Thursday,October 27,2016

四百六十六話からの続きです。
並んで待った挙句に注文したのは。
自家製ピクルスを添えた猪肉のハンバーガー
NZ産ゴーダ・チーズと地元野菜のバーガーサンド
トマト・ソースとチーズのピッツァ
食い物はその三品で、飲み物は以下の三品を。
Pale Saison 英産麦芽/山口県産蜂蜜/米産ホップ/野生酵母
Chamomile Saison 独産麦芽/クロアチア産無農薬カモミール/チェコ産ホップ/野生酵母
鳥取県産完全放牧牛乳
品書をそのままに写すとこんな具合だ。
で、味はどうか?と訊かれると。
これが、なかなかお伝えするのが難しい。
これだけの人を並ばせるのだから、此処ならではの個性の強い味を想像していたのだが。
拍子抜けするほどに、主張のない控えめな印象を受ける。
猪肉のハンバーガーなどは、言われなければそれが猪肉だと気づかないだろう。
都会の仏料理屋が、Gibier などと気取って供する皿から漂うあの野獣臭さも全くない。
こんな山奥にわざわざ足を運ばせるには、ちょっと物足りない味にも思えたのだが。
食べ進み飲み進むと、その評価は変わっていく。
どれもいままで食べてきたものとなにかが確かに違う。
野獣臭くない猪肉、独特の酸味が残る野菜、干草が香る牛乳、軽い食感のパン生地など。
なんと言ったら良いのか、少しづつ泌みるような旨さが伝わってきて。
いくらでも食べられそうな気がする。
高級料理屋の磨かれた旨さではなく、田舎家の卓にあったような素朴な旨さだ。
だけど、それは、つまらなくはなくて、とても居心地の良い大切な味のように想う。
意外なことがあって。
僕は、食物においてふたつだけ嫌いで滅多に口にしないものがある。
ひとつはビールなどの発泡酒で、もうひとつが漬物だ。
なのに、自家製ピクルスを食いクラフト・ビールを飲んで、これは旨いと感じた。
何故かは分からないが、Talmary は好き嫌いを超えた地物本来の魅力を備えているのかもしれない。
廃園となった保育園を地元住人と改築した店舗。
食材から燃料までの大半を地域内で手当てしつくられた品。
過疎地域への移住者を受入れ雇用した人。
「ヒト」「モノ」「場」が、 これほどに佇まい良く構築された店屋を他に知らない。
それでいて、何気ない雰囲気を装って在る。
Talmary の支持者は国内だけにとどまらない。
店主渡邊格さんが著された「田舎のパン屋が見つけた腐る経済」は、翻訳され国外の愛読者も多い。
そこでは、地域の中で循環した経済の仕組みこそが、過疎地自立への道筋だと説かれている。
疲弊する地方経済。
中央銀行が総力を挙げて取組んでも一向に上向かない国内需要。
格差が解消し所得が増えれば消費も増える。
難しいことはよく分かんないけれど。
もうそんな発想は、時代遅れの幻想に過ぎないのかもしれない。
問題は、消費する側の懐ではなくて、消費させる側の意識にあるんじゃないかなぁ。
隔絶された地で営まれる一軒のパン屋に並ぶひと達を眺めていると、そんな風にも考えてしまう。
中央銀行総裁か、パン屋の亭主か、どちらの言分が正しいんだろうか?
Wednesday,October 12,2016

