月別アーカイブ: March 2012

九十話 役に立たない巴里散歩案内 其の壱 − 北ホテル −

全く役に立たない旅情報で恐縮ですが、三話ほど続けてご辛抱下さい。 では始めさせて戴きます。 ちょっとお願いがあるんですけど、いい加減に止めてもらえませんかねぇ。 再開発かなんか知りませんけど、巴里を小綺麗に掃除するのを。 Bertrand Delanoë さん。 巴里市長として、ゲイ・パレードを先導するのは結構ですけど。 此処だけは、なんとかこのままで残して下さいよ。 時差ボケで早朝目が覚めると必ず行く場所がある。 メトロの八番線に乗って République 駅で降りる。 移民労働者が行き交うこの界隈は、巴里北東部に残る。 この辺りで散髪屋に入ると、もれなくボブ・マーリーにしてくれる。 まぁ、髪の毛があればの話だが。 Temple通りを少し東に歩くと左手に淀んだ水溜りが見える。 ⎡ Canal Sain-Martin ⎦ Canal は運河の意味だからサン・マルタン運河となる。 セーヌ川のアナスナル港から、ラ・ヴィレット運河、ウルク運河へと続く。 この水溜り、とかく評判がよろしくない。 不衛生だの、浮浪者が居つくだの、景観が煤けているだのと云われる。 莫迦言ってんじゃない、それが厚化粧に隠された巴里の素顔だろうと思う。 運河に沿った Jammapes 通りを北に向かう。 時折、移動志向の住人や、精神を薄っら病んだ人に声をかけられる。 これも、巴里の下町では珍しいことではない。 通りに面した 102.quai de Jammapes 75010。 ⎡ HÔTEL DU … 続きを読む

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八十九話 豚組

あ~あ、な~んもやる気しねぇ。 それでも展示会だって言うから行く。 ⎡蔭山さん、なんかお疲れじゃないですか?⎦ ⎡うん、そうかもね⎦ ⎡お加減でも悪いんじゃないですか?⎦ ⎡そんな感じするぅ?じゃぁ、そうなんじゃないのぉ?⎦ ⎡今回のうちのコレクションどうですか?⎦ ⎡別に良いんじゃないの、よくわかんないけどぉ⎦ 返事するのも面倒臭い。 ⎡週末、何か旨いもんでも喰いに行きますか?⎦ ⎡うるせぇ、俺の前で食いもんの話するんじゃねぇ⎦ もう無理だ。 ビアシンケンと、菜と、パンの食生活が一週間余り続いた。 減量という名の拷問だ。 生地獄だ。 我慢の限界だ。 タクシーに飛乗る。 ⎡運転手さん、西麻布へお願いします⎦ ⎡出来るだけ急いで下さい⎦ 西麻布の交差点から、根津美術館方向に少し入ると豚がいる。 いや失礼、究極のとんかつ屋⎡豚組⎦がある。 閑静な家並みに建つ終戦直後の木造一軒家を店とされている。 ⎡いらっしゃいませ、今日はどうなさいますか?⎦ ⎡ロースを三センチの厚切りでお願いします⎦ ⎡出来るだけ急いで下さい⎦ こいつは只の客じゃない、この気迫は普通じゃないと思われたかもしれない。 ⎡お待たせいたしました⎦ ⎡ご飯とお味噌汁は、おかわりおっしゃって下さい⎦ ⎡うん、ありがとね⎦ ⎡分かったから、早くあっち行ってくれるぅ?⎦ ⎡とんかつに集中したいから⎦ 旨い、旨過ぎる、どんだけ旨いんだぁ~。 地獄で仏とはこの事だ。 ⎡あのぉ~、お客様ご飯のおかわりいたしましょうか?⎦ 飯茶碗が空になっていたが、手から離さないのを見ていたらしい。 新たによそわれたご飯は、天辺が尖るほど盛られていた。 上品な店だが、客の状況によって心得た給仕を心がけてくれる。 ヨモギを喰って育つ⎡岐阜けんとん豚⎦。 岐阜養豚農家百戸の中から十八戸を選び、特別飼育管理に基づいて飼育している。 ほんとに、柔らかくあっさりとしている。 … 続きを読む

