六百八十五話 あけましておめでとうございます。

二〇二六年一月一日。
あけましておめでとうございます。
隣人 Florist 師匠に、ああだのこうだの駄目だしを喰らいながら創ったしめ飾り。
今年は午年、それでも海辺の家では Musee du Dragon の Icon  “ 龍 ” 。
とりあえず昇龍みたく撮してはみたけれど、ほんとうにやりたかったのはこれ!

柳の枝に餅をちいさく丸めてつけていきながら創る “ 餅花 ” 。
五穀豊穣を祈願する日本古来の正月飾りだ。
その “ 餅花 ” を雪に見立てて、奥に龍のしめ飾りを重ねる。
舞う雪に翔ぶ龍。
なにより縁起が良いこと半端ない。
師匠、ご指導ありがとうございます!今年もよろしく!

みなさまにとって、穏やかな良い年となりますように。

 

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六百八十四話 大晦日

二〇二五年一二月三一日。
大晦日ということで、今年も終わりです。
人生に正解か?不正解か?の答えがあるのかどうかは、知らないけれど。
兎にも角にもその時々やるべき事をやって、歳を重ねてきた。
で、結果どうだったかを問われると。
上々の仕上がり具合とまではいかないが、まぁ、こんなもんじゃねぇのといった感じでいる。
過ぎ去ったことをあれこれ考えてもしょうがないし、先はわからない。
そもそも、“ 反省 ” の二文字も、ついでに “ 志 ” の一文字も母親の胎内に置いてでてきたから。
明日が来ると信じて、今日を飄々として生きる。
二〇二六年もそうしていく。
今年一年ありがとうございました。

みなさん、良いお年を!

 

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六百八十三話 Merry Christmas!

二〇二五年十二月二十四日、今夜は Christmas Eve です。
今年は、隣人 Florist 指導の下、過去最大級の Wreath を嫁が創った。

隣家の葡萄棚から枝を切り出し、絡めて巻く。
Israel Grevillea Gold の葉、松毬、茶綿、Eucalyptus の実などを添わす。
色も形も茨の冠に似た大きな Wreath 。
もうひとつは。

同じく葡萄枝に、山帰来の紅色に染まった実。

食卓には、友人が贈ってくれた燭台。

鈴木玄太作の硝子器。
なかには、二〇世紀初頭に伊 Murano 島で創られた聖人の吹硝子像。
こんな感じで、二〇二五年の聖夜を迎える。
海辺の家で過ごす大切な一夜。

Hope you have a wonderful Christmas!

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六百八十二話 The old man and the dog

海岸にある Burger bar 。
犬連れは外の席でと言われたので、冬空の下 Terrace に。
二、三日に一度はやって来る隣家の犬。
最近、俺の残り少ない時間がこいつに費やされていることに気づく。
まるで Time Eater だ。
長く生きた老人と産まれて間もない犬。

まぁ、隣同士で雄同士なんだから、助け合って仲良くやっていこうな。

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六百八十一話 玄太です!