鳥取の山奥に連れられて。
考えさせられる光景を見た。
鳥取県八頭郡智頭町
過疎地と呼ぶのもなんだけど、やっぱり過疎地なんだろう。
あなた、明日からここでなんかやって稼いでちょうだいね。
はい、分かりました。
と、応じる商売人はまずいないだろう。
生活費の面倒みるから暮らしてちょうだいねでも、腰が引ける。
閉ざされて在る山の奥だ。
だが、ここでなければというひとがいるらしい。
稼業はパン職人で、ビールも創っている。
廃園となった保育園を店屋としていて、そこで食って飲むこともできる。
TALMARY
一〇時開店で、訪れたのは十一時前。
駐車場は満杯で、扉の前にはひとが並んでいる。
店屋のおんなの子に。
「これって、パンを買うひとの列なんだよねぇ?」
「はい、そうです」
「じゃぁ、ここで食べるんだったら並ばなくてもいいよね」
そんな都合の良いはなしあるわけねぇだろう!このおっさん初めてかぁ?馬鹿じゃねぇの!
そう思ってるんだろうけど口には出さず、可愛い笑顔で。
「それはそうなんですけど」
「こちらで召上るのでしたら、廊下で待たれている方から順に案内させていただいております。」
「えっ!マジでぇ!」
入口から見えない奥の廊下にひとが同じように並んでいる。
ここんちのパンには、中毒にでもさせるなんか特別の添加物でも混入されているのか?
そして、ふざけるな!パン如きに並べるか!という意固地なおっさん的論理はここでは通用しない。
なぜなら、見渡す限り自販機ひとつない山奥で、嫌なら空腹と乾きを堪えて山を下りるほかない。
だから、こうして並んでいるひとには通じるものがあって。
Talmary のパンやビールにありつくというただひとつの目的だけに来て並んでいるのだろう。
それほどのパン好きやビール好きなのか?
そもそも味なのか?
それともこの店屋が掲げる理念への共感なのか?
或いは過疎地再生への慈善的意識なのか?
いまひとつ納得がいかないし、不可思議だ。
まぁ、こういった店屋をまったく知らないわけではない。
ただ、ここまで購買行動の原理を頭抜けて無視した店屋というのは珍しい。
そういった意味に於いては。
自身の Musée du Dragon もそれはそれは酷いものだったという自覚はあるものの。
この Talmary ほどの難行苦行を客に強いた覚えはない。
とにかく四〇分待って味わってみた。
続きは、隔絶された商い 其の二で。
Tuesday,October 04,2016

叔母が、菓子を手土産に海辺の家にやって来た。
この季節しか手に入らない菓子らしい。
Makronen Mandelkuchen
独語では、アーモンドを Mandel 菓子を Kuchen と呼ぶのだという。
そして、Makronen とはマジパンのことみたいで。
だから、この菓子はアーモンドの焼菓子ということになる。
アーモンドは、梅や杏と同じ薔薇科で花姿もよく似ている。
ただ果肉となるとそこは違っていて、アーモンドの果肉は薄く食されることはあまりない。
仁とも呼ばれる種の部分を食べる。
噛むとわずかな苦味と杏仁に似た香りが口に広がる。
そのアーモンド独特の風味が、存分に味わえるのがこの Makronen Mandelkuchen なる独逸菓子だ。
それも、そこらのバーで酒のつまみに盛られる安物のアーモンドではない。
伊シシリー産最高峰のアーモンドをさらに厳選して使っている。
アーモンド・バターをたっぷりと含んだスポンジ生地。
菓子上部には、これまたアーモンドが豊かに香る自家製マジパンが格子状に絞られ。
ところどころに、フランボワーズとアプリコットのジャムが格子の溝にあしらわれてある。
これは、衝撃的に旨い。
Mandelkuchen は独逸語なので独逸菓子だと思ったが、正確にはスイスの伝統菓子のようで。
スイスで製菓技術を学んだ職人が、その味をどうしても忘れられずこの菓子を創ったのだと聞く。
以後、毎年この季節になると常連相手に案内するのだそうだ。
素人の推量に過ぎないが。
多分この菓子を幾らで売ったところでいくらも儲けはないんじゃないかと思う。
最高の製菓食材を使い、ジャムからマジパンまでのすべてを工房で仕上げる。
途方もない手間と原価を要してでも、顧客に届けたいという一念がなければ到底出来ない。
そして菓子職人としてのその矜持が、八〇歳の中を過ぎて足元も覚束ない叔母を店へと向かわせる。
モノと銭金のやりとりだけが商いではない。
正念を入れて創って売るひとがいて、それに応えて買うひとがいる。
なんの皮算用も介さない単純な構図だが、これほど難しいことはない。
だけど、ほんとうの贅沢といったものはそんな構図からしか産まれないのではないかと想う。
贅沢このうえない Makronen Mandelkuchen を創られたのは津曲孝さん。
この方は、商うということの本質を身を以てよく承知されておられる方なんじゃないかなぁ?
さすがに黄綬褒章を授与された菓子職人が供する本気の味は凄い!
Wednesday,September 21,2016