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八十八話 ひょっとしたら

⎡これは、売れるよ⎦ ⎡僕は買わして貰うけどねぇ⎦ ⎡また儲かるんじゃないの?⎦ ⎡いい加減な事言ってもらっちゃ困りますよ、またって、いつの?何の話?⎦ ⎡いやぁ~、良いよこれ⎦ ⎡マジですか?イケてる感じですか?⎦ ⎡嬉しいなぁ、儲かっちゃいますかねぇ?⎦ ⎡儲かる前提で、今晩がっつり糞高いフレンチでも喰っちゃおうかなぁ⎦ ⎡そんなもん喰う前に、安く売る事考えてよ⎦ ⎡嫌ですよ、喰ってからか、喰いながら考えますから⎦ 全くの“ 獲らぬ狸の皮算用 ”である。 しかし、一円にもなっていない発売前でも、お客様から言われるとやっぱり嬉しい。 また、心強くもある。 それに、結構な数の方にお問い合わせを戴いた。 ブログのアクセス数もいつもより断然伸びている。 僕は見当違いの話を無責任にしただけなのに。 最短距離でここまでの仕上がりとなった。 やっぱり、鍛えられた職人の知恵と工夫には敵わない。 ⎡どうしたら良いですかねぇ?⎦と薮から棒に訊いてくる馬鹿もいる。 モノのひとつも仕上げずに、白紙で⎡どうしたら?⎦もないもんだと思う。 ⎡僕の人生これで大丈夫ですかねぇ?⎦の問いに等しい。 僕は、牧師でも、学者でもない、ただの服屋なんだから答えようがない。 創っては棄て、棄てては創り、繰返しの中から良品は産まれるのだと思うのだが。 向い風が吹く時代に、横着な仕事ぶりからは何も産まれない。 お客様に良いと言われても、それでもなお考える。 ロール・バックからクラッチ・バックへ。 クラッチ・バックからトート・バックへという発想はかたちになった。 だが、あと一歩何かやるべき事を見逃しているかもしれない。 製作者の後藤恵一郎さんから、逆の発想で創られた試作品が届く。 ⎡しなやかなグローブ・レザーによって自在に姿を変える⎦から、 ⎡剛健なヌメ革を白く塗り強制的に癖をつけて違う姿に変える⎦へ。 真逆の試み。 白い塗装は強制によってひび割れる。 美しく凶暴な感じが良い。 “ BEAUTY BEAST ” … 続きを読む

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八十七話 Transformation

僕は、元来モノに拘る方ではないのだが。 譲れないモノも中にはある。 靴、鞄、眼鏡、筆記具辺りがそうなんだけど。 とりあえず、鞄の話でもさせていただこうかな。 僕は、普段、店や事務所に来る時は大体が手ぶらだ。 鞄を持つのは、出張を含めて旅先である事が多い。 宿にトランクを置いて、荷を解いて、手持ちの鞄を取出し身軽に出かける。 では、こういった際の鞄はどういったモノが適当だろうか? リュックサック、ウェスト・バック、ショルダー・バックとかも良いかもしれない。 でも大抵の場合、この手のアイテムはナイロンか綿布で作られている。 型的にも、素材的にも、スーツにはちょっとねぇ。 旅先で厄介なのは、時々に服種が変わってしまう事にある。 仕事でスーツ、飯屋でブレザー、休日にブルゾンみたいな感じで。 これに合わせて鞄を揃えてとなると、さすがにあり得ない。 あれこれ考えているところへ、後藤恵一郎さんから試作途中の見本が届く。 ⎡いやぁ~、ちょっと悩んでまして⎦ へぇ~、この人でも製作に悩んで他人に相談する事があるんだぁ。 持込まれた見本は、ボディ・バック。 申し訳ない事に、先のような全然違う鞄を考えていた最中だった。 さらに申し訳ない事に、最近の傾向として急には頭が切り替わらない。 多分、ボディ・バックをどうしようかって話しなのに。 旅先でどうだとかいう話を散々披露した挙句。 ⎡やっぱり嵩張らず、クルクルっと丸めてトランクに突込めて⎦ ⎡紙袋みたく簡素な構造で、書類も細々したものも収納出来て⎦ ⎡スーツの際には、抱えられるクラッチ・バックみたいになって⎦ 後藤さんにとっては、相談した相手もタイミングも最悪だった。 ⎡馬鹿野郎、あるもんかそんな鞄、それより俺のボディ・バックどうすんだぁ?⎦ と云いたいところを、馬鹿を相手に怒ってもしょうがないと我慢されたんだろう。 それでも、何かの勘が働かれたのかも知れない。 数日後、ひとつの鞄を仕上げてこられた。 この鞄、一枚の革の脇だけを縫い合わせている。 脇に仕込まれたヌメ革が強度を保ち歪みを防ぐ。 ハンドルは、細く裁断された革を二枚合わせて中央を縫上げる。 途中で接がず一枚の革から切り出すので、五十キロほどの加重にも耐えるという話だ。 何より、この鞄トランスフォームする。 丸まった状態からトート・バックへと。 この状態では、完全に自立し書類もファイルごと納まる。 そして、ハンドルを目玉の中央にある穴から内側に引入れて、ふたつに折ると。 トート・バックから、クラッチ・バックへと変体する。 ⎡何だぁ、これ?⎦ … 続きを読む