L’évo での滞在を終えて、旅最後の目的だった硝子工房へ。
富山市は、世界でも有数の硝子の街である。
市内には、多くの作家が工房を構え、その創作活動を行政が手厚く支援している。
国内外の個展でその名を知られる “ GENTA GLASS ”工房もそのひとつだ。
L’évo と同じ南砺市だが、車で五〇分ほど離れた山裾までいく。
数日前に伺うと伝えてあったので、玄関先で出迎えていただいた。
鈴木玄太ご夫妻とお弟子さんおひとりのちいさな工房。
建屋は北欧風で、周りを広く田圃に囲まれた長閑な眺めの仕事場だ。
Sweden  Kosta 村に在る硝子学校で吹き硝子の基本技術を学ばれたらしい。
昔訪れた Gothenburg での噺や偶然共通の知人がいたこともあってすぐ親しくなる。
子供がそのまま大きくなったような無邪気な作家で、ご夫婦ともによく喋られ気さくだ。
しかし、硝子作家として鈴木玄太氏の経歴と実績は凄い。
Switzerland Verrerie de Nonfoux 硝子工房、Sweden he Aister Glass Studio 。
独 The Lauscha Glass Factory、Sweden Baskemolla Glass Studio 。
New Zealand Hoglund Art Glass 果ては、伊 Murano 島 Linera Vetro まで。
世界中の工房で、数々の名工に師事し卓越した腕を磨く。
一九九九年帰国後 二〇〇三年この地で “ GENTA GLASS ”工房を構えられた。
そして現在、氏の作風作品は、工芸硝子界で広く知られている。
工房に併設された Gallery の棚の下段奥、量感のある作品に目がとまった。
「これ、手にとっても良いですか?」
「良いですけど、それ昔の作品だし、ちょっと僅かに泡入ってるし、どうかなぁ」
「いや、これ良いよ、ぽってりとして、きっちりしてない緩い感じが良いわぁ」
「う〜ん、でもなんか、今となってはそれどうかなぁ」
「どうかなぁ、どうかなぁって、そもそもこれ幾ら?」
「えっ?いや、売りもんじゃぁないし、埃りかぶってるから、幾らって言われても」
「これって、売りもんじゃないの?ここに置いてあるのに?」
「そう言われればそうなんだけど、これ、今創れっていわれても出来ないやつだから」
「それに、ちょっと思い出もあるやつだから」
「まぁ、だいたいが作品ってそういうもんだよねぇ、で、これ幾ら?」
玄太先生ぶつぶつ言いながら、作品の埃を払って磨きだした。
「あっ!だめ!掃除したら!値段があがるからそのままにしておいて」
「でも、こんなの何に使うつもり?金魚鉢にでもするの?」
「そうするかもしれないし、しないかもしれない、で、これ幾ら?」
そんな不毛のやりとりの末、奥様も交えて値が決まりめでたく我が手に。
玄太先生から注文があった。
「これを、もう一度見たくなったらお邪魔して見せて貰えるということで良いですか?」
「もちろん、いつ何時でも歓迎しますよ」
口を切込み、折紙のように曲げた硝子器。
重い作品のため五人がかりで、一番太い吹き竿を操って創ったのだそうだ。
Stainless 製の吹き竿を持たせてもらったが、想像以上に重く片手では挙げられない。
息を合わせて巧みに操れるようになるまでに、どれほどの修練を要するのだろうか?
師の技の一端を披露してもらった。

一一五〇度に保たれた溶解炉から取り出す。

まるで飴細工のように自在に成形していく。

「ほらほら撮って、撮って、産まれたての Penguin !」
写真撮るのは良いけど、一番はしゃいでるのアンタやん。
玄太先生の創作は、子供が遊んでいるようにしか見えない。
それでも、この硝子の Penguin なんともふっくらしていて愛らしい。
魔法のような硝子工房 “ GENTA GLASS ” 。
眉間に皺を寄せ苦悩する作家の手からは、産まれないであろうおおらかな作品たち。
途方もない修練の先にある無手の境地とは、こんな様をいうのかもしれない。
作品は、後日送っていただくことにして工房を後にする。
ご夫妻とお弟子さんに見送られ金沢へ。

色々と無理を申し上げましたが、今後ともよろしく!次回は、個展でお逢いしましょう。

 

 

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六百八十話 THIS IS THE “ L’évo ” 後編  

先に断っておくが、僕は美食家ではないし食通でもない。
ただの早食いで大飯食いのおとこだ。
よって希代の料理人による創作皿を評するほどの知識も舌も持ちあわせていない。
それを承知でご一読ください。
午後七時美食への扉が開かれて Dining room へと通される。
まず驚いたのは、磨きぬかれた厨房の全面が客の眼に晒されていること。
料理の裏側は決して見せてはならない。
Entertainment の時代にあっては、仏 Grand Restaurant の伝統も過去の遺物なのかも。
白を glass で、赤は  bottle で注文、どちらも富山県内の醸造らしい。
そして、食宴は、Prologue と呼ばれる五種の酒肴で始まる。
一皿目、肝と胡桃の Paste で和えた皮剝。

二皿目、頂には Zucchini の Sauté が載せられ、一層目に炭火焼の太刀魚。
二層には Zucchini の purée 。
三層は茸の purée 、四層は胡瓜とZucchini を賽の目状に切って和えたもの。
台となる最後の層には折り込まれた Feuilletage 生地が敷かれている。
端折りまくって伝えてもこれで、実際には香草なども加えた複雑怪奇な一皿。
Snacks な感じで召しあがってください。
にこやかにこの皿を菓子として勧める時点で、すでに此処の連中は狂っている。
驚愕するほどに旨い!旨いんだけど怖い。

