四百二十四話 恩人の大事

二〇一六年一月三一日 Musée du Dragon は幕を閉じる。
皆様にお礼のご挨拶を申上げて、扉を閉め、看板を降ろす。
そうなるんだろうと思っていたし、実際にそうなるだろう。
しかし、ここに至ってそれだけでは終われない事態となった。
お越しになられて、その日にはどうしても伺えないと告げられる。
その理由は。
病が発覚し、緊急の手術に臨まなければならなくなった。
なので、今日挨拶に来た。
訊けば、入院される二日前だったらしい。
これ以上のことは、こんな馬鹿 blog で明かすことはできない。
それでも、こうやって綴っているのは多分病室でお読みになられているだろうから。
服屋の亭主なんぞ無力なもんである。
な〜んにもできやしない。
糞の役にも立てない。
情けないけれど、こんなものを書くより仕方がない。
振り返れば、この方にはほんとうにお世話になった。
調子の良い時も悪い時もずっと支えられてきたように想う。
Musée du Dragon にとっては、間違いのない恩人だった。
もちろん僕にとっても、心強い理解者だった。
そして、これから先も理解者であっていただきたいと、そう願っている。
挨拶にお越しいただいた時、僕はお世話になった御礼を口にしなかった。
大人気ない失礼な態度だったかもしれない。
だけど、今はそういったやりとりをする時ではないと思う。
根治されて、お元気になられて、すべてはそれからだろう。
その日まで、お預かりした服を抱いてお待ちするつもりにしている。
顧客さまに。
ご注文いただいた服をお渡しして。
勘定をさせていただいて。
代金を頂戴して。
御礼を述べる。
数え切れないほど繰返してきた一連の常道を終えるのは、もうしばらく先になるだろう。
なので、僕にとって、Musée du Dragon のほんとうの閉店はその日だと思う。
この顧客さまと僕は同じ歳だ。
偉そうなことを言っても似合わないが。

人生に面倒はつきものです。
次から次へと面倒に見舞われて、その面倒をひとつひとつ片付けながら前へと進む。
病だって面倒のひとつみたいなもんです。
新たな面倒と向き合った時には、かつてない厄介なもののように構えますけど。
乗越えてしまうと、それまで片付けてきた面倒とたいして変わりなかったと気づきます。
この度の面倒もきっとそうです。
とっとと片付けてください。
まぁ、この歳になると面倒も堪えますけど。
面倒のひとつもない人生なんて糞ですよ。
だから、頑張ってください。

明日の首尾が上々でありますように、心より願っております。

 

 

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