五百十七話 偉業

改めて観たけど、なんど観ても言葉が出ない。
本作が、高畑勲監督最後の作品となった。

“ かぐや姫の物語 “

躍動する背景。
動く絵画。
これが、ANIMATION の原点であり終点なのだと思う。
日本の美とはなにか?
日本人にとっての徳とはなにか?
高畑勲監督は、その問いかけを一筆一筆に込められたように想う。
一九八一年劇場公開された作品では、大阪市西成区西萩町が舞台となった。
“ じゃりん子チエ ”
浪速の下町に漂う独特の空気感を見事に描かれた。
常識から逸脱した社会性や道徳性を真正面から受け止め、これはこれで良いと肯定される。
あの赤塚不二夫先生にしても高畑勲監督にしても。
ほんとうのインテリとは、こうした方々のことをいうのだと今でも敬愛している。
数々の名作を遺して逝かれた。
構想されていた ” 平家物語 ” は、幻となってしまったけれど。
これはもう偉業と称えるほかない。
ありがとうございました。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

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五百十六話 洛北の越中

街場の飯屋を巡っていると妙な亭主に出逢うことがある。
飯屋も商いに違いない、半端なことではすぐに潰れてしまう。
だから、真面目におかしい。
通ってくる常連も変わっていて、熱心にそのおかしな亭主の商いを支えている。
細々とした構えではあっても、そうした飯屋は街場の大切な財産だ。
大事にしなければならない。
洛北で、日本酒目当てに暖簾をくぐった蕎麦屋。
蕎麦屋の不毛地帯と言われた京都だが、近頃ではそうじゃないという噂を耳にした。
京都の蕎麦屋で初ミシュラン掲載となった “ じん六 ” をはじめ、洛北は特に蕎麦屋激戦区らしい。
京都府立植物園北側、上賀茂のこの辺りは高級住宅街で小洒落た店屋が並ぶ。
そのまったくの住宅街奥、およそ店屋などありそうにもない一画にポツリと在る。
“ 大坪屋彦七 ”
カウンター席と奥に小上がりがふたつで、十四か十五人も入れば満席だろう。
亭主ひとりで切盛りしている。
街場にある普通の蕎麦屋で、特段の風情があるわけではない。
亭主の愛想も悪くはないが良くもなく、寡黙そうな親父だ。
小上がりでもいいか?と訊くので、そうする。
日本酒目当てなので、いきなり蕎麦ともいかず品書きを開く。
鴨抜き?天抜き?なんだぁ?ちいさく注釈が書かれているのに目を通す。
鴨抜きは鴨南蛮の蕎麦抜きで、天抜きは天麩羅蕎麦の蕎麦抜きらしい。
謎すぎる!
さらに、“ 手隙の際に注文していただく品々 ” とある。
ほぉ〜、どんな手の込んだ料理を供するつもりなんだろう?
玉子焼、鴨焼、山葵芋、蕎麦がき善哉などが、その品々の正体らしい。
いやいや、それって一般的には待合いに出されるやつだろ!
良いぞぉ!この亭主は、なかなかの掘り出し者かもしれない。
とりあえず、蕎麦屋定番の焼味噌と甘海老の塩辛を。
ん?白海老?富山湾近郊ではよく知られてはいるけれど、他所で出合ったことはない。
白海老は、あっという間に鮮度が落ちてしまい、ちょっとでも痛むと食えたものではない。
地元では刺身もあるが此処は京都、さすがにそれはないので素揚げとかき揚げで注文する。
さらに、手隙そうだから玉子焼も。
これで、肴は整った。
酒の注文は、日本酒通の連れに任してある。
その連れが言うには、なかなかの品揃えらしく、入手が難しく珍しい蔵元の酒もあるのだそうだ。
富山から能登辺りの酒蔵を中心に揃えられている。
途中亭主が勧めてくれた蛍烏賊の唐揚げを肴に飲んでいると、今、洛北に居ることを忘れてしまう。
それほどに、越中の滋味が沁みる蕎麦屋だ。
連れがしきりと感心しているので、なに?と訊くと。
“ 酒造りの神様 ” の異名を持つ日本最高峰の醸造家が仕込んだ酒があると言う。
八〇歳を超える杜氏、農口尚彦は、山廃仕込みの第一人者として知られる石川の蔵元で。
亭主の話では、地元富山の友達が定期的に送ってくれるらしい。
まぁ、素人にはさっぱりだが、わかりあえる亭主と客で、連れだったこちらとしても甲斐がある。
その素人にもわかるのは、肝心の蕎麦だ。
出汁のキレは江戸前そのものとはいかないが、関西人としては程良い塩梅かも。
なにより、この亭主の “ 切り ” の腕は凄い。
どうやって蕎麦切り包丁と駒板を操っているのか、とにかく細く角立ちが良く精密だ。
夏場にもう一度、今度は新蕎麦目当てで訪れたいと想う。
夜更けになると、席は常連さんで埋まり、それなりに繁盛している。
もう、“ 手隙の際に注文していただく品々 ” の注文は叶わなさそうだ。
宵の口から夜更けまで、蕎麦屋での長居は無粋だと承知はしているけれど。
そうさせてしまうこの蕎麦屋の亭主が悪い。

