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六百六十五話 Banana

近くに建つ老夫婦が暮らされている古館。 北側の裏庭に立派な芭蕉の木が育っている。 昔は、よく手入れされたお屋敷だったが、いつの頃からか家も庭も少し荒れた感じに。 ずいぶん前に焼杉だった外壁も一部鋼板に囲われてしまった。 頑張って手を尽くしてみても、刻と歳には勝てないのかもしれない。 だけど、それでも僕は、窓から見えるこの御宅が好きだ。 駅前の高級タワー・マンションなんかより、よほどに美しいと想う。 晴れた夏の盛り。 夕刻、海風に吹かれた芭蕉の葉が揺れながら強い西陽を遮る。 雨の日は、雨樋みたく大きく広げた葉を伝って地面に雨水が流れ落ちる。 そして、花が咲き滋養豊かな実が房となって実る。 長い年月、家屋と共に役割を担いながら老いた家人の営みを見守っていく。 この古館と芭蕉との似合の風情は、こうして育まれたのだろう。 こんな想いを抱きながら、朝に夕に眺めていたのだが。 いつまでも指を咥えて眺めていてもしょうがない。 ってことで、芭蕉( Banana ) の木を育ててみることにした。 とりあえず、小さめの Dwarf Monkey Banana で我慢しとくかぁ。          

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六百六十四話 送り火

二〇二五年八月一六日の送り火です。 今年のお盆は賑やかだった。 母の初盆であった事に加え、引越を機に本宅の仏壇がやってきて海辺の家には仏壇が二基。 もともと居た義理の父母と越してきた両親。 両家の親が久しぶりに顔を揃えて、ひと所でお盆を過ごすことに。 なんか、これはこれで良い感じかもしれない。 嫁とは一〇代からの付合いだったこともあって、親同士異様に仲が良かった。 あの時のこと覚えてる? 昨日、嫁が、四十年ちかい前の思い出さなくてもいい噺を思い出した。 結婚前年の暮れ、当時二八歳の頃、欧州出張中に自宅に居た嫁と電話で話す。 「ねぇ、ちょっと訊きたいんだけど、アンタさぁ、わたしと結婚するつもり?」 「このままだと、流れ的にそんな感じじゃないの?で、なんで今?なんかあった?」 「いや、それがさぁ、昨晩遅くにお父さんとお母さんが家に来られたのよ」 「はぁ?なにしに?俺が留守中になにやってんの!」 「えっ?知らないの?御宅のご両親、アンタが海外出張中よく家に来られてるよ」 「知らないよ、親とかと喋らないし、冗談だろ?なにそれ、言ってよ!」 「まぁ、それは良いんだけど、昨晩の噺は流石にそうもいかないと思って」 「なんなん?そうもいかない噺って」 「付合って一〇年になるけど、あの馬鹿息子に任せてたらいつになるか分からないからって」 「一緒にさせようかって、お父さんが」 「無茶苦茶だな、それ!で、どう返事したの?」 「わたしは、その馬鹿、じゃなくって、息子さん本人からなにも聞いてませんけどって言った」 「馬鹿は余計だけど、真っ当な返答だわ、それで?」 「言ったんだけど、誰も聞いてない、親同士盛りあがってそれは良いじゃん!みたいな」 「うちの親はもちろんだけど、御宅の親もどうかしてるよなぁ、ひとり娘の一大事だろ?」 「アンタだってひとり息子じゃん、馬鹿だけど」 そんなやりとりがあった部屋に、今、こうして二基の仏壇が並んである。 いつまでも騒いでないで、送り火炊いたんだからもうお開きですよ!  

