五月末。
梅雨入り前に、やっておかなければならない。
古書の虫干し。
古くは曝涼とも言われ、年に一度土用の頃に行われていたらしい。
海辺の家にも、義理の父母が生前買求めた蔵書が数多く眠っている。
古書店に売ろうかとも考えたが、 手元に置けるものは置こうということになった。
ただ、册数もかなりの数で、その上、昔の本は装丁がしっかりしていて重い。
一度に全部を干すのは到底無理で、三日はかかるだろう。
美術本の修復等ではないので、なんの技術も必要としない単純作業が続く。
まず、日光に直接当てると黄ばみが進むので、日陰に並べて干す。
時折、頁をめくる。
半日ほど繰返した後、密閉出来る硝子棚に移す。
その際、巾着袋に重曹を入れたものを幾つか用意し仕込んで、一週間ほどそのままに置く。
匂いを、重曹へと移し、本の匂いを取るのだ。
本は、様々な匂いを吸着する。
だから、希少本や、美術本を前に煙草は厳禁である。
煙草の匂いは、重曹でも容易には取れず、価値は一気に下落する。
他人の蔵書を眺めるのは、面白い。
そのひとの嗜好や、職業柄や、性格等も垣間見えたりする。
大袈裟に言うと、人生を映している。
義理の父は、船乗りだったので、やはり海に関わる専門書が多い。
航海学、機関学、航海史、海事国際法、公海紛争記録、海洋気象演習とかいったものもある。
マニアック過ぎて内容はさっぱりだが、こんな本が、こんなに色々と出版されていることに驚く。
どの本も、擦切れるほど読み込まれていて。
ふ〜ん、ただの大酒飲みかと思ってたけど、結構インテリじゃねぇのぉ。
小説の類もあった。
司馬遼太郎先生の代表作、“ 坂の上の雲 ” が初版で揃えられている。
大日本帝国海軍の将官であった秋山真之を通して、近代国家へと向かう日本を捉えた長編である。
この作品もまた、日本海海戦など海での話に紙幅が割かれていたように思う。
海、ばっかり。
海軍士官だった頃の呉に始まり、門司、返還前の琉球、逗子、そして神戸。
丘に上がっても、ずっと潮の匂いを嗅いで暮らしてきた。
引退後、夫婦揃っての旅行も船旅だった。
こんだけ海が好きなら、来世は、ハマチにでも生まれ変わればいいのに。
ようやく、海以外の本を見つけた。
前漢時代の中国、司馬遷によって編纂された “ 史記 ”。
ほぉ〜、これまた高尚なもんですなぁ。
「天道是か非か」とかって、読んだことないけど。
外箱を開けてみる。
表紙を、透明の薄紙が覆っていて、そのままにしてある。
なんだぁ、読んでねぇし、開けてもねぇじゃん。
やっぱり、次はハマチだな。