
先に断っておくが、僕は美食家ではないし食通でもない。
ただの早食いで大飯食いのおとこだ。
よって希代の料理人による創作皿を評するほどの知識も舌も持ちあわせていない。
それを承知でご一読ください。
午後七時美食への扉が開かれて Dining room へと通される。
まず驚いたのは、磨きぬかれた厨房の全面が客の眼に晒されていること。
料理の裏側は決して見せてはならない。
Entertainment の時代にあっては、仏 Grand Restaurant の伝統も過去の遺物なのかも。
白を glass で、赤は bottle で注文、どちらも富山県内の醸造らしい。
そして、食宴は、Prologue と呼ばれる五種の酒肴で始まる。
一皿目、肝と胡桃の Paste で和えた皮剝。

二皿目、頂には Zucchini の Sauté が載せられ、一層目に炭火焼の太刀魚。
二層には Zucchini の purée 。
三層は茸の purée 、四層は胡瓜とZucchini を賽の目状に切って和えたもの。
台となる最後の層には折り込まれた Feuilletage 生地が敷かれている。
端折りまくって伝えてもこれで、実際には香草なども加えた複雑怪奇な一皿。
Snacks な感じで召しあがってください。
にこやかにこの皿を菓子として勧める時点で、すでに此処の連中は狂っている。
驚愕するほどに旨い!旨いんだけど怖い。

三皿目は、旬の話題で世間を賑わす “ 月の輪熊 ” の赤身を薪火で炙った一皿。
あざみの purée で和え、蜂蜜の入った熊の consommé en gelée と合わせる。
蒸して昆布出汁に浸けた菊芋、熊肉と和えた蕾菜を添えて。
あざみは熊が好んで食べるんですよ、お客様の宿泊棟前にもいっぱい生えてますよ。
このお姉さん可愛い顔して、怖いことを平気で云う。
そうかもしれないけど、今、その熊好物情報いらないんじゃないかなぁ。
爺が、熊を食べた帰り道に熊に食べられたって噺は洒落にならないから。
其れはさておき、この一皿でそれまでの Gibier に於ける熊の概念が少し変わった。
熊は脂身が味の肝なのではなく赤身にこそ熊の滋味が集約されているのだと知る。
四皿目の薪火で燻蒸された障泥烏賊(あおりいか)に続いて五皿目の “ 狸 ” へ。

狸の hamburger steak に被せてある葉っぱは、笠をかぶった狸を表現しています。
あぁ、ほんとだぁ、あの福徳狸の厄除笠ってことね。
このお姉さんの講釈に納得していく自分が怖い。
六皿目、富山県砺波市の特産品である大門素麺。
立昇る香りを嗅いで、あまりのことに写真を撮り忘れた。
L’évo 特別飼育の鶏だけを使い煮出した consommé soup に山羊 Cheese を加える。
仕上げは、ふきのとうOil に黒胡椒。
麺に絡みつくSoup のなんとも言えない旨みと香り。
麺の歯応えと舌に伝わる絶妙な温かさ。
これ以上に旨い素麺料理は、この世に存在しないと想う。
七皿目は、L’évo の看板料理 “ L’évo鶏 ”

この一皿で、越中の山奥に在るという L’évo の存在を知った。
これは、仏か?中か?韓か?いづれの類別とも言い難い不思議な皿。
L’évo 専用に飼育された鶏は、どちらかと言うと軍鶏に近いような気がする。
脂分は少なめで、身がひきしまっていて旨味が強い。
広東圏の “ 焼鵝 ” みたく皮がパリッと焼かれているが、脂分は鵞鳥ほど多くない。
驚かされるのは、写真左側の球状部分。
鶏腿肉に熊の内臓の炊込みご飯をのせて胸肉を被せ、腿から胸の皮で包んであるのだ。
わかりますか?完全にイカれてますよねぇ!
僕は、この料理名を “ Victor L’évo Frankenstein ” 別名 “ 人造鶏 ” と改めたい。
鶏 gelée と野菜の purée を和辛子に合わせたものを添えた一皿。
謎すぎるわぁ!

八皿目、なんなん?これ!
赤蕪をまるごと塩と土の釜で蒸焼にした皿で、それぞれに切り分けてくれる。

九皿目は、鰆の朴葉焼き。

席に案内されてから三時間近く経つ。
僕の脚が Grand Restaurant から遠のいた理由のひとつが、この時間だ。
気持ちがゆるんで、五感が鈍くなってきてしまう。
とその時、厨房全体が煙に包まれ薪火の匂いに包まれる。
視覚的にも嗅覚的にも覚醒され、特に薪火の匂いは此処が何処かを再確認させてくれた。
なるほど、これが掟を破ってまで厨房を客に開いた理由かぁ。
そして、卓に差し出される一〇皿目。
熟成させた猪の薪火 Roast で、煙と匂いはこの皿のためだ。
至高ともいえる完璧な Gibier で、山の滋味を極めている。
添えられた根付きのほうれん草や舞茸の仕立ても素晴らしい。

はじめて口にした酸味のある “ 猿梨 ” 。
檜の一種という“ 明檜 ” が香る泡に野草の Oil がかけられた清涼感のある水菓子。

最後にだされたこの水菓子にいたっては、もう何かすらわからない。
調理に液体窒素を使うらしいが、悪魔的に旨い。
珈琲になさいますか?それとも紅茶に?黒文字茶や他もご用意できますが。
じゃぁ、Espresso Doppio で。
ご満足いただけましたか?
ねぇ、訊きたいんだけど、おたくの BOSS って完全に頭おかしいひとでしょ?
えぇっ、まぁ、ちょっと、Chef にそう伝えてまいります。
食後、Chef の計らいで地下の熟成室を特別に拝見させていただいた。
熊・狸・鹿・猪が、毛を剥がず吊るされ内臓を取出した後空気に晒してある。
毛付きでというのは珍しいので訊くと、色々試した結果その方が乾燥せずに良いらしい。
顔が映るほどに磨きあげられた熟成室内部は、彫像美術館のように美しかった。
夜一〇時、最後の客として谷口英二 Chef に見送られ Dining room を後にする。
入口脇の祝い花が眼に止まった、贈り主は 富山第一銀行とある。
この L’évo に、六億円を超える巨額を稟議し結果融資したと聞く。
場・人・ものに加えて金、どんな商いも理想や綺麗事だけで成立つほど甘くはない。
Chef、Staff、食材生産者、猟師、器作家、建築業者、自治体職員そして銀行家など。
多くの方々が、それぞれの稼業に於ける矜持をもって向きあっておられる。
“ L’évo ” という作品が、その屋号の意味するところである進化を遂げるために。
ごちそうさま、世話をかけました。また、来年に。