用事は江ノ電鎌倉駅近くにあったのだが。
久しぶりだったのでひとつ手前の北鎌倉駅で降りて歩くことにする。
ここ北鎌倉を愛した映画人は多い。
松竹が、撮影所をそれまであった蒲田から大船に移した頃からだろうか。
木下恵介監督・小津安治郎監督・小林正樹監督など往年の巨匠から山田洋次監督まで。
皆さん、松竹組である。
松竹大船撮影所も今はもうなくなってしまったが、 その頃の風情はこの街から消えてはいない。
それは、昭和のインテリ達が好んだ雰囲気で。
激することなく淡々と風潮に抗って暮らす様が、まだこの家並みには窺えるように想う。
風情は申し分ないのだけれど、それにしても蒸して暑い。
北鎌倉在住の知合いによると。
湿気だけは何年暮らしても慣れるものではないのだそうだ。
切り通しの肌もじっとりと濡れている。
線路脇の看板に「銭洗い弁天まで二〇分」とある。
弁財天は水神で、弁財天の水で銭を洗うと浄めた銭が何倍にもなる。
こういった民間信仰は各地にあるが、鎌倉にもあるらしい。
洗うだけで銭が増えるという魅力的で手間いらずの御利益に是非とも与かりたい!
嫁に訊く。
「遠回りになるけど、洗う?」
「 うん、洗う」
鎌倉に建ち並ぶ数々の古刹名刹を素通りしてきた挙句に夫婦が口にしたのは。
お参りしようでもなく、手を合わせようでもなく、拝もうでもなく。
「洗う」の一言で、 もうお金頂戴と言っているに等しい。
が、欲に駆られた人間に待っているのは御利益ではなくお仕置きというのが相場だ。
銭洗い弁天までの道のりは、平坦ではなく山道で途中崩れて足場の悪いところも。
そもそも参道ではなく、葛原ヶ岡ハイキングコースと記されている。
のこのこ革靴で出掛けるような道筋ではない。
気温は三四度を超えていて。
湿度は MAX に達して。
頭から水を浴びたような姿で、服は何色だったか分からないほどに変わってしまっていて。
仲良く銭を洗おうとか言っていた夫婦仲も険悪に。
「これいつ着くの?もう遠に二〇分経ったよねぇ?さっきの看板嘘じゃん!」
「知らねぇよ!」
「ねぇ、ちょっとぉ!側に寄んないでよ!気持悪いんだからぁ!離れなさいってぇ!」
「なんで、そうやってオッサンは馬鹿みたいに汗かくのかなぁ?どっか悪いんじゃないのぉ?」
正直、銭を洗うよりも身体を洗いたい有様だ。
ようやく看板が約束した所要時間の倍くらい経った頃。
山道右手に「銭洗弁財天宇賀福神社」と赤く染め抜かれた幟が見えた。
社はどこにも見えず、どうやら岩をくり貫いた洞窟の先にあるらしい。
薄暗い洞窟を抜けると小さな社が建っていて、社奥にまた洞窟が見える。
そこに湧出す水で銭を洗うと増えるという仕組みなのだ。
手違いのないようにと説明書きを読んでいる嫁の手元を見ると。
その手にはしっかりと福澤諭吉が握られている。
「えっ?ふつう硬貨を洗うんじゃないの?」
「はぁ?百円洗って一〇倍になっても千円だよねぇ」
「汗水垂らして、元手引いたら九百円って納得いかなくない?」
「汗水って?あんた、もう完全にガチの顔つきだし」
果たして洗うだけで増えるという信仰は報われるのか?
その後、嫁の財布が膨らんだという報告は未だ受けていない。
まぁ、膨らんでいたとしても僕には言わないだろうけど。
Wednesday,September 14,2016