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六百六十三話 GRAND Calbee

おかげさまで、母の一周忌法要を無事済ませられました。 いやぁ〜、暑かった。 集まっていただいた親族の方々には、遠方からの方もおられてさぞ大変だったと思います。 感謝です。 ありがとうございました。 海辺の家に戻って、それぞれにいただいたお供えを仏壇に供える。 いっぱいあって、積みながら眺めていると結構楽しい。 仏様のお膳を支度している嫁に。 「 UMEDA味って、これなに?」 「あっ!それ、 GRAND Calbee だわぁ! 梅田味のポテト・チップス!」 「 GRAND Calbee ? 梅田味? なに?」 「ほら、阪急百貨店の梅田本店でよくひとが並んでるでしょ、限定でそこしか買えないやつ」 「えっ、あの行列って、ポテト・チップス目当てなの?」 「そうだよ!知らんの?」 「知らん、初めて聞いた」 「Calbee ポテト・チップスの高級版で、梅田限定味とかがあるわけよ」 「ヘぇ〜、詳しいね、で、普通のやつより旨いの?」 「それは、知らん、食べたことないから」 「そこは、知らないんだぁ」 「じゃぁ、食ってみよう」 「お供えしてからね」 「いや、他にいっぱいあるんだから、ちょっと一箱食ってみよう」 ってことで、食べてみた。 どうやら、味は、焼きしお味、スキヤデ!味、ウメダ!味の三種類あるみたいだ。 まず一袋目は、焼きしお味から。 封を開けて取り出してみると、大きさや形状の見た目からしていつものと違う。 外径がふた周りほど小さくて、厚みが厚く、表面が波板状になっている。 この形状が、そのまま歯応えや食感の違いを生じさせる。 焼きと題されているとおり炙ってあって、香ばしくて旨い。 なるほど、一般のモノよりひと手間もふた手間もかけて旨さを引出しているってわけかぁ。 次に、ウメダ!味。 … 続きを読む

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六百六十二話 仏事

ようやく海辺の家への引越も終わって、日常が戻りつつあるとか言っていた。 しかし、よ〜く考えてみたらそうはならない。 北摂の本宅を引渡した翌日が、父の祥月命日。 月が明けて八月早々に、親族集まって母の一周忌法要。 それを済ませば、母の初盆法要。 そして、いつもの盆供養。 わずかひと月の間にこれらすべてを執り行えってかぁ? 親には申し訳ないと想うけれど、もう溜息しかでない。 いったい誰が考えたん? これって苦行でしかないわ!    

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六百六十一話 月桃が咲く頃

ようやく海辺の家への引越と片付けを終えた。 まだ、各種手続やら何やらは残っているものの日常は戻りつつある。 この二ヶ月ほどできるだけ庭は見ないようにしてきた。 庭仕事をやる余裕も気力もなかったから。 途中、Garden Gypsy 橋口君と高知在住の Surfer が多肉植物用の石を積みに来てくれたけど。 積み終えるだけ積み終えたら帰っていった。 なので、二ヶ月ほど庭はほったらかし。 この時期二〇日以上放置すると、葉は茂り、雑草は蔓延り、もはや庭とは云えない有様となる。 今朝、庭に出てその有様を目の当たりにした嫁が。 「ヤバくない?」 「あぁ、ヤバイな」 「どうすんの? Gypsy 呼ぶ?」 「いや、奴も忙しそうだから、ボチボチと俺がやるわ」 「この暑さの中? 死んじゃうかもね」 どこから手をつけたものか? 思案しつつ眺めていると、塀際に見慣れぬ白いモノが眼に入った。 「えっ? これって、月桃の花? 遂に咲いた?」 「嘘でしょ? マジでぇ! 咲くんだぁ、これ!」 花の蕾が桃のように見えることから、漢名で “ 月桃 ” という。 台湾や印度原産の熱帯植物らしい。 日本では、沖縄で自生しており生活に密着した生姜科の薬用 Herb として広く知られている。 もう三、四年前になるかもしれない。 “ 月桃 … 続きを読む

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六百六十話 この世で一番旨い Pesto Genovese!

