四百六十六話 隔絶された商い 其の一 

鳥取の山奥に連れられて。
考えさせられる光景を見た。
鳥取県八頭郡智頭町
過疎地と呼ぶのもなんだけど、やっぱり過疎地なんだろう。
あなた、明日からここでなんかやって稼いでちょうだいね。
はい、分かりました。
と、応じる商売人はまずいないだろう。
生活費の面倒みるから暮らしてちょうだいねでも、腰が引ける。
閉ざされて在る山の奥だ。
だが、ここでなければというひとがいるらしい。
稼業はパン職人で、ビールも創っている。
廃園となった保育園を店屋としていて、そこで食って飲むこともできる。
TALMARY
一〇時開店で、訪れたのは十一時前。
駐車場は満杯で、扉の前にはひとが並んでいる。
店屋のおんなの子に。
「これって、パンを買うひとの列なんだよねぇ?」
「はい、そうです」
「じゃぁ、ここで食べるんだったら並ばなくてもいいよね」
そんな都合の良いはなしあるわけねぇだろう!このおっさん初めてかぁ?馬鹿じゃねぇの!
そう思ってるんだろうけど口には出さず、可愛い笑顔で。
「それはそうなんですけど」
「こちらで召上るのでしたら、廊下で待たれている方から順に案内させていただいております。」
「えっ!マジでぇ!」
入口から見えない奥の廊下にひとが同じように並んでいる。
ここんちのパンには、中毒にでもさせるなんか特別の添加物でも混入されているのか?
そして、ふざけるな!パン如きに並べるか!という意固地なおっさん的論理はここでは通用しない。
なぜなら、見渡す限り自販機ひとつない山奥で、嫌なら空腹と乾きを堪えて山を下りるほかない。
だから、こうして並んでいるひとには通じるものがあって。
Talmary のパンやビールにありつくというただひとつの目的だけに来て並んでいるのだろう。
それほどのパン好きやビール好きなのか?
そもそも味なのか?
それともこの店屋が掲げる理念への共感なのか?
或いは過疎地再生への慈善的意識なのか?
いまひとつ納得がいかないし、不可思議だ。
まぁ、こういった店屋をまったく知らないわけではない。
ただ、ここまで購買行動の原理を頭抜けて無視した店屋というのは珍しい。
そういった意味に於いては。
自身の Musée du Dragon もそれはそれは酷いものだったという自覚はあるものの。
この Talmary ほどの難行苦行を客に強いた覚えはない。
とにかく四〇分待って味わってみた。

続きは、隔絶された商い 其の二で。

 

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