いやぁ〜、楽しかった!ご馳走さまでした。

 

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五百十五話 おひとつどうどすぅ?

いや、祇園や上七軒の京花街での話ではありません。
北山の山裾、京都盆地北の縁辺に建つ京都国際会館。
四月最終の週末、京都最大級の日本酒イベント” SAKE Spring 2018 ” がここで開催されると聞く。
酒好きでも、日本酒党でもないけれど、ちょっと面白そうなので覗いてみることにする。
とは言え日本酒についてはさっぱりだ。
大関、白雪、白鹿という名酒蔵の息子連中を友人にもってはいるものの、知らないものは知らない。
なので、頼りになりそうなおとこに連れ立ってもらった。
歳は 親子ほどに離れてはいるが、毎月自宅で Sake Spring を開催しているというほどの日本酒通だ。
にしても、なんちゅう盛況ぶり!
会場は立錐の余地もないほどで、こんな洛北の果てにこれほどのひとが集るとは。
酒飲みの執着というのは恐ろしい。
全国から三五の蔵元が自慢の銘柄を、そして、二〇ほどの料理屋が絶品限定おつまみを提供する。
初心者としては、その三割ほどを知っていて、後の七割は聞いたような聞かないような蔵元が並ぶ。
どこをどう呑み歩けば 良いのかは、連れの指南に従った方が無難だろう。
まずは、丸石醸造(愛知)の二兎。
銘柄の由来は「二兎追うものしか二兎を得ず」って、なんのこっちゃ?
味と香、甘と辛、酸と旨など、二律背反を欲深く追求したらこうなるらしい。
次は、八戸酒造(青森)の陸奥八仙。
酒米、酵母、仕込水と地元産にこだわっている老舗蔵。
新鮮な果実酒みたいな味いで、昭和な舌には、これが日本酒?的な今時感がある。
続いて、酔鯨酒造(高知)の酔鯨。
あっ!これ知ってる!
いつも何喋ってるか半ば不明な吉田類が、” 酒場放浪記 ” で故郷の酒とか言って飲んでるやつ。
魚介類にあう究極の食中酒とか謳っているけど、それは違うな。
甘味の勝った土佐醤油にこの酒のキレが似合うんじゃないかな。
たっぷり鰹節をのせた冷奴に土佐醤油を掛けての酔鯨が良いんじゃないの?
よくわかんないけど。
そして、今代司酒造(新潟)の今代司。
グラフィック・デザイナー小玉文氏の最高傑作「錦鯉」を纏う越後の粋。
まったくの素人目線だけど、この蔵元が世界における日本酒を牽引していくのかもしれない。
越後の「今」と「古」をむすぶのだと若い蔵主は言う。
駆けだしの頃、よく越後産地を巡った。
接待では、嫌というほどに飲まされ。
ようやく夜中に宿に帰ると、今度は下戸の織元が羊羹抱かえて囲炉裏端で待ち構えている。
「やでもかんでも、食ってくんなせや」
呑みに呑んだ挙句の羊羹ほどきついものはない。
日本酒と羊羹を好んで口にしなくなったのは、この罰ゲームのせいのような気もする。
だけど、越後人が大切にするこの徹底したもてなしの気質は見事という他ない。
越後のそうした酒宴で鍛えられて育った今代司なんだから、きっと海外でも通じることだろう。
今代司の後も、数軒の蔵元を巡った。
そういや、平和酒造(和歌山)の紀土とかも。
若い蔵人達が挑んだ革命的な銘酒で、今、凄く注目されているらしい。
とにかく、こんないろんな日本酒を呑んで 過ごしたのは初めてだ。
もともとが門外漢なうえに、酔っ払っているので、お門違いなことを書いてるとは思うけど。
こうした圧倒的な集客力と蔵人の活気を目の当たりにすると、日本酒の今とこれからがわかる。
日本酒は、世界を睨んだ日本の重要なコンテンツのひとつで、その勢いはさらに増すに違いない。
せっかくの機会なので。
今夜は、連れを伴って、日本酒目当てに洛中に繰り出してみようかぁ。
って、なんか呂律のまわらない吉田類みたいなことになってきた。