大阪駅を北東へ、JR京都線の高架を潜る。 少し歩くと、いつの間にか時空が歪んだ世界に迷い込む。 木造の低層建物が、迷路のような路地にひしめいて並び建っている様はある種異様だ。 商都の一等地に灰色に燻んだ戦前の大阪が現実として生きて在る。 大阪市北区中崎町。 大阪大空襲を免れ、戦後の土地区画整理も及ばず、戦禍からも行政からも取り残された街。 長屋住人の高齢化も限界集落並みに進んではいるものの、暮らしがなくなったわけではない。 ステテコ姿の爺と普通に出くわしたりもする。 繰り返すが、此処は西日本で最も開発が進む大阪の玄関口から目と鼻にある界隈だ。 詳しくは言えない地元事情もあるにはあるのだが、それにしても街場とは不思議なものである。 此処を彷徨くようになって随分と経つが、今だ目的地に間違わず辿り着いた試しがない。 迷路が絡みつく路地世界が広がっている。 その路地の奥で偶然見つけた飯屋を訪れたのは、もう一〇数年前になると想う。 LA LANTERNA di Genova (ジェノバの灯台) 天井の低い穴蔵みたいな長屋で、外人女性がひとり営んでいた。 Boffelli Silvia さん。 生粋の Genova 人らしい。 生真面目で、賢そうで、なかなかの美人だ。 こんな路地裏食堂で、Genova 人が創る 本場 Genova 料理を食えるとは想像もしていなかった。 Genova 料理といえば、Pesto Genovese 。 伊で “ Genovese ” と注文すると、何故か違った食いものが供されたのを思い出した。 必ずと言って良いほど、牛肉と香味野菜をトマトとワインで煮込んだ茶色いパスタ。 どうも Pesto … 続きを読む

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六百五十九話 シン・トンカツ

神戸で夜の顔といえば、東門街。 それなりの歓楽街ではあるんだけど、大阪の北新地ほどオッサン臭くもない。 学生や外国人も多く行き交い、場としての敷居も低い。 震災やコロナ禍で、ずいぶん面子も変わってしまったが、それでも港街一の歓楽街として今も在る。 生田神社の東門前であることから東門街。 その生田神社にほど近い路地奥に人気の BISTRO が在るらしい。 “ BISTRO HEEK ” ビルの二階、カウンターとテーブル席ひとつのちいさな店屋だ。 肩肘を張らない店屋と聞いたが、これは張らんわなぁ。 予約したテーブル席以外は鮨詰め状態で満席、人気なのは噂通りらしい。 「いらっしゃいませ!ご予約八時まで空いてなくてすいませんでした」 「ちょっと、先に便所借りるよ」 「どうぞ、その奥になってます」 用を足していると、壁に貼られた紙に書かれてある文言が目に入った。 “ TAKE OUT   HEEK 特製 カツ・サンド ” カツ・サンドがあるということは、俺の大好物である豚カツもあるのかぁ? 「ひょっとして、豚カツやってんの?」 「えぇ、できますよ」 「マジでぇ!じゃぁ、とりあえずその豚カツで」 そして、でてきたのがこの一皿。 「なんだぁ、これ!」 「ねぇ、疑うわけじゃないんだけど、この厚みで火通せてんの?」 「大丈夫ですよ、芯温きっちり測って揚げてますから」 「じゃぁ、いただくね」 骨付き三田豚肩ロースのカツレツ。 見た目も味も、豚カツ専門店とも洋食屋のそれとも全くの別物。 しかし、何かと訊かれれば、まごうことなき豚カツだ。 骨付きならではの絶妙の歯応え、脂の溶け具合、薄くさっぱりとした衣。 … 続きを読む