夏の間ずっと騒がしかった海の家もすっかり片付けられて。
浜が、地元湘南人の暮らしへと戻ってくる。
波乗りに、犬の散歩に、爺いの徘徊にと。
過ごし方はひとそれぞれだが、住人にとってはなくてはならない浜なんだろう。
僕は、夏の初めと終わりにこの浜が好きで来る。
由比ヶ浜は、ほんとうに良い浜だと想う。
さて、そろそろ晩飯時かな。
MANNA へ。
由比ヶ浜には、数件知った飯屋があるけれど。
伝説のおんな料理人 原優子さんの皿はどうしても外せない。
浜から江ノ電駅に向かって七分ほど住宅街を抜けて歩く。
途中、立派な構えの蕎麦屋が一軒在って。
垣根越しに蕎麦屋の広い庭を覗くと。
庭先の卓をふたりの爺いが囲んでいる。
ふたりとも八〇歳くらいだろうか?
とにかく髭面の日焼けした年寄りである。
麻の白シャツに短パン姿でむっつりと向き合って酒を飲んでいる。
卓には、バケツほどもある銀製のアイスペールに山盛りの氷が積まれていて。
そこには、値の張りそうなシャンパンが二瓶突き刺してあって。
どうやら、ふたり別々の銘柄をそれぞれに手酌で注いでいるらしい。
夏の終わりの夕暮れに潮風にあたりながらシャンパンを煽って、〆に蕎麦を啜るって趣向かぁ?
早よ死ね!
だけど、そういう格好が嫌味なく板についていて、見事に粋な風情を漂わせている。
銀座や北新地辺りの無理と無駄を重ねた贅沢なぞ寄せつけない余裕と貫禄だろう。
あぁ、おとこもこうなると上等だよなぁ。
おそらく、このふたりの爺いは由比ヶ浜の住人に違いない。
蕎麦屋の垣根越しにではあったが、この海辺の街が継いできた底堅い格を見たような気がした。
そして、近い将来このふたりの爺いも由比ヶ浜の波打ち際を徘徊するのかもしれない。
Wednesday,September 07,2016

シン・ゴジラ
まだ公開中なので内容については言えない。
ただ劇場動員は盛況で評判もすこぶる良いと聞く。
気に病んでどうなるもんでもないけれど、ほんとうに良かったと思っている。
劇場経営者の一族に産まれて。
活動屋だった父に育てられ。
昭和という時代を過ごした。
そんな僕にとって、空想特撮映画は夢であり希望であり誇りでもある。
二〇一四年に Hollywood 版 「GODZILLA」が公開された。
圧倒的スケール感と卓越した VFX 技術による完璧な視覚効果。
また一部撮影には一九六〇年代初頭に使われていたヴィンテージ・レンズを用いるという懲りよう。
さすがに、これを観て。
それでも怪獣映画は日本の特撮だねと口にしたひとは、おそらくいなかっただろう。
だけど、しかしである。
「GODZILLA」は「GODZILLA」であって、やっぱり僕らの「ゴジラ」じゃぁない!
この違いを語るのは難しいのだが。
「GODZILLA」には、匂いがない。
怪獣の匂いではない、製作現場の匂いだ。
対して「ゴジラ」には、ゴムや火薬や機械油や汗の匂いが混ざった独特の現場臭が漂っている。
それは、戦後日本のどの街にもあった吹けば飛ぶような町工場に漂っていた匂いだったように想う。
勘と経験を頼りに工夫を重ねた職人達が、資金繰りに追われながら必死に注文品を仕上げる。
そうやって、ちょっとでも良いものをと腕を磨き頑張ってきた。
あがきにも似た愚直さが戦後の日本を支えていた。
かっこ悪く、鈍臭く、垢抜けない時代が、一九六〇年代にはまだ続いていたような気がする。
「ゴジラ」は、そんな時代に、そんな国に産まれた。
良くも悪くもその匂いが日本人の体臭であり、ゴジラの体臭でもあったんじゃないかなぁ。
「ゴジラ」が「ゴジラ」であるためには、この体臭をどう纏わせるか?
「GODZILLA」の洗練さとは異質の表現がなされなければならない。
妙に小洒落た今の日本で、「ゴジラ」を「ゴジラ」として撮れるひとは誰か?
一九六〇年日本生まれで、特撮映画の現場を知り、新世紀EVANGELIONを世に出した庵野秀明氏。
東宝幹部じゃなくとも、このひとをおいて他にないと考えるのは当然だろう。
僕でも思っていた。
二〇一二年に「館長 庵野秀明 特撮博物館」を観て。
特撮短編映画「巨神兵東京に現わる」を観て。
もし、このひとが空想特撮映画を撮ることがあって、もし、その作品が駄目だったら。
その時こそ日本特撮の引き際かもしれない。
「シン・ゴジラ」では C G が多用されており、かつての特撮映画ではもちろんない。
しかし、画面からは間違いなく特撮の匂いが漂ってくる。
それは同時に、日本人の体臭であって、さらに、ゴジラの体臭でもある。
その匂いを劇場で嗅いだ時。
特撮の神様円谷英二特技監督の遺伝子は、庵野秀明氏に正統に引き継がれているのだと思った。
観終わって、Credit Title を何気に眺めていて気付いたことがある。
野村萬斎?
どこに出演されていたんだろう?
後で知って驚いた。
シン・ゴジラの Motion Capture を担われたらしい。
能楽狂言師の首座が、ゴジラの動作を演じられたのだという。
一九五四年、円谷英二特技監督は、ゴジラの動きを Suit Actor 中島春雄に託した。
その渾身の動きを超えたといってもよい動きだった。
シン・ゴジラは、日本邦画界の意地で撮った本気の怪獣映画だと思う。
本作は、日本特撮への挽歌であり、日本怪獣映画への讃歌でもある。
一〇月には、北米での公開が決まっているそうだ。
米国人が観て、何をどう思おうが知ったことじゃないけれど。
これが、真・ゴジラだ!
シン・ゴジラ製作関係者の皆様、ほんとうにご苦労様でございました。
Wednesday,August 31,2016