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八十六話 服装術

⎡鞄持ち⎦って言葉があるけど、今でも使われているのかなぁ? ⎡主人の鞄を持って供をする人⎦みたいな意味なんだろうけど。 僕も、勤め人だった二十代の頃、ある人の⎡鞄持ち⎦をやっていた。 本当に面倒な人だったが、洒落た人でもあった。 京都芸術大学を卒業し、紡績会社に入社。 戦後の国費特別留学生としてイタリアの地で産業デザインを学ぶ。 帰国後、日本メンズ・ファッション界の振興に深く関わった。 銀髪、細身、喋りは日本語、英語、伊語を流暢にこなす。 常に皺ひとつないグレー・スーツ・上質ブロードの白シャツに無地のタイを纏っている。 スーツは、ローマの仕立屋が手掛けていた。 指には、⎡六郎⎦の名に由来する⎡6⎦を紋章としたリング。 ミラノに在住する世界的現代彫刻家が地金から削り出したという。 抱える鞄は、英国 Tanner Krolle 社製の Clutch Bag 徹底して変わらないスタイル。 飲屋だろうと、何処だろうと、人前で上着は脱がない、ネクタイも緩めない。 仕事だけでなく、寿司の喰い方から、バーでの飲み方までを教わった。 年寄り臭い言回しになるが、良い時代だったと思う。 ⎡大人らしい大人⎦にかろうじて出逢えた時代。 当時こういう人の⎡鞄持ち⎦だったから、着るものには無理をした。 財布に数千円しかなくても、身繕いだけはやりくりした。 今のやさぐれた格好とは大違いだ。 俺も落ちたなぁ。 それにしても、いつの頃からだろう? 男も女も、大人と子供が同じような格好するようになったのは。 たかが服なんだから、好きに自由に着りゃ良いんだけど。 ちょっと寂しい気もする。 子供が大人の真似するんならまだ救われるけど、その逆はいただけない。 多分、俺たち⎡服屋⎦が悪いんだろう。 駆出しの頃、⎡服飾術⎦について説かれたことがある。 男の服装は、感覚に頼るんじゃなくて、術で魅せなければならない。 “ Sense ”よりも、“ Technical ”な面が大切だという。 … 続きを読む

