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七百四話 塩鯖重

鳥取市湖山町。 土地勘がなくわからないが、大学や空港から徒歩圏内らしいのでそう辺鄙な場所でもないらしい。 まわりは住宅街で、店屋は一軒此処だけだ。 創業は、昭和四〇年代半ばでもう半世紀は超えている。 どこにでもある地元で愛され続ける普通に旨いこの食堂に普通じゃない一品があるという。 食に間違いのない従姉妹の次女からそう聞かされて訪ねてみた。 屋号は “ 更科 ” で、この名も丼物や饂飩を商う飯屋によくある名だ。 品書には、きつねにたぬきといった麺類から親子丼などの丼物、定食ではとんかつ定食とかが並ぶ。 まったく普通の面々のなかに見慣れないものが記してある。 “ 塩鯖重 ” ? 普通じゃない一品とはおそらくこれだろう。 早速に注文してみる。 飯に焼いた塩鯖が盛ってあるという彩りの悪い絵面を想像して待っていると。 目の前に置かれたのは、なんとも色合い豊かで華やかなお重。 見てくれが、店屋の外観、店内、亭主、品書とはまったく通じ合わない派手さ。 なんですか?これは? 箸で掬いあげてみる。 焼いた塩鯖、玉子焼、鯵?の刺身、とびっこ、青葱が、白飯の上に盛られてある。 そこに、独特の甘辛いタレがかけられているのだが、このタレがまた絶妙に旨い。 塩サバの塩加減や焼加減、卵焼きの甘さ、とびっこの食感、刺身の歯応えなど。 とにかく、それぞれの具材に施された塩梅が素晴らしい。 これは、家庭では到底再現できない味だ。 この愛想の欠片もない亭主凄ぇなぁ。 鳥取を訪れた際には “ 更科 ” の塩鯖重を是非!勘定は 一五〇〇円です。        

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七百三話 湖畔に佇むちいさな本屋

鳥取県湯梨浜町、山陰八景に数えられる東郷池。 池とあるが、実際には淡水と海水が混じる汽水湖なのだそうだ。 その畔に、まるで映画のセットみたいなちいさな書店が一軒佇んでいる。 書店名は “ 汽水空港 ” と看板にあって、おそらく汽水湖に由来しているのだと思う。 山陰八景にしては、観光客がいない。 というか、この辺りを幾度か通りすがったけれど、ひとと擦れ違ったことすらない。 なんでこんな時代に、こんな場所で、こんな商いを営んでいるんだろうか? 間口は二間ほど、引戸を開けて鰻の寝床のような小屋建の店内に足を踏み入れる。 古書専門店ほどではないものの、古紙とインクが混ざったようなあの匂いが漂う。 が、それも嫌な匂いではない。 湖面で折り返した柔らかな陽が硝子窓から差込む。 暗すぎず、明るすぎず、読むに丁度良い照度で整っている。 店奥の帳場が店主の居場所となっていて、その日もそこにいた。 髭面、白髪、丸眼鏡の痩せた老人だと期待したのだが。 ちょっと違って、割と小洒落た物腰の柔らかそうな若いおとこが店主らしい。 帳場の脇には、二〜三人ほどの台と厨房があって、ちょっとした Café 的な設えになっている。 書店全体に、店主の Self Build による居心地の良い空気が漂う。 肝心の書架を巡っていく。 思想・農業・児童・旅・食・地域などに分類され、それぞれに個性的な本が並ぶ。 分類されたなかに建築分野の書架があった。 幅は二メートルほどで、棚そのものが店と同じような小屋建で造られている。 片流れの屋根が架けられ、板が葺かれた上に煙突まで設置するという念の入れよう。 くだらないがなんとも洒落た造作だ。 この書架に一冊の本を見つけた。 Dacha は、建築であり文化でもあるのだが、この言葉を他言語に置き換えることは難しい。 乱暴な表現になってしまうが。 帝政 Russia 時代に始まりSoviet 連邦時代を生き抜いた菜園を伴った庶民の別荘文化。 かつて本宅とは別に庶民が所有した小屋というかコテージのような代物について書き記した本だ。 … 続きを読む