では、もうあと数軒お邪魔しようかと思います。

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五百十四話 OVER THE STRIPES

一緒にもの創りをしていて、楽な気分でやれる人とそうでない人がいる。
相性と言ってしまえばそれまでだが。
なんせ我の強い人間で成立っている業界だから、鬱陶しい場合がほとんどだ。
その中で、Over The Stripes の大嶺保さんは、数少ない相性の良いひとりだったと思う。
だが、互いの仕事のやり方はまったく異なる。
僕は、くだらない細部にまでグダグダと凝ってしまう。
大勢に影響がないと分かっていながらもやめられない。
凝っているうちに、到達すべき目標を見失ってしまうことさえある。
多分、脳の出来があまりよろしくないことが問題なのだと自覚している。
その点、大嶺さんは違う。
ひとつの目標を定めると、それに係わりのない要素は過程においてすべて捨て去っていく。
だから、仕上がった服を前にすると、当初なにをしたかったのか?が、ひとめで理解できる。
もの創りでは、端的であることは大きな武器になると思う。
最短距離で、最大の効果を得られるのだから。
多分、脳の出来がとてもよろしいのだろう。
こうした賢者と愚者がともになにかひとつのものを創ると、思わぬ効果がうまれたりする 。
それが面白くて、よくご一緒させてもらった。
以来、稼業を終えた今でも Over The Stripes の服を普段からよく着ている。
夫婦ともに気に入っている。
今は、これ。
「大嶺さん、このシャツ良いよね」
「いや、それカーディガンだから」
どう見ても、でっかいシャツなんだけど。
暑ければ鞄に突っ込んでおいて、肌寒ければ出して羽織るといったアイテムらしい。
その出し入れによって生じる皺についても一考されていて。
敢えて良い具合の皺が寄るような生地設計がなされている。
九九%の綿に、僅か一%のポリウレタンを混ぜることで意図的に計算された皺を表現できる。
都会の暮らしのなかで最上のツールとして服はどうあるべきか?
冷静に考察したひとつの答えが、 Over The Stripes によって導かれているような気がする。
過剰機能にも過剰装飾にも無縁な Over The Stripes 。
それは、言い換えれば REAL TOKYO CLOTHES なのかもしれない。
先日、二〇一八年秋冬コレクションを観に代官山のアトリエをお邪魔した。
ちょうど近所に住むお友達の方々も家族で大勢いらしていて。
ご夫婦にお子さん達、気取らない普段着の格好良さはまるでファッション誌を眺めるようだった。
実際にプロのモデルだというお母さんもおられたけれど。
日常のようで、非日常。
表層に過ぎないのかもしれないが、今の東京の姿がそこにあった。

そしてまた、OVER THE STRIPES の存在もそこにある。

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五百十三話 SUPER KABUKI ! ! !

