企画開発会議の席上で。 最初は、⎡先生⎦ から始まって、次は ⎡蔭山サン⎦、そして ⎡アンタ⎦、最後の方では ⎡オマエ⎦ となる。 ⎡いい加減にしろよ!俺は、あんたらの手下じゃねぇんだぁ!⎦ ⎡そんなに嫌で、いじくり回さなきゃならねぇんだったら、俺のデザイン使うなよ!⎦ と言ってしまえば一銭にもならないので堪えるんだけど、ストレスが相当な度合いで襲いかかる。 そこで頼りになるのが、デザイン画に込めた説得力なんだろうと思う。 だから今でもデザイン画には手を抜かない。 … 続きを読む

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百九十一話 END の世界観

狭い業界の中だけでの話だけど。 どうもまだ俺の事をよくわかっていない奴がいる。 俺は、見かけが可愛いだけのお茶目な男ではない。 中身は執念深く、とにかくしつこい性格をした男なのである。 よく言われる台詞がある。 ⎡とにかく言われたとおりやるから帰って、そして二度と来ないで!⎦ 断る労力を考えればやった方がましだという事らしい。 周りにこの評判がちゃんと浸透しているものだと思っていた。 それが、どうやらそうでもないらしい。 先日、Authentic Shoe & Co. のアトリエで異彩を放つブレスレットが目に入った。 このところ、銀材価格の高騰だかなんだか知らないが、チンケな代物ばかりが目につく。 あんまり頭にきたので、全てのブランドの取引を止めて自前で創ることにしていた。 そんな中、思い切った量感で簡潔な意匠を備えたこの作品は凄いと思った。 圧倒的に大ぶりだがバランス感も絶妙に仕上げられている。 この秋冬に、あるテーマで考えているスタイルがある。 他のアイテムは揃っているのだが、装飾品だけが空白のままだった。 また自前かと覚悟していたのだが、これで全てのピースが整って嵌る。 ブランドは “ END ” で、Authentic Shoe & Co. が製作以外の諸事を仕切っている。 番頭の岩渕君がやってきた。 予め断っておくが、岩渕君とは長い付合いで優秀な男であると承知している。 Authentic Shoe & Co. が今の地位にいるのは、彼の働きによるところが少なくないとも思う。 実際、いままで数々の無理難題を聞入れてくれて感謝もしている。 ⎡ 良いよ!これ良いよ!凄く良い!⎦ … 続きを読む

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