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七百二話 岩牡蠣

季節が代わる度、暖簾をくぐる鳥取の割烹 “ みた ” で。 ひと通り食べ終わって水菓子にさしかかった頃。 視界の片隅、敷かれた氷の上に石ころみたいなものをのせた皿が通り過ぎた。 右隣に座っていたひとり客に供された一皿。 その若い男性客には、亭主が注文を受けずに見繕った一品と酒が振る舞われる。 どうみても常連客だろう。 石ころの正体は巨大な殻付きの夏牡蠣で、脇の硝子酒器には地酒が冷やで注がれる。 そして、客は、三等分に切り分けられた身を啜りながら冷酒をひと口煽った。 若い時分からそんな贅沢してると俺みたいに碌なもんにならんぞぉ!と思いながら訊く。 「ねぇ、それって美味しいですか?」 「えっ、はぁ?美味しいです」 我慢は身体に悪いので注文することに。 「僕にもその牡蠣いただいて良いですか?」 「はい、水菓子の後になっちゃいますけど、それで良ければ」 梅の蜜煮と鳥取名産 “ 大栄西瓜 ” を食いながら待つ。 拳より大きな牡蠣を見事な手捌きで開いて身を剥がす。 包丁を入れた後、身を再び殻に戻し氷の上に盛って付け台越しに手渡される。 なんらの味付けも施さない素の生牡蠣だ。 下殻が平らで全体的に外観が平べったい。 檸檬汁を落として口に入れると、とにかく想像を遥かに超える濃厚さと旨味に驚く。 それでいて、拗さがなくさっぱりとした風味が後に残る。 「なんなんこれ?糞旨いわぁ!」 皿に添えられた鳥取賀露漁協の銘札には “ 夏輝 ” とある。 この冠が許されるのは、獲られれた天然岩牡蠣の一割にも満たないらしい。 そもそも天然岩牡蠣そのものが、日本海沿岸数カ所でしか獲れない希少水産物だ。 滅多と口に入るものではない。 産卵前の身が大きく育つ七月と八月が旬で、今はその出かかりだという。 春夏秋冬、こういう出逢いがあるから鳥取通いがやめられない。 … 続きを読む

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七百一話 サボテンの花

こういうのを期待して育てていた訳でもなんでもない。 朝起きて庭に出ると唐突に咲いていた。 団扇サボテンの花。 よく観ると他にいくつもの花芽をつけている。 へぇ〜、サボテンってこんな花咲かすんだぁ。 庭の片隅に地植えして、ほったらかしにしていたのに。 こんなことなら、もうちょっと目立つ場所でちゃんと面倒みてやっても良かったかもしれない。 曇天に覆われた梅雨時、雨上がりの朝に良いものを見せてくれた。 そういや、昔 “ サボテンの花 ” とかいう曲が、ドラマや CM で使われて流行ってたような。 誰のどんな曲か?全く思い出せないけれど。  

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七百話 Little Gem

Florist から隣の庭に咲く花を貰う。 これって、泰山木? 泰山木は、下手をすると二〇メートル以上にもなる大木だが、これはそこまでにはならないらしい。 同じ木蓮科の矮性品種で、高さは三メートルほどにとどまる Little Gem と呼ばれる植物。 白磁器のような白く大きな花も綺麗だが、何より葉姿が良い。 葉の表は艶やかな深い緑色で、裏は Velvet 状の Bronze 色をしている。 花期も長く、初夏から秋口まで散発的に咲く。 その名の通りちいさな宝石だ。 庭を創るひとは、他人の家に咲く植物を羨んで欲しがると聞くけれど。 これは欲しい!  

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六百九十九話 Giant Hornet Busters !

