四百八十九話 やっぱり頼みは、稲荷大明神!

嫁に付合って京都山科で午前中の用事を済ませた後だった。
「近くだから、御稲荷さんの顔でも拝んでいく?」
「わたしお参りしたことないんだけど、伏見稲荷って商売の神様じゃないの?」
「商売やめて、伏見稲荷ってどうなの?」
「まぁ、それもそうだけど、参ったことがないっていうのもまずいんじゃないの?」
「無事に商ってこられた御礼がてら行こうよ」
伏見稲荷大社には、関西を始め全国の商人にとっての守護神が祀られている。
この国には、お稲荷さんと呼ばれる神社は三万社を超えて在る。
その全てのお稲荷さんを束ねる総本宮が、此処伏見稲荷大社だ。
一三〇〇年経った今もなお、商売繁盛・五穀豊穣を祈願するひとは後を立たない。
本殿に参って、千本鳥居へ、嫁が妙なことを言い出した。
「この千本鳥居 って、ほんとに千本あんの?」
「そりゃぁ、千本以上はあるんじゃないの、これが稲荷山の山頂までずっと続くんだから」
「ええっ!マジですかぁ!で、稲荷山って何処にあんの?」
「此処だよ!この鳥居を際限なくくぐって山頂へと登っていく訳よ」
「凄いねぇ、じゃぁ、行こうよ」
「う〜ん、ちょっとした登山だから無理じゃないかなぁ」
「って、ひとの言うこと聞けよ!」
説明も忠告もなにも聞かずもう登り始めている。
稲荷山は、伏見稲荷大社の神体山で、二三三メートルほどの標高である。
たいした標高ではないが、それでも山は山だ。
二度ほど連れられて登った記憶だと、九〇分ほど石段を登り続けたような。
意外ときつい。
一〇分おきくらいに茶店が在って、茶店毎に登るのを諦めたひとが引き返していく。
四〇分ほど登りつめると、四ッ辻に着く。
視界が一気に開け、洛中が一望できる中腹地点だ。
たいていの参拝者は、この眺望を土産に引き返すみたいで。
「さ〜て、俺らも戻るかぁ」
「だから、ひとの言うこと聞けって!」
嫁には、この眺望も単なる通過地点に過ぎなかったようで、さらに登っていく。
「あんた、なんか狐かなんかに憑かれてるんじゃないの?」
一 時間を過ぎると、膝というより股間が痛い。
麓でごった返していた参拝者も、今はもう数えるほどしかいない。
しかも、白人四人、中国人一人、どっかの浅黒いのが二人といった具合で。
日本人は、我々だけ。
どうやら外国人は、参拝者ではなくアニメ・オタクみたいだ。
伏見稲荷を舞台にした作品の聖地になっていて、その筋では海外でも広く知られているらしい。
ようやく、一 ノ峰の祠に手を合わしたのは、九〇分ひたすら登り続けた後。
これまで一言の文句も口にせず登ってきた嫁は、なにやら熱心に拝んでいる。
このひと、こんなに信心深かったけ?
稲荷大社を後にした帰り途、嫁の携帯電話が鳴る。
「うわぁ、ごめんね、なんかに当たって掛かったみたい、間違いだから」
「えっ!ちょっと待って、そんな話だったら主人に代わるから、側にいるんで」
偶然間違って掛かった相手は、もう一年以上ご無沙汰の知人だった。
用件は、売却しようとしていた不動産に興味があるという友人がいるとのことで。
来週にも、その件で飯を喰おうということになった。
さらに、翌朝には、大阪国税局から。
記載間違いによる返還金が確認できたので、至急出頭してもらいたい。
さらに、さらに、昼過ぎには、会計士から。
最終決算の勘定を終えてみると、予定納税額との差額で戻り金がだいぶと発生している。
どれも想定外の件で。
それらすべての連絡が、僕にじゃなくて嫁の携帯電話に。
さすがに、嫁と顔を見合わせた。
「お稲荷さんのご利益って、半端ねぇな」
「マジ、凄いねぇ」
「この際、鳥居寄進しちゃう?」
「それは、結構つくんじゃないの?」
「ちっちゃいのだったら一五万円からで、そこから四段階で高くなるみたいよ」
「あんた、もうやる気満々じゃねぇの!」
「だって、あれだけ鳥居が建ってるってことは、それだけ願いが叶ったっていう証じゃん」
「おんなじひとで、 四本も建ててるひともいたもん」
「ずるいよねぇ」

兎にも角にも、やっぱり頼みは、稲荷大明神!

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