六百四十七話 銀煙管

一七年ほど前、親父の遺品を片付けていた際の噺。
書棚から一本の煙管が出てきた。
煙草をやらない親父が煙管?不思議に思って嫁に尋ねると。
「お義父さん、なんか京都の煙管師に注文してたみたいよ」
鬼平犯科帳で長谷川平蔵役を演じた中村吉右衛門さんが劇中愛用されていた銀煙管らしい。
「馬鹿じゃないの!なんでまた?」
「さぁ?なんでだろうね、欲しかったんじゃないの」
原作者・池波正太郎先生は、 “ 大川の隠居 ” でこの煙管について語っておられる。
平蔵の亡父・宣雄が京都奉行時代、京の名工・後藤兵左衛門に造らせた銀煙管。
二〇センチほどの銀胴には、長谷川家の家紋 “ 釘抜 ” と “ 昇鯉 ” の意匠が凝らされてある。
結局のところ、何故親父がこれと同じ煙管を注文したのかは今でも分からない。
そもそも遺品整理の際に交わした噺などすっかり忘れていた。
そんな記憶の片隅にもなかった煙管が、昨日劇場で蘇る。
新時代の “ 鬼平犯科帳 ” が幕を開けた。
叔父に代わって、五代目火付盗賊改方長官・長谷川平蔵 役を務めるのは、一〇代目松本幸四郎さん。
若き日の平蔵・銕三郎役を、長男・八代目市川染五郎さん。
密偵・同心・盗賊など、欠かせない役所にも納得のいく役者の方々が顔をそろえられている。
見事な配役だと思う。
また、山下智彦監督はじめ脚本・撮影・照明・録音・殺陣・美術・衣装・床山など、製作陣も一流。
“ 分とくやま ” 亭主・野崎洋光さんまでが、料理監修として名を連ねる。
絶対に半端な失敗は許されない、そんな気概に満ちた布陣。
京都時代劇文化にあって “ 鬼平犯科帳 ” とは、そこまでの重い存在なのだと改めて感じた。
作品自体素晴らしかったが、個人的にもっとも印象的だったのは染五郎さんだった。
放蕩無頼の “ 本所の銕 ” が着流で歩く、その画は吉右衛門さんが演じられた姿を彷彿とさせる。
そして、物語中盤。
役宅の縁側に腰を下ろし思案する平蔵、その手にはあの銀煙管が。
本作では、吉右衛門 さんが劇中愛用されていたものを、幸四郎さんが引き継がれたらしい。
一本の煙管が、銀幕で名優の代を繋ぐ。
さすが梨園、粋な噺だ。

そう言や、当家の銀煙管どこいったのかなぁ?

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