巴里は、二〇代の頃からうろついていて、もっとも馴染み深い異国の街でもある。
もっとも遊びで訪れたことはなく毎度仕事絡みで。
振り返れば、イラついたり、悩んだりして過ごす時間が長かったように思う。
そうした時、決まって訪れる場所がある。
Espace Dari Montmartre
巴里一八 区、有名な Tertre 広場突当りの細い石段を下ると。
石段の脇に、ひと一人がようやく入れるような扉がある。
うっかりすると見過ごしてしまうほど変哲もない扉だ。
だが、その扉は、現実世界から超現実主義的異界への入口でもある。
扉をくぐって、薄暗く黴臭い階段を降りてゆくと地下はさらに暗い。
場末のお化け屋敷を想像してもらいたい。
そういったいかがわしい暗さに包まれた空間だ。
地下空間は、美術館と言われるほどの広さはなくとても狭い。
画家のアトリエ部屋ほどでしかない。
暗さに慣れた眼で部屋を見渡すと。
二〇 世紀最高の天才芸術家が創造した傑作が、眼に飛び込んでくる。
溶けるように捩れた時計「記憶の固執」を始め「宇宙像」「ダリ的不思議の国のアリス」など。
彫像や原画が 、無造作に並んで在る。
中には、手を触れられる作品も。
作品と鑑賞者を隔てるものはなく、監視する者もいない。
訪れるひとが少ない美術館だが、不思議に想うことが在る。
大人の数よりも子供の数が多く、いつも数人の子供が夢中になって遊んでいる。
四歳や五歳くらいだろうか、中には彫像に跨っている奴までいて。
いつも皆楽しそうだ。
腰が引けるような薄暗い超現実主義的異界に遊ぶ子供達の姿を眺めていると。
天才によって二〇世紀の美術界に突きつけられた難題。
surréalisme とは一体何なのか?
Espace Dari Montmartreでは、それを体現出来るように仕組まれているような気にさせられる。
したり顔の美術評論家が展開する surréalisme 論を子供達と一緒に嘲笑う天才 Dari の姿が浮かぶ。
そして、過去最大規模の Dari 展が京都市美術館で開催されている。
九月一四日からの東京国立新美術館で観るつもりだったが、先駆けて京都でも観ることにした。
観終わった後に続くこの奇妙な痛快感はなんなんだろう?
やっぱりSalvador Dari は文句なく凄い!
Dari は、生前こんな言葉を遺している。
Sólo hay dos cosas malas que pueden pasarte en la vida,
ser Pablo Picasso o no ser Salvador Dalí.
人生で起こりうる悪いことは二つしかない。
パブロ・ピカソになることか、サルバドール・ダリになれないこと。
終生天才を演じきった天才は言うことが違う。
Monday,August 22,2016

海辺の家に、また夏が来て。
仏間の縁側から眺めると百日紅が咲いている。
背丈は、軒を超えて見上げるほどになった。
暑い盛り、他に咲く花はない。
庭には、この百日紅の花だけが揺れている。
そういえば、「百日紅」と題した漫画があったよなぁ。