桜の花が散った後、新しい緑に覆われ庭全体が明るく華やぐ。 そんな季節を迎えた頃 “ 海辺の庭 ” に凶暴な使徒がやってくる。 Queen Giant Hornet (オオスズメバチの女王)だ。 絶対に負けられない戦いの幕開けなのだけど、僕は芯がやさしいので参戦しない。 眺めているだけ。 周到に罠を仕掛け、入念に毒を盛り、着実に死に追いやる。 海辺の Hornet Busters とは、我が嫁のことだ。 おんなとおんなの闘い。 怖っ! ここで、このオオスズメバチとは何者か?についてちょっと解説しておく。 スズメバチ科のなかでもオオスズメバチは世界最大級で、働き蜂でも四センチくらいの大きさ。 女王蜂ともなれば六センチ近くにも達する。 その凶暴性と毒性も半端なく、場合によっては死を招くことも。 但し、雄は毒針を持たず戦闘や営巣などの労働にも従事せずだいたいが巣の外に出ることもない。 役割は交尾専門で、行為が終われば死ぬ。 どの種に於いても、雄は哀しくやさしいいきものなのだ。 秋、働き蜂はその短い一生を終える一方、女王蜂は次の女王蜂候補を専用の育房で育て始める。 育て終えた元の女王蜂は、そこで他の働き蜂同様寿命を終え巣は消滅となる。 代を継ぐ一体だけを残し他の蜂は全てリセットされるわけだ。 女王蜂候補は冬を越すため、余分な脂肪の燃焼となる労働はせずに育つ。 独り冬眠し春になって眼を覚ます。 そして、新たな巣を作り、働き蜂の卵を産み、巣を大きくさせていく。 女王蜂は、種の継続のみを最優先し無駄な戦闘や労働はしない。 よって、働き蜂のような攻撃性は低いと言われている。 この点に狙いをつけて登場するのが我が嫁だ。 女王蜂が、目覚めてから営巣に着手する四月中旬から五月下旬までの期間に葬り去ってしまおう。 冬眠直後の女王蜂は体力が落ち行動が鈍く、加えて営巣に気を取られ警戒心が散漫になっている。 さらに、腹が空いているので容易に餌にも食いつくだろう。 ここしか仕掛けた罠によって根源を断つ機会はないと言い切る Hornet Busters の嫁 … 続きを読む

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六百九十八話 鉄のゲージツ家

今月のなかばに逝かれた。 「鉄のゲージツ家 」篠原 勝之さん。 もっとも晩年は、鉄から土に替えられ作陶家として活動されていたらしい。 浅草の隅田川岸に在った KUMA’s FACTORY の工房でお逢いしたのは一九八〇年代の終り頃だった。 双方の知人であった絵描きの紹介で、仕事をご一緒させていただくことに。 クマさんの愛称で、当時「笑っていいとも!」を始め多くの TV 番組に出演されていた有名人。 また、かつて新宿歌舞伎町界隈では玄人の喧嘩師として鳴らしていたという噂も耳にする。 やばいひとじゃなければ良いけど。 まるで鉄工所のような工房の奥から坊主頭の篠原さんが出てこられた。 知られた着流し姿ではなく、作業用のつなぎを着て頭には溶接用の防護マスクを被ったままだ。 「おまえさん、何やってるひと?」 「ファッション屋で、世の中になんの役にも立たないモノ創って飯食ってます」 満面の笑顔で応えられた。 「いいねぇ、そういうの!ところで、これなんかの役に立つと思う?」 眼の前には、錆びた鉄製の巨大オブジェがあった。 「よくわかりませんけど、多分、役には立ちませんね」 「だろ!じゃぁ、おまえさんと俺は同じ土俵にいるってわけだね」 この問答の際には解せなかったが、今ではなんとなく腑に落ちるような気がする。 「皆はなんにでも意味を求めるが、たいてい意味なんかない」 「生きることにも意味はないが、といって早く死ぬこともない」 「ただ生きてるから生きてるんだ」 表題も銘もない作品に対して、解説を求められた篠原さんの答えだ。 ひとは、意味や目的を知ることで安堵し生き甲斐に繋げていく。 それを放棄してただ生きろと言われて生きるには相応の覚悟がいる。 その覚悟を作品を通して問いかけてこられたようにも想う。 産まれて、生きて、最期には死んで土に還る。 本質は、ただそれだけ。 篠原勝之作品は、滅びの美学への探究だったのかもしれない。 ほんとうに良くしてもらって、やさしい方だったが、一方で厳しい方だったような気もする。 不思議な魅力を纏った唯一無二の存在だった。 漂えど沈まなかった「ゲージツ家」篠原勝之さん。 ありがとうございました。向こうでカツさんによろしく!さようなら!     … 続きを読む

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六百九十七話 桜の盛り

今年も海辺の庭に咲く桜。 五分咲くらいの今が一番綺麗なように想う。 すっかり老木で姥桜の類だけれど、老いてなおお盛んな様子でなによりだ。 咲き始めの頃ちょうど満月で、米国の先住民たちは Pink Moon とか呼ぶのだそうだが。 こうした月夜の桜も色気があってなかなか良い。 まぁ、大年増も捨てたもんじゃないわ。      