三皿目は、旬の話題で世間を賑わす “ 月の輪熊 ” の赤身を薪火で炙った一皿。
あざみの purée で和え、蜂蜜の入った熊の consommé en gelée と合わせる。
蒸して昆布出汁に浸けた菊芋、熊肉と和えた蕾菜を添えて。
あざみは熊が好んで食べるんですよ、お客様の宿泊棟前にもいっぱい生えてますよ。
このお姉さん可愛い顔して、怖いことを平気で云う。
そうかもしれないけど、今、その熊好物情報いらないんじゃないかなぁ。
爺が、熊を食べた帰り道に熊に食べられたって噺は洒落にならないから。
其れはさておき、この一皿でそれまでの Gibier に於ける熊の概念が少し変わった。
熊は脂身が味の肝なのではなく赤身にこそ熊の滋味が集約されているのだと知る。
四皿目の薪火で燻蒸された障泥烏賊(あおりいか)に続いて五皿目の “ 狸 ” へ。

狸の hamburger steak に被せてある葉っぱは、笠をかぶった狸を表現しています。
あぁ、ほんとだぁ、あの福徳狸の厄除笠ってことね。
このお姉さんの講釈に納得していく自分が怖い。
六皿目、富山県砺波市の特産品である大門素麺。
立昇る香りを嗅いで、あまりのことに写真を撮り忘れた。
L’évo 特別飼育の鶏だけを使い煮出した consommé soup に山羊 Cheese を加える。
仕上げは、ふきのとうOil に黒胡椒。
麺に絡みつくSoup のなんとも言えない旨みと香り。
麺の歯応えと舌に伝わる絶妙な温かさ。
これ以上に旨い素麺料理は、この世に存在しないと想う。
七皿目は、L’évo の看板料理 “ L’évo鶏 ”

この一皿で、越中の山奥に在るという L’évo の存在を知った。
これは、仏か?中か?韓か?いづれの類別とも言い難い不思議な皿。
L’évo 専用に飼育された鶏は、どちらかと言うと軍鶏に近いような気がする。
脂分は少なめで、身がひきしまっていて旨味が強い。
広東圏の “ 焼鵝 ” みたく皮がパリッと焼かれているが、脂分は鵞鳥ほど多くない。
驚かされるのは、写真左側の球状部分。
鶏腿肉に熊の内臓の炊込みご飯をのせて胸肉を被せ、腿から胸の皮で包んであるのだ。
わかりますか?完全にイカれてますよねぇ!
僕は、この料理名を “ Victor L’évo Frankenstein ” 別名 “ 人造鶏 ” と改めたい。
鶏 gelée  と野菜の purée を和辛子に合わせたものを添えた一皿。
謎すぎるわぁ!

八皿目、なんなん?これ!
赤蕪をまるごと塩と土の釜で蒸焼にした皿で、それぞれに切り分けてくれる。

九皿目は、鰆の朴葉焼き。

席に案内されてから三時間近く経つ。
僕の脚が Grand Restaurant から遠のいた理由のひとつが、この時間だ。
気持ちがゆるんで、五感が鈍くなってきてしまう。
とその時、厨房全体が煙に包まれ薪火の匂いに包まれる。
視覚的にも嗅覚的にも覚醒され、特に薪火の匂いは此処が何処かを再確認させてくれた。
なるほど、これが掟を破ってまで厨房を客に開いた理由かぁ。
そして、卓に差し出される一〇皿目。
熟成させた猪の薪火 Roast で、煙と匂いはこの皿のためだ。
至高ともいえる完璧な Gibier で、山の滋味を極めている。
添えられた根付きのほうれん草や舞茸の仕立ても素晴らしい。