一九八〇年代中頃、杉浦日向子先生が四年間ほど連載されていた。
奇才の絵師葛飾北斎の娘が主人公で、名はお栄という。
娘自身もまた凄腕絵師だったという設定から、Miss HOKUSAI と題されている。
が、お栄は、物語上の人物ではなく実在の人物で実際の絵師でもある。
北斎は、二人の息子と三人の娘に恵まれた。
お栄は、たしか末娘で画号は葛飾応為だったと思う。
美人画、枕絵の名手として近世日本美術史に名を残すほどの腕前だったらしい。
オムニバス的に物語は進行するが、全編を通じて江戸風俗を細い描写で描く。
さすがに時代考証家としても知られる杉浦作品だけあって、江戸情緒が満喫できる傑作だろう。
昨年、その「百日紅」が原恵一監督の手で長編アニメーションとして映画化された。
浮世絵の数々が登場するこの作品を大画面で展開しようなんて。
心意気は分からなくはないが、さすがに無理じゃないかなぁ。
本作で浮世絵を鑑賞しようとは誰も考えないだろうが、それにしてもである。
とにかく観てみた。
C Gと手描きの溝は否めないが、そこには江戸庶民の暮らしぶりがしっかりと映像化されている。
往来賑やかな昼、蝋燭の灯りが揺れる夜、雪積もる椿の冬、茹だるよな江戸の夏に咲く百日紅など。
それは、杉浦日向子の偽りのない江戸世界そのものである。
映画「百日紅」は、海外での評価が高い作品だときく。
無理に無理を重ねて西洋化を図った手前の時代。
世界に類を見ない大衆文化が日本には存在していた。
そして、浮世絵は、その特異にして奥深い情緒の証を生々と今に伝えている。
しかし、世界が憧れる江戸の姿は、東京にはもうない。
そういった意味では。
映画「百日紅」は、現代の動く浮世絵と評しても良いかもしれない。
花木の百日紅は、一〇〇日の間紅色に染まるところからそう名付けられたのだそうだ。
夏の終りまで庭に色を添えてくれる。
どこにでも咲く珍しくもない花木だが、ちょっとした江戸の粋を感じさせなくもない。
Saturday,August 13,2016

The Crooked Tailor の中村冴希君から Musée du Dragon に一緒にやって欲しいと話があった時。
後数年で辞めようと腹を決めていた。
手縫いで仕立てた服を売る。
そんな厄介な仕事を持ち込まれても、残された時間でものにする自信が持てない。
辞めるつもりであることは誰にも漏らさずにいたが、中村君だけには伝えることにした。
「俺もうちょっとで辞めるから、引受けても責任持てないよ」
それを承知の上でという返事を受け扱うことにする。
誰も知らない、手縫いだけに値も張る、生産背景も難しい。
下手をすれば、Musée du Dragon は情けない幕を引くことにもなりかねないだろう。
良いことは、なにひとつとして無い。
なんで、こんな馬鹿げたことに関わったのか?
今、思い返しても不思議なんだけれど。
それでも、この服が好きだったとしか言いようがない。
やれることはすべてやった。
兎にも角にも時間がない。
もの創りには一切口を挟まず、店屋として売ることだけに専念する。
春に始めて秋頃には。
北は小樽から、南は福岡から、The Crooked Tailor をという方々がお越しになられるようになる。
通販をしないという服屋なのだから、来店していただく他はない。
嬉しかったし、有難かったし、なによりホッとした。
もちろん The Crooked Tailor に服としての魅力があったればこそであるが。
場末に在る服屋の力も捨てたものではない。
先日、中村冴希君がこの冬の新作を送ってきてくれた。
数十年前に織られた Vintage Tweed 生地を少し短めの Chesterfield Coat に仕立てたらしい。
良いねぇ〜、この佇まい。
無駄に洒落ない感じが、また素晴らしい!
この糞暑い最中、藤棚に吊るしてすぐには着れないコートを眺めながら想う。
それでも、この服が好きだ。
Wednesday,August 10,2016

人呼んで月光怪獣 ELECKING です。
九谷焼の伝統工芸品なのだそうです。
作陶は、竹内瑠璃氏による。
馬鹿馬鹿しい!
けど。
買おうかなぁ。