六百七十一話 布団太鼓

海辺の家から海に向かって坂を下ると原始照葉樹林のちいさな森があって。
その奥に鎮守されているのが、瑞丘八幡神社。
この地の古社である海神社が主祭神。
一八〇〇年前、海神社は神功皇后の祭祀により創祀された。
そうした由縁から、創祀年代不詳ながら往古よりこの地に祀られていたとされる神社だ。
近隣から数万人の参拝者が訪れる厄神祭だけでなく、常より地元民がなにかと祈願に足を向ける。
住人で、鳥居の前を素通りして通り過ぎるひとはまずいない、皆頭を垂れて一礼をしていく。
先日も、乳母車を社殿に向け庇をあげて、幼子の手を握り手を合わせている若い母親を見かけた。
港街の何気ない光景だけれど、眺めているこちらも妙に安らかで穏やかな気分になる。
鎮守社や地主神とは、元来そうした存在なのかもしれない。
毎年九月も終わりに近づくと、海辺の家にいても街中から太鼓の音が聞こえる。
氏子衆が、翌月に控えた布団太鼓巡行に備え練習を始め、その音色が耳に届く。
四つの氏子地区一基づつに隣街の一基を加え、合わせて五基の布団太鼓が巡行する。
一〇月一〇日海岸通りの太鼓倉から巡行を始め、翌朝、瑞丘八幡神社への宮入り。
午後から商店街を巡行し、海神社への宮入りは、十一日の宵宮と十二日の本宮に執り行う。
そして最終日の夜、最大の見せ場である布団太鼓四基による練り合せで三日間の幕を閉じる。
写真は、練り合せのため漁港に向かう昨年の一幕。
今年は、どんな段取りになるのか?
駅前や港の再開発が毎年のように更新され、どんどんと変わっていく。
旧い商店街は、Tower  Residence や Shopping Mall や Cafe などに置き換えられ記憶にさえ残らない。
土曜、日曜、祭日は、渋滞を避けて車での外出を控える始末だ。
悠長に神輿を担いで練り歩く余地など、どこにもないだろう。
それでも、時代の変遷と折合い工夫を凝らしながら布団太鼓は今年も巡る。
土地への愛着なのか、地主神への信心なのか、神事を継ぐ事への誇りなのか。
いづれにしても、大したものだと想う。
今日は一〇月九日、巡行前夜。
街中の主だった道には各地区の幟が立ち並び、太鼓の音も熱量が増しているように想う。
いよいよ明日から。

そらー、でてこーぉーいー、やぁー

 

 

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