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六百九十六話 酒盛り

長い付合いで、かつての仕事仲間だった男女ふたりから連絡があった。 東京からやって来て、淡路島を自転車で半周した帰りに “ 海辺の家 ” に立ち寄りたい。 最後に顔を合わせて以来もう一〇年以上経つ。 夕刻連れ立ってやって来た。 おとこは我々と同年齢で、おんなは全くそうは見えないけれどそれでも六〇歳は超えている。 おんなの方から。 「酒買っていこうか?」 「いや、いらない、業者並みに揃ってるから」 このやりとりで忘れていた記憶が甦ってきた。 このおんなが、数々の武勇伝を誇る酒豪だったことを。 しこたま飲んだ挙句、東京青山の道端で一夜を明かし、朝何食わぬ顔で出社して仕事をこなす。 稼業は生粋の Fashion 屋で、それにふさわしくそれなりの格好でやってのける。 これ以上にやばい噺も数々あるのだが言えない。 とにかく見た目からは想像できない怖さを孕んだ奴だ。 「なに飲む?」 「やっぱ Bier だろうな、Bier 頂戴!」 Viet Nam 産の 瓶 Bier を含め数本空けながら。 「じゃぁさぁ、あれからのわたしの人生語ってあげるわ、ちょっと長いけど聞いて」 空白となっていた一〇数年に於ける抱腹絶倒の人生がどんなもんだったかを告げられた。 とんでもなく奇天烈な内容なのでこれも言えない。 飯を食いながら Wine を立て続けに四本。 酒量もさることながら食うのも半端ない。 ひたすら食って飲んでが続く。 このままでは埒が明かないので、酒の度数を上げることにしよう。 … 続きを読む

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六百九十五話 孤独の・・・・・

“ 誰にも邪魔されず 気を遣わず物を食べるという孤高の行為 ” 久住昌之原作漫画「孤独のグルメ」冒頭シーンでの一節。 作画を担ったのは故 谷口ジロー先生。 鳥取県鳥取市のご出身だったらしい。 その「孤独のグルメ」鳥取編で登場したのが此処。 “ まつや ホルモン店 ” 鳥取市在住の従姉妹が、予約が取れたというので行ってみることに。 道路脇の一軒家で、外観は一九六五年創業当時からの経年劣化そのままにボロい。 そして、暖簾を潜った店内は脂と煙で燻されてさらにボロい。 どこを触ってもペタペタとしていて、粘り気を含んだ独特の艶めきがある。 焼場前のカウンター奥に通され、一五センチほど先にある熱々の鉄板で亭主が肉を焼く。 鉄板は、長年の営みで真ん中が擦り減って窪んだ挙句全体が亭主側に傾いている。 溝状に窪んだ先の亭主足元にはドラム缶のようなバケツが。 この窪みと傾き具合が絶妙で、雨樋みたく余分な脂が伝ってバケツに落ちていく。 なかなかのオープン・キッチンシステムだ。 こういった風情は、狙って醸すわけにはいかない。 ひとつひとつが積み上げた信用の証みたいなもので、それがまた食欲を誘う。 飲み物は梅酒をソーダ割で頼んで、後の注文は従姉妹に任せて待つ。 品書には、オーカク(上ハラミ)とあるが横隔膜のことだろうか? 此処まつや名物のひとつなのだそうだ。 たしかに内臓肉特有の臭みも癖もなく肉厚で旨い。 注文の際に塩か?タレか?と訊かれるのだが、このタレがなんとも言えない味で肉によく合う。 言ってしまえばただの味噌ダレなのだが、果実の甘味と唐辛子の辛味が良い塩梅で複雑に絡む。 肉そのものは大阪鶴橋でもなくはないのだが、ここまでのタレはちょっと記憶にない。 これは病みつきになるかも。 店に電話があって女性が応じる。 「えっ?六月のいつ?三日ですかぁ?ちょっと訊いてみますね」 なにがあっても手を止めない亭主が肉を焼きながら。 「六月って三ヶ月先かいね?さぁなことわからんけど、きんさったら」 そして。 「すいません、一応大丈夫なんですけど、先なんでまたそん時にでも」 はぁ?それって、結局のところ予約出来たの?出来なかったの?大丈夫なん?謎だ。 それにしても、ホルモン屋の予約を三ヶ月前にするというのも凄い。 … 続きを読む

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