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六百五十八話 都落ち

“ 我浮黄河去京関 ” この際、いっそ李白を気取って都落ちでもするか。 とは言え、再起を期すわけでもなく自ら好んでなんだけど。 北摂の本宅と海辺の家を行ったり来たりするのも最近辛くなってきた。 昨年夏、母親が逝ったのを機に長年暮らした本宅を手放すことにする。 三七年前。 右を向いても左を向いても豪邸が建ち並ぶ一角に稼ぎに見合わぬ家を建ててみた。 振り返れば、若気の至りで見栄を張ってみたものの、なんか性分に合わなかったようにも想う。 現役時代は、帰って寝るだけの暮しぶりだったので気にすることもなかった。 しかし、引退してこの先の最期をここで終えるのは、どう考えても自分らしくない。 そこで思い立ったのが、嫁の実家でもある築七〇年の海辺の家の解体・再建築だ。 義父からも「この家をよろしく頼む」と言われていた。 一八歳の頃から出入しているので、隣人とも親しい。 そして、なによりこの地が辿ってきた特異な来歴とそれに纏わる気質を気に入っている。 そう決めて、引退後早々に着手したのが六年前。 設計を神戸大学で教鞭をとりながら神戸北野異人館に事務所を構える建築家に依頼した。 「どういった家を望まれていますか?」 「近い将来、此処に夫婦で都落ちするつもりでいます」 「なので、都落ちにふさわしい家を考えていただければ」 「都落ち?それってなんですか?」 「言葉通りですよ」 「豪華で立派な家もいらない、洒落た個性的な家もいらない、目立たず飾らずです」 「一九五〇年代、この海辺の街場によく並んで在った民家の再現を願ってます」 「加えて、骨組みを残しての解体時に敷地から搬出する廃材は最小限で」 「用途を違えてでも可能な限り再度活かして使ってください」 改築には丸々一年を要した。 棟梁をはじめ関わってくれた皆さんには、本当によくやっていただいたと感謝している。 その後も、庭を改庭したり気になる部分に手を加えたりで刻を費やした。 そして、二週間後には本宅を引払い海辺の家に移り棲む。 これで、めでたく都落ちとなるはずである。 あとは、北摂の本宅を引継いでくださる方の暮らしぶりが幸運に恵まれますように。    

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六百五十七話 German Iris

すっかりご無沙汰してます。 今年は、正月もなく、花見の宴も開かず、おとなしく毎日を暮らしています。 先日、海辺の庭の “ German Iris ” が蕾をつけた。 嫁が庭でもっとも大切にしている新種の Iris で、毎年咲くのを楽しみにしている。 その貴重な一本が無惨な姿に。 蕾をつけた茎は真ん中から折られ、芝生に転がっていた。 おそらく犯人は、顔見知りの野良猫なんだろうけど、よりにもよってこれを狙うとは。 まったく命知らずの暴挙にでたもんだ。 見つけた嫁は、もう怒髪天。 「なんてことを!どういうつもり?アイツ絶対に許さない!」 まだアイツと決まったわけでもないのだが、一旦アイツとなったらもうどうにもならない。 顔見知りのまぁまぁ可愛い顔をした野良猫を出禁にし、折れた Iris を拾って台所に。 Grappa の空瓶に水をはり茎をさして、開花させるつもりらしい。 「この状態じゃぁさすがに咲かないんじゃないの?」 「いや、わたし負けないから!」 もはや、Iris はわたしに、問題は勝ち負けになったようだ。 その後、水を換え適度な日当たりで世話してると、三日目に見事に咲いた。 「良かったよなぁ、なんとか咲いて」 「うん、それにしてもアイツ!」 咲いたからといって、許されるものではないらしい。

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六百五十六話 あの日

街は、綺麗になった。 “ 鉄塔の美女 ”とも謳われる KOBE PORT TOWER の改修工事も終わった。 そして、当時半壊だった “ 海辺の家 ” もこうして元の姿を取り戻した。 普段、あまりもう口にすることも少なくなった。 それでも、やっぱりこの日にはあの日を想い出す。 もう三〇年経ったのかぁ。 長かったような、短かったような・・・・・。  

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