二百六十一話 枝垂梅

海辺の家には、多くの樹木や草花が生きている。
そして、決まった順番に蕾が膨らんで、花を咲かせ、実をつける。
だいたいが老齢で、中にはボケてる奴もいて、正月に咲く浜木綿みたいな奴もいるけど。
⎡テメェは、真夏の浜辺で咲く役回りだろうが!⎦
と言っても、ボケてるんだからしょうがない。
こういうのを除けば、たいたいが順序良く一年を暮らす。
南天が赤い実をつけ、クロッカスが開くと。
この枝垂梅の番である。
だが、残念な事に、植木屋のジジィが、剪定し過ぎたせいで、今年はまったく枝垂れていない。
これじゃ、誰が見ても、ただの紅梅だろう。
庭の東端、お隣との境界際を居場所として半世紀ほどになる。
お隣には、源氏物語を研究されておられる学者さんが住まわれている。
たしか、その源氏物語に、紅梅大納言とかいう登場人物がいたような。
僕の中での日本史は、応仁の乱以前の出来事が、全て闇に包まれているので定かではない。
都を追われた主人公の光源氏は、この近所で侘び住まいを送っていたとされている。
もっと昔、万葉の時代にあっては、花といえば梅を意味したと聞く。
隣人の万分の一ほどの教養が備わっておれば、梅花を眺めて雅な世界に浸れるのかもしれないが。
お馬鹿で、無教養な夫婦が住まう我家では、そういった風情は微塵も漂わない。
⎡何探してんの?⎦
⎡梅酒つける瓶がどっかにあったんだけど、見つかんないのよ⎦
⎡梅、摘むのアンタの仕事だからね、ちゃんとやってよね!⎦
⎡いやいや、今、まだ花咲かせてる最中だから、実を摘む段取りしなくてもいいじゃん⎦
⎡梅酒だったら、焼酎の安いので良いよねぇ?⎦
⎡聞けよ!俺のはなし!⎦

こうして、海辺の家にも、梅から桜へと華やいだ季節が巡ってくる。

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