市川猿之助のスーパー歌舞伎は、歌舞伎なのか?演劇なのか?
” ONE PIECE “
公演中日、大阪松竹座で観た。
正直、そんなのどっちでもいいわぁ!
空前絶後、抱腹絶倒、無茶苦茶面白い!
一張羅着て、大枚叩いて、時間を費やして、晩飯を幕間の弁当で済ませて、それでも楽しい。
いや、それすらも楽しい。
興行師の一族に生まれて育ったくせに、芝居の「し」の字も解さない残念なおとこでもそう思う。
これが、市川猿翁が世に送り出したスーパー歌舞伎か!
とにかくド派手!
歌舞伎座とブロードウェイとユニバーサル・スタジオを一気に巡ったような感覚。
それでいて、ドタバタの活劇に終わらないところがまた凄い。
浮世の喜怒哀楽を、どっしりとした構えで魅せてくれる。
「静」と「動」
芝居の醍醐味を余すところなく演じ、軽妙でいて培われた風格品格は微塵も損なわない。
絶賛とは、このような興行にこそふさわしい言葉なのだと想う。
それにしても、これだけの大芝居となると座内の方々も命懸けで挑まれているのだろう。
半年前の東京公演で、座長である猿之助さんの身にその事故は起こった。
舞台装置に巻き込まれ、腕を複雑に骨折された。
激痛の中、猿之助さんは声を飲み込まれたそうだ。
まだ席に観客が残っておられて、その気づかいから耐えられたのだと聞く。
当代 云々と評される役者の性とはそこまでのものなのか?
半年後、ご自身の奇跡的復活をルフィの台詞に被せて客席へと告げられる。
漫画 ” ONE PIESE ” は、希望の物語であるが、傷だらけの物語でもある。
満身創痍の復活劇を、ご自身に重ねられて演じられたのかもしれない。
また、市川右團次さんは、エドワード・ニューゲート役を演じられた。
別名 “白髭 ” は、海賊としての矜持を次世代に繋いでいくことを祈りながら果てていく。
これもまた、歌舞伎という古典をその身に受けて継いでいかねばならない自らの身上を想起させる。
“白髭 ” 役は、歴代の名役者が代々纏ってきた ” 義経千本桜 ” 平知盛のあの装束で演じられる。
この舞台が、歌舞伎の遺伝子によって成っているのだという確かな証と覚悟が迫る一幕だった。
公演ど真中なので、これ以上語れないけれど。
漫画 ” ONE PIESE ” と古典歌舞伎は、なにかと筋が似ていて相性がとても良いように想えた。
そして、特殊効果、映像、照明、宙乗り、早変わりなど、見どころは尽きない。
これらについては、さらさら言えない。
ただ、二巻の終盤だけ一言申し上げておきます。
舞台前数列に陣取られるおつもりの方々、くれぐれもお着物にご注意を。

空から何かが半端なく降ってきます。

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五百十二話 桜です。

今年も咲いて、散った桜。
ちょっとご披露しておきます。

京の北山に咲く桜。

そして、海辺の家に咲く桜。

ってことで、また来年に。

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五百十一話 名残りの珈琲

五百十話「異人街」の続きです。
神戸山本通りを東に向かいながら、ハンター坂までやってきたけど。
ねぇなぁ、喫茶店は。
こうなったら、坂を下っていつもの「にしむら珈琲」にした方が良いかもしれない。
ハンター坂が山本通りに突き当たる角に一棟の旧い雑居ビルが建っている。
昔から建っていて、店子は入れ替わっているものの今もまだ建っていた。
そして、外階段の上り口には、「坂の上の珈琲店 BiVERE 」の看板が。
このビルに珈琲屋なんてあったかな?
あったような気もするし、なかったような気もするけど、とにかくここに入ろう。
もう煙草が吸えて、珈琲が飲めれば、それだけで良い。
二階に BiVERE は在る。
神戸の旧い喫茶店にはよくありがちな木調の構えで、取立ててどうということはない。
扉を開けると亭主が、カウンター越しに。
「煙草吸われますか?」
あのなぁ、俺が平成生まれに見えるのか?
どっから眺めても昭和の遺物を背負ってうろついてるおっさんだろうが!
俺らにとっては、喫が七割、茶が三割で、喫茶店なんだよ!
「いや、なんか吸われるみたいだったんで、それならカウンター席にってことで」
「実は、わたしも吸うんで」
実はって、告げるほどのことなのかよ!
「もうこの辺りも駄目だな、まともな喫茶店ひとつもないよなぁ」
「あぁ、やっぱりお客さんもですかぁ」
「いや、そうやって愚痴りながら此処に流れ着く方が時々おられるんでね」
「たいていお客さんくらいの歳で、風体もそんな感じで」
「もう常連の社長さんにそっくりなんで、入ってこられた時ビックリしたくらいですよ」
「そいつもロクな奴じゃないだろ?客の筋は選んだ方良いよ、でないと店潰れんぞ」
「そっかぁ、それでうちしんどいんだぁ」
笑ってる場合かぁ!
「こんな坂の上の喫茶店には、なかなかひと来ないんですよ」
「そこまで分かってんなら、なんで此処なんだよ?」
「だから、お客さんみたいな昔の北野はって愚痴るひとのために、なんとかやってんですよ」
「雇われの身だったんですけど、オーナーがやめるって言うんで、俺が買取って続けることに」
「前のオーナーは、またなんで?」
「儲からないからやってられないって」
「まぁ、都合俺で三人目なんですけど」
「えっ?その前にも喫茶店此処でやって儲からなくってやめたひといんの?」
「えぇ、最初が北野珈琲館で、次が萩原珈琲館で、その次が俺なんですけどね」
「ある意味、あんた凄ぇなぁ」
そんな話の最中、このおとこ、いきなりシェイカーを振り始めた。
「おいおい、まさかの Cafe Shakerato ってかぁ?」
伊人は、 溶けた氷によって珈琲が薄まるのを極端に嫌う。
シェイカーにエスプレッソと氷と砂糖を入れシェイクすることで急冷した後、グラスに注ぐ。
Cafe Shakerato とは、伊式 Iced Coffee の類で、伊人の珈琲へのこだわりが産んだ面倒臭い飲み物だ。
「これ旨いわ!」
珈琲豆や焙煎の蘊蓄を語るほどに通じてはいないけれど。
この芳ばしい苦味とほのかな甘みは、確かに旨い。
そして Cafe Shakerato 独特の冷たさは、氷の鋭角なそれとは全く異なる柔らかさで心地よい。
「正確にはドリップなんで Cafe Shakerato とは違うんですけど、元々バーテンダーだったもんで」
「ふ〜ん、それで Shaking なのかぁ」
最初は、無愛想だと思ったが、この楠木というおとこなかなかに面白い。
誰が商っても駄目だった場所で、曲者の客相手に、シェイカーで珈琲を淹れて、異人街の昔を語る。
このおとこが淹れてくれた珈琲には。
かつて、Snobbism が漂う異人街だった頃の名残が、微かではあるけれど香っているように想う。
ハンター坂をわざわざ上って、一杯の珈琲を飲んで、また坂を下る。
ただそれだけ。