はじめて口にした酸味のある “ 猿梨 ” 。
檜の一種という“ 明檜 ” が香る泡に野草の Oil がかけられた清涼感のある水菓子。

最後にだされたこの水菓子にいたっては、もう何かすらわからない。
調理に液体窒素を使うらしいが、悪魔的に旨い。
珈琲になさいますか?それとも紅茶に?黒文字茶や他もご用意できますが。
じゃぁ、Espresso Doppio で。
ご満足いただけましたか?
ねぇ、訊きたいんだけど、おたくの BOSS って完全に頭おかしいひとでしょ?
えぇっ、まぁ、ちょっと、Chef にそう伝えてまいります。
食後、Chef の計らいで地下の熟成室を特別に拝見させていただいた。
熊・狸・鹿・猪が、毛を剥がず吊るされ内臓を取出した後空気に晒してある。
毛付きでというのは珍しいので訊くと、色々試した結果その方が乾燥せずに良いらしい。
顔が映るほどに磨きあげられた熟成室内部は、彫像美術館のように美しかった。
夜一〇時、最後の客として谷口英二 Chef に見送られ Dining room を後にする。
入口脇の祝い花が眼に止まった、贈り主は 富山第一銀行とある。
この L’évo に、六億円を超える巨額を稟議し結果融資したと聞く。
場・人・ものに加えて金、どんな商いも理想や綺麗事だけで成立つほど甘くはない。
Chef、Staff、食材生産者、猟師、器作家、建築業者、自治体職員そして銀行家など。
多くの方々が、それぞれの稼業に於ける矜持をもって向きあっておられる。
“ L’évo ” という作品が、その屋号の意味するところである進化を遂げるために。

ごちそうさま、世話をかけました。また、来年に。

 

 

 

 

 

 

 

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六百七十九話 THIS IS THE “ L’évo ” 前編

一九八七年の秋、出張先の南仏 LYON で、山中に在る一軒の Auberge に案内される。
仏料理の何たるか?も解さない餓鬼だった頃の噺。
そこのところは、残念なことに爺になった今でもわからないままなのだが。
そもそもに “ 食 ” にここまでの膨大な手間と時間と金銭を費やす人達がいることに驚く。
それは、創る料理人と食べる客のどちらにもいえる。
たった一晩の夕食のためだけに大西洋を超えて LYON の山中にまでやってくる米国人。
彼らの腹と舌の欲求を完璧に満たすべく待ち受ける料理人。
美食という正気の沙汰とは思えない世界があるのだとその夜知らされる。
Auberge の主は、料理界の Leonardo da Vinci と称された Alain Chapel 氏。
食に関わる追憶という意味では、自身にとっても忘れがたく素晴らしい夜だった。
今回、こういう体験を再び与えてくれた従姉妹夫婦には感謝しかない。
困難な予約から厄介な場所への運転まで、ほんとうに面倒をかけました。

富山駅前で、ご当地拉麺 “ 富山 Black ” を軽く腹に入れて出発。
目指す場所は、南砺市利賀村。
標高一〇〇〇m級の山々に囲まれ、急峻な峡谷がひとの往来を拒む。
下に落ちれば御陀仏、上から落ちてきても御陀仏の道をいく。
こんなとこにほんとに在るの?道中何度も訊いた。
一時間三〇分ほど経って、田の島辺りで川幅が狭まった利賀川に架かる橋を渡る。
すると灰色の平屋が数棟並び建っているのが見えた。
敷地には、前夜降った雪がところどころ残っている。
これが、“ L’évo ” だ。

外装の灰色と内観の白、この原風景に在って Noise とならない工夫と配慮だろう。
建って間もない人工物は、高さを抑え低くうまい具合に隠されている。
贈られた創業五周年の祝い花が飾られた information desk で宿泊手続きを。
左手の Dining room へと続く扉は、まだ固く閉じられていて中は伺えない。

特筆すべき個性といったものは何も存在せず、眼前の景色だけがある。
料理家の辰巳芳子氏が、生前語っておられた。
何を得るかじゃないのよ、何を捨てるか、何を捨てるかで残ったものの意味が決まる。
潔癖なまでの静謐な空気がたどり着いた者を包む。
今夜の予定が伝えられ Auberge としての宿泊棟へ。
棟内にも無駄なものは一切なく、ただ快適に寝ることだけを担保してあるだけ。
意外だったのは、別棟に Sauna があるらしい。
せっかくなので暖まらせてもらい、身支度を整える。
そして午後七時、暗闇を Lantern 灯を頼りに Dining room へと向かう。

後編へ

 

 

 

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六百七十八話 出逢い、つながり、BAR を始めた。

長年、店屋を営んできて想うことがある。
それは、稼業を退いた今でも頭の片隅から離れずにある。
まっとうな店屋とは何なのか?
多くは、その問いにずっと悩み苦しみ答えを出せぬまま稼業を終えるのかもしれない。
二〇一七年秋。
同じような想いを抱えたひとりの米国人翻訳家が、この運河の街に流れ着く。
Washington 州生まれ Hawaii 育ちで、京都同志社大学で学んだ Stephen Knight さん。
二〇一八年一二月、運河に架かる山王橋の袂で一軒のちいさな BAR を始める。
“ BRIDGE BAR ”
今回の旅でどうしても訪れてみたかった場所のひとつだった。