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八十五話 復興の郷土食

東京、青山学院大学西門辺り、ビルを二階へと上がる。 小さいながら評判の新店だ。 “ GANVINO ” 店の灯には⎡岩⎦の一文字が標されている。 この店、シチリア料理の名店 “ Don Ciccio ”から分かれて昨年の七月に開店した。 兄貴がシチリアなんだから、弟分もそうなんだろうと思っていた。 品書きに目を落とす。 ⎡ひっつみ⎦とか⎡三陸海鮮冷麺⎦とか書いてある。 ⎡お姐さん、ちょっとすいませ~ん⎦ ⎡予約して、こうして座って、今更なんだけどぉ、つかぬ事訊いていい?⎦ ⎡此処、何の店?⎦ ⎡こいつ、軽~く馬鹿だなぁ⎦と思ったろうが、そこは客商売、表には出さない。 ⎡お客様、復興食堂ってご存知ですか?⎦ お姐さんの話はこうだ。 “ Don Ciccio ”石川勉シェフと“ Ganvino ”遠藤悟シェフはともに岩手県出身。 同郷の料理人二人は、いつの日か誇れる故郷の味を伝える店を出したいと考えていた。 最中の二〇一一年三月十一日、東日本大震災。 互いの故郷はかつての姿を失う。 ふたりは駆けつけたらしい。 地元大船渡のイタリア料理店“ Porco Rosso ”山崎純シェフとともに炊き出しを始める。 ⎡岩手三陸復興食堂⎦という場で。 帰京後、件の店が実現へと動き出す。 岩手の食材を使って料理を提供し、その良さを東京から全国へと広めていく。 故郷で励む生産者への継続的な貢献に繋げるために。 だが、口で言うほど簡単な話ではない。 都心の一等地で店屋を張るには、相応の覚悟と努力があらねばならない。 … 続きを読む

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八十四話 Gay Foodで痩せれるのか?

⎡ゲイの男は太らない⎦ 真っ赤な嘘だね。 出鱈目もいいとこだ。 だって、風船みたいな体付きのお茶目なゲイを知ってるもん。 オカマじゃないよ、ゲイだよ。 こういう根拠のない風評の出所は何処だ? 出所は New York で、広めてる奴は Simon Doonan という男らしい。 バーニーズ・ニューヨークの辣腕クリエイティブ・ディレクターだ。 一冊の本を出版した。 “ Gay Men Don’t Get Fat by Simon Doonan ” その名も⎡ゲイの男は太らない⎦ 著書によると。 世の食物について、乳製品や淡水化物というような分類は適切ではない。 単純に、ゲイ・フードとストレート・フードとに分かれるという。 ゲイ・フードは鮮やかな原色であり、含有蛋白質が微量もしくはゼロのもの。 逆にストレート・フードは地味な濃色で、脂質や蛋白質が豊富に含まれるもの。 まぁ、前者の代表がサラダで、後者がステーキみたいな感じだろう。 要は、身体に良く、軽く、装飾に富んだもの程、ゲイ得点が高いと言いたいらしい。 典型的な例として挙げられているのが日本食。 なかでも握り寿司は、 ただの魚の切身を可愛いフィッシュ・ボンボンに仕立てた最高のゲイ・フードなんだと。 フィッシュ・ボンボンって、一気に寿司が嫌いになりそうな表現だ。 栄えあるゲイ・フード一等賞、“ The Gayest … 続きを読む

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八十三話  LINIEREの魅力

“ Woven Moonlight ” ⎡月光で織られた生地⎦とは、亜麻布を意味する。 古代エジプト人の情緒から生まれた言葉なのだが。 クレオパトラの火照った身体を包んだのも、基督の遺体を包んだ聖骸布も亜麻布だった。 亜麻布、またはリンネルは文明の発祥と共にあった人類最古の布である。 亜麻はエジプトから欧州に渡り、フランス北部、ベルギー等が主要栽培地となっている。 一方で、綿花栽培はメキシコで発祥し、米栽培綿の原種となり全品種の九十%を占める。 だからという訳ではないが。 リンネルは欧州的で、コットンは米国的な印象が僕の中ではある。 で、この Marine Parka なんだけど。 同じ色で、同じ仕様で、素材が綿のキャンパス地で仕立てられていたらどうだろう? American Work Wear 感が漂うんじゃないかなぁ。 Hickory の Overall に、Engineers Cap 被って、Work Boots 履いて。 ⎡親方、配管の具合どうでっか?⎦的な。 それはそれで良いんだけど、もうMarine Parka と言えるかどうかすら怪しい。 そういう視点で見てみると。 上質のリンネルで仕立てられた服は、極めて欧州的な一着となる。 少しくたびれた同じリンネルの Trouser と真っ白な Shirts を合わせて。 … 続きを読む

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