坂の上にそんな喫茶店がある。

 

 

 

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五百十話 異人街

 

“ おとな ” という言葉をよく耳にする。
“ おとなの ” とか “ おとなな ” とか、おとなを謳い文句にして何かを訴えたいのだろうけれど。
上等のおとなだけを相手にして飯が食える商いなんて、もうこの国にはないんじゃないかなぁ。
そもそも上等のおとながいるかどうかさえも怪しい。
つくづくみっともない次第になったもんだと想う。
もっとも、その次第を招いたのは誰あろう俺たちだ。
あの怖くて、無茶苦茶で、格好良かったかつてのおとな達を真似ようとしたんだけど駄目だった。
春節祭の神戸元町。
喧騒の中華街が我慢できず坂を登って北野町へと逃れた。
神戸北野町には、ふたつの違った顔がある。
ひとつは、異人館目当ての観光客で賑わう昼の顔。
もうひとつは、会員制の BAR やマニアックな飯屋や休息専用と書かれたホテルといった夜の顔。
怪しげな夜の顔は、昼には覗き見ることさえかなわないといった不思議な街。
北野町という箪笥には、昼の引出しと夜の引出しがあって、同時に開けられることは決してない。
学生当時、嫁が異人館で広報案内のアルバイトをしていた縁で、よくこの街をうろついていた。
たまに通ったあの喫茶店は、まだあるのだろうか?
低層アパートの二階。
剥き出しのコンクリート壁にモノクローム写真が掛けられただけの装いで、それがまた洒落ていた。
家業が休息専用ホテルという友人が、この界隈にいて。
よく受付でアルバイトさせてと頼んだけど、一度も雇ってくれなかった甲斐のない奴。
そいつの話では、喫茶店のオーナーは若い写真家だったらしい。
色のない写真を眺めながら、流れるボサノバを聞き、煙草と珈琲が混ざった匂いを嗅いで過ごす。
くだらないガキに、ちょっとおとなになったと勘違いさせてくれた。
低層 アパートは、汚く古びてはいたけれどまだあって、Café OPEN の札が掲げてある。
扉を開けた。
突然、タンゴのビートに包まれる。
広い床面の中央では。中南米風の男女が踊っている。
入口付近には、リズムを刻む先生みたいなのが。
みんな派手好きの妖怪みたいな格好をしていて、顔はマジで、踊りはガチだ。
えっと?
ここなに?
と、尋ねたいけどとても訊ける雰囲気ではない。
怖いんですけど。
そっと扉を閉めて、見なかったことにする。
錆だらけの階段を降り、ちいさな案内板に目を通した。
Argentine Tango School & Café
なるほどですね、タンゴ教室なのかぁ。
にしても & Café って、あのアウェイ空間で珈琲すすれる日本人がいたらお目にかかりたいわ!
一応の納得に満足していると、目の前にワゴン車が停まって五人の外人が降りてきた。
こっちを睨みやがった。
睨むんじゃねぇよ!このアルゼンチン野郎がぁ!
図らずも異人のコミュニティーに迷い込んだがために、悶着が生じる。
これは神戸あるあるで、意外と神戸人は外国人に寛容ではない。
そして、その外国人も他国の外国人に同じく寛容ではない。
学校でも、職場でも、街中でも、表面を繕って暮らしているという一面がある。
まぁ、この日は、相手の人数も多いし、派手好き妖怪の衝撃もあって、こっちの尻尾を巻く。
にしても、もうあの頃のような喫茶店は、この街にもないのかもしれない。
いや、どこかに一軒くらいは。
とにかく、異人館の STARBUCKS で、なんちゃらラテを飲むような恥ずかしい真似だけは御免だ。
そんなことをするくらいなら、公園で水道水をすすった方がマシだろう。
そうして彷徨った挙句に、ようやく一軒の喫茶店にたどり着いた。