入口に据えられた此処が BAR であると示す Neon Sign 。
暗闇に蒼く淡い光が水面を照らす。
なんとも Nostalgic な雰囲気で、儚く美しい。
扉を開けると弁柄色で塗装された吹抜けの細長い通路が奥へと続く。
通路を進み奥左手の扉を開けると。

弁柄色の土間に江戸紫色の階段。
単に日本伝統への Hommage に止まらず無類の Modernism を実現している。
Vintage の家具や照明に対比するように配された Aluminum 材の Table 。
洋の東西や時代を超えた先にある優しさと力強さが共存する空間。
これはもう、巴里 Les Salons du Paris Royal Serge Lutens の世界観に匹敵するかも。
また BRIDGE BAR は、その見た目や雰囲気だけではない。
酒場としての本質に於いても都心の名門 BAR に一歩も引けを取らず抜きんでている。
American Whisky だけでも七〇種類を超える Collection 。
BAR の顔である bartender 藤井宏祈氏の腕は一流で、その接客術はとても柔らかい。

一階の Library Sheet に腰をおろして、Tequila base の Cocktail を注文する。
Neon Sign と同色の original cocktail “ 内川 BLUE ” 。
“ 名門 BAR は排他的であれ ” と云う通人もいてその言葉に自身も腑に落ちていたのだが。
この BAR で杯を傾ければ、それがいかに馬鹿馬鹿しい戯言かを気づかされる。
朝が早い漁師さんのため開店は夕刻四時。
家族連れで飲めないひとのために non-alcoholic cocktail を充実。
腹が減ってるひとには、東京の伊料理屋で磨いた腕を振るう。
課題は尽きない。
まっとうな店屋とは何なのか?
冒頭の問いについて、答えのひとつがこの BAR にはある。
異邦人としてこの地に棲み、ひとに出逢い、つながり、BAR を始めた。
「もし良い店をつくりたければ店に棲みなさい、通いでは駄目ですよ」
Stephen Knight さんは、よくそうおしゃられていたらしい。
これからは、藤井宏祈氏がその意志を継いで BRIDGE BAR をさらに磨いていかれる。
と云うのも、今年の一月三一日急性心筋梗塞で鬼籍に入られたのだそうだ。

ちいさな BAR の偉大な Barkeeper に献杯!

 

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六百七十七話 海と海をつなぐ運河の街

昭和から平成へと改まる頃、よくこの界隈を彷徨いていた。
射水市新湊地区 “ 内川 ”
海と海をつなぐ三キロほどの運河には、一四基の橋梁が架けられている。
その頃は、そこまでの橋数はなかったように想う。
両岸に漁船が係留されたかつての北前船中継地は、どこか Nostalgic な雰囲気が漂う港街だった。
そんな “ 内川 ” に惹かれて、訪れた際には漁師宿を一夜の塒として過ごす。
仕事を終えて、近くの居酒屋で旨い魚を食い、銭湯の湯に浸かり、朝は出漁の舟音で目を覚ます。
当時の雇い主には申し訳ないが、優雅な出張もあったものだと想う。
そして、あれから四〇年近く刻が経った先日、この懐かしい地を再び訪れた。

旧い漁師宅の内部を完全 Renovation し、洒落た内装に最新の設を備えた水辺の民家 HOTEL。
“ KAMOME TO UMINEKO ”
外観は変わりないが、漁師宿の煎餅布団とはまったく違う快適さに包まれる。

晩飯は、新湊港線 新町口駅近くの評判の割烹 “ かわぐち” へ。
宿からは、七分ほど歩けば着く。
富山湾特有の海底谷で獲れる白海老は、かき揚げで。
二日前から揚がり始めたという寒鰤は、鰤しゃぶで。
魚出汁に大根おろしを混ぜ入れ、切身をくぐらせる。
暮れの脂がのりきった寒鰤も旨いけど、揚がり始めの方がそこまで諄くなく好みに合う。
天然の生簀と称される富山湾。
最高に贅沢な冬の味覚を堪能させてもらえた。

越中の冬旅はまだまだ続く。

 

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六百七十六話 海峡の夕暮

隣家の留守中に預かったワンコを散歩に連れ出した。
途中、民家の切れ間から海峡の空を見上げる。
明石海峡大橋の主塔上空に広がる夕焼け雲。

まるで、“ Blade Runner ” の世界みたいな。

 

 

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