ひつこいようで申し訳ありませんが、四百八十七話からの続きです。
捕獲撃退作戦の要領は、こうだ。
まず、天井にいくつか点検口を設ける。
そして、屋内の子供連を燻煙剤で追い込み捕獲する。
次に、授乳のために通って来る親が屋内に進入できないように全ての床下通気口を塞ぐ。
さらに、念のため点検口に忌避剤を置く。
これら作業を、親の居ない昼間に完了しなければならない。
嫁に大工を加えた五名による人間対正体不明の獣との最後の闘いだ。
午後〇時ちょうど作戦開始!
客用寝室と玄関の天井に点検口設置用の穴を開け始める。
音に怯えてか、寝室の天井裏から鳴き声はするのだが、移動の気配はない。
開けた穴から、懐中電灯で照らし内部の様子を探ってみた。
梁の下の空間から鳴き声は聞こえるが、梁が邪魔して姿は確認できない。
やはり燻煙剤を投入して、追い出すしかなさそうだ。
先に点検口を付けて燻煙剤を仕込み扉を閉じる。
煙が充満し始めたと同時に、ギャーギャーという鳴き声がして、バタバタと動き回る音が響く。
音は、西の玄関方向へ。
よ〜し、作戦通りの行動で、玄関に設けた点検口で待ち受ける。
あれ?来ない?鳴き声もやんだけど?どこ行った?
しばらくすると、 途中にある応接間と玄関とを仕切る壁内部から気弱な鳴き声が。
壁の間に落ちやがった!
「どうします?」と訊く棟梁に。
「いいから!壁ぶち抜いて!」
「えっ?マジですか?本気ですか?」
「冗談こいてる場合かよ!捕まえるためにはなんだってやるんだよ!」
「了解!だけど電気ドリルは使わず手作業で抜こう!怪我するといけないから」
「あのなぁ、オメェいったいなんの心配してんだよ?どっちの味方なんだぁ?」
壁に五〇センチ四方の穴を開けた。
全員手に棒を持ち周りを固めて、火箸を手にした棟梁の動きを見守る。
「デカッ!なんだぁ!コイツ?あっ!二匹いるぞ!なんか箱を!早く!」
そうして遂に、火箸に挟まれて穴から出てきた敵の姿を全員が見た。
騒動の主は、イタチでも、ハクビシンでもなく、アライグマだった。
「嘘ぉ〜、どんだけ可愛いねん」
皆棒を捨て、代わりに手にしていたのはスマホ。
で、撮った写真がこれです。
聞くところによれば、アライグマは、一度の出産で三匹から六匹の子を産むらしい。
見つかったのは二匹、他に?どこかに?まだ?
客用寝室の片付けをしていた大工のひとりが、なんか鳴き声がすると言う。
先程の梁下で、垂れ壁の内部だ。
「どうします?」
「だから、躊躇なくやるのみだろ!抜くんだよ!壁を!」
「了解!よーし、助けるぞぉ!待ってろよぉ!」
「いやいや、それはおかしいんじゃないの?」
もはや、作戦の趣旨がまったく違った方向に向かっている。
捕獲でも撃退でもなく、救助して保護的な感じの色合いになってしまっている。
ひとも獣も見た目は大事だ。
痛がったら可哀想だからと、火箸に布なんか巻きながら棟梁が言う。
「なにも、こんなに怖い目に遭わさなくってもいいのに」
「ええっ?なんか俺、悪者になってない?此処、俺の家だよね?」
「じゃぁ、一緒に棲めって言うこと?無理だから!家賃だって払いそうにねぇし!」
箱の中で、立ち上がって、縋るようにこっちを見ている。
「やめろよ、そんな眼で見るなよ、どうにもなんねぇよ!」
信じられないはなしで、想像もつき難いのだが。
この可愛い奴らが一ヵ月も経つ頃には、恐ろしく凶暴で狡猾な成獣に育つのだそうだ。
その気性の荒さは、動物園ですら手を焼くらしい。
さて、どうしたもんだろう?