次回に。

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五百九話 仕立屋の帽子

もうずいぶん前から、帽子を年中被っている。
ほぼ被らない日はないくらいに。
数も Béret 以外だいたいの型を持っていて、その日の気分で選ぶ。
似合う似合わないはあるのだろうけれど、そういったことはあまり気にしない。
被ってさえいれば落ち着くといった具合で、まぁ、下着の感覚に近いような。
それに、ボサボサの髪でも、被ってさえいればわからない。
帽子が流行りだしてから売上が落ちたと散髪屋が嘆いていたから。
無精な帽子愛用者も結構いるのだと思う。
職業的な興味も帽子にはある。
平面の布を、様々な製法を用いてここまで立体的に仕上げる技は服屋にはない。
正しくは、近い技はあるのだけれど、そこまでする必要がないのかも。
とにかく、ちゃんとした帽子を仕立てるとなると、服とは違った高い技術が要求される。
だから、服屋が創る帽子はあまり信用してこなかった。
店で扱う帽子も、そのほとんどを帽子職人に依頼してきた。
ちょうど一年前、The Crooked Tailor の中村冴希君から Hat を創りたいという話を聞く。
一流の仕立屋としての腕は補償するけど、帽子となるとちょっとなぁ。
で、Full Hand Made だとしても、値も結構高けぇなぁ。
そう思ったけど、本人がやるというのだから敢えて止めることもない。
だいたい止めたところで、他人の言うことに耳なんて貸す相手ではないことを知っている。
そんなやりとりをすっかり忘れていた先日、箱に納められた帽子がひとつ届く。
冴希君の帽子だ。
クラウンが奇妙に高い Bucket Hat のような Mountain Hat のような。
また、変なものを。
とりあえず被ってみる。
驚くほど被りやすく、絶妙の締め付けで心地よく頭部におさまる。
被り心地で言えば、手持ちのどの帽子より優れているかもしれない。
高いクラウンもほどよく崩れて、独特の調子を頭頂部に与えてくれる。
気取りない Hat だが、印象として品が良い。
庇の裏には、同布が充てがわれ、細かな運針による六本のステッチで芯と共に据えている。
布の重なりによって庇の縁が固くなるのを嫌い、裏布は断ち切りで。
さらに断ち切った縁を、恐ろしく細かい手まつりで縫い仕上げてある。
細密な計算と尽きない精魂の為せる業だと感心させられた。
っうか、もう病気だ。
だけど、この帽子を買う何人の方がそれに気づくのだろうか?
いや、気づかない方はそもそも買わないんだろうな。
ここまでくると、もはや服飾ではなくて工芸の域だから。
なぁ、中村冴希君、前から忠告してるけど。
一度、良い医者に診てもらった方がいいよ。

同病の俺が言うんだから、間違いないって。

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五百八話 世紀の一戦! 

平昌冬季五輪。
一週間もあれば日本は超えられる。
って、最強国阿蘭陀に言われながら挑んだ決勝戦。
勝った!
勝ちました!
Speed Skating Team Pursuit 日本女子 金メダル!
佐藤綾乃選手・菊池彩花選手・高木美帆選手・高木菜那選手
おめでとうございます 。
柔の日本が、剛の阿蘭陀を制した。
日本らしい技の勝利で、なんかとても嬉しい。
そして、Johan De Wit 日本代表コーチほんとうにありがとうございました。
Edam 出身で阿蘭陀の方らしいですね。

阿蘭陀の女子選手達ちょっと睨んでたみたいだったけど、大丈夫?

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